第 3 章 楽曲検索における感性情報としての色 彩情報の利用可能性彩情報の利用可能性
3.2 楽曲と色彩の直接的な対応関係に関する研究
楽曲と色彩の直接的な対応関係を検討する場合,その代表的な研究として共感覚に 関する研究がある.共感覚とは,ある刺激によって様相の異なる2つの経験が生じる ことであり,特に,音刺激に対して色覚を伴う現象は色聴と呼ばれる[4, 3].Cytowic
(2002)[4]は,共感覚は,複雑で感性的な対応によって起こるのではなく,非常に 単純な動物的な反応であると述べている.このことは,楽曲と色彩の直接的な対応 関係の存在を示唆していると考えられる.そこで,この節では,楽曲と色彩の直接
表3.1: 白石(1999)によって得られた楽曲と色彩の対応関係(白石,1999より抜粋)
音階:長調 ペールトーン(暖色系統)
ビビッドトーン(色相全般)
音階:短調 ペールトーン(寒色系統)
ダルトーン(寒色系統)
ダークトーン(寒色系統)
テンポ:急 ビビッドトーン(暖色系統)
テンポ:緩 傾向があまりない タッチ:強 ダルトーン(寒色系統)
ダークトーン(寒色系統)
タッチ:弱 ペールトーン(色相全般)
音程:高 ペールトーン(黄と青)
ビビッドトーン(黄と青)
音程:低 ダルトーン(寒色系統)
ダークトーン(寒色系統)
的な対応関係に関する先行研究から,楽曲検索において,感性情報として色彩を利 用するための手がかりとなる知見が得られないかを検討する.
3.2.1 楽曲と色彩の大まかな対応
白石(1999)[46]は,被験者に対して,楽曲の試聴から想起された印象を,色彩,
線画,形容詞対尺度によって回答させる心理実験を実施した.その結果,楽曲と色 彩の関係として,表3.1に示すような結果が得られたと報告している.
この研究で得られた,楽曲を構成する要素と色彩の対応関係は,長調から暖色の ペールトーン,短調から寒色のペールトーン,のように非常に大まかなものである.
楽曲検索における感性情報として色彩の利用を考慮する場合,このような大まかな 分類を利用すると,長調の楽曲は暖色,短調の楽曲は寒色といったように,非常に 大まかな対応しかできず,楽曲検索システムとしての有用性は非常に低くなるとい う問題が考えられる.例えば,ユーザがクエリとして入力した色彩が暖色であれば,
長調の楽曲が全て検索されてしまうことで検索の絞込みができない,あるいは,黄 や青が入力されれば音程の高い楽曲が全て検索されてしまう,というような問題が 起こると考えられる.
したがって,白石(1999)のように,調が長調/短調,テンポが強い/弱い,のよ うな楽曲の特徴の大まかな分類,または,暖色,寒色のような色彩の大まかな分類 を用いた研究から得られた知見を,楽曲検索に応用することは現実的ではないと考 えられる.
3.2.2 色聴保持者の音刺激と色彩の対応規則
長田ら(2003)[39]は,単純音源に関する調,音高,音色のパラメータと色彩印 象に関する色相,明度,彩度のパラメータの間にある,感性語を介さない直接的な 対応関係を調査している.彼女らは,まず,共感覚保持者を被験者として,共感覚 保持者に関する,調,音高,音色のパラメータと色相,明度,彩度のパラメータの 間にある,対応関係を調査した.なお,被験者が共感覚保持者であるかどうかの判 断は,以下の4項目に従って判断している.
1. 色彩の選択に再現性が見られること
2. 幼児期から色彩を感じた経験を持っていること
3. 感じる色彩が,色音符による音楽教育経験がないことを含めて,固有のものの 記憶に結びついていないこと
4. 色彩を感じる際に,好き/嫌い,快/不快といった情動を伴っていること 彼女らは,被験者に対して,提示された音刺激に対する印象に近い色彩をカラー チャートから選択させた.また,彼女らは,約3ヶ月後に,同じ被験者に対して同 様の実験を行い,音刺激と色彩の対応関係の再現性も調査している.
