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修士論文の概要 「群れ」の基礎的理解のために

ドキュメント内 博 士 論 文 専修科目 (ページ 41-69)

1.1. 修士論文の概要

本論文で概念化を試みる企業組織内に生まれる「群れ」については、先行研究は少数で ある。「群れ」とは何か、「群れ」は、いつ、どこで、いくつ生まれるのか。生 まれたのち、

「組織と集団」、「不安定と安定」の間で揺れ動く「群れ」はどのように変容し、消滅し、安 定し、組織に再編されるのかなどについては、本論文を読んでいただく方にとって取り付 きにくい内容であると思われる。そこで、第1章では、本論文の原点である筆者の修士論 文の概要を述べて、筆者の基本的な考えについて予備的理解を深めていただきたいと思う。

筆者の修士論文の主題は、「企業組織の衰亡」であり、副題は、「ある総合商社の事例研究

―「群れ」はTMT(Top Management Team)の意思決定にどう影響を与えたか―」であ った。以下、記述する項目および章番号は、修士論文にほぼ準拠している。

1.2. 問題意識

企業の隆盛や衰亡は経済界で日常的に生じる出来事である。企業の倒産、消滅も稀では ない。だが、企業の隆盛についての研究は多く、衰亡については少ない。企業や研究者は隆 盛を模索して組織運営の模範例を探すのは自然であるし、隆盛を当然に求めた社会では衰 亡を防ぐ教訓を探すことは重要視されなかった。しかし変化した現代では、金融機関や大 企業の倒産も増え、衰亡の研究の重要性はますます高まると考えられる。

大倉商事は、わが国で最も早い時期に創設された商社であり、そのロンドン支店は日本 の商社で初の海外支店であった。創業者である大倉喜八郎は、大倉財閥を成し、また 本学、

東京経済大学の前身である大倉商業学校の創始者である。

筆者は、大倉商事に約30年在籍したのち、株式公開を計画する子会社に出向したが、そ の間に大倉商事は1998年8月21日に倒産(破産)した。倒産後、筆者は他社に勤務する 間に大倉商事の倒産を冷静に見ることができるようになり、同社の歴史と在籍中の実務経 験を再検討することにより「企業の衰亡の論理」を明らかにしたいと強く思うようになっ た。

具体的には、大倉商事はなぜ倒産したのか、大倉商事は倒産したがなぜ存続できなかっ たのか、という二つの疑問を解きたかったのである。企業のTMTは企業を倒産させてはな らず、倒産に瀕しても、法的または私的債務整理という手段をもってしても企業を消滅さ

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せないように努力する責務がある。大倉商事の倒産の原因は抗いがたい環境の激変なのか、

それとも意思決定の失敗なのか、また同社の TMT は上記責務を果たしたのかを解明しよ うと試みた。

1.3. 修士論文の構成

修士論文は、はじめに(上記二つの疑問)、序論、第 1章から第 8章、結論、おわりに、

により構成されている。

序論では、各章の展開とその内容を簡潔に述べる。第1章から第 4章は準備段階とし、

第5章から第8章を大倉商事の事例研究とする。第 8章においては大倉商事の意思決定を 総合的に分析し、結論を導く。

第1章(意思決定の理論)では、意思決定に関する先行研究の検討を行う。

第 2 章(意思決定に影響を与える要因)では、企業文化、戦略、制度(組織)の先行研 究、そして筆者が注目した「群れ」について考察する。

第3章(企業衰退のモデル)では、第 1、第2章の検討、考察に加えて、意思決定がもた らす組織の衰退に関する既存のモデルの比較検討を行う。

第4章(倒産事例)では、安宅産業、米国の Digital Equipment Corporation(DEC)、

そして三菱自動車工業の事例研究の検討を行う 。三社の倒産(あるいは実質倒産)の原因 はそれぞれ異なるが、いずれも明確である。しかし大倉商事の倒産の原因は第 4 章での検 討では、いまだ明確にはならない。

第5章(大倉財閥と大倉商事)では、大倉財閥と大倉商事の沿革と特徴を分析する。

第 6 章(大倉商事の事業成功例と失敗例)では、成功例と不動産開発事業の失敗例を簡 潔に紹介し、鶏卵農場への融資と海洋掘削リグ売買の失敗例を詳述する。また TMTが行っ た意思決定の異常性に踏み込む。

第 7 章(大倉商事の倒産の兆候)では、同社の日常の会社運営体制そのものに倒産の兆 候が既に表れていたこと、それは何であったかを明らかにする。

第 8 章(大倉商事の意思決定)では、組織風土の問題点、営業偏重型の意思決定、リス ク軽視に関する破産管財人の指摘、財務部長の問題意識、稟議制度、審査法務部長の引継 書、人間関係による意思決定上の制約、倒産前の意思決定の特徴、意思決定に影響を与え た人的要因である「群れ」の筆者のモデル(『「群れ」YOモデル』)、動植物の群れと大倉商 事の「群れ」の対比などを総合的に分析し結論を導く。なお、結論、おわりに、については

