第3章 日本とハンガリーの合唱指導の比較 第1節 文化と環境
第3節 教材
日本でもハンガリーでも教材として教科書を使用している。それぞれの国で使用される 教科書の申の教材を調・拍子・小節数・音程・音域・備考の6つの項目に分けて表にまと
めた。それぞれの項目について比較してみる。
まず着目すべきところは音程である。日本では長・短2度や長・短3度、完全4度とい った音程が使われている曲が1年生の前半に学習されるようにならんでいる。あまり音程 の幅が大きくないので比較的音がとりやすくなっている。しかし、映画やテレビ番組で使 われている曲には跳躍音程が含まれていることが多い。またそのような曲を学習する場合、
既に子どもたちが歌ったことや聴いたことのあるものなど、正確な音取りがあまり必要と されず、なんとなく歌ったまま学習が終了してしまうこともある。
ハンガリーでは決まった順序で音程が登場する。最初に子どもたちが学習するのは短3 度のrソーミ」である。1年生教科書の最初の数へ一ジは楽譜が載っておらず、歌詞だけ であったため、どのような音程の的なのかがわからなかった。しかし、楽譜とともに初め
て学習するのは短3度である。
ハンガリーの音楽教育の申で特に音程は、ハンガリーで話されるマジャール語の発音と 密接な関係にある。子どもたちが単語の発音を覚えるために、また言葉の発音を生かして 音程を学習させるたやに二つを結びつけているのである。「下降の短3度に非常に近い音程 が、ほとんどの幼い子供たちがはじめて歌う音程である。」(『音楽教育メソードの比較』L.
チョクシー・R.エイブラムソン・A.ガレスピー・D、ウッズ共著 板野和彦訳 全音楽譜出 版社 1994 p.127)ことから最初に学ばれる音程とされている。
ハンガリーの教科書ではこの音程の学習に関して特に徹底されている。1年生の間に主 に学習する音程は短・長2度、長・短3度、完全4度、完全5度、完全8度である。これ らはそれぞれ階名として登場し、順番に学習される。また同じ長2度でもrゾーラ」とrミ ーレード」は分けて学習される。そして、一つの音程が登場すると、その後に同じ音程を 使ったいくつもの練習曲が用意されている。それらは2小節から8小節ぐらいの短いもの が多く、子どもたちは簡単に新しい曲を学習することができる。これは子どもたちが飽き ずに、何度も同じ音程を学習できる工夫である。
次に拍子と小節数をみてみる。ハンガリーでは先に述べたように短い曲がたくさん並ん でいるが、日本では8小節〜20小節ぐらいのものが多い。低学年の間に学習される拍子は どちらも4/4・2!4・3/4であるが、ハンガリーでは拍子を教える際は2拍子系からと 決まっているため、1年生の間はほぼ2/4で、4/4や3/4は2年生で学習される。日本 では4/4・2/4の教材が多いが、3/4は1年生でも学習され、またそれらの順序は決ま っていない。3/4の代表的な例は文部省唱歌の一つである「うみ」である。これはどちら の出版社でも1年生の教材となっている。
さらに調性についてみてみる。ハンガリーのものは民謡独特の調のものや、楽譜をでき るだけ簡単な表記にしてあるため調号が足りないなど、判断するのがかなり困難であった。
しかし、開始音にふられた階名などからできるだけ調性を記入したが、そうすると1年生 の間からハ長調以外の調がたくさん使われていることがわかった。学習の初期の段階では
臨時記号を使わない範囲での移動ドで書かれていた。次第に調号や臨時記号を用いた楽譜 もつかわれるようになるが、必ず開始音には階名がふってあった。
日本の教科書の教材にはハ長調の教材が最も多く含まれているが、他の調の曲も1年生か ら学習される。しかし、ハンガリーでは移動ドで歌うため、教科書にもハ長調以外の曲が 載っているが、日本では特にそのような理由はない。また教科書によってはハ長調の曲を
「歌だけのときはへ長調で」学習するようにと書かれている。このように日本の場合、
様々な調の曲を載せているが、その効果があまり感じられない。
またハンガリーの教科書の初めの部分は多くがわらべうたで構成されている。またコダ ーイによって作曲された子とちのための作品も多く、それらはわらべうたを素材としてい る。『合唱表現25号』のなかで伊藤は「わらべ歌には年中行事を素材にしたものが多い。
