第 3 章 環と体
3.2 新しい数の作り方
0を発明したのはインド人だと言われています.中世ヨーロッパでは,負 の数はなかなか数としては認められませんでした.√
−1のような虚数が市民 権を得るのはそれ以上に困難なことでした.
ここでは,方程式の解という視点から見ると新しい数が自然に作られる様 子を見ていくことにします.
3.2.1 方程式の根
新しい数を作る基本的な方法として,ある集合の元を係数とする方程式の 根を新しい数とする方法があります.
具体例を挙げると,自然数から整数を作るには,a∈Nとして x+a= 0.
という方程式の根x=−aを考えてやればよい,といった具合です.
同様に,a∈Z(a̸= 0),b∈Zに対し,
ax=b.
という方程式の根 b
aを考えると有理数ができます.
さらに,an, an−1,· · · , a0∈Q, (an̸= 0)に対し,
anxn+an−1xn−1+· · ·+a0= 0.
という方程式の根を考えると代数的数ができます.
(注意) aを自然数として,x+aのxに自然数を代入すると必ずx+aも 自然数になります.
aを整数として,axのxに整数を代入すると必ず axも整数になります.
a0, a1,· · ·, anを有理数として,anxn+an−1xn−1+· · ·+a0 のxに有理数 を代入すると必ず有理数になります.
しかしながら,それらを用いた方程式の根が考えている数の世界にあると は限りません.
そのため,方程式の解を考えると自然に新しい数の世界が必要になってく るというわけです.
3.2.2 自然数
自然数は,物を数える,順序を数えるという最も基本的な要求から考えら れた数です.
3.2. 新しい数の作り方 81 自然数は普通,ペアノの公理を用いて定義されますが,ここではその説明 に深入りしないことにします.
(注意) 0を自然数に含めるかどうかは,流儀によって違います.
数学基礎論や,それに近い分野では0を含め,それ以外の分野では含めな いことが多いようです.
代数学でも0を含めないことが普通ですが,諸般の事情により,この章で は0を含めることにします.
曜日計算をしたときに,何日後を計算するには基準となる日を0日と数え ると計算が便利でした.自然数に0を入れたくなる事情はこういったところ に現れます.
3.2.3 整数
様々な問題を考えるとき,加法に関する方程式を解く必要がしばしば生じ ます.
たとえば,
x+ 3 = 5.
を満たす自然数xは,x= 2と得られます.
しかし,
x+ 3 = 0.
を満たす自然数は存在しません.
そこで,この方程式の解をx=−3という記号で表わすことにします.つ まり,方程式が必ず解を持つように数を拡張するわけです.
全く同様に,任意の自然数aに対し,
x+a= 0.
という方程式の解を,x=−aと定めます.
自然数全体と,このような方程式の解全体の合併で,整数環Zを定義しま す.つまり,マイナスの数を自然数に付け加えると,Zが得られます.
解説 元々,自然数の中で方程式を考えていたのだから自然数の中に解が無 ければ「解無し」とするのも自然です.実際,中世の人は負の数をほとんど 受け入れませんでした.
しかし,数学では何だかよくわからないけれど与えられた方程式の根が役 に立つのなら,それを新しい数として受け入れるという大らかな態度を取り ます.
このような柔軟な態度によって,数学は大きな発展をしてきたのです.
3.2.4 有理数
自然数に,マイナスの数をつけ加えて整数が得られました.
これと同様に,逆数をつけ加えて数の世界を広げてみましょう.
しかし,0にどのような整数を掛けても0なので,0には逆数が存在しま せん.
そこで,
Z∖{0}:={a∈Z|a̸= 0}.
という集合を考え,任意のa∈Z∖{0},b∈Zに対し,
ax=b.
の方程式の解を,b
aで表わすことにします.
(注意) Sを集合,T(⊂S)をSの部分集合としたとき,
S∖T :={s∈S|s̸∈T}.
という集合が定義されます.S∖T を,S−Tと書くこともあります.
ここでは,S=Z,T ={0}なので,S∖T =Z∖{0}は,0以外の整数の 集合となります.
ただし,
3 5 = 6
10 = −9
−15.
のように,異なる表示が同じ数を表わすので,これらを同一視しないといけ ません.
これがいわゆる約分です.
このようにして,有理数体Qが得られます.
解説 最初は何をやっているのかわからないのですが,a, b∈Zを用いた方 程式ax=bを考えている時点では自然数と整数の世界しか知らないことに注 意しましょう.
つまり,整数だけを用いて有理数を作らないといけません.
(注意) a∈Qがa̸= 0ならば,aの乗法逆元はaの逆数 1
a ∈Qとなりま す.よって,Qは体の定義を満足するので体になります.
3.2. 新しい数の作り方 83
3.2.5 代数的数
これまでに考えた方程式は,一次方程式だけでした.
そこで,有理数係数の二次以上の方程式の根を新しい数として考えます.
それが,代数的数と呼ばれる数です.
代数的数全体をQの代数閉包といい,Qで表わします.
Qは体になります(要証明).
an, an−1,· · ·, a0∈Q, (an̸= 0)に対し,
anxn+an−1xn−1+· · ·+a0= 0.
という形の方程式の根全体がQの代数閉包Qです.
例 60
x2−2 = 0.
の二つの根は代数的数.普通,x=±√
2と書かれる数.
3.2.6 実数
今までの話とは異なり,実数は位相的な要請によって作られた数です.
大雑把にいえば,有理数体は隙間だらけなので,その隙間を埋めるように 作ったのが実数です.
解説 実数の構成法にはいくつかの方法がありますが,ここでは触れません.
3.2.7 複素数体
x2+ 1 = 0.
の一つの根をi=√
−1とし,
C:={a+bi|a, b∈R}. という集合を複素数体といいます.
3.2.8 Z/N Z
Z/NZは,Nが素数のときは0以外の元に逆数が存在するので体になりま す.これを有限体といいます.pを素数としたとき,Z/pZをFpという記号 で表わすこともあります.
逆にNが合成数のときは,0以外の元で逆数を持たないものがあり,体に はなりません.
2016.12.5,代数学序論(情報数理学科) 担当:志村真帆呂 http://www.ss.u-tokai.ac.jp/~mahoro/2016Autumn/alg_intro/