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第 3 章 基質立体認識の緩さの分子メカニズムに関する考察

3.1 基質から見た基質立体認識の緩さと反応メカニズム

第1章, 第2章で得られた植物由来ジテルペン環化酵素における基質立体認識の緩さに基づく基質 –生 成 物 の 関 係 を 【 表 3–1】 に ま と め た 。SmKS, LsKS 及 び SmDTC3 が 全 て normal CDP を

sandaracopimaradieneに環化する活性があることが明らかとなった。これらの酵素はent-CDPを基質とし

た場合の生成物としてはent-kaurene(SmKS, LsKS)あるいはent-16-hydroxykaurane(SmDTC3)を与

え, いずれもent-カウラン骨格を有する化合物を合成する。Normal CDPからsandaracopimaradieneが合

成される予想反応経路, 及びent-CDPからent-kaureneが合成される予想反応経路を【図 3–1】に示した。

Sandaracopimaradieneが合成される反応経路の場合, normal CDPから脱リン酸化的に生成したカチオンか

ら pimarenyl cation が生成し, すぐに脱プロトン化により反応が終結する 。対して ent-kaurene・

ent-16-hydroxykauraneが合成される反応経路では, ent-pimarenyl cationの生成からさらに炭素–炭素結合 の組み換えを伴う複雑な転移反応を経てent-カウラン骨格が形成される。特にSmKSやLsKSの場合, こ

れらはent-CDPを本来の環化反応基質とする酵素であり, 立体の異なるCDPを基質として用いたことで,

反応が中途で終結して生成物が放出されたと考えられる。また, 今回用いた3つのCDP立体異性体基質 の立体配座を【図 3–2】に示した。これらの立体配座は, 酵素へ結合した状態を再現したものではなく 簡易な分子力学法に基づく最安定構造を示したのみであり, 2 リン酸基周囲の鎖状構造は自由な配座を とるため示した配座のみが安定ではない。しかし, ent-CDP及びnormal CDPと, syn-CDPの大きな違いに ついては明白であり, ent-CDP 及び normal CDP では A・B 環の作る面に対し側鎖が平行に伸びるが,

syn-CDP では側鎖が直行する方向へ配置され, 前者と後者では分子全体の形が大きく異なる。SmKS,

LsKS及びSmDTC3に見られる基質–生成物特異性には, この分子全体の形が関与しているかもしれない。

似た分子の形を持つent-CDP, normal CDPを基質とした場合にはent-pimarenylあるいはpimarenyl cation を経由した類似の反応が触媒され, 分子の形が大きく異なる syn-CDP を基質とした場合には, うまく基 質が基質ポケットに入りこまず, 様々な反応中間体が中途で反応終結・放出されて複数生成物を与える と推測することができる。酵素の構造と基質–生成物プロファイルの関係に関しては後述する(3.2)。 また, Ppcps/KSの反応については, 上記SmKS・LsKS・SmDTC3の場合とは異なる基質–生成物特異 性の傾向が得られた(表 3–1)。Ppcps/KSはent-CDPからは ent-16-hydroxykauraneent-kaureneを,

normal CDPからは複数生成物を, syn-CDPからは2生成物を与える。PpCPS/KSのent-CDPを基質とした

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場合の生成物特異性については, 710Alaの1アミノ酸残基がent-16-hydroxykaurane / ent-kaureneの作り分 けを決定するという報告があり, AlaやGly, Ser等の側鎖が小さい残基の場合ent-kauranyl cationに外部か ら水分子がアタックしent-16-hydroxykauraneが合成され, Met, Pheのように側鎖が大きい残基の場合は 水分子がアタックできず生成物がent-kaureneのみとなる(Kawaide et al., 2011; 3.2に後述)。Ppcps/KS の基質–生成物特異性が他の酵素と異なるのは, この 710Ala に起因するカチオン安定性の違いに起因す るのではないかと予想することもできるが, 同じく ent-CDP から ent-16-hydroxykaurane を合成する

SmDTC3がSmKS, LsKSと近い基質–生成物特異性を示す理由を説明できない。Ppcps/KSと他の酵素の

基質–生成物プロファイルの違い・その原因を明らかにするためには, normal CDP, syn-CDPを基質として 用いた場合得られる生成物の化学構造含め, 今後のさらなる研究が必要であろう。

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酵素基質と環化反応生成物 ent-CDPNormalCDPsyn-CDP SmKSent-KaureneSandaracopimaradieneMultiple hydrocarbons SmDTC3ent-16-Hydroxykaurane +Hydrocarbons (minor)SandaracopimaradieneTwo Diterpenealchols + Hydrocarbons (minor) Ppcps/KSent-16-Hydroxykaurane + ent-Kaurene(minor)Multiple hydrocarbonsTwo hydrocarbons LsKSent-KaureneSandaracopimaradiene + Onehydrocarbon (minor)Multiple hydrocarbons OsKS1ent-KaureneNotdetected.Notdetected.

