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対象とした用例、および考察方法

ドキュメント内 現代日本語の使役文に関する一研究 (ページ 137-149)

第 8 章 「V-サセテシマウ」

8.1 対象とした用例、および考察方法

考察の対象とした資料、および用例の検出方法は第1章の1.4節で示した通りであり、検 出できた「V-サセテシマウ」の用例は560例である。このうちには、(ア)のように使役主 体がモノやコトである例が多くみられ54、(イ)のような使役主体と使役対象がともにヒト である場合は198例しかなかった。

(ア)わざと大げさな身ぶりをする一種の演技。役者は三日やったらやめられないと云う。

左翼運動にもそれと似たような、奇怪な魅力があって、あの学生たちに命がけの演 技をさせてしまうのではないだろうか。(青春の蹉跌)

(イ)「―結局、親ごさんが彼女をむりやり入院させてしまい、二人の関係は消滅した。そ のあと彼は…」(夢の島)

先述したように、「V-サセテシマウ」という形は、従来の研究の中で、使役主体が不本意 ながら放任したという意味、いわば《不本意ながらの放任》(本論文でいう《放任》の中の

《非意図的な放任》)を表す際に、「V-サセテシマウ」の形で多く現れるとされているもので ある。本章では、使役主体と使役対象がともにヒトである 198 例の「V-サセテシマウ」が 実際どのような使役の意味を表しているのかについて、使役主体の働きかけのあり方、使 役主体と使役対象の関係、そして、Vの語彙的な意味に注目して考察する。

8.2「V-サセテシマウ」が表す使役の意味(観点Ⅰ)

8.2.1《引き起こし》

〔1〕 まず、使役主体が使役対象に意図的に働きかけ、使役対象にV という動作をさせ る、いわゆる《引き起こし》といえる「V-サセテシマウ」には次のようなものがある。Vに は意志的な動詞((1)~(3))と無意志的な動詞((4)(5))のどちらもみられる。多くが 複文構造で現れ、従属節に使役主体が意図的に働きかけた具体的な様子((1)(2)、(4))、

使役対象に動作を行わせる目的((3)、(5))が明示される。

54 このことは、8.4 節で述べる「V-サセテシマウ」の V に無意志的な動作を表すものが多く現れることと も関係があるように思われる。

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(1) シリウスは香港で胡蝶さんにそっくりな少年を探しだして、それをあやつってついに 長太夫氏を殺害させてしまうのですが、本当は胡蝶さんに殺害させたかったのでしょ う。(天狼星)

(2) 昭和十年の暮か、十一年一月のある日曜日、横須賀鎮守府の先任副官が、参謀長の井 上に断わりなしに、大勢の若い士官を長官官舎に案内して、米内に会わせてしまった 事があった。(山本五十六)

(3) そのころからフランクは作曲家になりたいと思っていたが、せっかちな父親は、早く ピアニストとして活躍させようとして、パリ音楽院を中途で退学させてしまった。(リ ストからの招待状)

(4) 私が葡萄糖とビタミン十何種かを混ぜた注射をしてあげましょう。そしたら皆さんも 元気になられて、過労死なんかしないで済みますよ」 とだまくらかして、ひそかに持 ちこんだイソミタールを注射してみんな眠らせてしまう。(どくとるマンボウ医局記)

(5) 記憶は定かではなかったが私も、大体の粗筋は覚えていた。「地獄変」の屏風絵を描く ために、娘を死なせてしまった画家の話だ。(重力ピエロ)

また、上のように、文中から使役主体のはたらきかけがうかがえるものでなくても、使 役主体と使役対象との関係(上下関係がはっきりうかがえる間柄)から、使役主体による 使役対象へのはたらきかけがあったものとして解釈できるものがある。

(6) 「さっきの電話でうかがいましたが、ママさんはその女をやめさせてしまわれたんで すって?」(黒革の手帖(上)) (「ママ:その女」=店主:店員)

(7) 彼は半年ほど前の一九七三年春に、六年間勤務したコロラド大学を解雇された。理由 は簡単だった。彼はあまりにも多くの学生を落第させてしまったのである。(若き数学 者のアメリカ) (「彼:多くの学生」=教師:学生)

ところで、上の(6)(7)の例および、(1)から(3)の「V-サセテシマウ」のVは意志 動詞であるが、使役主体の働きかけを受けた使役対象が自ら意志を持って V という動作を 行っているものはそれほど多くないように思われる。多くのものが、使役対象の意志とは 関係のない、使役対象にとってはほぼ無意志的な動作に近いものである。使役主体が使役 対象に意図的に働きかけ、それを受けた使役対象が意志的な動作を行う典型的な《引き起 こし》を表す「V-サセル」から考えると、これらのようなものは典型的な《引き起こし》で

