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本邦の沿岸水域は伝統的に、専有的に漁業によって利用されてきたために、本邦の漁業 制度は、漁業法や水産資源保護法による規制、水産業共同組合法による小生産者の相互

扶助を中心に展開されてきた。したがって、漁業以外の新たな開発・利用事業あるいは 防災・安全事業を展開しようとするときには、漁業との調整が必要となる。これまでの 多くの事例では、漁業権をもつ漁業者の同意を得て、補償金を支払い漁業権を消滅させ ている。現行の漁業法はその第

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条において、「漁業調整、船舶の航行、てい泊、けい 留、水底電線の敷設その他公益上必要があると認めるときは、都道府県知事は、漁業権 を変更し、取り消し、又はその行使の停止を命ずることができる」と定めている。同条 6項と7項において、都道府県知事はそれによって生じた損失を補償することが義務づ けられている。また、同条

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項においては、それによって利益を受ける者がある場合に は、都道府県はその者に対して補償金額の全部または一部の負担を命じることができる とされている。2001 年(平成

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年)に新たに水産基本法が制定されたが、この点につ いては変更はない。

一方、公有水面埋立法の3条1号によれば、「工事の施行区域内の水面に権利者が存

在する場合には、当該権利者が埋め立てに同意しない限り、都道府県知事が埋め立てを 免許できない」としている。埋め立て免許者である知事は漁業権の設定や取り消しを行 う主体であり、公益判断によって既存の漁業権の取り消しを行うことも可能であるが、

知事が埋め立ての積極的な公益判断をして、漁業権をあらかじめ消滅させるような事態 は事実上ありえない。つまり、埋め立て免許の申請者は漁業者の自発的な同意を得ない 限り、埋め立てができない構造になっており、その同意は、漁業者が漁業権の消滅の対 価として満足するだけの金額を支払うことによってしか得られない。現況の社会情勢下 においては、この補償金額の主導権は漁業者側にあり、それが現況の先例や相場を作り 出し、それがある意味で、漁業者のエゴと評価され、社会的公正に反するあるいは金額 交渉が不透明であるとの批判をしばしば非漁業者から浴びている。常滑沖の人工島(中

部国際空港)の建設は、事実上、2000年(平成

12

年)の中部国際空港の建設への関係 漁業団体の同意と、それに基づく埋め立て許可申請があってはじめて工事着工ができた と言える。その他にも、火力発電所や原子力発電所等の建設においては、協力金名目の 多額の金銭が関係の漁業組合に支払われることが多いが、これも部外者には何か割り切 れない感じを与える。

海洋管理研究会(2002)が公表した「21

世紀におけるわが国の海洋政策に関する提言」

は、その中の第4提案の中のひとつとして、「漁業補償に第三者機関による裁定方式の 導入を検討すべきである」と提言している。その目的は、透明性を高め、合理的な補償 が可能になり、補償によって漁業の進行、水産資源の回復・培養・資源管理が一層充実 するような新たな制度を構築することである。確かに、漁業補償そのものを取り上げれ ばそのとおりであろうが、沿岸水域の環境保全および管理にとっては、これは問題の本 質ではないと言える。上記に言及したような状況を認識するとき、「さて、海はだれの ものであろうか」といった疑問をもたざるを得ない。海あるいは沿岸水域についての考 え方が欧米とはまったく異なっている本邦では、「沿岸水域は公共のものである」とい った通念は確立していない。また、これまで実際上は、本邦の沿岸水域は伝統的に、専 有的に漁業者によって利用されてきただけではなく、また漁業者によって守られてきた とも言える。

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空港島建設の環境影響評価

1998

年(平成

10

年)に縦覧された中部国際空港建設事業の「環境影響評価準備書」、

1999

年(平成

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年)に告示・縦覧された「環境影響評価書」への批判としては、宇野 木・西條(1999)が公表した「重大な欠陥をもつ中部国際空港周辺の海洋環境影響評価」、

日本海洋学会海洋環境問題検討委員会(1999)が公表した「閉鎖性水域の環境影響評価に関 する見解―中部国際空港人工島建設の場合」(海の研究

8:349-357)がある。いずれの文

書においても、「環境影響評価準備書」および「環境影響評価書」に対して酷しい批判 が展開されている。ひとつは、空港建設が周辺の環境にあたえる影響の事前評価の内容 そのものに係わった批判である。他は、環境影響評価書そのもののあり方に係わった批 判である。

