図4.5および図4.6に収差補正を行っていないレンズにおける光の分散を考慮した概念図 を示す.なお,本章では,光の3原色であるR,G,B(赤,青,緑)を代表的な色とし て用いる.
図4.5は焦点一致面であるB点よりも観察対象がレンズに近い位置にある場合の図であ る.対象物の位置O点からの光はレンズを通り分散されると波長により集光点が異なる.
また,それぞれの色は結像面であるB’点よりも遠くに集光する.そのため,B’点におけ る像にはボケた物体の輪郭に図4.5右部に示すような色の滲みが生じる.このような物体 まわりに生じる色滲みを本研究ではフリンジと呼ぶ.対象物が焦点一致面よりも近い位置 にある場合,フリンジの外側から順にR,G,Bの順で色が生じる.
Fig. 4.5 chromatic aberration forward
上述のように,色収差により生じるフリンジの状態は焦点一致面と物体の位置関係に伴 い変化する.この変化を用いて焦点一致面が対象物より手前に存在するか,奥に存在する かの判定を行う.
Fig. 4.6 chromatic aberration back
4.3.1 色収差の抽出と評価
上述の通り,色収差は物体からの光の屈折率の違いによって物体まわりに発生する.本 手法では物体まわりに生じるボケに含まれる色収差を判定の評価基準に用いる.図4.5,図 4.6から後ピンの場合赤色が最も顕著に表れ,前ピンの場合青色が最も顕著に表れる.そこ で物体の輪郭周辺における各画素のR,G,Bそれぞれの輝度値に対してヒストグラムを 作成する.そしてR,G,Bそれぞれのヒストグラムの最大値を比較することでR,G,B のうち最も顕著に表れている色を評価する.後ピンか前ピンかを判定することができる.
なお,色収差を評価する輪郭の範囲には輪郭ボケ抽出法を用いる.
4.3.2 色収差の補正検証
一般に輪郭が不鮮明になることから,色収差を含むすべての収差は画像処理上・視覚上 での問題である.そのため,アクロマート(図4.7),アポクロマート(図4.8)といったレン ズ補正を行っているレンズがある[57].顕微鏡のレンズにおいても色収差の補正レンズを 用いている場合がある.アクロマートは異常分散ガラスと呼ばれる,特殊な分散を持つガ ラスを用いて青色の焦点距離を大きくすることで,青色と赤色の焦点距離を合わせ色収差 を補正するものである.アポクロマートはアクロマートと同様に異常分散ガラスを組み合 わせたものであるが,さらに多くのレンズを組み合わせ複雑なレンズ系である.これによ り,赤色,青色に加え緑色の焦点距離を合わせることができる.本提案手法を適用するた めには,システムに用いている補正レンズについて既知であることが望ましい.しかし,
レンズ設計についての情報が仕様に提示されていることは少なく,収差補正の方法を知り えない場合がある.そのため,レンズの特性を事前に検証する必要がある.
Fig. 4.7 Achromat
Fig. 4.8 Apochromat
4.3.3 焦点一致面判定実験
本実験は,色収差に基づいた焦点一致面の判定実験を行い,本手法が有用であることを確 認することを目的とする.顕微鏡は,ハイロックス社製正立顕微鏡CX-10Cに対物レンズ
OL-140を装着したものを使用した.顕微鏡上部には画像取得のため,PointGreyResearch
社製Flea2デジタルカメラを使用した.更に,照明にはハイロックス社製のハロゲン照明
により同軸落射照明方式を用いた.また,駿河精機製社製のマイクロステージを用いた.
マイクロスコープはZ軸方向,マイクロステージはX,Y軸方向にそれぞれ移動が可能で あり,PCからの制御命令を駿河精機社製ステッピングモータコントローラD220に送る ことで移動を行う.計算機とコントローラ間の通信方法としてRS232Cを使用し,システ
ム統合アプリケーションとして計算機のWindowsOS上で開発したMicrocontrollerを使 用した.また,実験に用いる微小物体として胡桃花粉(直径約30∼45µm)を用いた.
4.3.4 予備実験
図4.9に実際に色収差の補正に関する検証結果を示す.横軸は奥行き距離,縦軸をヒスト グラムの最大値である.なお,h=60,n=2,m=120とし,胡桃花粉について検証を行っ た.検証結果から,後ピンの範囲(奥行き距離-60µm∼0 µm)においては緑色が最も値が 大きく,赤色と青色は互いに近い値をとり,緑色よりも小さい値をとることがわかる.ま た,前ピンの範囲(奥行き距離0µm∼60µm)においては赤色が最も値が大きく,青色と緑 色は互いに近い値をとり,赤色よりも小さな値をとる.このことから後ピンではG>RB, 前ピンではR>GBとなり図4.7のようなアクロマートレンズに近い特性を持つことがわ かる.
