第5章 会計処理単位および取引コスト
第 3 節 同種の資産の大量取得
大量保有要因(blockage factor)とは、前述のように、保有するポジションの相対的な規 模に基づくプレミアムまたはディスカウントのことである。しかし、複数の小口取引の結 果としての大量保有要因を測定に反映させるか否かは再測定に関して検討すべき問題で あるため、当初測定時においては、この問題は、大量取得に関する問題に限定される。し たがって、当初測定時における大量保有要因は、「大量取得要因」とよぶことができよう。
また、大量取得要因のうち、大量取得により生じるプレミアムを「大量取得プレミアム」、 大量取得により生じるディスカウントを「大量取得ディスカウント」とよぶことにする52。
52 なお、ここで議論の対象となっている「大量取得ディスカウント」は、一般に金融商品の大量保有に関する 問題としてしばしば議論に上るディスカウント(「流動性ディスカウント(liquidity discount)」ともよばれる)
とはまったく性質の異なるものであることに注意されたい。大量取得ディスカウントとは、たとえば、商品を 大量購入したことによるリベートを当該購入の時点において受けた場合に生じるディスカウントのことを指 すものである。他方、流動性ディスカウントとは、たとえば、企業がある同一銘柄の株式を大量に保有してお り、それらを大口で売却するならば相場価格の下落を招く場合における、予想される当該相場価格の下落部分
(または下落部分を測定値に含めること)を指すものである。
大量取得プレミアムには、たとえば、企業買収における、支配企業となる企業の支配獲 得の対価として支払われるプレミアム(一般に、支配プレミアム(control premium)とよ ばれる)が該当し、大量取得ディスカウントには、たとえば、備品の一括購入割引におけ るディスカウントが該当する。これらは、いずれも、未認識の資産もしくは負債、または 取得にかかる損益が存在していることにより生じるものであろうが、これらの大量取得要 因を資産の測定値に含めるか否かに関しては、異なる資産負債の組合せの場合と同様に、
2 つの視点から議論が可能であるように思う。すなわち、資産負債観を採った場合は、プ レミアムまたはディスカウントが「資産性を有しているか」または「負債性を有している か」が問われ、収益費用観を採った場合は、それが「どの期間の収益と対応するものか」
または「収益の認識規準を満たすか53」が問われるといえる。
1. 大量取得プレミアム
資産の大量取得においてプレミアムが生じる場合は、前述のように企業結合における支 配を獲得した(または意思決定に影響を与えられる程度に株式を取得した)場合が考えら れるが、通常の資産の取得に関しても、取引量が少ない場合には、プレミアムが生じうる。
たとえば、企業が流通量の少ない希少品を買い占めれば、当該希少品の市場価格は上昇す るだろう。そのような場合には、当該希少品の市場の支配に関するプレミアム、すなわち 寡占に関するプレミアムが存在しているかもしれない。
かかるプレミアムを資産の測定値に含めるか否かを決定するためには、「資産性」また は「収益との対応」に焦点を当てる必要があるが、その判断にあたっては、前節での議論 で述べたとおり、それが将来の経済的便益と関連するものであるか否かをみればよいだろ う。
ここで、上記の希少品の例であれば、市場の流動性が低下した状態が将来の経済的便益 と関連しているか否かが焦点となろう。市場の流動性の低下は希少品の市場価格を上昇さ せるため、古物商のように当該希少品を転売目的で取得する場合には、当該流動性の低下 は将来の経済的便益と関連する。他方、近い将来に希少品を売却しない場合(たとえば、
53 プレミアムと対称的に考えれば、「どの期間の費用と対応するものか」が問われることになる。しかし、収 益費用観においては、通常、費用の発生に対応させて収益を認識することは行われず、収益を認識する時点に 合わせて費用を計上することが要求される。かかる要求は、一般に、「費用収益対応の原則」および「実現主 義」の観点から説明される。
本社建物で飾る絵画を取得した場合)には、市場の流動性は将来の経済的便益とは関連し ない。
