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本研究の目的は,教室談話の成立において,子どもや教師の発話行為 は,学級集団の関係性や文化,あるいは,発話順行性のような制度的装 置にどのような影響を受けるのか,その一方で,子どもや教師はどのよ うにそれらのローカルな文化や制度的装置を利用して発話を運用するの か,ということを明らかにすることである。

本研究の基本的立場としては,一つには,教室談話の成立機制を, 「子 どもや教師の行為一学級の社会的関係や文化一制度的装置」,の三極面 からとらえることである。二つには,三極面の間の,相互的な関係をみ ていくことである。例えば,行為者はシステムに規定されるばかりでな

く,システムや文化を利用し,改変する者としての可能性を認める。

つまり,予測される教室談話の成立機制は,固定的で強固な談話シス テムに従って発話行為が生成されるという「予定調和的」なものではな く,行為とローカルな文化と制度的装置との,可変的で双方向的な連関 のなかで,状況に応じて発話行為が生成されるという「臨機応変的」あ

るいは「柔軟性を伴う」ものであろう。

授業に参加する行為者には意志や関係性などの点で個別の事情がある 一方で,教室談話という学級集団の物語を作る責務を負わされている。

行為者は,教室談話の秩序を損なわない範囲で,自らの意志を表明する 必要がある。とすれば,行為者や集団は,矛盾や葛藤を含みうる状況に 応じて,その軽減や差異の調整のために,発話の内容やタイミングに幅 をもたせるなど対応を工夫しうるだろう。言い換えれば,相互作用が「今

ここ」で生成されている学級や授業という現場で,意志の異なる行為

者には,秩序ある教室談話を成立させるために,ローカルな学級の文化 や制度的装置などを参照しながら,柔軟な発話の運用が求められるだろ う。本研究では,学級での話し合いにおける,発話運用の柔軟性に焦点 を当てる。

研究課題の一つには,教室談話という現象を発話行為者の側からみて, 子どもは,どのように,社会文化的環境や制度的環境に能動的に対応し ているのか,ということを発話スタイルの独自性を例に明らかにする(研 究1)。教室談話は統一体のようにみえるけれども,子どもは,画一的 に発話を生成するのだろうか。子どもによって異なる意志や関係性は, 教室談話という統一体の前に埋没させられているのか,あるいは子ども の発話行為に表されているのだろうか。後者だとすれば,同じ授業に参 加する子どもの発話スタイルは異なっているだろうし,発話スタイルの 違いは,子どもなりの環境‑の能動的な対応とみることができるだろう。

二つには,教室談話という現象を学級集団の側からみて,学級は,隻 団としての教室談話の生成において,行為者の意志や制度的環境にぞの ように対応しているのか,ということを明らかにする(研究2,研究3)。

授業は,子どもの課題解決を目的としており,教室談話は,原則とし て,課題に関する話題を内容とし,課題解決‑の道筋として進行する。

学級としての合意形成を目指して生成される教室談話のなかで,果たし て,課題解決や授業進行‑の異議申し立てや自分なりの課題解決‑の関 与といった子ども個人の意志や,教師の授業進行‑の意志は,表されて いるのだろうか。そうした意志は,教室談話のなかでくみ取られるのだ ろうか。もし,参加者の意志の表出や受容がなされるのだとすれば,学 級集団はそのために発話運用上のどのような工夫をするのだろうか。

本研究では,行為者の意志が明示的に示されない二種類の発話に着目

した。すなわち,課題解決に沿っているともいないとも意味的にとれる, 子どもの両義的な発話(研究2)と,子どもの発話を単純にくり返す, 教師の復唱(研究3)である。行為者の意志は明示されないだけに,そ

うした発話の扱いに,学級としての対応が表れると思われる。また,な ぜ子どもや教師はそうした意味的に暖味な発話を用いるのか,というこ

との追究に,教室談話の成立に向けた集団の工夫が示されるだろう。

本研究では,教室談話についての撤密な事例分析によって,対象の学 級や授業の教室談話の特徴を明らかにすることを志向している。

本章第3節で詳述するように,本研究では,特定の学級の特定の授業 を限定的,集中的に観察し,得られた記録から各分析で着目した事象を 端的に示しうる事例を抽出し,次のように分析を行った。第一に,きわ めてローカルなやりとりを微視的にみて,詳細に記述した(Erickson, 1992)。第二に,その記述にどのエピソードを取り出しても成り立ちそ うな(無藤, 1997)範囲で解釈的分析を加えた。そのことで,各事例に みられる現場の特殊性を明らかにすると同時に,対象授業において典型 性をもった分析結果を導くことを心がけた。

