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ヒトの「群れ」

ドキュメント内 博 士 論 文 専修科目 (ページ 82-94)

3.1. ヒトの「群れ」

ヒトは高い知能を持ち、「群れ」を知能に基いて形成する。高い知能がある故に、ヒトの

「群れ」の形成や変容は第 2 章の昆虫や魚などの生物と異なり簡単ではない。また、行う べきことを自ら否定してしまうこともある。人の「群れ」は複雑である。

アリ、ハチ、シロアリ、バッタなどは単純なルールにより自己組織化を行う。動物の

「群れ」は次のような理由によって形成されると既に述べた。すなわち、①警戒効率が増 加し、安全性が増大する。②群れの健全性の保持を可能にする。③配偶者の選択に幅が広 がる。④学習の機会が増大する。という四つの理由である。植物である樹木は、樹冠の大 きさの域を自らの生存のために確保すべく、ある物質を降らせて他の樹木の生育を妨げ る。イソギンチャクとクマノミのように共生し、利他の協力を行うものがある。菌は増殖 する過程で、増殖した他の菌と触れると増殖を停止する。菌類のキイロタマホコリカビは 餌になる十分なバクテリアがないときには子実体(柄)という塊になり、個体を犠牲にし て生き延びる。

ヒトも「群れ」を形成するが、上記の生物の「群れ」が簡単なルールに基づいて自己組織 化されるのに対して、人は知能によって「群れ」を形成する。その内容は様々であるが、と きには他の生物が自己組織化するのに比べて、知能があるために自ら「群れ」の形成を躊 躇し、形成を停止し、「群れ」の形成が妨げられることによ って生じる不利益を顧みないな どの行動をとることがある。

以下、人の「群れ」に関する概略を述べることとする。

3.2. みんなで渡れば怖くない

金融市場で活躍するマネジャーたちは、「みんなで渡れば怖くない(大勢でいれば怖くな い= Safety in numbers)」の原則にそって行動する傾向がある。彼らの受け取る報酬は成 果に基づくものとなるため、彼らの判断や行動は他のマネジャ ーの判断やその成果に影響 される。マネジャーはみじめな結果を残さないように、また、みじめな結果のために、受け 取る報酬を押し下げてしまわないように、リスク回避的な行動をとる 傾向がある。マネジ ャーの判断や投資態度は他のマネジャーの「群れ」、特に優れた成果を上げた「群れ」に影 響され、逆にある成功したマネジャーが行った判断と行動は、他の「群れ」に波及し影響を

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与えることとなる。企業組織の経営では、意思決定において時流に乗るというバンドワゴ ン効果が生じることがある。金融商品を取り扱うマネジャーは、「群れ」、特に成功する「群 れ」の動きに影響されるのである。(Palley,T.I.,1995年)

3.2.1. 行動主体

金融市場で行動する行動主体(agent)は「群れ」の意見を参考にする。行動主体が自身 の持つ確信を無視して他者の選択を模倣するとき、情報カスケードが発生することがある。

情報カスケードは素早く、概ね適切な意思決定をもたらすのだが、他方情報カスケードは 他者に影響を与えて、最終的に全ての群れに誤った意 思決定をさせる危険を伴う情報の流 れである。

行動主体の選択は、行動主体が依存しようとし、あるいは模倣しようとする「群れ」の判 断への確信の程度によって異なる。その選択が二者択一であるときには、行動主体が期待 する報酬が最大になりそうな判断を選択する。合理的なバイナリ―の選択である。

行動主体が意思決定をするとき認識し、判断の基礎とする情報は必ずしも真実である必 要はなく、また情報は常に正しいとは限らない。行動主体は自身の意見への確信よりも、

その後に続く他者の選択が高い成果を示すのであれば、自身の確信にこだわらずそれを選 択する。

行動主体が消費者である場合は、意思決定に影響を与える「群れ」のバイアスに感染し やすい。感染すれば買おうとする商品の正しい価格よりも高い代金を支払ってしまうかも しれない。また、買う必要がないアイテムを思わず買ってしまうかもしれない。また、自分 に先立って行動した他者は価値ある情報を与えてくれるかもしれないが、そうではなく、

ときには売り手が提供する情報の方がより信憑性を持っているかもしれない。価格を押し 上げてしまうそのようなスパイラルは、アイテムに価値がなくても価格を猛烈に押し上げ、

動きを増幅させる。消費者の意思決定というものは、かように群れの多数意見に対して感 応的であるのである。(Teraji,S.,2003年)

3.3. 人の「群れ」の知恵

知能にもとづいて形成された「群れ」の知については、プリスキンらの『集合知の力、衆 愚の罠 人と組織にとって最もすばらしいことは何か』(プリスキン,A.,エリクソン,S.,オッ ト,J. & キャラナン,T.,上原裕美子訳,2010 年)に詳しく述べられている。もろ刃の剣であ

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る。「集合知」は簡単に「衆愚の罠」に陥ってしまうことがある。 集合知は、ともに学び、

単独で対応した場合よりも更に賢明かつ優れた結果を生み出す知の力である。しかし、「群 れ」は、知と愚行のどちらについても、知らず知らずのうちに「知」に、または「愚行」に 移行してしまう可能性を秘めている。「群れ」は、いともやすやすと暴徒に変わり、集団思 考に陥り、限られた範囲の理解だけを振りかざして、オリジナリティを失い、解決すべき 状況に関与する力まで失うことがある。

