そもそも集落とは、鈴木栄太郎が「自然村」と名付け戦前段階の我が国の農 村社会の原 型を示すものとして行政村に対峙して提示されたもので、農村における各種組織・集団が 累積していて、超えることのない地域的範囲として、農民の行動を律する自足的・体系的 な文化圏を構成している。
鈴木栄太郎は『日本農村社会学原理(上)』で、「村とは地縁的結合の基礎の上に、他の 様々の社会的紐帯による直接的なる結合を生じ、その成員が彼等にのみ特有なる、しこう して彼等の社会生活の全般にわたる組織的なる社会意識内容の一体系をもつ人々の社会的 統一である。地縁社会を地域の近接に基く結合とみなすなら、かくの如き意味での村は明 らかに地縁社会以上のものである。そこには他の幾多の社会紐帯による結合も存し、彼ら にのみ特有の社会意識は、原則的に、相互面識的なる彼らの社会生活のあらゆる方向にわ たって拘束を加えている。その内に生ずる多くの集団もいわばこの統一的・一般的意志に したがって統制されている。かくの如き社会的統一が私の意味する村であって、それは自
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然村といってもよいであろう(鈴木,1968:56)と、村を定義している。
鈴木は農村の地域社会の構造を重層的な 3つの地域から成り立っていると考えた。三層 をなす地域社会の真ん中の第 2社会地区が、社会的統一を有する「ムラ26」、すなわち自然 村ととらえられている。この第 2社会地区=「ムラ」は藩政期の村と領域が一致すること が多く、そこには意思決定の場(常会などの名称で呼ばれる)が設けられ、「ムラ」の中の 全ての事項がここで議論される。また、水利組織や道普請などの協働労働組織、氏子集団 のような祭祀組織など様々な集団が内部に累積している(竹安,1992:219-239 ;2014:35-54)
。飯田市ではこの「ムラ」を「集落」と指称しているので、本稿でも「ムラ」を集落と表 記する。
その構造としては、①3 層に分化しているケース(北方区)と②2 層に分化しているケ ース(大瀬木区)の 2 つがある。この 2 つの成立時期は、①は戦後の流入人口が増えて、
戸数が多くなったため、行政上の区割りとして制定された事例で 、山村地域においてしば しばみられる。②は、大区小区制に起源をもつ藩政期の構造の継承である。①も②も時代 が異なるが、地理的条件等の制約で一定戸数の集落の形成が困難であったことが背景にあ ると思われる(図 5-2「伊賀良地区の自治区画」参照。)。
1.2 飯田市の分館と集落
飯田市は、1937(昭和 12)年の飯田町と上飯田町の合併による市制施工以降、6 回にわ たる周辺町村の吸収合併によって拡大し現在に至る。合併の際、明治期の町村はそのまま 地域自治区の「地区」となった。また、当初飯田市を構成していた橋北・橋南・羽場・ 丸 山・東野のおおよそ小学校区で構成される自治区は、1967(昭和 42)年にそれぞれ地区 として独立した。こうして、現在飯田市は 20地区で構成されている。
一方、公民館は、1946(昭和 24)年の公民館設置にかかわる文部次官通牒により、飯 田市および周辺町村において各行政に 1 つずつ設置された。その後の町村合併に際して、
飯田市は、合併前に設置されていた旧町村単位の公民館をそのまま地区の独立した地区公 民館として存続させ、市内全地区に地区公民館を並列に配置させた。また、地区は複数の
「区(地区によって「平」というところもある。)」で構成されており、「区」では住民の自 治的な活動として分館活動が存続された(長野県公民館運営協議会長野県公民館活動史編 集委員会,1987:223-226)。ただし、橋南・羽場・丸山・座光寺・三穂地区の 5つの地区 では分館活動は行われていない。また、橋北地区は、地区内に「区」にあたる「町会」が 20あるが、その内の 1つ江戸浜町会のみ分館(江戸浜分館)活動を行っている。
現在、飯田市には、20地区に103の分館(条例分館27、類似分館 76)が設置されてい
26 行政村と区別するため、社会学で自然村を呼称する場合「ムラ(ないしはむら)」の表 記が用いられる。
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る27。毎年教育委員会が刊行する「飯田市公民館活動記録 」には分館の配置に関して、「多 くの地区公民館のもとに、集落単位を基本とする『分館』が組織され(飯田市公民館,2015: 5)」と明記されており、主事等飯田市職員が分館を説明する際にも、分館は集落に設置さ れていると言われている。つまり、飯田市の集落は、分館が設置されている 「区」である と定義できる。
本節では、あらためて飯田市の分館が設置されている「集落」について、鈴木栄太郎が 自然村と称した近世村との関係から実態を明らかにする。図 5-1 に、村・行政区画の変遷 について調査した實月圭吾監修『明治初期長野縣町村衛繒地圖大鑑〈南信編〉』(實月圭吾
1985)を参考に、各地区の分館と、1875(明治8)年以前の集落いわゆる近世村との関係
をまとめた。
その結果、従来、飯田市が言ってきた分館が組織されているという「集落単位」の集落 は、近世村を集落として分館を組織しているものが多いが、例外もあることが明らかとな り、それは以下の 4つの型に分類できた。
