筆 本 一 文 明 八 岸
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一 政O 放O菩薩 苔 雄 一
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一忠敬︿ 之
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ー来O所
l 一 l
来所は﹁一部六帖﹂とあるごとくである︒
R暦
応本
︵大 谷大 学蔵 暦応 四年 写書 信巻 本端 本︶ この本の奥には︑先の尊蓮書写奥書につづいて次の記事がある︒
又云元弘三歳町一従初春上旬之候底孟夏下旬之天終書写微功畢於写本者以聖人真秘本加写合一云々於当本者以松影助
阿之一証本重令校合而己釈乗専定十九
暦応四歳出十二月廿八日遂筆硯之漸写畢殊迎本願寺聖人之御縁日慮外終右主之功聖人定垂納受小質宜協知見者敗可
喜可尊凡於此書者念仏成仏之附喉諸門超勝之真路也悲喜交流感涙巨抑而己
⑬
この写本は返り点の書様においても︑奥書のごとく暦応四年の書写とみてよいであろう
o従って乗専の校合状態そ
のも のは みら れな いが
︑ ほぽ校合の結果を伝えていると思われるo
奥書によれば︑助阿本なるものによって﹁重令校合﹂られたものであり︑当初の尊蓮自筆本︵乗専書写底本も尊蓮 自筆そのものではなかったろう︶からは相当隔たった本文となっていることは予想されることである
o事実六冊本系
異文はほとんどない︵もっとも六冊本全体としても異文の少ない所である︶
0が︑次の異文は六冊本系といえる︒
三貝 六行
釈毅
驚︵
白筆
本︶
v釈
驚︵
暦応
︶本
四七
o回
︒
抄要←抄出
七
O h γ
回︒
不可説不可称←不可称不可説
さらに︑この本の底本が六冊本系であったことは次の点で明らかであるoすなわち︑その一紙片面の書様はやはり 六行一七字の形をとっているが︑信巻序は一行一六字という︑現存本ではこの本のみの独特の字詰をもっている︒し
かもその八行中四行まで
一四
!一 五字 不と 定で あり
︑
本論部分に入って
一七 字を 基本 とし なが らも
︑
ノ\
八
r'‑マ
ナ
教行
信一
証六
冊木
本文
状態
時臨
の上
限と
下限
七
教行 信託 六冊 木本 文状 態時 期の と限 と下 限
⑬ ︷子等︵割注部分を出版本式に計算すれば二二字に相当する個所もある︶出入が甚だ多いのである︒これは底本として
四七
は六冊本系を用い︑八冊本系によって校訂しながら書写したことを示している︒このことを奥書の内容に照してみれ
ば︑底本である六冊本が尊蓮書写奥書本であり︑校合に用いられた助阿本が八冊本系であったと考えられるわけであ
るoこの点よりしても︑尊蓮書写本が六冊本の一系であることは疑え得ない︒
C天
文書 写奥 書本
︵竜 谷大 学蔵 延書
︶ この本の真巻奥には先の尊蓮書写記事に続いて次の奥書があるo
本云康︑一二歳校五月十七日以漢字之真本延写子印字授与之
また化巻末奥には 願主乗智
此書存覚聖人ノ御筆ヲ以テ写申候但四巻目二巻同五巻メ二巻合テ四巻ハ乗専メ筆也此内四巻メノ本口ヨり十丁メノ
一面迄ハ存覚聖人ノ御筆也天文廿二年眼七月十二日相調一候畢
とある︒化巻本下・末上・末下の一一一間は表紙続糸などに多少相呉があるが︑全冊共江戸時代も末以後の同時の複数人
による書写と思われる︒
とこ
ろで
︑
この化巻奥の践文を考えてみると︑天文二十二年︵一五五三︶の段階でそれより二百年も前︵康永二年
一三 四二 一︶ に書 いた 原祖 本の 筆者 が判 るは ずも なく
︑
単なる伝聞を書留めたのではないかと考えられそうであるが︑
この記事ははなはだよく本文状態と一致するのであるoすなわち︑証・真巻の延安田の仕方と他巻のそれとに異なる点
が存する︒その最も顕著な相異は﹁而﹂字の訓み方である︒他巻ではこの字を多く丁寧に﹁Jツテツカモ﹂と訓むに
対して︑証・真巻ではこのような訓み方をまったくせず︵臼筆本真巻一ケ所の﹁ツカモ一訓みを除いて︶︑おおむね
自筆本の訓みと同じである︒表匝をみていただけば︑それがいかに顕著な相異であるか了解いただけるであろう︒実
表E
l 土 F t x n * ‑ i : . ‑ |
行[ 信 本
」訊|の数| 7 I 13 / 32 I 1 I I 21 I 1s I
蘭 示 一 字
数 I20 I 18 I 44 I 27 I 21 ! 27 ! 49|
注 lヨ筆本で「シカモ」と訓んだ個所〔真巻lケ〉を除〈
は表出のごとく証巻一四頁五行に一ケ所自筆本と異なって一ツカモ一と訓んだ所がある︒と
﹂﹂ ろが
