2.1. さまざまな生物の「群れ」
第 2 章では、さまざまな生物の「群れ」についての先行研究を比較し考察する。先行研 究の対象は、動物、菌類、人の群れなどであり、「群れ」の発生、組織化、ルール、変容、
消滅などに及ぶ。
筆者が着目した企業組織内に生まれる「群れ」は、第 1 章において概略を述べた修士論 文第8章の「『群れ』YOモデル」に示されている。本研究では、そこで示された内容を再 度深く掘り直し、「群れ」の概念を明確にしようとするのである。なお、先行研究では、「群 れ」を、集団、集合体、群れ、Herdなどと様々に表現しているが、第 2章では、呼び方を 統一して「群れ」と呼ぶことにする。
「群れ」は、大倉商事以外の企業組織内にも発生したと考えられる。そのような企業組 織とは、第5章で述べる安宅産業、DEC(Digital Equipment Corporation)、三菱自動車 工業、オリンパス、山一證券などである。またそのような企業組織に生まれた「群れ」は一 様ではないので、それぞれの特質あるいは「型」を表現しようと試みる。
なお、人の「群れ」については、章を改めて記述することにする。
2.2. 生物の群れ
生物とは、「生き物。生活しているもの。一般に栄養代謝・運動・成長・増殖など、いわ ゆる生活現象をあらわすものとされるが、今日では増殖を最も基本的・普遍 的属性とみな す」ものである。(広辞苑,第7版)また、菌類とは、「きのこ・かび・酵母など変形菌・真 菌類の総称。葉緑素を欠き、他の有機物から養分を吸収して生活する。大部分は糸状の細 胞または細胞列(菌糸)から成り、胞子により生殖する。狭義には真菌類を指すが、広くは 細菌・放線菌・変形菌類などを混同して使用される」ものである。(広辞苑,第7版)さら に、細菌とは、「原核生物に属する単細胞の微生物。古細菌・真核生物と共に生物の三つの ドメインを構成する。球状・桿状・螺旋状などを呈し、大きさは 0.2~10 マイクロメート ル。細胞膜で囲まれた中に原形質があり、増殖に必要なリボソーム・核酸・基質・繊毛を持 つ。二分裂を繰り返して増殖し、一部のものは芽胞(胞子)を作る。グラム染色によりグラ ム陽性菌とグラム陰性菌に大別する。無機質の酸化によりエネルギーを得る化学独立栄養 菌と有機物を栄養源とする化学従属栄養菌のほか光合成細菌があり生態系中で物質循環に
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重要な役割を果たす。ある種のものはヒトや動植物に病原性を示す」(広辞苑,第7版)
上記のような生物の定義を参考にして、本研究では、「生物」は動物・植物・菌類・細菌、
ヒトを示すこととする。
生物は、しばしば「群れ」を形成し、生活するとともに、他者 、他物に影響を与える。
細菌は少数から数を増して「群れ」に増殖すると動植物や人に死をもたらすことがある。
生物は、同じ種、同じ系のものが集まり、「群れ」を作り、「社会」をなし、自律的な個体 が環境や都度の状況に応じて全体としては秩序だった行動をする。そして、ある世代の秩 序だった社会を築き、世代交代をしていく。こうした生物の行動は自己組織化と言われる。
生物は置かれた環境の中で与えられる情報に対する反応として行動を起こし、個体相互に 作用を及ぼす。このような自発的で、間接的な協調を行うのである。
後述するが、ヒトは一人では大きな力を持たないが、多数が集まり「群れ」を成すと、他 者の行動や生活に大きく影響することがある。企業組織の中で従業員によって「群れ」が 形成されると、企業組織の部分や、ある階層における意思決定に影響を与える。「群れ」が、
取締役や部長など高い職位のメンバーによって形成されれば、企業組織経営上の意思決定 にまで影響を与える。「群れ」は本来、自ら属する企業組織の繁栄、または衰亡からの脱却 のために、工夫、発案、提言、行動などを行おうとするのであるが、「群れ」が企業組織の 干渉(外圧)を受け、また他の「群れ」と対立し、対抗する状況にいたったときには、「群 れ」は企業組織のための「群れ」から、「群れの(利益の)ための群れ」に変容する。変容 した「群れ」は、自らの存在を確保しようとし、自らの主張や提言を強弁しようとする。
変容した「群れ」の提言や行動は、本来は属する企業組織のための「性善」なものであった にもかかわらず、自らの利益のためのものに変化し、企業組織に悪しき影響を与えてさら に衰亡に追い込むことさえあるのである。
2.2.1. 動物の「群れ」の発生
動物の「群れ」はなぜ発生するのだろうか。『群れの科学』(小沢,1991年)はその理由を 次のように説明している。その理由は、四つである。すなわち、①警戒効率が増加し、安全 性が増大する、捕食者への警戒と摂餌の分担効率の増加が見られる、②「群れ」(集団)の 健全性の保持、すなわち、捕食者から強いもの(強い遺伝子)が逃げて生き延びる、③配偶 者の選択に幅が生まれる、④生存のためのさまざまな学習の機会が増大する、という理由 である。(小沢,1991年,p7)よりわかりやすく言えば、①個体で行うよりも「群れ」になっ
