伊勢湾の海岸保全
新海岸法のもとで 2000
年(平成12
年)に策定された海岸保全基本方針においては、伊勢湾と三河湾の海岸は「海岸保全基本計画」を作成すべき海岸として指定されている。
したがって、伊勢湾の海岸の保全は全般的に見直し作業が始まっている。現在、愛知県 と三重県の合同で三河湾・伊勢湾沿岸海岸保全基本計画検討委員会が設置されており、
伊勢湾と三河湾の「海岸保全基本計画」を検討中である。伊勢湾の三重県側の海岸の個々 の整備計画あるいは保全計画の位置づけは、基本的には、伊勢湾総合対策協議会が
2000
年(平成12
年)にまとめた「伊勢湾の総合的な利用と保全に係る指針」と、三重県が1999
年(平成
11
年)に策定した「伊勢湾沿岸整備マスタープラン」に基づいている。現在、伊勢湾の沿岸域および海岸の保全は3つの視点(環境特性、防御特性、利用特 性)からおこなわれようとしている。国土交通省国土計画局、国土交通省中部整備局、
環境省自然保護局、水産庁漁港漁場整備部それぞれが
2001
年(平成13
年)と2002
年(平 成14
年)に公表している「伊勢湾沿岸域における総合的管理の実現に資する社会資本整 備計画調査報告書」によれば、これら3つの視点から伊勢湾の沿岸域および海岸のゾー ニングをおこない、沿岸域および海岸の環境と調和した開発・保全を展開しようとして いる。環境特性から見れば、伊勢湾の海岸は2つのゾーンに区分できる。すなわち、ひ とつは、木曽三川からの淡水の影響下にあり、内湾性が強い伊勢湾奥域(四日市市と常 滑市を結ぶ線以北)の海岸である。ここは、過去も現在も開発が盛んに展開されてきた 区域であり、人工海岸、とくに直立護岸が広範囲に分布している。他は、外海の影響を 受けやすい伊勢湾中央域・湾口域(四日市市と常滑市を結ぶ線以南)であり、自然環境 が比較的残されている海岸である。利用特性から見ても、伊勢湾の海岸は2つのゾーン に区分できる。すなわち、ひとつは、伊勢湾奥域(四日市市と常滑市を結ぶ線以北)の 海岸であり、そこは産業・物流等の盛んな海岸である。一方、他は、伊勢湾中央域・湾 口域(四日市市と常滑市を結ぶ線以南)である。防御特性から見れば、伊勢湾の海岸は 2つのゾーン、(1)津市・松阪市、四日市市・桑名市、名古屋市・常滑市、(2)その他、に 区分できる。すなわち、ひとつは、人口が集中し、地盤高が低く、また液状化危険度が 高い海岸であり、何らかの防災施設整備が望まれている海岸である。他は、自然の防災 機能が利用できる海岸である。結局、先の3つの視点(環境特性、防御特性、利用特性)を交差させれば、伊勢湾の沿岸域および海岸は、大まかには次のように区分できるであ ろう。
1.高度利用ゾーン
(1)桑名市・四日市ブロック:木曽岬町から楠町にかけての沿岸域。沿岸域の安 全を確保するとともに、道路整備や四日市港を中心とする地域経済 の振興方策と調和した沿岸環境の保全・復元を図るべき区域。
(2)名古屋港・常滑港ブロック:弥富町から常滑市北部にかけての沿岸域。大 都市圏や重要な交通・物流基盤を抱え、港湾や空港の開発・利用と 整合した防災を図るべき区域。また、港湾に残された自然環境を保 全し、ウオーターフロント空間のアメニテイ利用を図る区域。
2.自然利用ゾーン
(3)鈴鹿・津ブロック:鈴鹿市から三雲町にかけての沿岸域。沿岸域の安全を 確保し、津・松阪港の発展を核とした交流空間の整備とレクレーシ ョン利用の機能向上を図るべき区域。良好な白砂青松の海岸の保全 と復元を図るべき区域である。
(4)松阪・伊勢ブロック:松阪市から二見町にかけての沿岸域。沿岸域の安全
を確保し、地域に根づく歴史、伝統文化を継承し、背後の土地利用 と海洋性レクレーション施設整備との調和を図るべき区域。ウミガ メがやってくる砂浜等の自然環境の保全と復元を図るべき区域。
(5)知多ブロック:常滑市から南知多町にかけての沿岸域。優れた自然環境の 保全に努め、老朽化した施設の補強、砂浜・松林の保全と復元、防 御機能の向上を図るべき区域。また、恵まれた環境と観光資源を活 かして海辺の魅力を体験できる町づくりを図るべき区域。
以上に述べられている事柄のすべては、伊勢湾の沿岸域および海岸の開発、利用、保全 を実施するための思考枠組みであろう。しかし、これら3つの視点の共存あるいは調和 を図ることは、これまでの伊勢湾における開発・利用事業が環境を悪化させてきた経緯 を踏まえれば、容易ではない。このようなゾーニングは、自然環境も、歴史的環境も、
