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三重県と愛知県の下水道整備によって、伊勢湾はどの程度浄化されるのであろうか。先 ず最初に、その試算に必要な基礎資料を整理しておこう。伊勢湾に流入する年間総河川

水量は年間

21.6 km

3であり、これらの河川水(一級河川)による伊勢湾への総汚濁負荷 量は、COD 34,417.662 ton/year = (94.295 ton/day)、全窒素

15,054.833 ton/year = (41.246 ton/day)、全燐 545.752 ton/year = (1.495 ton/day)である。なお、これらの数値

の計算の根拠は以下の資料に基づいている。

河川 流域面積 平均流量 水質 (mg/L)

km2 m3/s COD 全窒素 全燐 庄内川 705.0 26.31 ? ? ?

木曽川 4956.0 282.61 2.1(1.3-2.6) 0.52(0.44-0.62) 0.028(0.019-0.054) 長良川 1914.0 129.51 1.7(1.3-2.3) 1.01(0.79-1.24) 0.039(0.027-0.051) 揖斐川 1195.8 85.28 1.2(0.8-1.6) 0.55(0.49-0.62) 0.018(0.009-0.024) 鈴鹿川 262.6 11.62 2.2(1.8-3.4) 5.03(3.77-7.07) 0.061(0.034-0.081) 雲出川 304.2 15.21 2.6(2.0-4.7) 1.27(1.06-1.86) 0.032(0.016-0.047) 櫛田川 388.9 21.59 1.8(1.1-3.7) 1.17(0.86-2.41) 0.017(0.009-0.021) 宮川 780.0 46.17 1.0(0.6-1.4) 0.78(0.56-0.93) 0.011(0.006-0.012) 計 10506.5 618.93 12.6 10.33 0.206

(19.52 km3/year)

* 水質資料は1998年(平成10年)の資料であり、日本河川協会(編、2001年)の「日本水質年鑑」

による。流域面積と平均流量の資料は国土交通省河川局(編、1992年)の「流量年表」による。ま た、カッコ内の数値は変動幅である。

平均流量 平均負荷量 (ton/year) m3/s COD 全窒素 全燐 庄内川 26.31 1,742.400 431.450 23.229 木曽川 282.61 17,769.936 4,634.442 249.544 長良川 129.51 6,943.186 4,125.069 159.282 揖斐川 85.28 3,227.268 1,475.165 48.407 鈴鹿川 11.62 806.186 1,843.235 22.352 雲出川 15.21 1,247.123 609.171 15.349 櫛田川 21.59 1,225.552 796.6089 11.574

宮川 46.17 1,456.017 1,135.693 16.014 計 10506.5 34,417.662 15,054.833 545.752

*庄内川の負荷量は木曽川の水質資料をもとに筆者が計算した。

次に、人為的排水(生活系、産業系、畜産系、その他)の伊勢湾への年間総汚濁負荷量 は、1991年(平成3年)の資料では、COD 114,658.91 ton/year = (314.134 ton/day)、

全窒素

51,714.30 ton/year = (141.683 ton/day)、全燐 4,758.14 ton/year = (13.036

ton/day)である。また、1999

年(平成

11

年)の資料では、COD 74095 ton/year = (203

ton/day)、全窒素 48545 ton/year = (133 ton/day)、全燐 4891 ton/year = (13.4 ton/day)

ある。その内訳は平成3年の資料では以下のようであるが、他の年度においてもその内 訳はほぼ同じである。

生活系汚濁 産業系汚濁 畜産系汚濁 面源汚濁 計 (ton/day) (ton/day) (ton/day) (ton/day) (ton/day) COD 119.151 101.255 6.762 86.966 314.134 全窒素 56.259 54.657 4.395 26.372 141.683 全燐 5.201 4.919 1.783 1.133 13.036 *面源汚濁は山林や原野についての推定値である。

