第 6 章 総合考察とまとめ
1. 本研究結果の解釈
使用できる範囲の広さ,流動性の高さ,使用期限の観点から,消費者にとってポイント は現金よりも魅力の点で劣っている通貨であり,消費者が合理的であれば,現金の方が現 金と同等のポイントよりも選好される筈である。ところが第3章でみてきた通り,ベネフ ィット水準が低い条件においては,ポイントの方が値引きよりも知覚価値は高かった。さ らには第4章でみてきた通り,低いベネフィット水準(商品単価が低く,値引率・ポイン ト付与率が低い)場合には,ポイント付与の弾性値の方が値引きの弾性値を上回り,高い ベネフィット水準(高い商品単価または高い値引率・ポイント付与率)の場合には値引き の弾性値の方がポイント付与の弾性値を上回ることが明らかになった。
一方で支払い手段としてのポイントについて,第5章でみてきた通り,ポイント使用意 向に影響をするのは,従来の研究結果とは異なり,支払金額ではなくポイント残高である ことが明らかになった。また,支払いの知覚コストを支払金額,ポイント残高,ポイント 使用割合で比較したところ,ポイント使用割合が支払いの知覚コストを低くする効果に対 して正の調整効果があることが確認された。
これらの結果を統一的に説明できると考えられるのが,第2章で説明したポイントに関 するメンタル・アカウンティング理論である。これは,ポイント付与と値引きのマグニチ ュード効果に関連するものであり,ベネフィット水準が低い場合には消費者はポイントを 貯蓄勘定,値引き(現金)を当座勘定に振り分け,ベネフィット水準が高い場合には消費 者はポイントを当座勘定,値引き(現金)を貯蓄勘定に振り分ける,というものである
(Table 2)。このため,低いベネフィット水準ではポイント付与の方が値引きよりも知覚
価値が高くなり,高いベネフィット水準では値引きの方がポイント付与よりも知覚価値が 高くなることが想定される(Table 3)。この効果によって,ベネフィット水準が低い条件 では,ポイントの方が値引きよりも知覚価値が高くなり(第3章),ベネフィット水準に よって,値引きとポイント付与の効果が逆転したと考えられる(第4章)。
現金のメンタル・アカウンティング理論を例えると,あたかも私たちが日常で使う財布 そのものである。普段は財布から少額ずつ出して使い,まとまった金額が財布に入ったと きには銀行口座へ一旦預金しようとするからである。一方で,ポイントに関するメンタル・
アカウンティング理論を例えると,あたかも貯金箱のようである。少額のポイントをコツ コツ貯めていき,貯金箱が満杯になった時点で貯金箱を割って買物をするのによく似てい る。
さらに,第3章と第4章のようなフローとしてのポイントの大小でなく,ストックとし てのポイントの大小,すなわちポイント残高の大小を考えた場合,ポイント残高が多いと
104 きにはポイントは当座勘定に振り分けられるためにポイントによる支払いの知覚コストを 低くし,ポイント残高が少ないときにはポイントは貯蓄勘定に振り分けられるためにポイ ントによる支払いの知覚コストを高くすると想定される。実験により,ポイント残高が多 い場合にはポイントを使うほど知覚コストが減少するのに対し,ポイント残高が少ない場 合にはポイントを使う場合の知覚コストをかえって上昇させてしまうことを確認した(第
5章)。
さらに突き進み,現金とポイントに関するメンタル・アカウンティング理論の背景にど のようなメカニズムが働いているかを,心理的財布,心的モノサシ,値引きのマグニチュ ード効果,および値引きの可視化の4つの観点から解釈をこころみる。
まず第1に,入金による心理的財布の違いによって,現金およびポイントへの扱いの違 いが発生するというメカニズムである。ポイントの支払いによる痛みの減少は,現金とは 異なるラベリングがなされた異なる「財布」からの支払いという認識と関連する。小嶋
(1986)は,心の中にあたかも異なる財布(心理的財布)を所持するようにふるまう,と いうことを提唱し,消費者の価格知覚や判断を説明した。また小嶋(1986)は,消費者は 通常一つの財布(物理的財布)を所持するが,心理的レベルでは複数の心理的財布に分割 し,購入商品・サービスの種類や,それを買うときの状況に応じ,異なる財布から支払う と捉えた。また,毎月の給与のような定期的な収入と臨時のボーナスのような不定期に支 払われる収入とでは,どの心理的財布への「入金」となるかも異なる。こうした要因によ り,異なる心理的財布に対しては異なる価格評価関数が適用される。このため,同じ価格 に対する出費においても,異なる心理的財布からの出費となり,入手した商品やサービス への満足感や出費に伴う心理的な痛みも異なるとされる。
