第 7 章 結論
7.2 今後の課題と展望
7.2.1 今後の課題 プリミティブワードの充実
6.8.4節で述べたように,提案手法の性能評価の結果,未知語に関する影響度と色
彩ベクトルの推定が,検索性能の向上に貢献していた.しかし,このことは,本研 究で用いたプリミティブワード以外にも,色彩の想起に重要な,色彩と結びつきの ある単語が存在することを示唆している.未知語の情報が推定値であることを考慮 すれば,プリミティブワードとして扱える単語が多いほど,楽曲色彩ベクトルの推 定は適切に行えると考えられる.また,6.6.2節の説明から分かるように,未知語の 影響度と色彩ベクトルの推定は,未知語との類似度が閾値θ(>0)以上であるプリミ ティブワードの情報を用いて行われる.したがって,未知語の影響度と色彩ベクト ルの推定のために用いるプリミティブワードが多いほど,未知語の影響度と色彩ベ クトルの推定は適切に行えると考えられる.以上から,プリミティブワードの充実 が今後の課題として挙げられる.
この課題を解決する方法として,例えば,親密度の高い語彙のうち歌詞に頻出す るものを調査することで,プリミティブワードの充実を行うということが考えられ る.ただし,新密度の高い語彙に関する影響度や色彩ベクトルを,歌詞だけでなく 新聞コーパスやWeb上のテキスト情報にも頻出するものを中心に調査できれば,楽 曲検索という分野だけでなく,テキスト情報と色彩を結びつける様々な分野におい て利用可能なデータベースになると期待できる.
提案手法と音響特徴を利用した手法の比較検討
本論文では,楽曲の試聴から想起される色彩を歌詞の解析から推定できる,とい うことを示したが,提案手法の評価において,提案手法と音響特徴を利用した手法 の比較検討が課題として挙げられる.しかし,この比較を行うには,既存の歌詞付 き楽曲から歌詞に関する情報をどのように取り除くかという点が問題となる.例え ば,カラオケ用音源や,楽曲データからボーカル部分をフィルタリングした音源に は,本来であれば主となるメロディラインが含まれていない.したがって,このよ うな音源を比較のために使用することは適切ではない.また,楽曲データからボー カル部分を正確にフィルタリングすることは非常に困難な作業である.
ここで,多くの日本人が,洋楽を試聴する際に歌詞を正確に理解していないので あれば,この課題を解決する方法として,洋楽の利用が考えられる.したがって,本 研究の提案手法を洋楽に拡張すれば,提案手法と音響特徴を利用した手法の比較検 討が可能になると考えられる.
ユーザの満足度に関する検討
本論文の提案手法は,ユーザが明確な楽曲の検索を目的としない場合を想定した 楽曲検索手法である.本論文では,6.8節において,再現率,適合率,F 尺度によっ て提案手法の評価を行った.この評価方法は,ユーザが明確な楽曲の検索を目的とす る場合に有効な評価方法であるが,明確な楽曲の検索を目的としない場合には,検 索結果に対してユーザがどの程度満足するかという尺度によって評価することも重 要である.
以上から,本論文によって,歌詞の解析によって色彩をクエリとする楽曲検索手 法が実現可能であることが明らかになったが,今後,提案手法に対するユーザの満 足度を評価するための心理実験を行い,改めて,提案手法を評価することが課題で ある.また,ユーザが検索結果に満足しなかった場合,ユーザの評価をシステムに フィードバックし,色彩ベクトルの推定をユーザ毎に最適化できるように,提案手 法を改良したアルゴリズムの開発が課題として挙げられる.
7.2.2 今後の展望
本研究で試作したシステムは,クエリとして色彩の配色割合を用いているが,色 彩の配色割合さえ得られれば,どのような形式のクエリにも対応可能である.例え
ば,クエリとして画像や映像を用いることも可能である.したがって,提案手法は,
Webページに表示されている画像に適したBGMを自動演奏したり,広告の色彩に 基づいて,広告に適した楽曲を自動演奏するようなツールとして利用可能である.
本研究では,色彩をクエリとした楽曲検索手法を提案したが,この提案手法では,
楽曲によって想起される色彩の想起確率を推定している.このプロセスを逆に辿れ ば,歌詞付きの楽曲をクエリとして,そこから想起される色彩を想起確率の高い順 に提示することができる.このことは,本研究の提案手法を,例えば,カラオケ店 等においてユーザが歌っている楽曲に合わせて照明の色彩を自動的に変化させたり,
イベント会場で流れている楽曲に合わせて照明の色彩を自動的に変化させることで,
ユーザあるいはイベント参加者の気分をさらに盛り上げるためのツールとして応用 可能であることを意味している.
上記に示した応用が可能なのは,本研究の提案手法の本質が,テキスト情報と色 彩情報を結びつけていることによるためである.すなわち,テキスト情報から想起 される色彩を推定するということが提案手法の核である.このことは,本研究の提 案手法を,上述の自動照明ツールだけでなく,例えば,スライドに記述されている テキスト情報に合わせてスライドの背景色を推薦する支援ツール,ブログや電子書 籍の記事内容に合わせて最適な色彩の装飾を推薦する支援ツール,電子書籍あるい は電子文書の内容に合わせた色彩を自動的に選択する電子付箋ツールなどに応用可 能であることを意味している.すなわち,本研究で提案した楽曲検索技術は,楽曲 検索という特定の分野に特化した技術ではなく,テキスト情報と色彩を結びつける あらゆる分野において応用可能な技術であると言える.したがって,今後も継続し て研究を行うことで,本研究は,様々な分野における工学的な貢献を果たすことが 期待できると言える.
謝辞
本研究を博士論文としてまとめる機会を与えていただくと共に,非常に多くのご 指導ならびにご助言をいただいた,坂本真樹准教授に心から感謝を申し上げます.