「群れ」になると、ヒトはときに互いの意見に耳を傾ける力を失って、全員が危険な状 況に陥る恐れがある。例を挙げれば、アメリカのスペースシャトル「チャレンジャー号」の 爆発事故がある。打ち上げに際して、関係者は過去の経験から、燃料補助ロケットの密閉 用の部品であるオー・リングが、低い気温では 耐久性を失って脆弱性を示すことが分かっ ていたにも関わらず、限界を超えた低い気温のもとで打ち上げることを決断した。その結 果、ロケットの爆発を招き多数の人命を失ったのである。このとき関係者の「群れ」は、沈 黙する者の集合体(つまりものを言わぬ者たちの集合体)であり、適切な言動を抑圧され た雰囲気に閉じ込められた集合体(すなわち正しいと思っても、それを言ってはならない 雰囲気に閉じ込められてしまった集合体)であった。彼らは沈黙し、相互に正しいと信じ る意見、すなわち当時の気温では打ち上げを見合わせ、延期すべきであるという意見 を言 わない集合体に包み込まれてしまっており、沈黙の陰に不安と危惧と警告を秘めていたに もかかわらず具体的な言動をしなかった。そして、表面上では、あたかも慎重協議の上で の全員一致の合意が形成された如き「合意の幻想」が生まれていたのである。(プリスキン 他,2010年,p176)

プリスキンらは、集合知の本来のありかたについて、次のようにも言っている。「(集合 知は)、『単なる頭の良さ』ではなく、またその集団の集合的認識の中から、人類は集団の活 動を取り巻く精神的、文化的、組織的な力の中から気づきが生まれ、ふさわしい行動が判 断されるのが、集合知のあり方だ」、(プリスキン他,2010年,p53)、そして「ヒトが心を開 き、なおかつ自分の思うままにしようとせず、進んでその一部になろうとするとき、集合 知は出現する」。(同書,p60)

フィッシャーは、『群れはなぜ同じ方向を目指すのか? 群知能と意思決定の科学』(フ ィッシャー,松浦俊輔訳,2012 年)の中で、集団の知恵と群知能について、別の言葉で次の ように述べている。集団の知恵とは、「集団内にある多様性を利用して問題を解決するもの」

であり、群知能とは、「集団内の個体どうしによる局所的な相互作用から創発的に生じる自

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然発生現象のことをいう」。(フィッシャー,2012年,p145)筆者は、ヒトが動物のように種 の発現以来の積み重ねに基づく自然発生的な群知能によるのではなく、知能に基づく集合 知によりより良い結果を生み出さなければならないと考えるが、プリスキンらによれば、

次のように指摘されている。「集合知は、(中略)個人に触発されたり、個人の行動を反映し たりして生まれる」、「集合知は、(中略)意図的、計画的に引き出したり、コントロールし たりすることはできない」、「意見の相違が生じた際は、傾聴し、共通点を探す。慣習的な知 が役に立たないときには、建設的な可能性を探す。集合知を生む最善の方法は、一言で言 え ば 、( 一 人 ひ と り の ヒ ト が そ の よ う な ) ス タ ン ス を と る こ と だ 」( プ リ ス キ ン 他,2010 年,p101)

また、ヒトが「集合知」を生まずに「衆愚」に落ちるのは、個人が突出せず、集団の知恵 を探さなくなった時であり、集団の構成員が自分に関係がないことだというスタンスをと り、他と調和せず、自分に都合が良く、自分が知ることだけを取り入れようとするときで ある。つまり集団が分断され、細分化されるときである。それでもなお、チャレンジャー号 の打ち上げの決断のときのように、「合意の幻想」があるときに衆愚が実現する。例を挙げ れば、宇宙船アポロの電気回線の不具合を飛行士は知っていたが伝達しなかったために三 名の飛行士が命を失った例、前述のチャレンジャー号の例などである。筆者は、集団(「群 れ」)は一人では持てない力とそれによる結果を生み出すことができ、また、一人の知恵で はなく集合知によるより良い策や結果を得られるのだが、「群れ」の中に階層が生まれ、「合 意の幻想」が生じ、また、「群れ」自体が属する企業組織の利益ではなく「群れ」のための 利益を志向する集団となったときには、その行動は偏り、「群れ」はむしろ弱体化するのだ と考える。

3.4. ヒトの「群れ」の引き起こす過ち

「群れ」に帰属して得られるいちばん重要な利点は、自分と意見が一致し、自分を理解 してくれる人に囲まれていることへの安心感、快適さ、安全という、感情的なメリットを 得られることである。

「群れ」は、属する企業組織の繁栄のため、または衰退からの脱却のために 最善と信じ る提言を行う集団であるが、一歩間違うと、「群れ」自身の考えを支持するものばかり見せ ようとし、外部との不一致を隠そうとし、直面した外部との不一致のどれをも無視させて、

「群れ」の内部から不一致が育つのを抑えるのである。

ドキュメント内 博 士 論 文 専修科目 (ページ 82-94)