表3–1第1章・第2章を通して得られた各種ジテルペン環化酵素の基質–生成物プロファイル

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H

H

H OPP

H

+ +

H H

H

ent-CDP ent-Pimarenyl

cation ent-Beyeranyl

cation ent-Kauranyl cation

ent-Kaurene

+

H

H

Sandaracopimaradiene Pimarenyl

cation OPP

H

normal CDP

A.

B.

図3–1 ent-Kaurene合成反応機構(A)とsandaracopimaradiene合成反応機構(B)の比較

ent-kaurene合成反応についてはDewick, 2009を参考に作製した。

+

109

図3–2 ent-CDP, normal CDP及びsyn-CDPの平面構造と立体配座

各種CDPについて,平面構造に示した矢印方向からの視点で5位と10位の炭素が重なるように立体構造を 示した。立体配座の計算とモデルの表示にはChem3D(Chambridge Soft)を用い, 立体配座として MM2計算に基づく最低エネルギー構造を示した。

5 10 OPP

H 5 10

ent-CDP

OPP

H 5 10

normal CDP

OPP

H 5 10

syn-CDP

5 10

5 10

110 3.2 酵素から見た基質立体認識の緩さと反応メカニズム

【図 1–22】に第1 章・第 2章で取り上げたジテルペン環化酵素及び主な植物由来ジテルペン環化酵

素の分子系統樹を示したが, 分子系統樹上で近縁な酵素であっても, 基質–生成物特異性の傾向(表 3–1)

が同じとは限らないことがわかる。アミノ酸配列全体の類似性だけではなく, 個々の部位・残基につい て議論する必要がある。実験に用いた酵素について基質立体認識の緩さや基質–生成物特異性を決定す る残基を推測するため, まずX線結晶構造が示されている植物由来ジテルペン環化酵素を用いて生成物 の炭素骨格を規定する基質ポケットとその付近の残基を推定した。これまでに3つの植物由来ジテルペ ン環化酵素についてX線結晶構造が報告されているが(序論参照; Köksal et al., 2011 (2); Köksal et al., 2011 (1); Zhou et al., 2012, Köksal et al.,2014), そのうちA型環化反応を行うものはTbTXSとAgASの2 酵素である。AgASはnormal CDPを基質にラブダン型ジテルペンの合成を行う酵素であり, 本研究で用 いているジテルペン環化酵素のモデルを作製するのに適すると考えられた。しかし, 報告されている構 造は CDP アナログなどの基質アナログが結合していない状態の結晶のみであり, また解像度も 2.3–2.5 Åと低めのため, 基質ポケットと基質・生成物との結合様式を推測するモデルとしては不十分であった。

そこで2 Å以下の解像度で結晶構造が得られており, また複数の基質アナログとの結合構造が示されて

いるTbTXSの構造をもとに推測を行った。基質と直接相互作用する残基, あるいは基質結合部位に近い

部分に配置される残基を推定するため, TbTXSと13-aza-13,14-dihydrocopalyl diphosphateとの複合体構造

(TbTXS–ACP; PDB番号3P5P)を用い, 基質アナログの炭素骨格を形成する原子から6 Å以内にある残

基をリストアップした。TbTXS–ACPはA型環化反応活性中心に2分子のACPが結合しており, taxadiene 合成反応の推測とは直接関連しにくいが, 基質結合部位付近と思われる候補を幅広く得るには適すると 考えた。リストアップした残基について, 【図 3–3】に示す主なジテルペン環化酵素の一次配列アライ メント図に示した。

以上の解析に加え, 植物由来ジテルペン環化酵素の生成物特異性に関与する残基について, 本研究と 関連するものについても【図 3–3】に示した。前項3.1で述べたように, PpCPS/KSを用いた解析では710Ala に相当する残基が ent-16-hydroxykaurane / ent-kaurene の作り分けに重要であることが示されている

