第 3 章 環と体
3.18 対称群の多項式への作用
定義29 (対称群の多項式への作用) n個の変数 x1, x1, · · ·, xn からなる多 項式f(x1, x2,· · ·, xn)へのn次対称群Sn の元σの作用を以下で定義する.
σ(f(x1, x2,· · ·, xn)) :=f(xσ(1), xσ(2),· · ·, xσ(n)).
例 77 多項式f(x1, x2, x3) =x21+ 5x1x3−4x2x3へのσ=
( 1 2 3 2 3 1
) の 作用は,
σ(f(x1, x2, x3)) =f(xσ(1), xσ(2), xσ(3)) =f(x2, x3, x1) =x22+5x2x1−4x3x1. 解説 n次対称群Sn の全ての元による作用で変わらない多項式が対称式です.
つまり,対称式の自己同型群はSnと一致します.このことは対称式が高い 対称性を備えていることを示しています.
対称式
定義 30 (対称式) n変数の多項式f(x1, x2,· · · , xn)が(n変数の)対称 式であるとは,任意のσ∈Snに対して,次の等式が成り立つこと.
σ(f(x1, x2,· · ·, xn)) =f(x1, x2,· · ·, xn).
解説 対称式の定義から,n次対称群Snでf(x1, x2,· · ·, xn)の添字を変換 しても元の多項式と変わらないという性質(不変といいます)が得られます.
Sn の任意の元には対応するあみだくじがあるので,(i i+ 1) ∈ Sn (i = 1, 2, · · · , n−1)という形の元で不変ならば,それらの積で表せるSnの任 意 の元でも不変になります.つまり,Snの全ての元(n!個ある)について調 べなくても,(i i+ 1)の形のn−1個だけ調べれば十分です.
こんなところにも群論の威力が現れています.
問題95 次の3変数多項式を,3変数の対称式とそうでないものに分けてく ださい.
(i). x+y+z (ii). xy+xz+yz (iii). xyz
(iv). x2y+y2z+z2x
3.18. 対称群の多項式への作用 103 基本対称式
定義31 (基本対称式) n個の変数 x1, x2,· · ·, xnからなる以下の対称 式σkを,(k次の)基本対称式といいます.
• σ1=x1+x2+· · ·+xn.
• σ2=x1x2+x1x3+· · ·+xixj+· · ·+xn−1xn, (i < j).
• σk ={x1,x2,· · ·,xnから取り出した異なるk個の積の総和 }
• σn =x1x2· · ·xn.
例 78 3変数の基本対称式は次の通り.
• σ1=x1+x2+x3.
• σ2=x1x2+x1x3+x2x3.
• σ3=x1x2x3.
(注意) 同じσk でも,変数の個数が違うと違う式になることに注意しま しょう.
たとえば,3変数の基本対称式σ1=x+y+z,4変数の基本対称式σ1= x+y+z+wなどとなります.
解説 n変数の基本対称式は,次の多項式を展開したときの係数として得ら れます.
(x+x1)(x+x2)· · ·(x+xn) =xn+σ1xn−1+σ2xn−2+· · ·+σn. 解と係数の関係は,
(x−x1)(x−x2)· · ·(x−xn) =xn−σ1xn−1+σ2xn−2+· · ·+ (−1)nσn. から得られます.
問題96 変数x,y,z,wからなる4変数の基本対称式を全て挙げてください.
2016.12.15,代数学序論(情報数理学科) 担当:志村真帆呂 http://www.ss.u-tokai.ac.jp/~mahoro/2016Autumn/alg_intro/
3.19 2 次方程式と対称式
解説 2次方程式
x2+ax+b= (x−α)(x−β) = 0
では,解と係数の間に次の関係式が成り立ちます.
{α+β =−a, αβ=b.
つまり,係数で与えられる−a,bは,二つの解α,βの基本対称式になってい るのでした.
この関係を用いると,次のような問題が簡単になります.
与えられた解を持つ方程式を求める問題 次の2次方程式の解をα,βとする.
x2+ 5x+ 3 = 0
このとき,α2,β2を解とする2次方程式を求めよ.
求めたい方程式は,解と係数の関係から次のようになります.
x2−(α2+β2)x+α2β2= 0.
この係数はα,βの対称式となっています.これらの対称式が以下のようにα, βの基本対称式で表せるので,以下のように簡単に係数が求まります.
α2+β2= (α+β)2−2αβ= (−5)2−2×3 = 25−6 = 19.
α2β2= (αβ)2= 32= 9 これより,
x2−19x+ 9 = 0.
が求める方程式となります.
実は,どのような対称式も基本対称式(と定数)の和や積で表せるという事 実があり,計算する前からこのような計算ができることがわかっています.
3.19. 2次方程式と対称式 105 これをまともにα2,β2を計算して求める非常に大変です.
α, β= −5±√
52−4×3
2 = −5±√
13 2 α2=
(−5 +√ 13 2
)2
=(−5)2+ 2×(−5)×√
13 + (√ 13)2
4 = 19−5√
13 2 β2==
(−5−√ 13 2
)2
= (−5)2−2×(−5)×√
13 + (√ 13)2
4 = 19 + 5√
13 2 α2+β2= 19−5√
13
2 +19 + 5√ 13 2 = 19.
α2β2= (
19−5√ 13
2 ×19 + 5√ 13 2
)2
= 9.
このような状況は,n次方程式の解の公式を求めるときなどによく現れます.
