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ヒトの社会性と権力志向から見る「群れ」

ドキュメント内 博 士 論 文 専修科目 (ページ 169-185)

7.1. 社会的動物

ヒトは、社会的動物である。いや、「社会性」のある動物というよりも、知性によって自 ら社会に溶け込み、生きようとする人間である。ヒトは一人では生きられない。生まれて から直ぐには両親の保護下において生きる。保護下でただ生きるという時期を過ぎて這い、

立ちあがり、歩くようになると、やがて兄弟姉妹、両親、祖父母などとは別に、家の外で初 めて触れ合った友達とともに生きる時間があることを 知る。就学後は教師の訓導を受けて 家族や友達とは異なる担任教師や多くの教師、上級生、同級生などとかかわって生きると きが増える。小学校を卒業し進学後は中学校、高等学校の教師の指導を受けて勉学に励み、

より広く、より髙いレベルで他者とのかかわりが生まれる。高等学校卒業後は大学に進み、

中には大学院に進んで、教授や学友ともさらに高度な学問 や研究に携わるようになり、学 外の教授、学生、研究者との関係が生まれる。そして、社会に出れば広く他者とかかわり、

就職した企業組織のために持てる能力を発揮する。また、このような経過を経ても、ヒ ト は両親や親族、友達、級友、教師、同僚などとのかかわりを捨てることなく持ち続けて、日 に日に広く社会との関係を築いていくのである。

このような社会性を持つヒトは、社会に同化し、自身は社会から承認され、その行動は 他者から了解され、結果が評価されることを望む。ヒトは自ら病的な資質を持たない限り、

社会から孤立することを好んだり、他者から疎外されることを望みはしない。また、企業 組織に属したヒトは、他者に認められ、他者より優れ、他者より高い報酬を獲得し、他者よ りも高い地位に昇ることを望むようになる。そのため、すべてのヒトがそうだというわけ ではないが、多くのヒトは企業組織の中で他者に動かされるよりも、他者を動かしたいと 考える。そのためには昇進し、「権力」を持つことを求めるようになる。ヒトは知能を持ち、

社会性を持つ生き物であるから、社会から疎外されず、他者に優れようとし、「権力」を持 ちたいと欲するのは、極めて自然な流れである。

社会におけるヒトは、一人では大きな力(影響力)を持つことはできない。そこで、ヒト は、「群れる」ようになり、群れて力を得て、他者を動かしたいと考えるようになる。この ようなヒトの考えや行動も自然な流れである。

本研究は企業組織に生まれる「群れ」の概念化を主たる研究課題とする。「群れ」の概念 を述べるための一つの要素として、本第7章では、ヒトは「社会性」を持つために「群れ」

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を形成し、「群れ」は「権力志向」であることを主張する。ヒトは本来持つ「社会性」に基 いて企業組織内で他者と相互に影響を及ぼし合いながら、「群れ」を形成し、「群れ」によっ て影響力を拡大し、ついには「権力」を志向するのである。

「群れ」はヒトの「社会性」に発する集団である。修士論文においては、企業組織に生ま れる「群れ」は、そのメンバーが属する企業組織の繁栄または衰退や衰亡からの脱却のた めに、「群れ」が最善と確信する施策または方策を考えて、属する企業組織に提言する「性 善」な集団であるとした。しかし、「群れ」は、企業組織が繁栄し好調な業績を上げている ときには目立つことはなかったのだが、企業組織が衰退し、衰亡に向かおうとするときに、

それまでは目立たなかった「隠れた性格」を顕著に示すことがある。すなわち、「群れ」は 常に「性善」であるわけではない。「群れ」は、実は、企業組織の中で「権力」を持つこと を望んでおり、そのような隠れた性格を顕し、企業組織が衰退し、衰亡に向かっていると きに、カオスに陥ってリーダーシップを失ったトップ・マネジメント・チーム(TMT)に 対する影響力をより明確にするのである。そして、そのとき「群れ」は、企業組織内での

「群れ」の力を示すために、企業組織の長期的な繁栄よりも、短期的視野に立って目先の 結果を出そうとする提言を行い、TMTを突き動かす可能性を持っている。その提言と行動 は、「性善」から変容し、むしろ「群れの(利益の)ための群れ」という性格を強くする。

そして、そのときに他の「群れ」が存在するなら、そのような「群れ」を排除するように努 めるであろう。そのような短期的な視野に陥り、目先の利益を見せようとする「群れ」の行 動は、カオスに陥ったTMTを混乱させ、ますます無力化させ、企業組織を破綻に追い込む 可能性さえ持つのである。

筆者は、前述のとおり、「群れ」はヒトが本来持つ「社会性」によって生まれるものであ り、また「群れ」は企業組織に属する者が当然に持つ「権力」に対する志向を持つという仮 説を提起する。仮説を論証するためには、次の先行研究を参考にする。すなわち、第一に、

『人の社会性とは何か 社会心理学からの接近』(永田良昭,2003 年 7 月)、第二に、『「権 力」を握る人の法則』(J.フェファー,村井章子訳,2014年1月)である。

永田は、社会的動物としての人が、その「社会性」に基いて人間関係を築き、集団をなす ことなどを述べている。フェファーは、一つの社会である企業組織に属したヒトが「権力」