長田ら(2003)の実験では,図3.1(a)に示す色相環のうち偶数番号の12色相が 色相として採用されている.また,図3.1(b)に示す,横軸に彩度,縦軸に明度を とる座標上に配置される15カテゴリのうち,11カテゴリがトーンとして採用され ている.そして,これらの色相とトーンを組み合わせ,132通り(12×11)の色彩 を作成し,これらの色彩とは別に,グレー系9色,ピンク系10色,ブラウン系8色,
オフニュートラル系7色を加えた,合計166通りの色彩が採用されている.
彼女らは,実験の結果,色聴保持者に関する音と色彩の対応関係に関して,以下 の規則が得られたと報告している.
1. 調と色相は極めて強い相関を持ち,個人内で高い再現性があるが,他の色聴保 持者との間には色相に共通性は見られない.ただし,色聴保持者であり,かつ,
絶対音感1保持者の場合に関しては,ある程度の共通性が見られる.
2. 音色に関しては,高調波成分が増えると選択する色彩の彩度が上がり明度が下 がる傾向がある
3. 音高については,音高が上がると色彩の明度が上がる傾向がある 4. 音の優先順位は,調音>高音>色,である
さらに,彼女らは同様の実験を非色聴保持者を被験者として実施した.しかし,被 験者である非色聴保持者全員が,明確に色彩を選択できなかったと報告している.そ
1音高を他の音高と比較せずに識別する能力
図3.1: 長田ら(2003)で使用された色彩(長田ら,2003より転載)
の結果,彼女らは,非色聴保持者に関して,音と色彩の対応関係を明示的に示すの は不可能であると述べている.
次に,彼女らは,非色聴保持者かつ非絶対音感保持者を被験者として,色聴保持 者の実験から得られた音と色彩の対応関係に基づいて,音刺激の提示と同時に色刺 激を提示されるグループと提示されないグループに分けることによって,音刺激か ら調同定できるように訓練した.訓練後,被験者に調同定させる実験を行い,被験 者が調同定において何を手がかりとしたか,または何をイメージしたかについて調 査した.その結果,音刺激の提示と同時に色刺激を提示されるグループの調同定能 力が他方のグループよりも向上したことから,非色聴保持者にも調と色彩の対応関 係を認識する能力が潜在している可能性を報告している.なお,この訓練において 音刺激の提示と同時に色刺激を提示されなかったグループでは,調同定の際に, 白 いカーテン や 川・湖 などのような具体的な物やシーンをイメージとして挙げ
ている被験者が多かったと報告していることは,非常に興味深い.
長田ら(2003)の研究結果を考慮すると,楽曲検索における感性情報として,色 聴保持者に関する研究から得られた知見を応用することは,現状において困難であ ると考えられる.第1に,楽曲検索システムの普及を考慮した場合,共感覚保持者 は数万人に1人という極めて稀な存在であり[4, 39],一般のユーザ層としては,非 共感覚保持者が圧倒的に多い.第2に,楽曲検索としての利用を考慮した場合,そ の検索パフォーマンスには安定性が求められる.すなわち,ある色彩をクエリとし て入力した場合,多くのユーザが共通して満足できるような検索結果を出力しなけ ればならない.長田ら(2003)の研究結果から,色聴保持者個人内においては,調 と色彩の対応関係に極めて強い相関と高い再現性が確認されたものの,色聴保持者 の間には共通性が見られていない.このことは,同一の色彩をクエリとして入力し ても,その出力結果に満足できるユーザと満足できないユーザがいることを示唆す る.したがって,このような楽曲システムが多くのユーザに受け入れられることは 期待できない.第3に,色聴保持者の音と色彩の対応規則に基づいて,非色聴保持 者が訓練を受けることによって,ある程度の音と色彩の対応関係を認識できるよう になると述べられているが,楽曲検索のためにわざわざ訓練を受けなければならな いということは明らかに非現実的である.
以上から,楽曲検索における感性情報として色彩を利用するための手がかりを得 るには,共感覚(i.e., 色聴)保持者のように,音刺激と色彩印象を直接的に対応付 けるという認知的メカニズムに焦点を当てた研究とは別の視点から,楽曲と色彩の 結びつきを検討する必要があると考えられる.