本研究を進める上で,非常に多くのご助言をいただいた,内海彰准教授に心から 感謝を申し上げます.
本論文の審査過程において,数々のご助言を賜りました,兼子正勝教授,吉浦裕 教授,梶本裕之准教授に心から感謝を申し上げます.
本研究において多くのご協力を頂いた坂本研究室の方々,本研究で実施した実験 に御協力して頂いた被験者の方々に感謝を申し上げます.
最後に,本研究に至るまでの学業および研究活動に従事する機会を与えていただ くと共に,精神的に支えていただいた私の家族,特に私の両親に心から感謝を申し 上げます.
参考文献
[1] A.H. Becker. Emergent and common features influence metaphor interpretation.
Metaphor and Symbol, Vol. 12, No. 4, pp. 243–259, 1997.
[2] B.F. Bowdle and D.Gentner. The career of metaphor. Psychological Review, Vol. 112, No. 1, pp. 193–216, 2005.
[3] 千々岩英彰. 色彩学概説. 東京大学出版会,東京, 2001.
[4] R.E. Cytowic. Synaesthesia: a union of the senses. MIT Press, Cambridge, MA, 2002.
[5] 藤原弘将,後藤真孝. Vocalfinder:声質の類似度に基づく楽曲検索システム. 情 報処理学会研究報告(音楽情報科学), Vol. 2007, No. 81, pp. 27–32, 2007.
[6] D. Gentner, B.F. Bowdle, P. Wolff, and C. Boronat. Metaphor is like anal-ogy. In D. Centner, K.J. Holyoak, and B.N. Kokinov, editors, The Analogical Mind: PERSPECTIVES FROM COGNITIVE SCIENCE. MIT Press, Cam-bridge, MA, 2001.
[7] A. Ghias, J. Logan, D. Chamberlin, and B.C. Smith. Query by humming:
Musical information retrieval in an audio database. InProc. of ACM Multimedia 95, pp. 231–236, 1995.
[8] S. Glucksberg. Understanding figurative language: from metaphors to idioms.
Oxford University Press, Oxford, 2001.
[9] S. Glucksberg and B. Keysar. Understanding metaphorical comparisons: be-yond similarity. Psychological Review, Vol. 97, No. 1, pp. 3–18, 1990.
[10] S. Glucksberg, M.S. McGlone, and D. Manfredi. Property attribution in metaphor comprehension. Journal of Memory and Language, Vol. 36, pp. 50–67, 1997.
[11] J.E. Grady. A typology of motivation for conceptual metaphor -correlation vs. resemblance-. In R. W. Gibbs and G. R. Steen, editors, Metaphor in Cog-nitive Linguistics, pp. 79–100. John Benjamins Publishing Company, Amster-dam/Philadelphia, 1997.
[12] K. Hoashi, H. Ishizaki, K. Matsumoto, and F. Sugaya. Content-based music retrieval using query integration for users with diverse preferences. In Proceed-ings of the 8th International Conference on Music Information Retrieval, pp.
463–466, 2007.
[13] 帆足啓一郎, 井ノ上直己. ユーザの音楽嗜好に基づく音楽情報検索手法. 情報処 理学会研究報告(音楽情報科学), Vol. 2003, No. 16, pp. 79–84, 2003.
[14] 池原悟, 宮崎正弘, 白井諭, 横尾昭男, 中岩浩巳, 小倉健太郎, 大山芳史, 林良彦
(編). 日本語語彙大系. 岩波書店,東京, 1997.
[15] 池添剛, 梶川嘉延, 野村康雄. 形容詞対を用いた音楽データベース検索システム.
情報処理学会研究報告(音楽情報科学), Vol. 1999, No. 106, pp. 7–14, 1999.
[16] 池添剛,梶川嘉延,野村康雄. 音楽感性空間を用いた感性語による音楽データベー ス検索システム. 情報処理学会論文集, Vol. 42, No. 12, pp. 3201–3212, 2001.
[17] 石先広海, 帆足啓一郎, 菅谷史昭, 甲藤二郎. ユーザ嗜好に基づく音楽情報検索 システムにおける学習データ抽出法. 情報処理学会研究報告(音楽情報科学), Vol. 2006, No. 19, pp. 73–78, 2006.
[18] L.L. Jones and Z. Estes. Roosters, robins, and alarm clocks: aptness and conventionality in metaphor comprehension. Journal of Memory and Language, Vol. 55, pp. 18–32, 2006.
[19] 梶克彦,平田圭二, 長尾確. 状況と嗜好に関するアノテーションに基づくオンラ イン楽曲推薦システム. 情報処理学会研究報告(音楽情報科学), Vol. 2004, No.
127, pp. 33–38, 2004.
[20] 川越聡,神酒勤. カラーイメージからの色情報に基づく感性情報の抽出. 映像情 報メディア学会技術報告, Vol. 27, No. 22, pp. 5–8, 2003.
[21] 北研二, 津田和彦,獅々堀正幹. 情報検索アルゴリズム. 共立出版, 東京, 2002.
[22] 小林重信(他)(編). カラーイメージ事典. 講談社, 東京, 1987.
[23] 小林重信,日本カラーデザイン研究所(編). カラーイメージスケール. 講談社, 東京, 2000.
[24] 熊本忠彦,太田公子. 印象に基づく検索のための印象語選定法の提案. 情報処理 学会論文誌, Vol. 44, No. 7, pp. 1808–1811, 2003.
[25] 熊本忠彦, 太田公子. 感性検索シーンにおける自然言語IFとGUIの比較評 価. 電子情報通信学会技術報告(言語理解とコミュニケーション), Vol. 103, No. 407, pp. 1–6, 2003.