それらを歌うことで、現在では行われなくなった昔の行事を知ることになる。つまり、子 どもたちは合唱を通して自国の文化を体得することにもなる。」(p.10)と述べている。そ の点日本ではわらべ歌はほんの少し触れるぐらいで調べ学習となっていることもある。
最後に学習の進め方について、特に合唱の学習に着目して比べる。日本とハンガリーの 教科書はどちらも学習の初期段階は歌詞のみを載せている。日本ではその歌詞が国語の教 科書の詩にように書かれているのに対して、ハンガリーでは言葉のシラブルによって単語 の申にスペースを入れるなどしてリズムがわかるようになってい一る。そして日本ではすぐ に五線譜の完全な状態である楽譜が登場するのに対し、ハンガリーではまずリズムを表す 黒い丸が歌詞の下に描かれ、さらにその丸は大きいものと小さいものに分けて描かれるよ
うになる。次に四分音符と八部音符が登場し、黒丸の正体がわかる仕組みになっている。
そこからさらに小節線や拍子を表す数字、終止線、音高を示す波線、階名が順に加わり、
やっと五線譜による楽譜が登場する。このように順番に登場することによって、一っ一つ の記号の意味や役割を知り、五線譜での学習にスムーズに入っていくことができる。
五線譜が登場するとハンガリーでは音程を順番に習いながら、日本では鍵盤ハーモニカ などの楽器も習いながら学習を進めていく。そしてハンガリーでは2年生から、日本では
1年生から合唱を学習する。日本では分担唱や交互唱など、一方のパートが歌っていると きはもう一方は休むというパターンのものが多い。ハンガリーの場合、初めて登場する合 唱のパターンは、一方のパートがメロディーを歌う間もう一方は 音をのばしておくとい う簡単な二声部形式である。メロディーを歌うパートはもう一方がのばしている音と全く 同じ音から歌い初め、メロディーが進むと3度の和音になったり、2度でぶっかったりす
る。
合唱をする際に必要な、他のパートの音に合わせるということを学ぶためにはどちらも 役割を果たしていると言える。しかし、日本の分担唱や交互唱は拍を意識して合わせると いうことは達成できるが、音程に関しては他の人の音を聴くという状態があまり作れない。
特に伴奏がついているものだと、他の人の声にそれほど耳を傾けなくてもなんとなく歌え てしまう。その点、伴奏がついていないハンガリーの教材は、頼るものが他のパートの音 しかないという状態を作ってしまうことができる。片方のパートはのばしているだけなの で日本のものと比べると拍は意識しにくいが、全く同じ音から歌い始めるということで音 程に集中して学習することができる。さらにこの教材ではきれいな3度の響きやぶつかり 合う2度の響きを簡単に体験することができる。
さらに学習が進むと日本では主旋律と副次的な旋律を合わせて歌うものや、同じコード 進行で全く違うメロディーを同時に歌うパートナーソング、部分二部合唱が登場する。ハ
ンガリーでは主旋律とオスティナートのパートを合わせて歌うものやカノン風の二声部形 式の曲、4パートに分かれた輪唱の曲が登場する。
日本ではまず主旋律があり、それに副次的な旋律をつけたものや、メロディー同士を合 わせて歌うものが多い。このことから、日本ではおもに交互唱などで拍を意識させること を合唱の導入とし、主旋律を聴きながら副次的な旋律を歌うことでメロディーとハーモニ ーを作るパートの役割を学習させ、それらの段階を経て部分二部合唱で和音を意識させる
という流れで合唱の学習が行われている。
その点イ・ンガリーではポリフォニーのように、どちらも主旋律であるような曲が多い。
またカノン風の教材も多く、先に歌い始めたパートの音程や拍、歌い方などにも注意して 聴くことができる。日本のように、メロディーを歌うパートと副次的な旋律、もしくはハ ーモニーを歌うパートという形ではまずメロディーに合わせて歌うことが大切であるが、
お互いの音を聴き合うということにはなかなか至らない。
最初にも述べたように日本とハンガリーはそれぞれの国で作られた教科書を使用して授業 を行っているが、ハンガリーでは他にも副教材としてr333の視唱練習」(コダーイ・ゾル タン 1941)や「子どもたちの歌曲集」(コダーイ・ゾルタン 1962)などを使い、視唱 練習や二声の合唱の練習に使っている。