「伊勢湾特定水域高度処理基本計画 報告書」によれば、現在整備中の目標年度

2010

(平成

22

年)度の高度下水処理により、伊勢湾流域では約

70%の生活排水処理率、約 77%の高度処理率(伊勢湾流域の下水処理場の処理能力の合計に対する高度処理能力の

割合)が達成され、基準年度

1995

年(平成

7

年)の汚濁負荷量の

35%を削減できるとし

ている。種々の高度処理技術の組み合わせにより、排水中の

COD

の約

90%が、全窒素の

65-70%が、全燐の約 90%が除去されるとされている。確かに、技術的な進歩は目覚しい

といえる。目標年度(平成

22

年)における流域下水道から伊勢湾への年間総汚濁負荷量 は、

COD 31,901.0 ton/year = (87.4 ton/day)、全窒素 28,725.5 ton/year = (78.7 ton/day)、

全燐

1,598.7 ton/year = (4.38 ton/day)である。ここでいう流域下水道は、三重県の北勢

下水道(北部)、北勢下水道(南部)、中勢下水道(志登茂)、中勢下水道(雲出川)、

中勢下水道(松阪)、中勢下水道(宮川)を含む。また、その他の下水道からの年間総 汚濁負荷量は、

COD 16,620 ton/year = (45.53 ton/day)、全窒素 14,950 ton/year = (40.96 ton/day)、全燐 830 ton/year = (2.27 ton/day)である。その内訳は以下のようである。

最大排水処理量 COD 全窒素 全燐 (m3/day) (ton/year) 愛知県(名古屋市を除く) 1,450,600 5,290 4,760 260 名古屋市 2,355,000 8,600 7,740 430 岐阜県 746,700 2,730 2,450 140 計 4,552,300 16,620 14,950 830

* 三重県だけでなく、伊勢湾に関係している愛知県、名古屋市、岐阜県の下水道整備計画も目標年2010度(平成 22年)度として策定されている。これらの資料は、「伊勢湾特定水域高度処理基本計画 報告書」の資料をもと に筆者が計算した結果である。

表層水の水質資料(平成7年度)にもとづく伊勢湾の全海水中の現存量は、

COD 118,200 ton = (3.00 mg/L x 39.4 km

3

)、全窒素 16,124 ton = (0.46 mg/L x 39.4 km

3

)、全燐 1,576 ton = (0.04 mg/L x 39.4 km

3

)である。伊勢湾の底層には表層に比べて、とくに貧酸素域

の発達が見られる夏季―秋季には、はるかに高い濃度の栄養塩類が観測され、これらは 明らかに環境基準を越えている。したがって、表層水の資料をもとに算出された伊勢湾

COD、全窒素、全燐の現存量の推定値は過小の見積もりとなっている。

上記にあげた種々の水質資料を直接比較し、検討するために作成したものが、以下の

資料である。

河川(平成10) 人為的汚濁 (ton/day) 処理排水(ton/day) 伊勢湾(平成7)

(ton/day) 平成3 平成11 平成7 平成22 (ton) COD 94.295 314.134 203 204.51 132.93 118,200 全窒素 41.246 141.683 133 183.63 119.36 16,124 全燐 1.495 13.036 13.4 10.23 6.65 1,576

行政に直接関与していない筆者には種々の理由の困難があり、これらの汚濁負荷量の資 料の年度と出典は統一されていない。しかし、そのような欠陥をもつが、これらの資料 からいくつかの重要な情報を得ることができる。ひとつは、河川の水質と流量から見積 もられた汚濁負荷量と行政側が積み上げ方式で推定している汚濁負荷量の推定値があま りにも相違していることである。先にも言及したが、積み上げ方式の汚濁負荷量の推定 には大きな誤差が付きまとうのであるが、それにしても、この相違はあまりにも大きく、

両推定値には3倍から

10

倍の開きがある。もちろん、河口域あるいは海に直接に放流さ れている汚濁負荷量と、二級河川の寄与分が河川からの汚濁負荷量の推定値に含まれて いないので、河川からの汚濁負荷量が低めに見積もられているとしても、この相違はあ まりにも大きい。二つ目は、平成7年と平成

11

年の人為的(生活系、産業系、畜産系、

その他)な汚濁負荷量を比較すると明らかであるが、二次処理の普及に伴って、COD負 荷量の削減は著しく進んでいるが、全窒素や全燐負荷量の削減にほとんど進展がないこ とである。このことは、下水処理において、高度処理が普及していないことのあらわれ である。三つ目は、積み上げ方式で推定された人為的な汚濁負荷量と、下水道等の処理 施設からの処理水が伊勢湾に持ち込む汚濁負荷量のそれぞれの推定値が近似しているこ とである。下水道等の処理施設の最大能力をもとに計算されているので、下水道等の処 理施設からの処理水が伊勢湾に持ち込む汚濁負荷量の推定値は過大評価になっているが、

