4.2 熱伝導方程式
4.2.2 安定/不安定の生じる理由は?
では,なぜこの1/2という値を境にして,差分解の安定性や収束性に重大な変化が現れるのか.この 疑問について考えることは,様々な微分方程式を差分法によって解く場合にも,数学における解析的な 理論としての偏微分方程式論からの視点が重要であることのひとつの示唆にもなる.
すなわち,このことを理解するためには,熱伝導方程式の解の性質について,多少詳しく見ておく必
要があるのである.ここでは,同時平行的に,そうした熱伝導方程式の性質を差分法による数値実験結 果が正しく捉えられているかという点にも触れていく.
ひとまず,熱伝導方程式の解の性質を以下にまとめてみよう.
熱伝導方程式の解の性質(1)
¶ ³
熱伝導方程式の初期・境界値問題では最大値原理が成り立つ.
µ ´
一般に,最大値原理は,多次元の場合でも成り立ち,それは,以下で与えられる.
∂u
∂t = k4u+f (t >0, x∈Ω⊂Rn, n= 1,2,3· · ·) u(t, x)|∂Ω = ψ(t, x)|∂Ω (Dirichletの境界条件;第1種境界条件)
u(0, x) = ϕ(x) x∈Ω(初期条件)
なる熱伝導方程式を考える.このとき,次の最大値原理が成り立つ.
定理 4.1. [最大値原理]
u=u(t, x)を熱伝導方程式∂u/∂t=4u+f(x, t)及びDirichlet境界条件,初期条件を満たす解とす る.このとき,
(1) fがf ≤0の連続関数(すなわち∂u
∂t ≤k4u)ならば,u(t, x)のGT での最大値はΓT 上で取る.
(2) fがf ≥0の連続関数(すなわち∂u
∂t ≥k4u)ならば,u(t, x)のGT での最小値はΓT 上で取る.
(特に,熱源f = 0のとき,最大値も最小値もΓT 上で取る.)
この最大値原理から,熱伝導方程式の初期・境界値問題の解の一意性が導出されるという点で,この 定理は重要である.しかし,ここでは,これ以上踏み込まないことにしよう.
熱伝導方程式の解の性質(2)
¶ ³
(2-1) 初期関数が連続であれば,解は任意のt >0で無限回微分可能.(平滑化作用)
(2-2) しかしt <0に関してはFourier級数表示した解は収束しない.(不可逆性)
(2-3) 初期関数が有界可積分関数であれば,初期関数の連続性を仮定しなくても,解は任意のt >0
で無限回微分可能.
µ ´
この性質は熱伝導方程式の解の重要な性質である.有界可積分な関数を初期関数としてもってくれば,
任意のt >0でC∞級となってしまう(これを平滑化作用という)のだから,ある時刻の様子を見ても,
それ以前の解の様子を復元することはできないわけである.すなわち時間反転対称がなく,これを持っ て不可逆性というわけである.これは,熱伝導現象が不可逆過程であることに本質的に由来している.
同時に,差分法による数値実験がこの性質に見られるような現象を捉えられるかには興味がある.こ
のことを検証するには,初期関数として,方形波,すなわち,
f(x) = {
1 x∈[−1,1]
0 otherwise
というような初期関数を与えて差分法によって解の挙動を調べてみるのが良い.
上で示したイメージ図のような出力結果が得られるであろう.このことは,上の熱伝導方程式の性質 (2)を差分法が十分捉えうること示している.
熱伝導方程式の解の性質(3)
¶ ³
正値性が保存される,すなわち,初期関数が正値であれば,解関数も正値である.
µ ´
熱伝導方程式の解の性質(4)
¶ ³
空間x方向に,解関数は指数関数的に減衰する.
µ ´
この2つの性質は次に述べる5番目の性質との関連で重要である.
熱伝導方程式の解の性質(5)
¶ ³
初期関数が[−a, a]で正かつそれ以外では0であるような関数であったとしても,任意のt >0で,解 関数は正値を取る.
µ ´
これはかなり恐ろしいことを主張している.なぜなら,初期関数が有界(閉)集合でのみ正値であって も,任意のt >0で解が正値だというわけであるから,熱の伝播速度が無限大であることを主張している ことになるのである.これは,物理法則に完全に反しているのである.しかし,このことは,この解の性 質が誤っていることを意味しない.このような矛盾が生じる原因は,熱伝導方程式を導出する際に用い
たFourierの法則が近似法則でしかなく,物理的には完全には正しくないことに由来しているのである.
Fourierの熱伝導の法則:ある瞬間における単位時間あたりの熱流量は,その瞬間の温度勾配に比 例する.
また,このような物理法則との矛盾があるからと言って,この解が現実の熱伝導を解析するのに無意 味だということにもならない.性質(4)から,十分遠方では指数関数的に減衰しているので,近似的には 十分有効性を期待できるのである.
確かに,数学の解析的理論が導き出した解は,厳密なことを言えば,物理的には矛盾をはらんでいる.
しかし,方程式の導出に際しても近似的な法則を用いているのだから,近似的な解析に耐えうるもので あれば良いし,また実際遠方での指数関数的な減衰という性質によって,それは十分期待できるのであ る.
ところが,差分法にとって,実は,この点が密かに重大な影響を及ぼしているのである.そのことを 説明しよう.そのためには,性質(5)を次のように読み変えることが必要である.
熱伝導方程式の解の性質(5’)
¶ ³
任意の点xにおける解の値に,初期関数の全ての点での値が影響する.
µ ´
初期関数がある有界領域で正値を取り,それ以外で0でも,遠方の点xにおける解関数の値は,任意の
t >0で正値を取るというのである.これは,ある点xでの解関数の値を決めるのに,遠方の初期関数の
値が無視できないことを意味している.すなわち,初期関数は全ての点での解関数の値に影響するので ある.
差分スキームでは,ひとつ前の時刻の3点での値の重みつき平均から値を決めていた.このような方 法では,ある格子点での値を決めるのに,回りの局所的な情報しか用いていないことになる.たとえば,
∆t/∆xを一定に保って∆xを小さくしたりしても,ある格子点P での値を決定するのに必要な初期関数
の格子点での値の範囲は変わらない.
P
∆x
∆t
P
例えば,∆t/∆x= 1として∆xを小さくしても,
A A
B B
取り込む初期データの範囲は線分ABのまま変わらない.
しかし,(∆t)/(∆x)2を一定に保つスキームであれば,点Pでの値を決めるために必要な初期データの 範囲は徐々に広がっていく.従って,一定値を上手く選べば(すなわちλ≤1/2であるように選ぶと),
上手く行くことがあったわけである.このように必要な初期データをうまく取り込まなければ差分スキー ムが安定にならないのである.差分スキームをつくるためには,このような初期データの取り込み方に 注意を払う必要があるのである.