3.6 地下水年代測定技術の現地適用性検討
3.6.2 岩石間隙水の特性評価手法、間隙水抽出手法の検討
透水性の低い堆積岩が分布する幌延地域に おいては、任意の地点で採水により地下水サン プルを得ることは難しく、岩石コアから地下水 を採取する必要がある。このため、He 濃度や
36Cl/Cl注1の値を評価するためには、なんらかの
方法を用いて He や塩化物イオンあるいはこれ らを含む地下水を岩石コアから抽出する必要が 生じる。
既往の研究において間隙水中の(1)He 濃度お よび同位体比(中田ほか、2006-a)、(2)水素・酸 素同位体比(中田ほか、2007-a)、(3)溶存イオン 濃度(中田ほか、2007-b 2008)、(4)36Cl/Cl(中田
ほか、2006-a)を評価するための手法や、手法の
最適な適用条件について検討してきた。ここで は、本研究において地下水年代指標として特に
重要なHeおよび36Cl/Clの評価法について概要
を述べる。
(1)He 濃度および同位体比の評価
Osenbruck et al. (1998)は、下記の手順による 希ガス抽出-測定法を提案した。すなわち、(1) 岩石コアの真空容器への封入、(2)コア周囲のガ スの真空引きによる除去、(3)容器静置による希 ガスの抽出と測定、である。既往の研究(中田ほ
か、2006-a)において、上記の手法の各プロセス
について最も適切な処理時間の決定法や、各処 理における希ガス散逸量の評価手法を試験的根 拠に基づいて示し、希ガス抽出-測定法をあら ゆる岩石に対して適用可能にした。
幌延地域で取得したボーリングコアにも、上 記の手法を適用し、Heが脱ガスしないよう原位 置の被圧不活性状態で取得した地下水サンプル (宮川ほか、2004)との比較を行った。コアおよび
注1:36Cl/Cl:36Clが塩化物イオン全量に対して占める比 率を示している。加速器質量分析の結果は上記のよう な記述がされるのが通例であり、ここでもそれに従い
36Cl/Clという記述を用いた
原位置で取得した地下水サンプルの He 濃度は 良く一致し、地表へ揚水して得られた地下水サ ンプルにおける He 濃度に比べて顕著に高い値 を示した。この結果は、コアを用いた間隙水中 希ガス抽出-評価法の妥当性と、揚水したサン プルでは減圧等による脱ガスが生じる可能性を 示すものである。
上記の結果を基に、本研究ではコア間隙水か ら希ガスを抽出-測定する手法によりHe濃度、
同位体比の深度プロファイルを得ることにした。
(2)
36Cl/Cl の評価
間隙水の 36Cl/Cl の評価法の妥当性を検討す るため、コアからの塩化物イオンの抽出方法(圧 縮抽水法注2の圧力およびリーチング法注3)が、
36Cl/Clの値に与える影響を評価した。この結果、
抽出方法(リーチング、圧縮抽水(低圧・高圧))
によって36Cl/Clの値は変化し、この変化の原因
が流動性の低い間隙(デッドポア)から抽出され る塩化物イオンであることを明らかにした(図 3.6-2:中田ほか、2006-b)。
幌延地域の岩石では、圧縮抽水で間隙水を抽 出した場合でも、圧縮圧力に対する36Cl/Clの値 の依存性が低くリーチングで評価した値と良く 一致するため、本研究ではリーチングまたは圧 縮抽水(200MPa 程度の圧縮圧力)により 36Cl/Cl 評価用の塩化物イオンを取得した。取得した塩 化物イオンは塩化銀として、36Sの影響を除くた めのSO4除去処理を実施した後、加速器質量分 析法(AMS)によって36Cl/Clを評価した。
3.6.3
4He、
36Cl/Cl を用いた地下水年 代の評価
幌延地域で実施された 5 つのボーリング孔 (HCD-2,3 HDB-9,10,11)からコアを取得し、地下
注2:圧縮抽水法:岩石を油圧ジャッキによって圧搾し、
間隙水を得る手法
注3:リーチング法:岩石を純水や濃度既知の溶液に浸漬 し、拡散によって浸漬溶液に抽出された成分を利用す る手法
図 3.6-2 塩化物イオン抽出手法と36Cl/Cl の関 係(対称はオーストラリア Marree 地 区の岩石)
水年代評価のための試料とした。コア試料のほ とんどは、稚内層から、一部は声問層から取得 した。
(1)He を用いた地下水年代の評価 1)He 濃度・同位体比の深度方向プロ ファイル
3.6.2節に示した手法により、各ボーリング孔
における He 濃度・同位体比の深度方向プロフ ァイルを評価した。評価結果を図 3.6-3 にまと
める。図 3.6-3 から明らかなように、ほとんど
のボーリング孔において、He濃度は深度の増加 に従って増加する傾向が観察された。He濃度は 1.0×10-6~1.0×10-5 (ccSTP/gw注4)の範囲であり、
大気と接して溶解平衡になった水における He 濃度(4.8×10-8)と比べて20~200倍程度である。
