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第1節  本研究の成果

前章までの結果をふまえると,教室談話の成立機制として,行為‑ロ ーカルな文化一制度的装置の相互関連のあり方について,次のことがい

えるだろう。

第2章第1節(研究1)では,対象児の発話者としての行為は,学級 の関係性や,より自発的な参入が認められる学級文化や,発話順行性に 支えられていることが明らかになった。一方で,自らの知的欲求の充足

に向けて,発話順行性や自らの関係性形成を参照し,利用していた。子 どもの発話スタイルの独自性は,彼らなり?,社会的認知的環境におけ る安定した授業参加に向けた柔軟な発話運用とみることができた。

対象児の発話スタイルは,学級集団のなかでのふるまいとして生成さ れており,行為者として,学級の文化や制度的装置を利用して自らの意 志の実現を図っていることを示していた。例えば,矢野が,内容的な対 立をはらみながらも,教師とのやりとりによって自論を展開したり,園 田が,教師との直接的なやりとりを成功裡に成立させることができたの は,発話順行性を参照し利用していたからである。その点で,彼らの発 話スタイルは制度的装置に支えられているといえる。つまり,発話順行 性はゆるぎないシステムとして存在するため,子どもにとっては,どの ように制度を利用するかという点に,学級集団‑の参与の正否がかかっ てくる。さらに,子どもの独自の発話スタイルが,ほかの子どもや教師 の発話を促進したり抑制したりすることで,学級としての教室談話が影 響を及ぼされることもあるだろう。その点では,子どもの発話スタイル の独自性が,学級文化の資源となっている可能性もある。

第2章第2節(研究2)では,対象学級において,子どもは両義的な 発話を生成することによって,仮説の検証や教師の進める授業進行‑の 戸惑いや異議申し立てを行っていることが明らかになった。一方,教師 は,子どもの両義的な発話‑の対応によって,課題解決の方向づけを行 ったり授業進行の主導権を維持し,授業進行の停滞の打開を図っていた。

このよ、うに,子どもによる両義的な発話の生成や,それ‑の教師の対 応は,授業の管理者としての教師と学習者としての子どもという,それ

ぞれの立場からの制度的装置を利用した意志の実現とみることができ る。すなわち,子どもの両義的な発話は,′学級集団としての談話の進行 を妨げることなく,行為者としての意志の発現として生成される。ここ で,子どもが集団の談話進行を考慮できるのは,発話順行性がもたらす 談話進行の予測可能性によるだろう。教師が子どもの両義的な発話に対 応することができるのは,両義的な発話が集団の談話進行を促す契機を 内包しているからである。その点で,子どもは,両義的な発話の生成に よって,行為者としての意志の実現と,集団‑の学習展開上の貢献を果 たしている。つまり,両義的な発話の生成や受容は,制度的装置として の発話順行性を利用し,学級集団のなかで,いかに課題解決を成功裡に 進めるのか,ということをめぐる,子ども,教師それぞれの立場からの 創意工夫であるといえるだろう。

第2章第3節(研究3)における,教師による子どもの発話の復唱は, 教師自らの意志と異なる状況‑の対応とみることができる。

教師による復唱は,意味内容としては子どもの発話の単純な反復であ ることが多いが,明示的評価の回避や授業進行の主導権の維持,テンポ の調整といった点で教授行為としての意味をもっていた。このように, 復唱は,行為者としての教師にとって,談話進行を管理する手段として

用いられている。すなわち,発話順行性が存在するがゆえに,どのよう な内容をどのように発話するかということが確定していなくても,とり あえず子どもの発話を復唱することで,その次の発話権が保障されるの である。その点で,教師の復唱は,発話順行性を利用した,学級集団と しての教室談話を管理するための,情況的な創意工夫であるといえる。

本研究における対象学級では,両義的な発話や復唱が柔軟に運用され ているという点が,とりわけ,特徴的であった。両義的な発話や復唱は, 暖味さを伴うがゆえに,教師にとっては,教室談話の円滑な展開を支え ることになっているといえる。行為者レベルでは,教師と子ども,子ど も同士で発話意志は異なっている。しかし,学級集団レベルでは,ある 一定の目標状態に向けて,談話を停滞させることなく進行させることが 参加者には求められる。そのため,行為者間の意志や発話内容のすりあ わせを行う必要がある。そのためには,話し手聞き手双方にとって解釈 可能性のひろい両義的な発話や,明示的な指示内容をもたない復唱を運 用することなど,教室談話の運用に,学級集団レベルでの柔軟な発話運 用が用意される必要があるのだろう。

さらに,教室談話において,行為や集団の文化を規定する発話順行性 という制度的装置は,単純ではあるが非常に強力なものである。そうす ると,授業参加者にとっては,行為者の意志の実現や集団としての目標 の達成に向けて,発話順行性という制度的装置を改変するよりはむしろ, いかに利用するか,ということが重要になってくる。

つまり,制度的装置はゆるぎなく存在するが,その現実の運用は集団 文化のなかで行われるのである。言い換えれば,教室談話を集団として 円滑に進めていくための創意工夫において,制度的装置が利用されるの である。その点で,両義的な発話や復唱の運用は対象学級なりの知恵で

あるといえるし,そのような発話の柔軟な運用を可能にする対象学級な りの談話の構成がある。そして,授業において行為者や学級集団に利用 され活用されることで,発話順行性という制度的装置は,学校文化の装 置としてまたその位置をゆるぎなくしていく。

以上より,本研究の結論は,以下の通りである。

教室談話の成立においては, 「行為‑ローカルな学級文化一制度的装 置」という三極面の相互規定という機制が働いていた。すなわち,行為

は,学級の文化や関係性,発話順行性という制度的装置に規定されるだ けでなく,学級文化や制度的装置を利用していた。学級文化もまた,刺 度的装置に規定されるばかりでなく,集団として制度的装置を利用して いた。行為は,集団‑と文化的,制度的に状況づけられるとともに,行 為者の意志を教室談話の進行状況に適応させることになっている。

/u上の機制に従えば,教室談話は,次の様相で成立しているといえる だろう。

行為者は,その人なりの意志と発話スタイルをもって集団活動に参加 しようとする。一方で,集団としては,秩序ある教室談話の成立が求め られる。そこで,行為者間の意志や発話内容のすりあわせのために,意 志をあからさまにしない両義的な発話や復唱を運用する余地が必要とな る。発話運用の柔軟性は,行為者の意志と集団の目的と制度的装置との 相克において,葛藤を減らし,合意形成していくために必要な談話の性 質である。