①近世村の集落と一致する「集落」。
②複数の近世村が統合された「集落」(龍江地区。近世村の集落は、大屋敷村・尾科村・石 林村・宮沢村・雲母村・安戸村・今田村の 8 つであるが、現在、第 1・2・3・4 区に編 成され分館が設置)。
③小字単位の「集落」(川路地区。近世村の集落は下川路村1つであるが、現在の集落は 2・
3・4・5・6・7・8区と7集落となりそれぞれに分館が設置)。なお、このような小字を
集落単位とするケースは、長野県の北部の地域にもみられる(佐藤・上原・大島,1998:
1-18)。
④近世村の集落には存在しない新しい「集落」。新たにできた団地が一集落となって分館が 設置された(伊賀良地区の三尋石)場合や、人口増加によりかつての一集落が分割され たと考えられる集落への分館の設置(上郷地区の下黒田北・南・東は、下黒田村を一集 落とした地域から分割したと考えられる)など。
以上のように、飯田市の分館配置でこれまで一般的にいわれていた「集落単位」の「集 落」とは、多くが近世村の集落を基盤として形成されている。
27 飯田市公民館による『平成 26年度飯田市公民館活動記録』により103館の分館の世帯 数をみると、最小は千代地区芋平分館の 19戸、最大は伊賀良地区北方分館の1,929戸と 大きな差があり、分館の規模も構成も一様ではない。このような分館の規模の格差は、同 一地区内においてもあり、例えば、伊賀良地区では、最小は三尋石分館の 184戸で、北方 分館の約 10文の1である。
95 図 5‐1 飯田市の行政区分としての地区および集落と分館
合 併 前 の 町 村 名 ・ 合 併 年
地 区 名 分 館 名
M8以 前 の 集 落 ・ 村 と の 合 致
合 併 前 の 町 村 名 ・ 合 併 年
地 区 名 分 館 名
M8以 前 の 集 落 ・ 村 と の 合 致
上 飯 田 町 橋 北 江 戸 浜 千 代 村 北 部
S12 橋 南 ( な し ) S39 芋 平 芋 平 村
飯 田 町 羽 場 ( な し ) 野 池 野 池 村
S12 丸 山 ( な し ) 米 川 米 川 村
吾 妻 町 南 法 山 法 全 寺 村
東 新 町 1 大 群 大 群 村
錦 町 米 峰 米 峰 村
高 羽 町 東 毛 呂 窪 毛 呂 窪 村
宮 の 前 八 ノ 倉
宮 ノ 上 下 村 下 村 村
諏 訪 町 龍 江 村 第 一 今 田 村
座 光 寺 村 S39 第 二 安 戸 村
S31 第 三 宮 沢 村
松 尾 村 上 溝 第 四 尾 林 村
S31 久 井 石 林 村
水 城 * 区 切 り 不
明 雲 母 村
新 井 島 田 村 大 屋 敷 村
寺 所 尾 科 村
明 竜 丘 村 駄 科 駄 科 村
清 水 S31 長 野 原 長 野 原 村
城 時 又 時 又 村
八 幡 桐 林 桐 林 村
代 田 毛 賀 村 上 川 路 上 川 路 村
毛 賀 川 路 村 2
常 盤 台 S36 3
下 久 堅 村 知 久 平 知 久 平 村 4
S31 虎 岩 虎 岩 村 5
柿 野 沢 柿 野 沢 村 6
稲 葉 7
小 林 小 林 村 8
南 原 南 原 村 三 穂 村 伊 豆 木 村
下 虎 岩 S31 立 石 村
上 久 堅 村 1 下 瀬 村
S39 2 柏 原 村 M8~14
3 三 綱 村.
4 M14~22再
び3村
5 M22~ 三 穂
村 6
下 川 路 村
三 穂 ( な し ) 下 久 堅
上 久 堅
千 代
龍 江
竜 丘
川 路 東 野
座 光 寺 ( な し ) 座 光 寺 村
松 尾
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(實月圭吾:監修『明治初期長野縣町村衛繒地圖大鑑〈南信編〉』を参考に、筆者作成。)
合 併 前 の 町 村 名 ・ 合 併 年
地 区 名 分 館 名
M8以 前 の 集 落 ・ 村 と の 合 致
合 併 前 の 町 村 名 ・ 合 併 年
地 区 名 分 館 名
M8以 前 の 集 落 ・ 村 と の 合 致
山 本 村 東 平 上 郷 町 上 黒 田 上 黒 田 村
S31 大 明 神 H5 下 黒 田 北 下 黒 田 村
北 平 下 黒 田 南
中 平 下 黒 田 東
西 平 丹 保
南 湯 川 北 条
竹 佐 竹 佐 村 飯 沼 南 飯 沼 村
箱 川 M16 箱川村 南 条 南 条 村
久 米 久 米 村 別 府 上 別 府 村
二 ツ 山 別 府 下
伊 賀 良 村 下 殿 岡 下 殿 岡 村 上 村 上 町
S31 上 殿 岡 上 殿 岡 村 H17 中 郷
三 日 市 場 三 日 市 場 村 程 野
北 方 北 方 村 下 栗
大 瀬 木 大 瀬 木 村 南 信 濃 村 和 田 橋 北 和 田 村 ~
M30
中 村 中 村 H17 和 田 橋 南
三 尋 石 八 重 河 内 八 重 河 内 村
鼎 町 下 山 木 沢 木 沢 村
S59 東 鼎 南 和 田
西 鼎 下 茶 屋 中 平 上 茶 屋 切 石 上 山
一 色 一 色 村
名 古 熊 名 古 熊 村 山 本
伊 賀 良
鼎
上 郷
上 村 上 村
南 信 濃
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