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て警戒行動を行えば、捕食者に対する警戒を分担することができ、また警戒と ともに摂餌 行動を分担することもできる。そのため、「群れ」の警戒効率と安全性は格段に改善される。
②個体で生きるよりも「群れ」を成せば、捕食者に襲われたときに、捕食者から、強い者、
つまり強い遺伝子を持つ者が逃げおおせることができ、生き延びて「群れ」を維持し、「群 れ」はより強い遺伝子を持つ者が形成して行けるようになる。「群れ」の 健全性が確保され るのである。③個体は「群れ」の一員となれば、配偶者として選ぶ対象個体の幅(数)は大 きく(多く)なり、強い個体を選択して強いもの同士がペアとなって「群れ」の健全性や強 さを保持できる。④捕食者に対する安全対策や行動、摂餌、巣の発見や構築、繁殖などにつ いて、個体で生きるなかで得られるよりも「群れ」の中にいることによって得られる情報 ははるかに大きくなる。多くの情報を学習する機会が格段に大きくなるのである。
2.2.2. 動物の「群れ」をまとめる手段
個体が集合体となった「群れ」では、それをまとめる手段はさまざまであるが、ミツバ チでは、女王ハチが他のハチにフェロモンを口移しで与えることによって行われる。チャ バネゴキブリでは、集合フェロモンの分泌による。トノサマバッタでも、フェロモンの分 泌が行われる。バッタが通常生きる孤独相から群生相に相転移するのは、バッタの個体数 がある限界に達し、バッタ同士の物理的接触が生じると、セロトニンというフェロモンを 分 泌 し 、 群 生 相 と な り 、 そ の 一 方 で バ ッ タ 同 士 は 共 食 い を 防 ご う と す る の で あ る 。( 小 沢,1991年,p28)
2.2.3. 動物の「群れ」のルールと行動
動物の「群れ」には、組織のような確立した指揮系統はない。しかし種によってそれぞれ 特有なルールがある。動物の「群れ」のルールと行動について、『群れのルール』(ミラー,2010 年)はさまざまなルールと行動を述べている。
2.2.3.1. アリ
アリは、「社会的昆虫」と言われる。しかし、動物の社会にはヒトの組織のような確立し た指揮系統はない。アリの「群れ」(社会)も同様であってヒトの組織のような指揮系統は 持たない。アリは、パトローラーと分類されるアリが 、巣の周辺をパトロールし終わって 巣に帰還すると摂餌に出かけるのだが、パトローラーから何らかの指示を受けてはいない。
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またアリの個体が自分は何をすべきか考えて摂餌行動に移るわけでもない。ただ シンプル なルールを自然に覚えていて摂餌するのである。すなわち、アリも、アリ以外の様々な生 物も、リーダーなどからの指示は受けていないのだが、摂餌そして最短距離での摂餌など の困難な課題を解決する。簡単なルールによって誰も教えず、誰も指示せずに課題を解決 するその生物の行動のプロセスを「自己組織化」を行っているという。自己組織化を支え るメカニズムは、第一に、分権的な統制、第二に、分散型の問題解決、第三に、多数相互作 用の三つ(ミラー,2010年,p21)である。アリはいかに効率的に餌にたどり着くにはどうす ればよいかに努力するが、その選択は個々が行うのであり、個体は初めからどの道をたど るべきかを指示されるわけではない。個体はそれぞれに摂餌に成功するまでにたどった道 にフェロモンを残す。フェロモンの痕跡、すなわち、餌を得た成功の痕跡である。フェロモ ン=成功の痕跡が多いほど、そのアリの個体は他のアリの個体と比較して近道の往復を繰 り返したことになる。そのような考えかたが正しいとすれば、フェロモンの痕跡、すなわ ち成功の痕跡が積み重ねられた頻度が高い道が、 アリたちにとって、最も効率的な道であ ると認識されることになる。フェロモンの痕跡は他のアリを、その摂餌経路を選択するよ うに強く導く効果を持つ。アリたちの行動は外見上統制が取れたものとは思えず、指揮命 令によるとも思えず、上記のように分権的な統制であり、分散型の問題解決なのであるが、
無数の結果の積み重ねはアリたちの間に相互作用を及ぼすことになる。 アリのように単純 なルールに従って行動する個体の相互作用が積み重なると、自己組織化が完成し、アリた ちの「無秩序が秩序に変わり、新たな何かが出現する」(ミラー,2010年,p41)すなわち、
新たな意思決定やアリ社会の構造や方向の変化などが創発されるのである。リーダー不在、
指示命令不在の中で、混乱なく、無秩序が秩序に自己組織化されていくアリの社会はなぜ か機能してしまうのである。
2.2.3.2. ミツバチ
ミツバチは、新しい巣を見つけ確保するために「群れ」行動を行うが、巣にたどり着く経 路を示し命令するリーダーはいない。数百匹の個体がそれぞれに、同時並行的に巣を見つ けるために飛翔し、膨大な数の相互作用を他に及ぼしているのである。偵察(テイサツ)バ チは飛翔によって得た情報を仲間に示して意見あわせをするわけではない。仲間を増やそ うとして競争し、競争の結果、膨大な情報の中から、ハチの集団(「群れ」)の総意で巣を決 定しようとする。ミツバチは知識の多様性を活かして優れた決断を行う。 見つけた巣につ