(Kawaide et al., 2011)(図 3–4A)。また, OsKS1やAtKSに1アミノ酸変異を導入することで, ent-CDP を基質とした生成物がent-kaureneからpimara-8(14),15-dieneに変化するという報告がある(Xu et al., 2007 (2))。XuらはOsKS1の602番目,AtKSの638番目に相当するこの残基について, ent-kauranyl cationを 経由して生成物を合成するジテルペン環化酵素では Ile 残基が, ent-kauranyl cation を生成する前の

ent-pimarenyl cationで転移反応が終結する環化酵素ではTrpあるいはPhe残基が保存されていることを

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示し, この部位がこれらカチオンの安定性を決定すると結論付けた(図 3–4B)。また, 関連する報告と して,トウヒ属裸子植物由来のPaIso, PaLAS(序論, 図 序–5)を用いた変異酵素実験から, これらの酵素 活性に重要な残基とpimarenyl cation / abietenyl cationの作り分けに関与する残基も複数報告されている

(Keeling et al., 2008)(図 3–4C)。これら生化学的実験から報告された残基はすべてTbTXS–ACPの結 晶構造から推測した基質結合部位付近に位置する残基に含まれており(図 3–3), 推測した残基が反応 の特異性に比較的重要であることを裏付けている。

本研究で得られた酵素と基質–生成物特異性の関係(表 3–1)について, 【図 3–3】に示した残基に注 目し, 幾つかの残基を例に考察を試みた。ひとつはPpCPS/KSの710Alaに相当する残基であり, この残基

は PaIso, PaLAS を用いた実験でも重要性が指摘されている。PpCPS/KS と同じく, ent-CDP から

ent-16-hydroxykaurane を合成するSmDTC3 では相当する残基が588Glyとなっており,Kawaideらの報

告の通り, 側鎖の小さい残基が存在するためにカチオン消去に水付加が行われていることが予想された。

そこで試験的にSmDTC3の588GlyをPheに置換した変異酵素を作出し酵素活性の確認を行ったものの, 予想に反し野生型酵素と同じ活性を示すのみであった。PpCPS/KS の場合とは異なり, SmDTC3 の

ent-16-hydroxykaurane / ent-kaureneの作り分けにはこの残基以外の他の残基も反応に関与し, 協働的に

反応を制御しているのかもしれない。次に注目したのは, Xuらにより指摘されているent-kauranyl cation / ent-pimarenyl cationの作り分けに重要だという1残基である。3.1で述べたように, SmKS, LsKSおよび SmDTC3は基質の立体に応じてent-kauranyl cation / pimarenyl cationを作り分けており, Xuらの報告の場 合と類似の機構が sandaracopimaradiene生成の有無や生成機構に寄与する可能性が考えられた。しかし,

normal CDPを基質としたときsandaracopimaradieneを合成する酵素とそれ以外の酵素, あるいは基質立

体認識の緩さを示す酵素と示さない酵素の間でこの残基の明確な保存性の違いは見いだせず,【表 3–1】 に示した基質–生成物特異性を説明する理由とはならなかった。また, 基質立体認識の緩さの解析とは少 し趣旨を異にするが, normal CDP からsandaracipimaradiene を合成する SmDTC3 と, normal CDPから miltiradieneを合成するSmMDS(Sugai et al., 2011 (2))がアミノ酸配列で77%一致という高い相同性を示 すことから, その反応性の違いと酵素構造の関係についても考察を行った。Sandaracopimaradiene と miltiradieneの生成機構の違いはPaIsoとPaLASの場合と同様にpimarenyl cation / abietenyl cationの作り 分けで説明される。そこでKeelingらの報告で指摘されている残基からSmDTC3の616Glyに相当する残 基に着目し, この残基を SmMDS 型の Ser に置換した変異酵素を作製したが, やはり反応性は野生型

SmDTC3と変化なく, miltiradieneなどのアビエタン型ジテルペンを合成する活性を示すようにはならな

かった。その他, 【図 3–3】に示した注目すべき残基についてすべて確認を行ったが, いずれも基質–生 成物特異性の傾向と一致する保存性が見いだせず, 酵素構造と基質立体認識の緩さの関係は不明なまま