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共感覚比喩に関する先行研究

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第 4 章 人間の認知活動における経験基盤の重 要性要性

4.3 共感覚比喩に関する先行研究

4.3.1 共感覚比喩の理解しやすさと修飾の方向性に関する研究

形容詞などの修飾句を喩辞とする形容詞比喩の中でも,特に, 赤い味 や 静か な色 のように,ある感覚モダリティに属する語が別の感覚モダリティに属する語 を修飾する形容詞比喩のことを共感覚比喩という.共感覚比喩に関する研究は古く から行われているが,そのほとんどが,共感覚比喩の理解しやすさと修飾の方向性 に焦点を当てた研究である.これらの研究では,どの感覚モダリティに属する喩辞

(i.e.,形容詞)がどの感覚モダリティに属する被喩辞(i.e., 名詞)を修飾する場合に,

理解しやすい共感覚比喩となるかを調査したものである.

Ullmann(1951)[53]は,共感覚比喩に関する研究の中でも先駆的研究であると言

われている.彼は,どの感覚モダリティに属する語がどの感覚モダリティに属する 語を修飾するために使用されているかに関して,Byron,Keats,Wilde,Symons,

Gautier,その他の19世紀の詩を用いて調査した.その結果,図4.1に示すように,

触覚に属する語が他の感覚モダリティに属する語を修飾するために最も多く用いら れる傾向があること,聴覚に属する語が他の感覚モダリティに属する語によって最

触覚 触覚以外の感覚モダリティ 聴覚以外の感覚モダリティ 聴覚

触覚,味覚 視覚,聴覚

4.1: Ullmann1951)による感覚モダリティ属する語の修飾の方向性

4.2: 感覚モダリティに属する語が修飾語として最初に用いられた年代(Williams1976 より抜粋)

触覚 味覚 嗅覚 次元 色覚 聴覚 dull (本来は触覚) 1230 1430 1475 sour (本来は味覚) 1000 1340 W3 deep (本来は次元) 854 1398 1387

vivid (本来は色覚) 1665 W3

も多く修飾される傾向があること,触覚や味覚に属する語が視覚や聴覚に属する語 を修飾する傾向があることが分かったと報告している.Ullmann(1951)が対象と した11人の19世紀の詩の中でこのような共感覚比喩が使用されているのは,その 表現が理解可能だからである.このことを考慮すれば,Ullmann(1951)によって 明らかにされた,感覚モダリティ属する語の修飾の方向性は,共感覚比喩の理解し やすさと関係があると言える.

Ullmann(1951)の後,Williams(1976)[57]は,英語の辞書に記述されている 用例を対象とした通時的研究を行った.彼は,the Oxford English Dictionary,the Middle English Dictionary,Webster’s Thirdという3種類の辞書において,ある感 覚モダリティに属する語が別の感覚モダリティに属する語を修飾するために最初に 用いられた年代を調査することで,感覚モダリティに属する語の通時的な変化を研 究した.すなわち,ある感覚モダリティに属する語が他の感覚モダリティに属する語 を修飾する場合,それぞれの感覚モダリティを修飾するために最初に用いられた年 代が一様でなければ,年代の古い順から意味が拡張していったと考えられるという ものである.Williams(1976)では,65語に関して,それらの語が最初に用いられ た年代が記載されている.その一例を表4.2に示す.ただし,表4.2において,W3と いう記号は,the Oxford English Dictionaryあるいはthe Middle English Dictionary には記載されていないが,Webster’s Third(現代の辞書)において記載されている ということを表している[57].なお,Williams(1976)では,Ullmann(1951)が用 いた五感の他に, 次元(高低などの視覚的に知覚できる次元) という項目を新たに 追加している.表4.2より, dull(触覚に属する語) に関しては,触覚 ⇒ 色覚 ⇒ 聴覚という順に,用いられ方が変化していることが分かる.このことから, dull の意味は,触覚 ⇒ 色覚 ⇒ 聴覚という順に意味が拡張していったと考えることがで きる.

Williams(1976)は,この共感覚比喩に関する通時的な調査によって,感覚モダ

4.2: Williams1976)による感覚モダリティ属する語の修飾の方向性(Williams1976 より転載))

4.3: Yu2003)によって確認された中国語の共感覚比喩に関する方向性

リティに属する語の共感覚的な意味の転用には,図4.2に示すような一定の方向性が あり,逆方向への意味の転用は,ごく少数の例外を除いて確認されないと述べてい る.Williams(1976)では,図4.2に示した意味の転用に関する方向性は,英語以外 の言語においても共通するだろうと述べられている.この意味の転用に関する方向 性は,その後,様々な研究者によって調査が行われており,楠見(1988)[28]や山梨

(1988)[58]によって,現代日本語においても,Williams(1976)の示した意味の転 用に関する方向性が確認されている.しかし,最近では,Yu(2003)[63],Werning et al.(2006)[56],武藤(2009)[37]によって,Williams(1976)の示した意味の転 用に関する方向性は,英語以外の言語において,必ずしも共通ではないということ が報告されている.

Yu(2003)は,中国人小説家Mo Yanの小説および短編小説の中で使用されてい る共感覚比喩を分析することで,共感覚比喩の喩辞(i.e.,形容詞)と被喩辞(i.e.,名 詞)の修飾関係に関する方向性を調査した.その結果,図4.3に示す方向性が確認さ れたと報告している.この分析によって,彼は,中国語における方向性は,Williams

(1976)の示した方向性とは若干異なっていると述べている.

