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日本軍の失敗に見る「群れ」 組織進化論的な観点を含めて

ドキュメント内 博 士 論 文 専修科目 (ページ 156-169)

6.1. 日本軍の失敗

『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(戸部共著,ダイヤモンド社,1984年)は完成した 近代的組織である日本軍が、大東亜戦争において数多くの重要な作戦で失敗を繰り返した 内容を分析し、失敗の本質と教訓を述べている。

戸部らは、従前、日本軍の失敗と敗北の原因は意思決定の誤りや物量的な劣勢にあった とされて来たことが多いのだが、実は、失敗は日本軍の組織的な特性、そして物量的な劣 勢の中にいるにもかかわらず、実現不可能な作戦を立案し、敢行させた組織的欠陥こそが その原因であったのであると主張している。

また、日本軍の組織は、完成された近代的な官僚組織であり、平時においては何の問題 もなく有効に機能していたのだが、戦時には、また作戦上の危機においてはそうではなか った。常に変化、変転する戦場での作戦において、日本軍組織は有効に機能すること がで きなかった。不確実で、不安定で、そして流動的な戦場においては、軍隊の中枢と作戦実施 部隊は、状況の変化に応じて、都度、適切かつ速やかな対処を求められるのだが、日本軍は 期待される組織機能を果たすことが出来ず失敗を繰り返したのである。上掲書は、戦争に おける戦略論ではなく、むしろ組織論や意思決定理論、また組織進化論 の観点から、日本 軍の失敗の本質を明確に示している。

6.2. 本章の目的

上掲書は、ノモンハン事件、ミッドウェー作成(海戦)、ガダルカナル作戦、インパール 作戦、レイテ海戦、沖縄戦について精緻なアナリシスを行っているが、本章ではその詳細 には触れない。上掲書第 2 章に述べられた「失敗の本質 戦略・組織における日本軍の失 敗の分析」と第 3 章「失敗の教訓 日本軍の失敗の本質と今日的課題」の内容を概観し、

筆者がいう企業組織内に生まれる「群れ」と関連づけて考えを述べることにする。

6.3. 日本軍の作戦の性格

作戦は、それぞれが個別に脈絡なく策定されたわけではなく、近代的組 織である日本軍 が大東亜戦争の端緒、開戦、展開、そして適切と思われる場面での終戦までを念頭におい て策定し、実施したはずである。そして、それぞれの作戦は今でも多くの日本人が思い起

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こすことができる著名な作戦であり、しかもその成否は大東亜戦争の勝敗に大きく影響す る作戦であった。各作戦は失敗し、一つひとつの作戦の失敗は、重大な結果をもたらし、そ の失敗は次の新たな作戦に大きく影響を与える内容であった。しかし、失敗の本質が究明 され、究明の結果が軍の組織にフィードバックされ、失敗の本質についての知識が蓄積さ れることはなかった。日本軍は多くの重要作戦の成否とその原因を、その後の作戦の立案 に反映させることはなく、日本軍はその組織的な特性の下で、そして物量的な劣勢の中で、

現有の資源から考えれば到底「実現不可能」な作戦を繰り返し立案し、成功の見通しがな いにもかかわらず、実施部隊に敢行させたのである。そのような日本軍の思考は、情緒的 または精神論的であり、過去と現状を冷静に分析し、その後の組織や戦略を進化させよう とする科学的思考傾向ではなかった。極論すれば日本軍は科学的な思考に基いて日本軍組 織や戦略を進化させようとする組織ではなかったのである。

このような各作戦の共通点として、次のような諸点が挙げられる。第一に、大規模作戦 であるため陸海軍の作戦中枢が作戦策定に深く関与していたと考えられる。第二に、複数 の師団あるいは艦隊が参加する作戦であったため 統合的な遂行が期待されたが、作戦中枢 による作戦の策定と命令、そして実施部隊の作戦の理解と実施の間には、時間的、かつ空 間的な大きな距離が生まれていた。さらに、作戦を遂行する部隊と部隊の間においても同 様な時間と空間の距離が生じ、作戦遂行は効率を失いがちであった。場合によっては中枢 と実施部隊間の相互理解の距離の大きさは、相互の対立をもたらしさえした。などが考え られるのである。第三に、第一次世界大戦は、国家間、地域間の戦争にとどまらず広域にお ける国家総力戦が展開されたのであり、大東亜戦争も当然に国家総力戦になることを示し ていた。つまり、同大戦後、装備と戦闘は高度に機械化された 。大規模な戦力を支える武 器、弾薬、糧食、戦闘員などを輸送し移動させる手段や、航空戦において消耗するパイロッ トの補充の重要性が高まっていた。敵の捕捉や攻撃に必須なレーダーなどの情報通信手段 の整備が必要であることも十分認識されるべきであった。そして、このような軍の組織と 運営を可能にする後方支援体制の充実も過去に見られない程度において求められた。すな わち、戦争は、国家間、地域間から多国間の近代的国家総力戦の時代になっていたのであ る。そして、戦時の国家では、勝利するためには、必勝の精神よりも、上記のような戦力等 の整備が果たして行われたのかいなかが問われたのである。第四に、日本軍は、不確定で、

不安定で、そして流動的な個別の戦闘と戦争全体の状況の変化に適切に対処できたかが問 われた。また、日本軍は、想定外の敵軍の奇襲や想定外の敵軍の戦法の変化などに対して、

