る。しかし、本報告書の「4-2流域および流域圏」において河川からの土砂供給量の減少 について詳しく言及しており、また後で言及する本報告書の「4-4海岸」「4-5干潟、藻 場、ヨシ原」において、河川からの土砂供給量の減少が海岸や干潟に及ぼす影響につい て詳しく扱っているので、ここでは触れない。
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流域の森林破壊本邦の国土の約 70%を占める森林が、雨水を溜め、洪水による急激な流出を抑制する
機能をもっていることは、よく知られている。また、森林が成立するためには土壌(土 砂)が必要であり、森林は土砂の恒常的な流出を抑制する機能ももっている。流域の総 合的な管理にとっては、上流域と下流域あるいは河口域との間、流域全体において、水 や土砂等の、したがってこれと関連している栄養塩類の連鎖・循環に森林の存在は重要 である。言うまでもなく、このことは水や土砂等の連鎖に限らず、流域の環境保全全体 にとってあてはまる。
最近、森と海の関係が注目されている。鈴木(1997)の「水辺林の構造・動態、そして機 能」(水産海洋研究
61:181-187)によれば、森林での微量養分の生産、河川を通したこ
れらの物質の移動、海洋でのこれらの物質の拡散の機構などは十分に明らかではなく、森林伐採や人工林化が河川の栄養塩類負荷に及ぼす影響についても、未だ解明を要する 部分が多い。しかし、森林の大規模な伐採あるいはその破壊は沿岸水域の漁場環境の悪 化をもたらすとして、海にほぼすべて依存して生活している漁民が中心となって、流域 の植林活動が展開されている事例はよく知られている。その多くが経験的にではあるが、
森林伐採による保水能力、土砂収支、水質等のさまざまな変化と、それに応答した群集・
生態系レベルでの変化も、知られている。
例えば、 Bormann & Likens (1979)の「Pattern and Process in a Forested Ecosystem」
(Springer-Verlag)や国松(2000)の「森林伐採による栄養塩類の挙動と流失」(第 18
回琵 琶湖研究シンポジウム「森林伐採が環境に及ぼす影響」予稿集15:15-24)は、森林伐採
により、流域の渓流水中の窒素化合物等の栄養塩類濃度が変化し、それに応じて流域環 境に及ぼす影響も増大することを示唆している。流域の上流域の森林ではないが、東南 アジアなどでの海辺のマングローブ林の破壊が、顕著な海岸侵食をもたらし、ひいては そこに生息する多種の豊富な生物の生息を困難なものにしている事例もある。森林破壊 に伴って、森から遠く離れた沿岸域での環境、とくに海岸侵食といった顕著な地形の変 化が生じることは、森と海の関係を考える上で重要である。4 - 4
海岸本邦は四方を海に囲まれ、入り組んだ地形の海岸線をもつために、非常に長い海岸線 をもつ。海岸長期ビジョン研究会(1995)の「豊かな海辺の創造―海岸長期ビジョンー」(第 一法規出版)によれば、海岸の総延長線は約
35,000km
であり、このうちの約10,000km
が砂浜・礫浜・泥浜、約13,000km
が岩礁・崖といった自然海岸であり、残りの約12,000km
が構造物のある人工・半人工海岸である。我が国では、行政・政策上の便宜のために、海岸は自然海岸、半自然半人工海岸、人工海岸の3つに区分されている。自然海岸とは、
海岸が人工的に改変されず、人工構築物もなく、自然の状態を保持している海岸であり、
人工海岸とは、港湾、埋立、浚渫、干拓等によって人工的に作られた海岸や、潮間帯に
人工構築物がある海岸である。半自然海岸は、道路、護岸、テトラポット等の人工構築 物が海岸の一部にあるが、潮間帯においては自然の状態を保持している海岸である。ま た、海岸に人工構築物がない場合でも、海域に離岸提等の構築物がある場合には、半自 然海岸に分類されている。海岸はさらに、九十九里浜や遠州灘のように、外海沿岸水域 に直接に面している海岸と、東京湾や伊勢湾のように、外海の影響からある程度隔離さ れた水域の海岸に分けることができる。また、自然海岸、また半人工海岸のうちの自然 の海岸線は、その底質によって、砂浜海岸、泥海岸、礫(転石)海岸、岩礁海岸、サン ゴ礁海岸等に分類できる。