HDB-11孔、深度600m以深で取得したサンプル
については、コア取得時に表面から発泡する様 子が観察された。また、1 深度につき 2 つのサ
注4:ccSTP/gw:希ガスの溶存量を表すのに用いられる 単位。1gの水(gw)に標準状態(0℃、1気圧)である体積 を占める量のガスが溶存していることを表している。
ンプルを取得して比較したところ、深度が深い ほど2 サンプル間の He濃度評価値にばらつき が見られた。これらのことから、HDB-11 孔、
深度600m以深でHe濃度が低下するのは、コア 取得時にメタン等が急激にガス化、発泡し、そ れに伴ってHeが脱ガスしたものと推察される。
このため、本研究においては、4He を用いた年 代測定は、脱ガスが疑われるデータについては 除外した。
Heの同位体比(3He/4He)については、ボーリン グ孔毎に異なる数値を示しており、蓄積してい るHeが各孔によって異なる起源のHeの影響を 受けている可能性を示唆する結果となった。
2)
4He 濃度を用いた地下水年代の評価
4Heは岩石に含まれるウラン(U)、トリウム(Th)のα 崩壊によって生じ、岩石間隙水中に蓄積する。この ため、岩石中のU、Th 濃度および岩石の空隙率か ら間隙水中での 4He の蓄積速度を算出することが 可 能 で あ る 。 上 記 の 考 え に 基 づ き 、 既 往 の 研 究 (Andrews et al., 1985)において下記の式が提案され ている。
φ φ 10 1 2.88 Th 10 1.19 ρ U
λ ρ
He 13 14
w r He ac
ここに、Heexは過剰He蓄積量、λは岩石のHe 放出係数(通常1とされる)、ρrは岩石の密度、ρw
は水の密度、[U]はウラン濃度(ppm)、[Th]はト リウム濃度、φ は間隙率である。この式に幌延 地 域 の 稚 内 層 の 岩 石 か ら 得 ら れ た 、 空 隙 率
=37.6%、U濃度=1.23(ppm)、Th濃度=4.56(ppm) を代入すると、稚内層における4Heの蓄積速度
=2.0×10-12(ccSTP/gw/y)を得ることができる。
4He を用いた地下水年代測定においては、上 記のように地下水が接触した岩石から発生する
4Heに加えて、4He濃度が高い地点から低い地点 へと拡散によって4Heが移動する「Heフラック ス」を考慮する必要があると考えられている。
しかし、ここでは、岩石から発生した4Heが接
0 100 200 300 400 500 600
10 15 20 25 30
36 Cl/Cl (x10-15 )
圧縮抽水
Squeezing Puressure (MPa) リーチングに
よる評価値
図 3.6-3 He 濃度・同位体比の深度方向プロファイル
右図において、①:岩石起源、②大気起源、③マントル起源の He における3He/4He
触する地下水に溶存し、そのまま蓄積するとし て地下水年代を評価した。これは、(1)3He/4He は孔毎に一定値をとり、Heの拡散による同位体 分別が深度方向に観察されないこと、(2)稚内層 の堆積年代は 900~1300 万年であり(福沢、
1985)、稚内層下部にHe濃度が高い層があった としても、上部への有意な He フラックスが形 成されるのには十分な時間ではないこと、から、
Heフラックスの存在が600m以浅の4He濃度に 顕著な影響を与えないと推察できるためである。
上記の考えに基づいて4He濃度から算出した地 下水年代の深度方向プロファイルを図 3.6-4 に まとめる。図からわかるように、深度 400m 以 深の稚内層の地下水年代は 100万~750万年程 度と評価され、稚内層の堆積年代と近い値を示 した。このことから、稚内層の地下水は堆積時 からほぼ移行することなく、停滞している可能 性が高いと考えられる。深度 400m 以浅では、
He で評価された地下水年代は岩石堆積年代と 比較してやや小さくなっている。これは、深度 400m以浅では、天水と地下水(岩石間隙水)間の He 濃度差を駆動力とした拡散により、He の一 部が地表水へと散逸したか、He 濃度の低い(地 下水年代の若い)水との混合が生じたためであ ると考えられる。後述する塩化物イオンの深度
図3.6-4 4Heによる地下水年代評価結果のまとめ
方向プロファイルからも、深度 400m 以浅で拡 散あるいは混合による物質移行が起きているこ とが示唆されており、4He の結果と調和的であ る。また、浅部の一部は岩石種が異なっており (声問層)、空隙率が大きく、4He の蓄積速度が 稚内層よりも遅いため、稚内層の岩石特性での 評価を行うと、地下水年代を若く評価すること になる。
-700 -600 -500 -400 -300 -200 -100 0
10-7 10-6 10-5