Werning et al.(2006)は,ドイツ語における共感覚比喩の理解しやすさ,および,

共感覚比喩の理解しやすさの要因に関する研究を行った.彼らは,ドイツ語の形容 詞を用いて共感覚比喩を作成し,提示された共感覚比喩に関して,理解可能/理解 不可能の判断を被験者に求めた.その結果,ドイツ語においては,図4.4に示すよ うな理解しやすさの関係が得られたと報告している.彼らは,共感覚比喩の理解し やすさの要因を探るため,被験者の性別/年齢/母国語と,共感覚比喩の理解しやす

4.4: Werning et al.2006)による共感覚比喩の理解しやすさの方向性(Werning et al. 2006より転載)

さの関係を分析したが,これらの要因は,共感覚比喩の理解しやすさとは関係して いなかったと報告している.次に,彼らは,ドイツ語のコーパス1を用いて,共感覚 比喩に用いられた形容詞と名詞に関するコーパス中の頻度と,共感覚比喩の理解し やすさの関係を分析した.その結果,共感覚比喩に用いた名詞の頻度と共感覚比喩 の理解しやすさには相関が見られなかったが,共感覚比喩に用いられた形容詞の頻 度と共感覚比喩の理解しやすさには相関が見られたと報告している.さらに,彼ら は,共感覚比喩に用いられた形容詞が, warm のような純粋な形容詞か,あるい は, smell から派生した smelling や, aroma から派生した aromatic のよ うに,名詞からの派生形容詞かどうかということと,共感覚比喩の理解しやすさの 関係を分析した.その結果,純粋な形容詞は共感覚比喩の理解しやすさを高めるが,

派生形容詞は共感覚比喩の理解しやすさを減少させていたと報告している.

武藤(2009)は,9種類の言語における共感覚比喩を対象として,共感覚比喩の方 向性に関する調査を行っている.彼女は,英語,中国語,タイ語,韓国語,ロシア 語,スペイン語,マレー語,ベンガル語,日本語の9言語を分析対象として,調査 を行った.彼女は,触覚に属する32語と視覚に属する43語を組み合わせ,触覚に 属する語が視覚に属する語を修飾する共感覚比喩(i.e., Williams(1976)の方向性 に反しない共感覚比喩)と,視覚に属する語が触覚に属する語を修飾する共感覚比 喩(i.e., Williams(1976)の方向性に反する共感覚比喩)を作成した.そして,各 言語毎に翻訳したものを被験者に提示し,提示された共感覚比喩が当該言語におい て表現可能であるかどうかを回答させるという実験を行った.その結果,Williams

(1976)の方向性に対する多くの反例が存在していたことから,従来の研究で述べら れている共感覚比喩の方向性は言語普遍ではないと述べている.

以上のように,共感覚比喩に関する研究の多くは,共感覚比喩に関する修飾の方 向性に焦点を当てた研究である.本節で述べた内容から分かるように,これらの研 究では,感覚間の転用においてどのような認知プロセスが働いているのかといった

1CELEXコーパスのドイツ語版

近感覚(触覚,味覚) 遠感覚(視覚,聴覚)

近・遠感覚 心的状態

(触覚,味覚,視覚,聴覚) 記憶 , 気分 , 考え , 性格

4.5: 楠見(19881994)による理解しやすさの高いの修飾の方向性

点や,人間の経験的要因が感覚間の転用に対してどのように関わるのかといった点 に関しては言及はされていない.

4.3.2 共感覚比喩の理解プロセスに関する研究

4.3.1節で述べたように,共感覚比喩に関する研究の多くは,喩辞と被喩辞に関す

る修飾の方向性に焦点を当てた研究であるが,少ないながらも,共感覚比喩の理解 プロセスに関する研究として,以下のような研究がある.

楠見(1988,1994)[28, 29]は,共感覚比喩を構成する語の意味に関して,感覚の 強–弱 と感覚に対する 快–不快 という2つの意味に関する類似性が,共感覚比 喩の理解を支えていると述べている.彼は,共感覚比喩に対する理解しやすさの評 定を6点尺度によるSD法によって被験者に求める心理実験を行った.なお,楠見

(1988,1994)では,五感に関する語に加え, 記憶 , 気分 , 考え , 性格 のような心的状態を表す語を用いた形容詞比喩も共感覚比喩としている.彼は,こ の実験の結果から,図4.5に示すように,近感覚 ⇒ 遠感覚,近・遠感覚 ⇒ 心的状 態,という修飾の場合に,共感覚比喩の理解しやすさが高かったと報告している.

楠見(1988,1994)は,この結果において理解しやすさの高かった共感覚比喩に 対して,さらに2つの実験を行っている.一方は,意味的に類似していると判断し た表現を,被験者に任意のグループに分類させる実験である.このとき,被験者に 対して,分類基準と思い浮かべたイメージを自由回答によって求めている.他方は,

共感覚比喩に対する印象を,感覚の 強–弱 および感覚に対する 快–不快 に関 して,7点尺度によるSD法によって被験者に評価させる実験である.これらの実験 の結果,感覚形容語の意味は,感覚の 強–弱 および感覚に対する 快–不快 の 次元に関して共通性があったと報告している.このことから,彼は,共感覚比喩の 理解プロセスの基盤は,共感覚比喩を構成する語に関する,感覚の 強–弱 および 感覚に対する 快–不快 の意味の次元における類似性(楠見(1988,1994)では,

これを感覚の通様相性と呼んでいる)であると述べている.興味深いことに,楠見

(1988)では,類似性判断における分類基準に関する自由回答において,触覚や味覚 に関する表現に関しては,具体物に結びついたイメージの回答が多かったと報告し ている.すなわち,この実験結果から,共感覚比喩の理解では,経験基盤が重要で あることを示唆する可能性が伺える2

2この点に関して,楠見(1988)では,経験基盤の重要性に関しては言及されていない.

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