本邦のように、森林が国土の約 70%をしめ、可住面積が極端に狭く、かつそれが海岸
に隣接した低地に過剰な人口が集中しているような状況下では、ひとたび津波、高潮、
波浪等が来襲すれば、浸水その他の大規模な被害が生じる。現時点では、堤防、護岸等 の海岸保全施設により防御する必要のある海岸(海岸保全区域)は約
14,000km
とされ ており、このうちの約9,300km
で海岸保全施設の整備がおこなわれている。したがって、海岸の環境は開発・利用事業および安全・防災事業の圧倒的な影響に曝されている。
言うまでもなく、海岸は陸と海の境界に位置している。海岸とそれに隣接する浅海域
と陸域、すなわち「沿岸域」は、陸域、水際の渚とそれに続く浅海域、地形や気象条件 等の環境に加えて、多様な動植物の宝庫である。とくに、砕波帯、干潟、塩性湿地や藻 場といった場は特異な生態系を形成し、高い生物生産や水質浄化力の場であるとともに、多様な海産動物の保育場としても重要な場である。 例えば、砂浜海岸を考えてみよう。
細・粗砂の表面には微生物が、これらの粒子の間にはいわゆる間隙生物が生息しており、
波浪や潮の干満に応じて海水が砂粒の間隙を自由に動くが、その際に海水中の有機物は これらの微生物や間隙生物によって分解される。これは水質浄化で言えば有機物を除去 する二次下水処理に相当するが、有機物の分解産物である無機態の窒素や燐は、次に砂 に付着している微細藻類あるいは大型藻類・海草によって取り込まれ、再び光合成活動 を通した有機物生産を介して食物連鎖に乗っていく。坂本(1994)の「砂浜の潮汐に伴う呼 吸(有機物の好気分解代謝)機能」(用水と排水
36: 44-52)を含めて、海浜に関する最
近の種々の研究によって、この砂浜海岸での水質浄化は沿岸水域の水質浄化に大きく寄 与していることが次々と明らかになっている。後に詳しく言及するが、干潟あるいは藻 場についても、まったく同様のことが当てはまる。しかし、そこはまた、水質汚濁や富 栄養化、海洋汚染等の環境への人為的な影響が著しい場でもあり、干拓・埋立等によっ て干潟、藻場あるいは塩性湿地が次々と失われている場でもある。沿岸域の陸域の海浜では、中部地方を例にとれば、表面の砂は真夏には乾燥し温度が
50
oC
近くにもなるが、一方冬の真夜中には零下になることもめずらしくないが、その下 の砂はつねに比較的温暖で湿っている。海浜植物は水際に近い方からハマヒルガオやハ マダイコン等を含む一年生草木や多年生草木、低木林、クロマツ等の高木林と帯状に分 布することが多いが、砂の移動の大小や海浜の幅に依存してこの帯状の分布構造も変ってくる。さらには、砂州などの内側には、ハマサジやハママツナ等の塩性植物が繁茂し ている。いずれにしても、海浜は植物にとっては過酷な環境であることには変りはなく、
そこに生育できるのは海浜植物という独特の植物群落のみである。このような貴重な海 浜植物も、沿岸域の海域側に生息する生物と同じく、つねに開発・防災事業等による人 為的な影響に曝されており、多くの種が絶滅の危機に瀕している。
先の本報告書の中の「4-1
沿岸域および沿岸域圏」、「4-2流域および流域圏」においても言及したが、本邦の砂浜海岸、とくに流域を通しての土砂の供給量の大きい大河川 の河口域とそれに隣接している海岸においては、著しい侵食現象が認められている。第 二次世界大戦後、本邦の河口域や海岸の漂砂環境は2つの事情によって激変した。ひと つは、流域のダムや堰の建設と河床からの砂利採取であり、港湾および漁港の整備であ る。ダムや堰の建設と砂利採取は河口域や海岸への土砂の供給量を激減させ、海岸の漂 砂環境に大きな影響を与え、その結果として、海岸侵食が目立つようになった。もうひ とつは、1960年(昭和