HCD-2 HDB-9 HDB-10 HDB-11 HCD-3
He濃度 (ccSTP/gw)
標高(m)
大気と平衡状態の水 4.8×10-8
深度方向に 増加傾向
-700 -600 -500 -400 -300 -200 -100 0
1E-7 1E-6 1E-5
HCD-2 HDB-9 HDB-10 HDB-11 HCD-3
3He/4He
標高(m) ① ② ③
-700 -600 -500 -400 -300 -200 -100 0
10-7 10-6 10-5
HCD-2 HDB-9 HDB-10 HDB-11 HCD-3
He濃度 (ccSTP/gw)
標高(m)
大気と平衡状態の水 4.8×10-8
深度方向に 増加傾向
-700 -600 -500 -400 -300 -200 -100 0
1E-7 1E-6 1E-5
HCD-2 HDB-9 HDB-10 HDB-11 HCD-3
3He/4He
標高(m) ① ② ③
-700 -600 -500 -400 -300 -200 -100 0
1E-7 1E-6 1E-5
HCD-2 HDB-9 HDB-10 HDB-11 HCD-3
3He/4He
標高(m) ① ② ③
-700 -600 -500 -400 -300 -200 -100 0
105 106 107
100万年
HCD-2 HDB-9 HDB-10 HDB-11 HCD-3
4
He年代(年)
標高(m)
(2)
36Cl を用いた地下水年代の評価 1)
36Cl/Cl の深度方向プロファイル
3.6.2に記述された手法により、各ボーリング
孔における 36Cl/Cl の深度方向プロファイルを 評価した。36Cl/Clおよび塩化物イオン濃度の評 価結果を図 3.6-5(a),(b)にまとめる。深度 400m 以深では、36Cl/Clは7×10-15程度の値で一定と なっており、塩化物イオン濃度も9500ppm程度 で一定値をとる。400m以浅でも36Cl/Clの値は 7×10-15前後であるが、ばらつきが大きくなっ ており、200m 以浅では 36Cl/Cl の値が 7×10-15 より有意に低いサンプルが散見される。これは、
声問層が浅部に分布しており、声問層は稚内層 に比べて、岩石のU、Th濃度が低く、空隙率が 大きいため、36Cl/Clの放射平衡値が低いためで あると考えられる。また、深度200~300m付近 から地表付近に向かって塩化物イオン濃度が減 少しており、塩化物イオン濃度の低い地表水へ の拡散か、塩化物イオン濃度の低い地下水の混 合が起きている可能性が高い。しかし、塩化物 イオン濃度の減少をもたらす上記の事象は、
36Cl/Clの減少をもたらす要因ではないため、や
はり 36Cl/Cl の変化は地層の違いに起因してい
る可能性が高いと考えられる。
2)
36Cl/Cl を用いた地下水年代評価
幌延地域の地層は海成層であり、堆積時に海 水を取り込んでいる。海水における塩化物イオ ンの36Cl/Clは0(実測値:1.0±0.6×10-15)である が、岩石から生じる中性子によって放射化され、
岩石のU・Th濃度と中性子捕獲物質量に応じた 放射平衡値をとる。岩石特性から発生する中性 子束を経験的な式や核種輸送コードを用いて計 算することで、ある岩石と接触した地下水中の
36Cl/Clの放射平衡値をある程度の精度で予測す
ることが可能である(中田ほか、2006-b)。稚内 層の岩石においては、36Cl/Clの放射平衡値は 1
~12×10-15程度であると予測される。また、そ の堆積年代から推察して、放射平衡に達してい ると考えられる。稚内層の岩石に含まれる Cl は 8.1±3.3 の 36Cl/Cl 値を示した。深度 400~ 1000mの広い範囲において36Cl/Clの値が一定の 値(7×10-15)をとり、上記の放射平衡値の予測範 囲内にある。また、36Cl/Cl の値、7×10-15は海 水における値と比較して有意に高い値である。
よって、これらの深度の岩石間隙水中で36Cl/Cl の値は放射平衡に達しており、その値は7×10-15 であると考えることができる。中性子照射によ る放射化がみかけ上平衡に達するためには、
(a) 36Cl/Cl (b) Cl濃度
図 3.6-5 (a) 36Cl/Cl, (b)Cl 濃度の深度方向プロファイル
(a)における①:海水における36Cl/Cl、②声問層の放射平衡値、③稚内層の放射平衡値
-1000 -800 -600 -400 -200 0
0 4 8 12 16 20
② HCD-2
HDB-9 HDB-10 HDB-11
③ ③
① HCD-2 HDB-9
HDB-10 HDB-11
36Cl/Cl
標高(m)
-1000 -800 -600 -400 -200 0
0 2500 5000 7500 10000 12500
塩化物イオン濃度(mg/L)
標高(m)