先に言及したように、航空機騒音の影響の軽減、名古屋港に出入りする大型船の常用

航路への配慮、断層等の海底地盤条件への配慮の3つを制約条件として、中部国際空港 の位置を常滑沖の海上に人工島を建設するとされていた。この常滑沖に人工島の中部国 際空港を建設すると、当然、周辺の環境へ影響が生じるので、この環境影響を事前に評 価し、この影響の軽減策を講じなければならない。その結果が、上記の「環境影響評価 準備書」であり、「環境影響評価書」である。この事前影響評価で考慮すべきは、周辺 水域の生態系への影響、周辺水域の漁業資源への影響、藻場への影響、海況への影響、

水質への影響、底質への影響、海岸線と海底地形への影響等々である。これらの諸問題

の根底にあるのは、空港島の建設に伴う流れの変化であるが、「環境影響評価準備書」

や「環境影響評価書」では、空港島と対岸の間の水道は恒流の収束域となるが、トンボ ロ現象のような大きな海岸線の変化はなく、また空港島の遮蔽効果によって近傍の海域 で流れが弱まり、溶存酸素量が減少するが、顕著な変化ではないと予測されている。こ れらの予測についても種々の問題点が指摘されているが、もっと大きな問題点は、空港 島の建設に伴う浅海域と海草藻場の消失である。

「環境影響評価準備書」および「環境影響評価書」においては、伊勢湾の生態系、と

くに漁業資源にとって常滑沖の空港島とその周辺の浅海域の果たす役割が過小評価され ている。岐阜県・愛知県・三重県・中部空港調査会(1997)が公表した「中部新国際空港に 関する漁業影響調査結果」によれば、アマモ場は愛知県側では知多半島の常滑から美浜 にかけて、三重県側では津から鳥羽にかけて分布しており、平成5年度では面積はそれ ぞれ

1.91km

2

3.94km

2であり、常滑周辺のアマモ場は伊勢湾の

33%を占める。また、

富栄養化の著しい伊勢湾では、毎年夏季に大規模な貧酸素域の発達が観察されているが、

伊勢湾の他の浅海域とは異なって、空港島周辺の浅海域はこの貧酸素の発達域となって いない。空港島

5.8km

2は伊勢湾の

10m以浅の面積 400km

2

1.5%にすぎないが、空港

島とその周辺の浅海域はこの数字が物語るよりもはるかに大きな、無視することができ ないほどの生態的な役割を担っていると言える。「環境影響評価準備書」や「環境影響 評価書」では、上記のような環境への影響を軽減するために、代替措置として、(1)空港 島と対岸部の海域幅の確保、

(2)空港島の形状の曲線化、(3)空港島の隅角部の曲線化、(4)

空港島の護岸壁面での岩礁域生態系の創出をあげている。しかし、日本海洋学会海洋問 題検討委員会(1999)の「閉鎖性水域の環境影響評価に関する見解―中部国際空港人工島建 設の場合」(海の研究

8:349-357)によれば、これらは十分な代替措置とはなっておらず、

空港島周辺のアマモ場や砂質浅海生態系が消失する可能性は解消されないとしている。

環境影響評価書」そのもののあり方についても、いくつかの批判がおこなわれている。

ひとつは、漁業資源への影響についてほとんど検討が加えられていないことである。他 は次のようなものである。空港建設計画は、空港島埋め立てからアクセス用高速道路の 建設、関連施設用地の確保のための対岸埋め立て、埋立用土砂採取と運搬に至る一連の 事業によって、陸域と海域の環境に大きな負荷を強いるが、これらの環境影響が個々に 検討され、中部新国際空港建設のあり方とその環境影響が全体として一括して考慮され ていない。また、計画アセスあるいは戦略的アセスの視点から思いつくままにいくつか 挙げれば、

(1)なぜ中部国際空港が必要なのか、 (2)なぜ中部国際空港は人工島なのか、(3)

なぜ人工島は常滑沖なのか、(4)常滑沖が妥当だとすれば、なぜもっと沖側ではなく、今 の位置に人工島があるのか、(5)人工島建設がその周辺域および伊勢湾の環境にどのよう な影響を与えるのか(人工島の規模と形状の根拠は何かも含む)、となる。詳しく検討 すればもっと多く出てくるであろうが、「環境影響評価」は上記の(5)に相当し、人工島 が常滑沖の現在の位置にあることを前提に、その建設の影響を予測し、それに基づいて

人工島の形状に工夫をこらし、一部は環境修復の措置も講じている。つまり、上記に列 挙したそれぞれの項目について、事前事後の評価は行われていないが、これを実施すべ きであろう。

長良川河口堰

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