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作戦実施部隊が都度適時に柔軟に対応できたかどうかが重要な課題であった。しかし、日 本軍は、予め策定された作戦に沿って、想定された戦闘を遂行することに忠実であったが、

想定外の変化に対処する柔軟性を欠いた組織であった。

日本軍は日露戦争の勝利の成功体験に過剰に適応し ており、第一次世界大戦では実質的 な戦闘を経験しなかったことが、日露戦争後の軍の組織や戦略、戦術、装備、兵站などの進 化を止めてしまっていたのである。

6.4. 戦争上の戦略目的

戦争を戦うときに、なぜ開戦するのか、戦争をどのように展開させるのか、 どのような 状況において戦争を終結させるかについてのグランド・デザインが必要である。 今戦う作 戦は戦争の中でどのような位置づけであるのか、想定した戦争が異なる展開を見せたとき には偶発事態に対してどのような対策、対案が準備されているのかが問われる。

当時の日本軍には空軍という明確な認識は存在しなかったのだが、陸海空三軍はどのよ うな関係にあり、どのように連携するのか、作戦にお いて組み合わされた複数の実施部隊 がどのように連携するのかなどについて、作戦の戦略および目的、そして目的を達するた めの目標あるいは手段は常に明確でなければならない。クラウゼヴィッツが言ったとされ る「目的はパリ、目標はフランス軍」(戸部他,1984年,p189)という言葉は、勝利して占領 すべき地はパリであることが目的であり、目的の達成のためにはフランス軍を撃破しなけ ればならないということを意味する。このような思考に基づけば、戦争の目的と手段はき わめて明確である。しかし、日本軍は、しばしば戦争を通じて、統一的かつ長期的視野に基 づく作戦があいまいであった。達成すべき目的が いくつも並列的に策定され、目的を達す るための手段は場当たり的であった。このような日本軍の組織としての特性または傾向は、

戦争全体を指揮する者、作戦を策定するもの、作戦を示達し遂行を命ずるもの、そして実 際に作戦を遂行する現場部隊の間で、相互の理解を不十分にし、理解される内容を不 統一 にした。さらに、作戦遂行上において、相互理解の不足に基づく誤解が生まれ、相互に丁寧 に理解し合おうとしないために独善的な解釈を生み、特定の将官や、特定の部隊による独 断専行を生む素地となった。一言でいえば、日本軍には戦争を開始し、作戦を遂行し、どの ように戦争を終結させるかというグランド・デザインが欠落していた のである。さらに、

日本軍には、グランド・デザインを完結させるためのグランド・ストラテジーもなかった。

このような日本軍は、いかに精強な兵を持ち、いかに 個別に優秀な兵器を持っていたとし

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ても、長期的そして統一的に戦力を行使することはできなかった。「目的はパリ、目標はフ ランス軍」というクラウゼビッツの言葉通りには進まなかったのである。ちなみに、戸部 らは、リデルハートの『戦略論』から引用して、「グランド・ストラテジーとは、一国のあ らゆる資源を、ある戦争のための政治目的(中略)基本的政策(グランド・デザイン)の想 定するゴール(中略)の達成に向かって調整し、かつ指向すること」であると言っている。

(戸部他,1984年,p194)

グランド・デザインを持たず、それを実現するためのグランド・ストラテジーも持たな い日本軍の作戦およびその遂行は、個別的になりやす かった。具体的には、陸軍は夜間急 襲による短期決戦を「必勝の精神」に基づいて敢行するという戦術に偏った。このような 短期的な思考は、例えば、兵站を担う重要な輸送船団を潜水艦によって「護衛する」いう考 えを生まなかった。そのため、火力を持たず「裸」であった輸送船はやすやすと攻撃され、

そのために膨大な兵員と装備、弾薬、糧食を失うことになった。海戦においても艦船によ る敵艦を攻撃することを中心とする思考は、航空機によって艦隊や、特に航空母艦を護衛 する考えをおろそかにし、また敵航空機による空襲を受けた結果生じる艦上の火災の消火 体制の整備などの自衛体制が軽視され、次々に主要艦船を失ったのである。

6.5. 主観、楽観、情緒、空気

日本軍は、近代的組織であったが、状況の変化を主観的に、楽観的にとらえることが多 く、作戦策定やその実施において情緒的な傾向が強く見られた。また、科学的な分析は回 避され、情報分析に基づいて述べられる提言は、しばしば敗北主義などとして 退けられた。

また、提言(正論の陳述)を行ったものは異端者とされて排除された。科学的な正論を排除 してしまう傾向は、意思決定の場において生産的な議論と結果を生むよりも、その場の関 係者の立場や情緒を反映した「空気」を重視する判断と決定につながった。その結果、外見 上は整っているように見えるが、あいまいで、折衷的で、現実的ではない作戦が策定され た。概念的には素晴らしいが、実現不可能な作戦が策定されたのである。さらに失敗に学 んで次の失敗を防ぐという思考は失われ、会議の場では「沈黙」が目立った。そのような傾 向は、陸軍については、夜間の急襲による短期決戦という固定観念を変革させるに至らず、

持久戦も念頭に置いて戦術を進化させることを妨げて作戦の失敗を招いた。また、海軍で は、戦艦を重視する固定観念が維持され、すでに大きな戦果を生んでいた航空機による攻 撃と防御を重視する戦術への進化を不可能にした。装備においては、アメリカは、練度が

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