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1.4.9.および1.4.10.で述べる。

1.4. 各章の要約

1.4.1. 第1章 意思決定の理論

サイモン(Simon,H.A.)は意思決定を、決めるだけではなくその実施も意思決定行動 に含まれると指摘する。また、意思決定は直観と分析の二種類の技能の密接な結合を含ん だ混合によることがもっとも有効であると結論付けている。ジャニス(Janis, I.)は、警 戒システム的問題解決法は優れた意思決定の手順であるというが、それは意思決定者に情 報処理能力や人間関係などの制約がないときに優れているのであり、そうでなければ意思 決定のために多大な時間と労力を必要とすることが問題となる。サイモンに言わせれば、

警戒システム的問題解決法は、現実とかけ離れたあまりに大それた望みであるということ になり、ジャニスの理論には限界があるのである。クライン(Klein, G.)は、人は、過去 の 経 験 知 識 を 利 用 し て 状 況 変 化 の 重 要 パ タ ー ン を 再 認 す る 直 観 に よ る 意 思 決 定 を 行 う Recognition Primed Decision Making(RPD)という能力を持つという。しかし、意思決 定は多様であり、状況は変転することを考えれば、すべてをRPDにより処理するには限界 があり他の手法による補完を要する。ダガン(Duggan,W.)はクラインの理論を尊重しな がらも、知識や経験を融合させ、ひらめきによって決断する戦略的直観を主張する。しか し戦略的直観による意思決定は、その実行までを担保していないことに限界がある。カー ネマン(Kahneman,D.)は、ヒューリスティック、早く自動的な「システム1」、遅いが分 析的な「システム2」による意思決定に関する所論を述べ、プロスペクト理論を主張する。

プロスペクト理論とは、人は利得と損失が生じる可能性が並存する狭間では、利益を守り 損失を防ごうとしてリスク回避的になるが、確実に損失が発生すると考えられる場合には、

一か八か、リスク追求的になるという理論である。カーネマンは、ジャニスが主張する人 間関係による制約以外の多様なバイアスを示してより現実に近い理論を展開している。

筆者が注目したのはティシー(Tichy,N.M.)の理論である。優れた意思決定は準備、宣 言、実行という三つの段階を通じてこそ適切に行われるのであり、リーダーは、Teachable

Point of View(TPOV)を持ち、自身と同じように準備と決断ができる部下を育て、自身と

の交代が生じることがあっても、意思決定の一貫性が保たれるべきだという。また、意思 決定をすればそれでよいとするのではなく、行われた意思決定が実行されたかどうかを確

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認し、その成果がなければフィードバックを行わなければならないとする同理論の指摘は 重要である。 それは、現存する企業において重要視されるPlan,Do,Check,Action(PDCA)

のサイクルそのものであり、同理論は企業にとって最も納得性が高い理論である。だが、

ティシーの理論を含めて、本項で検討した意思決定の理論だけでは大倉商事の衰亡を十分 に説明することはできない。(図表1)「適切な意思決定のためのチェック・リスト(1)」

を参照されたい。

1.4.2. 第2章 意思決定に影響する要因

意 思 決 定 に 影 響 を 与 え る 要 因 と し て 、 前 出 の 意 思 決 定 理 論 に 加 え て 、 バ ー ナ ー ド

(Barnerd,C.I.)、 シ ャ イ ン (Schein,E.H.)、 ル メ ル ト (Rumelt,R.P.)、 ア セ モ グ ル

(Acemogle,K.D.)の所論を検討し、併せて「群れ」の意思決定への影響も検討した。

シャインは、企業文化は強靭であるとし、DECやチバ・ガイギーの営業戦略が、財務的 基盤よりもむしろ企業文化的基盤を優先したことを例に挙げている。ルメルトは、良い戦 略にはしっかりした論理構造(カーネル)があり、それは診断、基本方針、行動の三つの要 素で構成され、戦略は考えるだけでなく行動につながらなければ意味がないという。この 理論展開はティシーの準備、宣言、実行のプロセスに良く似ている。アセモグルは、「収奪 的」な政治制度や経済制度は、収奪する者のみを益して国家に悪循環をもたらし国家を危 うくするが、「包括的」な政治制度や経済制度は好循環を呼び、イノベーションを刺激し繁 栄をもたらすという。同理論は、企業組織においても収奪的であってはならないという教 訓を与えている。バーナードは、組織の経営について広範な指摘を行っているが、その中 で、組織の経営とリーダーシップにおける道徳準則の重要性を主張している。大倉商事末 期には、果たしてこの道徳準則が遵守されていたか確認が必要である。

・「群れ」

筆者は、上記意思決定に影響を与える要因に加えて、「群れ」に着目し、それに関わる既 存の研究を分析した。昆虫、鳥、魚などは単純なルールで「群れ」を自己組織化する。金融 市場で行動する人は、Safety in numbers(大勢でいれば怖くない)という思考に基づいて 行動し、「群れ」の意見、先行する意見、他者の行動を模倣する傾向がある。しかし、人に は高度な知能があるため、人の「群れ」は動植物のよ うにシンプルなルールで自己組織化 されず、より複雑である。大倉商事に生じた「群れ」は、このような群れとは異なる特性を

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