Fig. 4.9 Verification of corrected chromatic aberration
予備実験の結果から本研究で用いているレンズにおいてはフリンジに生じている赤色
(R)と緑色(G)の比を評価することが望ましい.そこでRのヒストグラムの最大値を
Rh,Gのヒストグラムの最大値をGhとしRh/Ghの値によって焦点一致麺を判定する.
なお,本実験においてRh/GhをRG比と呼ぶ.
4.3.5 実験方法
対象の微小物体である花粉に焦点が合った状態から焦点一致面を60µmがレンズ側に移 動した状態を初期位置とする.60µmは微小物体の大きさを考慮した把持時に持ち上げる 高さを考慮したものである.また,輪郭ボケ抽出法によって得た画素数が最も少ない焦点 位置を花粉にピントが合っている焦点位置状態とする.初期位置をz方向について-60µm とし,初期位置からスコープを1µmずつステップ移動しながら60µmまで画像を取得す る.取得した画像に対して輪郭に生じているボケを抽出し,ボケの範囲に生じているR, Gそれぞれの輝度値に対し,ヒストグラムを作成しその最大値の比によって焦点位置の判 定とする.
4.3.6 実験結果
提案手法を用いた実験を30個の胡桃花粉について行った.実験結果を図4.10に示す.図 4.10において,横軸はスコープ奥行き方向位置,縦軸は30個の花粉におけるRG比の平均 値である.スコープ位置が-60µm∼0µmではRG比が1より小さく20µm∼60µmではRG 比が1より大きく表れたため,この範囲においては前ピン後ピンの判定が正しく行われて いることがわかる.また,図4.11は図4.10においてRG比の値が1に近い範囲であるス コープ位置が-10µm∼40µmの拡大図である.図4.11においてエラーバーは95%信頼区間 を表している.
4.3.7 考察
本実験の考察を以下に述べる.
(1) 予備実験において値R,G,Bの相対的な値に大きな変化はないが,滑らかな曲線 ではなく,スコープ位置によってR,G,Bがそれぞれの飛び値を取っている場合が ある.これはR,G,Bすべての画素値に同様にみられることから,照明のちらつ きにより画像全体の輝度に影響されたことが考えられる.本手法においてはスコー プ位置の1ステップごとのR,G,Bのそれぞれの比を比較するため,全体の輝度 変化による影響は少ない.しかし,画像処理において輝度情報は重要なものである.
奥行き距離推定のようにより高精度な情報を得る際や対象物のトラッキングなど時 間変化を考慮した画像処理を行う際には輝度変化に悪影響を受ける可能性が考えら
Fig. 4.10 RG ratio
Fig. 4.11 RG ratio from -10µm to 40µm
れる.照明のちらつきによる影響を低減するために,輝度変化を考慮した画像処理 が必要である.顕微鏡視野では背景はシャーレやスライドガラスのように色が単調 な場合が多い.そこで背景と対象物との輝度値の差を基準とすることで照明のちら つきに大きく影響されない画像処理が可能であると考える.
たとえば,照明のちらつきによる影響を低減することでステップ移動ごとに得た複 数の画像間におけるR,G,Bそれぞれの輝度値の変化具合から,オクルージョン になっていない部分に関して形状を評価することに期待できる.
(2) 結果からスコープ位置が-60∼-1µmの範囲ではエラーバーも含めRG比が0.9よりも 小さな値をとっている.また21∼60の範囲ではエラーバーを含めRG比が1.1より も大きな値をとっていることから安定して焦点位置の判定を行うことができるとい える.
0∼20µmの範囲においては光路図からRG比が1よりも大きな値をとるはずである.
しかし,小さな値をとることが多い,これはR,G,Bの値の取得が物体周りに生じる ボケ幅に依存しているため,ボケ幅が少ない範囲では十分な量の画素値が得られない ことが考えられる.また,実験に用いた胡桃花粉の大きさはおおよそ直径30∼45µm であり,球形である.ボケ幅は物体の輪郭に生じるボケを抽出しているため,ボケ 幅が最小な位置とはもっとも直径が大きいz方向に対して中心にあたる位置である ことが予測できる.そこから20µmの位置は花粉上もしくは花粉から5µm程度の位 置であることが考えられる.奥行き距離推定法を用いてマニピュレーションを行う ことを考えた場合,この位置までレンズ移動が可能であればマニピュレーションへ の有用性が十分であるといえる.