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あるとはいえないのではないかと思う。このことは、文中に現れうる使役主体による使役 対象への働きかけの具体的なあり方にも特徴がみられる。すなわち、典型的な《引き起こ し》にみられる「{使役対象}に命じて/頼んで」のような《動作要求的な働きかけ》や「{使 役対象}を{移動先}に派遣して/送って」のような《派遣型》が見られないのも、「V-サセテシ マウ」が典型的な使役動詞として機能していないということを物語っているのではないか と思われる。

〔2〕 また、「V-サセテシマウ」の中には、使役主体の使役対象への働きかけが意図的な ものとはそれほど感じられない場合ががある。次の例はVが意志動詞である場合である。

(8) やむをえず待たせてしまった場合には「長らくお待たせいたしまして、申しわけござ いません」といって出ます。(すてきな女性のイキイキ仕事術)

(9) 「ありがとう、ルック。なんて優しいんでしょう。ごめんなさいね、せっかくのお散 歩を中断させてしまって。だけど…」(幸せのルール)

これらの例は、使役主体が使役対象に V という動作を引き起こすために意図的に働きか けたとはいえないが、使役主体による動作がなければ使役対象は V の動作を行うことはな かったものである。しかし、それが意図的ではないにしても何らかの影響を与えたという ことで使役主体による使役対象への何らかの働きかけがあったものと解釈でき、《引き起こ し》の中でも《非意図的な引き起こし》と位置付けることができる。

さらに、Vが無意志動詞の例として、次のようなものがある。

(10) 「せっかくのお客さまの申し出をお断りするのは、何年たっても苦手なの」とA子さ ん。「それはできません」「やれません」と言ってしまうと、幼さや冷たさを相手に感 じさせてしまいます。(人に好かれることばレッスン)

(11) ゆうや君をかまって箸を取ったり、ゆうや君をからかったりした友だちを怒って追い

かけていき、廊下の隅まで追いつめてかえって泣かせてしまうとか、ケンカになるな ど。(僕たちだって遊びたい)

(12) 「いくつ?」と訊き、私は逆上のあまり「…あの四十×…」正直に自分の年齢を答え て、砂糖の量を尋ねたはずの相手を啞然とさせてしまった。(男はオイ!女はハイ…)

これらの場合も、従属節に使役主体の動作が現れているが、その動作は使役対象に向かっ

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て行うもの、つまり、従属節の動作の相手は使役対象である。しかし、従属節の使役主体 による使役対象への動作は、使役対象にV という無意志的な動作を行わせることを意図し て行ったものではない。

さらに、次のように、使役主体の性質自体が、使役対象に無意志的な動作を引き起こす きっかけとなっているものもある。これらも使役主体自身は意図していないが、使役主体 がいなければ使役対象はVという動作を行うことがなかったという点から、《非意図的な引 き起こし》と解釈できるだろう。

(13) よくある思い込みの激しいタイプ。ムーンさんて、ああいうふうに無秩序に色気をふ

りまくタイプだから、知らないうちに、もしかして俺は誘惑されてるのかと遅塚に勘 違いさせてしまっても、おかしくない。(実況中死)

(14) 讓は知らず知らずのうちに相手をリラックスさせてしまう人間だ。残念なことに、自 分自身が一番その利点に気がついていない。(ホテルで逢いましょう)

(15) (母には悲しい思いばかりさせてしまった。あと五年、あと五年生きていてくれたら

…) 賢太郎は胸のなかで呟いていた。(揺曳)

8.2.2《放任》

《放任》を表す「V-サセテシマウ」の中にも使役主体が意図的に使役対象の動作を放任し たのか、非意図的に放任したのかに分けることができる。以下で、具体的にどのような例 がみられるのか詳しくみていく。

〔1〕 「V-サセテシマウ」の用例の中で、次のように使役主体が使役対象に働きかけるこ となく、使役対象の動作をそのまま容認する、いわば《放任》として解釈できるものがあ る。

(16) 子供が声を大きくして説明しても、感情的になってしまった親はおいそれとは折れて

くれない。かえって子供を押しつぶそうとますます高圧的になってくるはずである。

だからとにかく親に言いたいだけのことをすべて言わせてしまうのが一番である。(親 離れするとき読む本)

《放任》を表す場合、「公園で遊んでいる子供をそのまま遊ばせた」のように、使役主体 は使役対象の動作をそのまま放っておき、使役対象の動作の結果に関しては無関心である。

ドキュメント内 現代日本語の使役文に関する一研究 (ページ 137-149)