• 検索結果がありません。

旗国検査・証書発給スキームの在り方

これまでに旗国検査・証書発給のスキームについて、制度設計が先行する欧 州諸国の例を踏まえて概観した上で、ROの監督の在り方についてみた。

そこでは、 当該スキームにはROを利用する形態に応じて3種類のパターンが 存在しうるところ、 MLC2006の円滑な履行の観点からいってスキームの効率性、

すなわち船社にとっての利便性は、ROの導入如何は重要なファクターであるも のの、それだけで直ちに決せられるものではないことが明らかであった。検査 及び証書発給の主体が国であれROであれ、それらが具体的にいかなる検査・証 書発給体制を敷くかによるからである。MLC2006 の円滑な履行は、そのための 国内スキームにおけるROの存否から直接に導かれるものではないのである。 

RO完全代行型を選択するデンマーク、ノルウェー及びオランダは、MLC2006  の条約証書の対象となる船舶に関し、IMO 条約の下での検査を従来  RO に委ね ており、それ故、そもそも国の機関が検査等を実施するに十分な数の検査官な どリソースを備えていないために、MLC2006 についても必然的に RO を導入す るものである。RO 検査代行型のドイツは、デンマーク等と同じく当該船舶を  IMO条約の下での検査に委ねているものの、 証書発給は国のみが行う。 しかし、

その証書発給体制は、既に見たとおり、船社の利便性を十分に確保しうるもの であった。非代行型の英国は、船舶のオペレーションにかかる事項を国が把握 したいということを主たる理由にROを導入せず、国が自ら旗国検査・証書発給 を行うとしつつ、 その体制は船社の利便性の観点からみるとROを導入した場合 に劣らぬものであった。かつ、手が及ばない部分はROを利用するという極めて 柔軟な対応は注目に値する。同じく非代行型のフランスは、MLC2006 が規律対 象とするような事項については従来国が行うものとされている風土から、ハー ド面を除きROを導入しないものの、 やはりその旗国検査・証書発給スキームは、 

ROに委ねた場合と遜色ないものであった。

もとより RO を導入するか否かの選択は、MLC2006 上における締約国の裁量 である。当該国の従来の法制度、行政リソース、その他の国内事情によって円 滑な履行に適したものが決せられるものである。それ故、MLC2006 のための旗 国検査・証書発給スキームにおけるROの利用パターンは3種類が考えられると ころ、上述のとおり、それぞれに該当する国が存在するのである。

しかしながら、ROの導入の観点から3種のパターンに分別される各国の制度 設計には共通するものがあることに気付かされる。それは、当該スキームの効 率性であり、船社の利便性が確保されている点である。旗国検査・証書発給を 国が行うにしてもROが行うにしても、 船社が負う手続きの負担は各スキームの

中で最小化されているのである。

なお、英国MCAは先述のとおりエージェンシーであり、主として海上安全を 担う専門機関として存在する。それ故、MCAは日本でいうところの国の機関で はないからそのような対応が可能なのだと見られがちであるが、国としてその ような対応を可能ならしめるためにかかる専門機関を設置し、規制執行権限を 付与しているという順序が正確な理解である。

以上を踏まえて、欧州諸国等の先行事例を勘案しつつ、MLC2006 の円滑な履 行のために、日本における旗国検査・証書発給スキームの在り方としてどのよ うな形でROを活用すべきかを現時点で考えるとき、 先の検討の視点からは以下 のように条件論的にまとめることができる。

日本の行政リソースに目を向けると、日本においてはMLC2006を担保しうる 法律として船員法があり、同法をいくらか改正することでMLC2006の規律事項 をカバーすることが可能である。また、MLC2006 のための旗国検査スキームの 受け皿となりうるものとしては、同法に基づく船員労務監査制度(同法第12 章)がある。当制度は2005年4月より運航監理と統合されており、船員労 務の監督にあたる運航労務監理官(2005年4月より、船員労務官と運航管 理官を統合して発足)は179名(『平成22年版海事レポート』174頁)が 全国に配置されている。その監督対象は14,452隻であり 、そこには 