都市化の程度もさまざまに異なった、多種多彩な沿岸域をいくつかの均質な区域に分け ることを意味している。各ゾーンそれぞれの特性を勘案した開発・利用と環境保全の将 来計画を立案し、実行するには、このようなゾーニングは効率的なやり方であろう。し かし、このようなやり方は、一方ではかえって問題を産み出すことにも留意しなければ ならない。例えば、桑名・四日市ブロックと名古屋港・常滑港ブロックが高度利用ゾー ンに分類されているが、前者は高松干潟の、後者は藤前干潟の環境問題に典型的に示さ れているように、これらのゾーンの内部では規模的に小さな区域にすぎないが、伊勢湾 あるいは本邦全体から見れば、残された貴重な干潟であり、また渡り鳥の中継地や索餌 場として国際的にも重要な干潟である。したがって、個々のゾ―ン内部での種々の開発・
利用あるいは環境保全に係わる事業は、つねに他のゾーンの事業とその影響を勘案しな がら慎重におこなうべきである。
現在、伊勢湾の沿岸域および海岸においては、複数の海面埋立事業および人工島建設
事業が進行中でる。例えば、次のような事業である。名古屋港のポートアイランド(実 施済)、名古屋港の南五区(藤前干潟)の埋立(中止)、中部国際空港の人工島(実施 中)、霞ケ浦地区北埠頭(高松干潟)(計画中)、津港の津にえざき・なぎさプラン(実 施中)、松阪港の吹井ノ浦沖地区の人工島(中止)、鳥羽マリンタウン21(実施中)、
伊勢湾西南海岸環境基本計画(計画中)、伊勢湾口道路(凍結)。問題は、個々の具体 例において、先に言及した3つの視点をいかに上手に工夫していくかであろう。これら の事業の中で、名古屋港の南五区(藤前干潟)の埋立(中止)、中部国際空港の人工島
(実施中)については、その事業の問題点、環境保全との関係等々の観点から「9-1伊勢 湾のこれまでの環境問題」にも詳しく検討しているので、参照して欲しい。
9 - 3
伊勢湾の環境保全と開発・利用のあり方本報告書のこれまでの記述からも明らかなように、伊勢湾の環境は悪化の一途をたど
っており、それはとくに富栄養化の進行、赤潮の頻発、大規模な貧酸素域の発達に典型 的に見られる。伊勢湾地域におけるこれまでの開発・利用事業、防災・安全事業の展開、
今後予定されている事業計画を考慮すれば、このままでは伊勢湾の環境はますます悪化 し、これを止めることは困難になり、取り返しのつかないような事態になるであろう。
伊勢湾はさまざまな活動が展開されている公共空間であり、利害関係が錯綜している
場である。そこは船舶が航行し港湾活動が展開される場であり、漁業活動の場であり、環境が保全されるべき場であり、またレクリエーションの場でもある。伊勢湾は誰のも のであろうか。言うまでもなく、私たちすべてに開かれているべき公共の場であるが、
利害関係が錯綜しているために、「伊勢湾の望ましい姿」について合意を図ることは、
つまりは環境保全と開発・利用と防災・安全の調和を図ることは、容易ではないであろ う。その意味では、「伊勢湾の望ましい姿」として「貧酸素域の解消した伊勢湾」を掲 げることは、どのような立場の人々をも納得させる、伊勢湾の環境保全のための最小限 の要求であろう。本報告書は、この伊勢湾の貧酸素域の解消に向けての戦略プログラム である。
これまでの本報告書の記述から、伊勢湾の富栄養化と貧酸素域の発達に関係した環境
の現状と戦略プログラムを立案する上での課題が明らかになった。これらの伊勢湾の環 境の現状と課題を踏まえれば、伊勢湾の環境保全のための今後の取り組みに対する基本 的な考えが明確になってくる。それは、「環境保全の施策の充実」、「失われた良好な 環境を修復、回復、再生する施策の推進」、「幅広い連帯と参加を推進する施策の展開」、の3つにまとめられる。本来は、環境保全の施策、失われた環境を修復、復元、再生す る施策、幅広い連帯と参加を推進する施策、それぞれの中のひとつひとつの項目につい て、具体的に記述すべきであろうが、ここではとくに関係の深いいくつかのキーポイン トについてのみ言及する。
環境保全の施策の充実
伊勢湾の環境を保全し、これを将来の世代に継承するには、現在残されている自然環
境を極力保全するとともに、人間活動に起因する環境への負荷を軽減し、発生負荷の抑 制と物質循環を促進する必要がある。環境保全のための施策としては、(1)総合的な水質 保全対策の推進、(2)干潟、藻場、自然海岸の保全、(3)埋立と干拓の抑制、(4)川砂や海砂
利の採取の抑制、(5)流域の保全、(6)散乱ゴミへの対応、(7)油流出事故対策の推進、(8) 自然とのふれあいの確保・推進と景観の保全、があげられる。もちろん、「7. 環境影響 評価のあり方」のところでも強調したように、これら全ての施策は計画アセスあるいは 戦略アセスとの関連の下で展開されなければ効率的に、合理的に実施されないであろう。ここでは、上記のいくつかの項目について、言及したい。
人間活動に起因する環境への負荷を軽減するために、
引き続いて伊勢湾のCOD、窒素、燐の総量規制を遵守し、人間活動に由来する環境への負荷を軽減しなければならない。