を当然に求めることを述べている。ヒト(個体)は、またヒトが集まった「群れ」は、そし て企業組織内に生まれた「群れ」は、「権力」を志向するのである。本第 7 章では、「人の 社会性」と「権力志向」という側面から、「群れ」を概観する。また、永田とフェファーの

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論ずる内容を紹介しながら、「群れ」と関連する諸点を考察し、ときには批判的に考察する こととする。

ヒトは、性(サガ)として群れる。ヒトは、企業組織に属し、人生の大半を過ごし、その 企業組織に良かれと思い、企業組織自体の繁栄を期待するとともに、自らが企業組織から 与えられる地位や報酬が高まることを望んで努力する。企業組織内でのヒトの努力は、企 業組織のためという「理想」または「外観」を示すが、実は自分と家族のためを考えて、よ り高い地位や報酬を望んで努力するのが実態である。そして、自身と家族のための努力が、

間接的に企業組織の利益につながり、その収益(結果)が自身にフィードバックされるこ とを期待するのである。

日本の企業組織、特に大規模な企業組織は、毎年 4 月に高等学校や大学を新規に卒業し た者たちを定期採用する。一斉に入社する新人たちは同期生として自然に「群れ」をつく る。そして同期生たちは、社内に分散して異なる職場に配属されるのだが、企業組織に関 する情報は一人では簡単には得られず、同期生と情報を交換し共有して結びついていく。

その一方で、企業組織は一斉入社する同期生という「集団」に対して、効率的な組織学習を 行う便宜を得るのである。このような新規卒業者の「群れ」もヒトの社会性に基いて極め て自然に発生する「群れ」と考えられる。

ヒトは、一人の力の限界を知っているので、複数のヒトの力を借りようとし、「群れ」を 形成する。そして、企業組織に「性善」で最適と確信する提言をしようとする。一方でヒト は、属する企業組織という社会の中で他者に優れ、優れた立場を獲得しようとし、他者や 企業組織自体を動かす「力」を持とうとする。このような行動姿勢は、他の言葉を用いるな らば、他者の命に従うのではなく、また他者に動かされるのではなく、そして、企業組織の 意のままに動かされるのでもなく、自分が「力」を得、影響力を高め、そしてヒトや組織を 動かす「権力」を得ようとするのである。

7.2. ヒトの社会性

先ず、『人の社会性とは何か 社会心理学からの接近』(永田良昭,2003年)を概観するこ とにする。

7.2.1. 社会的動物であるヒト

同じ長さの線を個々に選び、また「さくら」に囲まれた 1 人が選ぶ有名なアッシュの実

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験を永田は取り上げている。因みに「さくら」とは、何かを行おうとする側の者が、他者を 想定した動きに引き込むために誘導するもの(ものたち)を言う。実験対象者が、いくつか の線の中から、モデルの線と同じ長さの線を選ぶように求められたとき、「さくら」に囲ま れていると仮定する。多数の「さくら」が明らかに誤った長さの線を「正しい」 長さであ る、つまり、モデルの線の長さと同じ長さだと主張すると、「さくら」に囲まれた1人の実 験対象者は、多数意見に「同調」して間違った線を同じ長さだとして選んでしまう。この実 験の例には、ヒトが社会的動物であり、孤立を望まず、群れてしまおうとし、また他者に同 調する性質があることが示されている。「みんながそういうのなら、きっと僕が間違ってい るのだ」として、正しい線ではなく、間違った線を選んでしまうという実験なのである。ヒ トは「間主観的世界にかかわっている」(永田,2014年,p10)のだという。つまり、「哲学で いう、自我のみならず他我をも含めた共同的な作用によって成り立つ主観のあり方」(広辞 苑,第7版)があるのである。アッシュの実験のように他者の行動が新たに共有されるべき 規範としてヒトに受容されることは大きな意味を持ち、興味深く、また、「恐ろしい可能性」

を示すものである。社会的な規範やルールは、守られるべきであって守らなければ罰を受 けるが、場合によっては上記のような他者の規範が(それが誤ったものであっても)ヒト の間で共有されるに至れば、一つの(恐ろしい)規範となりうるのである。

7.2.2. 集団

永田は、ヒトの集合体である集団とは「何らかの課題を共有して、すなわち何かを達成 する、あるいは何らかの価値の実現に関係して協同的な相互作用が営まれる集合体」であ ると述べ、また、「集団と組織体を一体のものとして扱うのは、集団の機能と構造的定義は 組織体と同じである」と述べている。(永田,2014年,p33)しかし、筆者がいう「群れ」は

「集団」であるが、組織のようにそれ自体を管理運営するスタッフやシステムを持たない ため「組織」ではない。一方、「群れ」は共通概念を持ちそれを実現しようとする「有機的」

性格を持つ。すなわち、「群れ」は「前組織的段階にある有機的集団」であって、永田のい う「『集団』と『組織体』は一体のものだという主張」は受け入れられない。

7.2.3. 集団のルール

さて、「集団」のメンバーが何かを成し遂げようとし、相互の依存性が高い場合は、相互 の行動を一定の方向に向け、行動を統御し、「集団」の存続を計ろうとする傾向が生じ、そ

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