MLC2006の条約証書を要する船舶のみならず、 MLC2006の対象であるが条約証

書を要しない船舶(内航船舶など)やMLC2006の対象外の船舶(漁船など)が 含まれている。当制度においては、少なくとも法令上は運航労務監理官が監査 を定期的に行うことは義務付けられていない。

当該制度を基礎としてMLC2006の国内実施を担保するには、 まずこれら船舶、

少なくともMLC2006対象船舶については3年間隔以内の定期的検査を行うこと が必要となる(MLC2006 第5.1.4基準  A 第4項) 。加えて、条約証書を要 する500総トン以上の外航船舶に対しては、そのすべてについて検査を行い、 

MLC2006の発効の日までに条約証書を交付しなければならない。 MLC2006は2

011年中の発効が見込まれるため、今や時間的余裕が十分あるとは言い難い。

既に述べたとおり、 当該外航船舶の中には、 三国間輸送に従事するものもあり、

これら船舶に対しては、時間的制約のある中で外国の港において確実に検査を 行い、必要に応じて条約証書を交付するということは、既存の船員労務監査の 運用にはなかった負担である。

以上からすれば、MLC2006 の条約証書にかかる旗国検査及び証書発給スキー ムの土台となりうる国内法制度、そしてそれを担う行政リソースとして運航労 

「船舶船員統計調査 年報(船員統計) 」(平成 年度)

務監理官が日本には存在するものの、MLC2006 は新たな負担をもたらすことか ら、その円滑な履行を期するとき、既存の行政リソースだけで対応しうると言 うためには、旗国検査・証書発給スキームの運用に関して具体的かつ現実的な 検討を行うことが必要である。

そして、国がそうした負担を引き受けつつ当該スキームを運用する行政リソ ースがある又は用意できると認められるとき、その在り方が効率的であるかが 問われるのは前述のとおりである。スキームの効率性を考えるときに着目され るのは、スキームを整備・運用することに対する関係各者の負担の大きさであ る。行政の負担は、つまるところ国民の負担であるから、過度に大きくなるこ とは避けなければならない。他方で、船社にとっての負担は、当該スキームに かかる手続きに関するもの、証書発給までの時間などであり、運航に支障をき たすことは避けなければならない。

望ましい旗国検査・証書発給スキームの在り方は、かかる意味で効率的であ ること、すなわち、船社の利便性が確保されていること、レベル・プレイング・

フィールドを作り出すMLC2006の国内実施スキームにふさわしく諸外国スキー ムと同レベルであること、日本籍船の増加政策に寄与しうること、これらいず れをも満たすものである。例えば、検査にあっては、申請手続きにおいて申請 期限という形式的要件を設けず、当該船舶の運航スケジュール及びその突然の 変更等にも柔軟に対応しうること、船舶証書類の謄本が利用可能であること、

海外の港においても国内の港と同様に検査を受けられること、ISM コードにか かる検査と同時に受検でき、検査にかかる時間等の節約が可能であることなど が挙げられる。特に、その一部においてMLC2006と規律事項を同じくしている  ISM コードにかかる検査及び証書発給スキームとの整合性は図られるべきであ る。今般調査国のいずれの国においても見られるとおり、内容及び手続きにか かる負担の両面から、両検査が同時に実施されるなど有機的連関をもって国内 実施されるのが実効的だからである。

証書発給にあっては、その手続きにおいて申請のためだけに特定の窓口へ出 向く時間を節約できるようにオンラインの申請が可能であること、夜間の手続 きも可能であること、証書の交付までに長い時間を要しないことなどが挙げら れる。

かかる要素を考慮した体制を国が過度な負担なく構築できるものであれば、

国がROを導入せずに検査及び証書発給を行うということは、当該検査・証書発 給スキームに限ったところで言えば、格別の問題はなさそうである。しかし、

現状においては、国が検査及び証書発給を行う制度を採用した場合、海外の港 における検査等を行う場合に財政あるいは人員体制の面で大きな負担を抱える ことは自明である。そして、財政等を理由に、国として効率的な検査体制を構