心理的財布の概念によってポイントによる支払いを検討すると,日々の購買によるポイ ントの蓄積は,異なる財布にお金を入れるという行為に相当すると考えられる。これは,
上記の「入金」による財布の違いと解釈できる。この財布からの出費では,日々の買物で
(場合によっては苦労して)貯めているため,ある程度のポイント数まで貯まる前は,支 払いへの痛みがとても強まる。しかし,ある程度のポイント数まで貯まった後は,もうこ れ以上財布にお金を入れなくともよいという感情になるため,支払いへの痛みが緩和され ると考えられる。
第2に,心的モノサシによる値引きとポイント付与の評価のメカニズムである。心的モ ノサシとは,決定フレームのモデル(Tversky and Kahneman 1981)や心理的サイフ(小 嶋1986)を発展させたもので,消費者があたかもモノサシを持っているかのように意思決 定をおこなうというものである(竹村1998)。心的モノサシのもとでは,消費者は状況に 応じて適当な心的モノサシを構成し,異なる心的モノサシ間の比較は困難となることが予
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想される52。前者については,消費者が状況に応じたモノサシの目盛やモノサシの大きさ をつくるということである。例えば,自動車の購入の際には目盛りが大きくなり,スーパ ーマーケットで卵のパックの購入の際には目盛りが小さくなる。後者については,一般に 消費者は状況に焦点を当てて,その状況を主観的に構成して,その状況の上にひとつのモ ノサシを構成するので,ひとつの状況の上に2つ以上のモノサシを構成することは認知的 負荷の観点からも困難であると考えられるからである。消費者は,経済的合理性から考え ると,本来は同じ評価をしなければならないときも異なるモノサシで評価したり,その逆 に,本来異なるモノサシで測るべき状況でも同じモノサシで評価することがあるだろう。
心的モノサシで値引きとポイント付与を評価すると,値引きは最も頻繁に実施されてい るセールス・プロモーションであり,消費者にとっては非常に馴染みがあり,値引きを評 価する目盛りも小さいものと考えられる。これに対して単品ポイント方式のポイント付与 は比較的最近になって始まったセールス・プロモーションであり,実施されている範囲(実 施対象商品の数)も実施されている深さ(ポイント付与の大きさ)も,値引きに比べれば 狭く浅い。したがって消費者にとっては,ポイント付与を評価する目盛りが値引きに比べ て大きいと考えられる。さらに,同じ商品に対してある時期には値引きが実施され,別の ある時期にはポイント付与がなされると,本来は1ポイント=1円で同じ評価をしなけれ ばならないときも異なるモノサシで評価してしまうと考えられる。このため,低いベネフ ィットのときには,ポイント付与の方が値引きよりも高く評価してしまうと解釈される。
第3に,値引きのマグニチュード効果が,低いベネフィット水準では,ポイントは貯蓄 勘定に,現金は当座勘定に振り分けられる一方,高いベネフィット水準では,ポイントは 当座勘定に,現金は貯蓄勘定に振り分けられるとするそのメカニズムを発生するというメ カニズムである。ポイントのメンタル・アカウンティング理論が生じる本質は,値引きの、、、、
マグニチュード効果、、、、、、、、、
であると考えられる。すなわち,消費者にとって1,000円値引きは100 円値引きの10倍の価値ではなく,それ以上の価値を持っている。実際にポイント付与と 値引きの弾性値を測定した第5章において,値引率が高いほど弾性値も高くなることが確 認されている。
一方で,ポイント数が多くなるほどポイントの単位当たりのポイントの価値は,現金に 比べて低くなる。実際に第3章において,ポイント付与率が低くなるほどポイント付与の 弾性値が低くなっていることが確認されている。これは,上記の現金のマグニチュード効 果のコインの裏側の関係にあると考えられる。すなわち,大きい値引きほど値引き1円当 たりの知覚価値が高くなるため,ポイントをある程度以上貯め,ある程度の大きさの値引
52 竹村(1998)の基本的機能1と基本的機能6にそれぞれ該当する。