問題97 2次方程式 x2−3x−1 = 0の解をα,βとする.このとき,1 α, 1
β を解とする2次方程式を求めよ.
命題3 全てのn変数の対称式は,定数とn変数の基本対称式の和と積で表 される.
解説 この命題は,次数に関する帰納法を用いて証明できます.
例 79 この命題は,次のような関係式が必ず存在することを主張しています.
• x3+y3= (x+y)3−3(x+y)xy=σ13−3σ1σ2.
• x31+x32+x33= (x1+x2+x3)3−3(x1+x2+x3)(x1x2+x2x3+x3x1) + 3x1x2x3=σ13−3σ1σ2+ 3σ3.
例 80 方程式の解に関する対称式が方程式の係数を用いて表せるのはこの命 題からわかります.
x2+ 5x+ 3 = 0
の解をα,βとすると,次の対称式 (α−β)2
は,σ1=−(α+β) =−5,σ2=αβ= 3より,
(α−β)2= (α+β)2−4αβ= (−5)2−4×3 = 13 となります.
3.19.1 対称式の基本対称式による表示アルゴリズム
簡単のため,最初は2変数で説明します.
定義32 (2変数単項式の次数) 2つの変数x,yの単項式xiyjの次数を(i+j) で定義する.定数倍しても次数は変わらない.
例 81 (i). x3y2の次数は,3 + 2 = 5となる.
(ii). x4,x3y,x2y2,xy3,y4の次数は全て 4.
例 82
f(x, y) =x3y2+x2y3+x3+y3+ 2x2y+ 2xy2+ 3xy.
次数が一番高いのはx3y2,x2y3の2項.
多変数多項式の次数
項x3y2の次数は,xが3個,yが2個の積なので合計で5個の変数の 積になっているので 5次 と計算します.
変数の種類に関係なく,全部で何個の変数の積かで次数を定義します.
2xy2の次数は,(xの指数) + (yの指数) = 1 + 2 = 3次.
3xyの次数は,(xの指数) + (yの指数) = 1 + 1 = 2次.
x3y2,x2y3の2項は基本対称式による5次式 (x+y)5, (x+y)3xy, (x+y)(xy)2 から出てくる可能性があります.
命題3によると,全ての5次の対称式はこれら3個の5次式の定数倍の和 で表されるので,次の恒等式の係数p,q,rがわかれば基本対称式の積と和で 表示できます.
x3y2+x2y3=p(x+y)5+q(x+y)3xy+r(x+y)(xy)2
右辺を展開して整理し,係数を比較するとp= 0,q= 0,r= 1が求まります.
これは,(x+y)5からはx5という項が,(x+y)3xyからはx4yという項が 出てくるため,この二つの項は除外されるという理由からもわかることです.
f(x, y)−(x+y)(xy)2=x3+y3+ 2x2y+ 2xy2+ 3xy.
これにより,右辺は3次の多項式になりました.
基本対称式による3次式 は,次の二つの定数倍と和です.
(x+y)3, (x+y)xy
3.19. 2次方程式と対称式 107 よって,次の恒等式の係数s,tがわかれば基本対称式の積と和で表示できます.
x3+y3+ 2x2y+ 2xy2=s(x+y)3+t(x+y)xy
係数を比較して,s= 1,t=−1. よって,3次の部分を基本対称式で表して 引くと,
f(x, y)−(x+y)(xy)2−(x+y)3+ (x+y)xy= 3xy.
さらに,1次の部分を基本対称式で表して引くと0になります.
f(x, y)−(x+y)(xy)2−(x+y)3+ (x+y)xy−3xy= 0.
よって,f(x, y)は基本対称式を用いて次のように表されます.
f(x, y) = (x+y)(xy)2+(x+y)3−(x+y)xy+3xy=σ1σ22+σ31−σ1σ2+3σ2. 解説 (アルゴリズム) 実用的には,以下の手順で対称式を基本対称式を用い て表します.
(i). 対称式f(x, y)を同次の項でまとめる.
(ii). 基本対称式の積でその次数になるものの線形結合を作る.
(iii). 同次の項と,その基本対称式の線形結合の恒等式を作る.
(iv). 変数に色々な値を代入して,必要な数の関係式を作る.(展開して係数
比較をしてもよいが,遅い)
(v). 連立方程式を解いて,係数を決定する.
例 83 実際の計算は以下のようになります.
f(x1, x2, x3) =x21+x22+x23
σ1=x1+x2+x3
σ2=x1x2+x2x3+x3x1 σ3=x1x2x3
x21+x22+x23=aσ12+bσ2. (x1, x2, x3) = (1,0,0)とすると,
1 =f(1,0,0) =aσ1(1,0,0)2+bσ2(1,0,0) =a.
(x1, x2, x3) = (1,1,0)とすると,
2 =f(1,1,0) =aσ1(1,1,0)2+bσ2(1,1,0) = 4a+b.
よって,a= 1,b=−2となるので x21+x22+x23=σ12−2σ2.
問題98 変数x,y,zに関する基本対称式σ1,σ2,σ3をx,y,zを用いて表し てください.
問題99 変数x,y, zに関する次の対称式を,基本対称式σ1, σ2,σ3を用い て表してください.
(i). x2+y2+z2
(ii). x2y+y2z+z2x+x2z+y2x+z2y (iii). (x−y)2+ (y−z)2+ (z−x)2