︑こ れを 先の 奥晶 子日 照に して みる と︑
﹁比内山巻メノ本口ヨリ十丁メノ一面迄ハ存覚と
人ノ御堂也−に一致するとみることができる﹁天文書写奥喜本では楳挙を除いた内題以後の 紙面十二枚目裏五行に相当する︶0十七冊本系延書では︑本願寺系で主流を創り出す西本願 寺蔵善如書写本があるが︑乙れも本文状態は同一である︒このことから︑右の化巻末の奥書 は何等かのかなり確実な根拠によったものと思われ︑その事実よりすると︑真巻奥の康永二 年一五々の記事も︑当時存覚五十四歳︑乗専四十九歳であった点よりしても不審がなく︑従つ てまた尊蓮書写記事も漢文底本にあったと考えられる︒
ところでこの本の結構をみると︑︵②信未・化末に前題がない︒④信・証・化巻の標挙が内 題の前にある︑⑫信巻序・信巻末・化巻末に選号がないなど︑六冊本系よりの延書であるこ
とは疑いの余地がない︒
また本文について善如本との白釜本に対する共通異文へ従ってそれはほとんど確実に原延 書本の異文︺をとり出してみると︑六冊本系写本の異文とよく重なるのである︒行・信一巻辺 はそれほどでないが︑化巻辺になると非常な一致を示し︑特に大楽寺本そして文明本とこと
ごとく重なるのである︵表W
参照
|行
・信 巻辺 で六 冊本 系に 一致 しな い異 文が 本願 寺系 八冊 本の 異文 と重 なる 乙と は︑ この 系統
の一
ー行
雨﹂
の異文を考える一つの一不峻を与えるが︑化巻辺は氏本の地肌を現わしたものと考えられる︶︒また信巻二ケ所の自筆本訂正前
︵通行本は訂正後の﹁雨行一︶を伝えているへ宝治二年書写の和讃では﹁行雨一とあることを考者すべき︶
など︑自筆本の初期状況と何等かの関係を有すること明らかである︒
教行 信一 証六 冊木 本文 状態 時期 の上 限と 下限
七五
注I88 75 7 4 55 54 48 45 43 30 29 23
注劃
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|表
b「 化巻末頁
6 I 行 教
行信 証六 冊本 本文 状態 時期 上の 限と 下限 自
筆
本︵O︶
七六
以上︑尊蓮書写奥書を有する
ニ本は︑@六冊本の共通結構を 保有しまたは推定させるもので
あり︑⑥六冊本共通の異文を保
有し︑または残影を存すると
いう点において︑聖人滅後に成 立した八冊本と対照的状況にあ り︑かかる点において︑
十尊
蓮
4 6 9 3 5 4 4
2 3 6 8
書写本は六冊本の一系である﹂
と結論される︒しかも︑指摘し たごとき自筆本の改訂前の本文 をそれぞれ幾っか所有している とい う事 実を 勘案 する とき
︑一 六 お
わ り に
冊本系本文状態は︑尊蓮の寛元 五年書写頃までには成立した﹂
と推定され得るのである︒
実は本論文は六冊木本文状態成立時期推定のための白筆本の筆跡論証に主点を置くつもりであったが︑紙数制限の
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町 ︑
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ため︑後日を期せざるを得なかった︒勿論本論文での諸論一証もかかすことのできない六冊本論であることは申すまで ともに︑諸賢の厳しい御叱正をお願いいたす次第である︒
拙論発表の機会を与えられた乙と︑釜同如本その他諸寺院より貴重な寺宝拝覧の機会を与えられたことを感謝すると 注
①﹁ 浄得 寺本
教行
信一 一訓 の本 文に つい
て﹂
集︶拙著参照
②﹁教行信託正応四年出版に関する書誌学的考一一品L
文四三の四︶拙著参照
③﹁
教行 信一 社﹃ 完成
﹄に 関す る畳 一同 誌学 的考 一一 件﹂
︵国
文学 佼六
四号︶拙著参照
④注③論文参照
⑤この判断は西本願寺昭四十二年発行教行信一証校異注記によ
400
︵中 位文 五五
O号後
︵国
語国
⑥吉岡田本山宝暦十二年の目録より推定された 教行信一社六冊本本文状態時期の上限と下限
⑦﹁親殺﹂︵人物叢書︶二
O
二頁
⑥﹁教行信託の成立と改訂について
L
収︶
六一
二頁
⑨注⑦二二二頁
⑮注⑤
⑪注⑧
⑫注②論文参照
⑬﹁返点の沿革﹂
⑭注②論文参照 ︵続鎌倉仏教の研究所
︵訓点語と訓点資料五四輯︶小林芳規参照
七七
第十 八願 にお ける 唯除 の意 味
七 ノi¥
第十八願における唯除の意味
ー 親 鷺 に お け る 人 間 の 研 究
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山 2
本
i
本
願充?
寺