それを考慮してもなお、これらの推定値の近似は異常であろう。その原因のひとつは、

積み上げ方式による汚濁負荷量の推定値の精度に問題がありそうである。

では、伊勢湾への汚濁負荷量の正確な推定値を出すには、どうすればよいのであろう

か。これには、博多湾の事例が参考になる。柳・鬼塚(1999)の「博多湾の低次生態系に関 する数値モデル」(海の研究 8: 245-251)によれば、福岡市港湾局は

1993

年(平成5 年)度に湾内の数点において毎月、3層(表層、中層、底層)の水温、塩分、溶存態・

無機態の燐および溶存態・有機態の燐、懸濁態・有機態の燐の濃度の測定をおこない、

同時に博多湾内に流入するすべての河川と排水処理場からの排水の流量と溶存態・無機 態の燐および溶存態・有機態の燐、懸濁態・有機態の燐の濃度の測定をもとに、各成分 の負荷量の算定をおこなっている。さらに、博多湾の各点で採取した底泥を使った室内 溶出実験の結果をもとに、底泥から水中への溶存態・無機態の燐および溶存態・有機態

の燐の溶出量を推定し、毎月の降水量とその中の溶存態・無機態の燐の濃度をもとに、

降水による溶存態・無機態の燐の負荷量を推定した。これらの資料を駆使して、上記の 柳・鬼塚は博多湾の低次生態系のモデルを構築し、計算機シミュレーションによって博 多湾の物質収支、すなわち富栄養化の機構の解明に挑戦している。ここで燐の収支を扱 っているのは、博多湾を含めて本邦の内湾水域の植物プランクトンの生産の制限因子が 窒素ではなく燐であることがわかっているためである。欲を言えば、これらの資料に加 えて、砂浜海岸や干潟での浄化量に関する資料が欲しいところであるが。

二次処理のままの下水道施設の整備を普及させることによって、伊勢湾への COD

負荷

量の著しい削減は進むが、全窒素や全燐の負荷量の削減はそれほど進展しない。したが って、これらの窒素や燐を使った伊勢湾内部での植物プランクトンによる生物生産が高 くなり、伊勢湾の富栄養化は一向に阻止できないであろう。高度処理が伊勢湾流域の下 水処理場の約7割を占める目標年度の

2010

年(平成

22

年)度には、この状況は改善さ れるであろうが、目標年度までの期間は放置するにはあまりにも長期間であるので、こ れをどうするのか。

結局、「8-5

伊勢湾の富栄養」や「

8-6

伊勢湾の貧酸素域の発達」の記述を参照すれば、

「伊勢湾特定水域高度処理基本計画 報告書」の結論とは反対に、たとえ高度処理が伊勢 湾流域の下水処理場の約7割を占める目標年度の

2010

年(平成

22

年)度になったとし ても、高度処理の普及が伊勢湾の富栄養化の改善、伊勢湾の貧酸素域の解消に著しく寄 与するとは思えない。確かに、「伊勢湾特定水域高度処理基本計画 報告書」においては、

70%の生活排水処理率、約 77%の高度処理率となる目標年度(平成 22

年)において、

これらの下水道整備が伊勢湾浄化にいかに寄与するかを計算機シミュレーションによっ て解析し、その結果、伊勢湾浄化に著しく寄与すると結論しているが、上記に言及した ような生態系シミュレーションに関する現況を考えれば、その計算結果の前提条件には 多くの問題があると言わざるをえない。高度下水処理の普及が伊勢湾浄化にどの程度寄 与するかは、生態系モデルを使った計算機シミュレーションによる解析結果をまたなけ ればならない。すなわち、伊勢湾の生物生産の規模、底泥から水中に溶出する負荷の規 模、砂浜海岸や干潟での二次あるいは三次処理に相当する浄化の規模、脱窒による浄化 の規模、降雨による負荷の規模、伊勢湾と外海水との海水交換の規模等の一連の重要な 過程と比較して、陸域からの負荷削減が伊勢湾の浄化にどれほど寄与しているかを見積 もる必要がある。しかし、上記に言及したように、積み上げ方式にもとづく陸域からの 汚濁負荷量や河川からの汚濁負荷量の推定精度があまりにも悪いので、さらにその他の 重要な環境要素についても実際の調査資料がほとんどないので、現時点では、大規模な 流域下水道が伊勢湾浄化にどの程度寄与するかを明確にはできない。

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