本研究では,どの学校,,どの教師,どの授業にもあてはまるという意 味での一般化を目指すわけではない。対象学級において,対象児独自の 発話スタイルによる発話生成や,子どもの両義的な発話の生成とそれ‑

の教師の対応,教師の復唱という現象は,‑教室談話の事実として確かに 生じている。そうした現象は,他の学級や学校においても生じうる可能 性はあるが,重要なのはその現象を教室談話として一般化することでは

ない。そうした発話の現象を例に,制度的装置と個人の行為と集団の文 化との相互関係における発話の柔軟な運用によって教室談話が成立する

という見方自体を提示することを志向しているのである。

算3節 本研究の方法

1.対象

(1)対象学級

本研究において分析対象となるS学級は,東京郊外の住宅地にある, 全校児童350名ほどの公立小学校の, 5年生の1学級(男子11名,女子13 名,計24名)である。授業者でもある担任教師は30歳代後半の男性で, 教員歴は約15年の中堅であった。調査した年の四月に当該小学校に転勤

してきており,対象学級は赴任して初めて担任する学級である。 5年生 は,四月に学級編成替えを行っており, 2学級から成っていた。

なお,本研究では,子どもや保護者のプライバシーを守るために,対 象学級の関係者の氏名はすべて仮名を用いることとした。仮名は,筆者 が新たに姓名を作り,無作為に子どもに当てはめた。アルファベットな どの記号や実名の簡略化ではなくこの方法を用いたのは,それぞれの子 どもの発話に表れる人格や主体性,志向性をよりみえやすくしたかった ためである。人間の相互作用とは,匿名の個人間または個人と集団の間 で行われるものではなく,具体的な呼称を備えた,人格と個性と主体性 をもつ人間同士の行為であるからである。

まず,この学級の子どもの人間関係については,観察した時点では次 のようであった。教師によると,男子には,仲の良い特定の4名から成 るグループが一つあり,そのグループとつかず離れずの者が2名,そし て,上述のグループに属さないで比較的一緒にいる者が4名;そうした

グループのどれからも離れがちでいる者が1名いるということであっ た。女子には,かなり固定した三つのグループがあり,宿泊を伴う移動 教室のグループ分けにおいても,解体,再編成することができなかった

ということである。筆者の観察においては,男子については,教師が語 るような関係はあるにレても,グループに属している者もいない者も相 互交渉があり,固定的な構成は認められなかった。しかし,女子につい ては,担任教師のいう通り,グループ間の区別がかなり明確で,自分の 所属グループ以外の女子との相互交渉は限られており,むしろ,同性の ほかのグループの者よりも,席の近い男子とのやりとりが多い傾向があ った。なお,対象学級の座席は,男女2名ずつ(うち一班は男子1名, 女子3名)の条件内で子どもたちに自由に決めさせており,必然的に仲 の良い者同士が近い座席になっている。男女間の対立関係はなく,互い に,相談し合ったり,教え合ったりしている場面がみられた。

次に,学習場面についての全般的な傾向は,担任教師による言明と筆 者の観察によると,以下のようであった。

一つには,教師によると,子どもは他者のミスや欠点を見つけ,きつ く批判する傾向が強いということであった。ただし,教師としては,授 業中は学習内容に関わることであるので,批判や指摘も,その子どもの 意見として認めているということであった。なお,筆者が観察した授業 においては,他の子どもの発話を激しく批判するといった場面はみられ なかったので,実際はどのようであるのか,わからなかった。

二つには,教師によると,子どもは人前で間違えることを恥ずかしが る傾向があり,そのため授業中も自分なりの意見があっても挙手する子 どもが少ないという土とであった。ただし,教師が指名すれば,答えら れる子どもは多く.,一 よって,教師は,リラックスして自分の意見を気軽