したがって、企業固有の測定基礎である使用価値を算定するのであれば、当該プレミア ムにかかる企業の期待が「売却」と「使用」のどちらであるかにより決定すべきであり、
市場に基づく測定基礎である現在入口価格または現在出口価格を算定するのであれば、当 該プレミアムにかかる市場の期待がどちらであるかを判断して決定すべきであるといえ よう。
2. 大量取得ディスカウント
資産の大量取得においてディスカウントが生じる場合は、前述のように備品の一括購入 において割引を受けた場合が考えられる。かかるディスカウントを資産の測定値に含める か否かは、資産負債観に立てば当該ディスカウントが負債性を有するか否かによって決定 され、収益費用観に立てば当該ディスカウントが収益の認識規準を満たすか否かによって 決定されるだろう。
ここで、SFAC 6によれば、負債は、つぎのように定義される54。
「負債とは、過去の取引または事象の結果として、特定の実体が、他の実体に対して、
将来、資産を譲渡しなければならないまたは用役を提供しなければならない現在の債 務から生じる、蓋然性の高い将来の経済的便益の犠牲である。」(paragraph 35) したがって、ディスカウントが負債性を有しているか否かは、当該ディスカウントが蓋然 性の高い将来の経済的便益の犠牲であるか否かによって判断される。ゆえに、将来の経済 的便益の犠牲となっている可能性が高いディスカウントのみ資産の測定値から差引く(ま たは別個の負債として計上する)べきであるといえる。
つぎに、収益費用観からは、ディスカウントが収益の認識規準を満たすか否かが焦点と なる。ここで、SFAC 5では、収益の認識規準が、つぎのように説明されている。
「一般に、収益および利得は、実現されるまたは実現可能となるまで認識されない。
収益および利得は、製品(財貨もしくは用役)、商品またはその他の資産が現金また は現金請求権と交換される時点で認識される。収益および利得は、取得もしくは所有
54 他の各国概念フレームワークにおいても、同様の定義がなされている(IASBフレームワーク paragraphs 60-64、ASB(1999)paragraph 4.23、ASBJ(2006)3章5項を参照)。
している資産が既知の現金または現金請求権の金額に容易に転換可能となる時点で 実現可能となる。・・・収益は、稼得されるまで認識されない。企業の収益稼得活動は、
当該企業の進行中の主たるもしくは中心的な営業活動を構成する財貨の引渡しもし くは生産、用役の提供またはその他の諸活動を伴い、企業が収益によって表現される 便益を受取るにふさわしい義務を、事実上、果たしたときに、収益は稼得されたとみ なされる。利得は、通常、「稼得プロセス」を伴わない取引その他の事象から生じ、
利得を認識するためには、一般に、実現したもしくは実現可能という要件のほうが、
稼得したという要件よりも重要である。」(paragraph 83)
したがって、ディスカウントは、それが実現された、実現可能である、または稼得された 場合において収益として認識すべきであるといえる。実現されていない、実現可能でない、
または稼得されていない場合においては、収益として認識すべきではない、すなわち、資 産の測定値から差引くべきではないといえる。
ここで、ディスカウントの性質について考えてみたい。ディスカウントが行われた場合、
売り手が、何らかの便益を得られたために、買い手との取引において割引を行ったとみる のが自然であろう。かかる便益には、つぎのようなものが該当するかもしれない。
・ 売り手の在庫リスクの減少
・ 売り手の販売コストまたは輸送コストの節約
・ 売り手の投下資本の回収期間の短縮
・ 売り手の顧客関係の構築または維持
これらはいずれも、資産を大量取得した買い手の将来の経済的便益には何ら影響を与え ない要素である。したがって、資産負債観からみれば、負債性を満たすものではないため、
資産の測定値から差引かれるべきではないといえる。(その結果、支払対価との間に生じ る差額を損益計算書に計上する場合には、収益が認識される。)
他方、収益費用観からみた場合には、まず、かかるディスカウントによる収益には「稼 得プロセス」は存在していない。さらに、かかるディスカウントによる収益は実現または 実現可能という要件も満たしていない。したがって、収益は認識すべきではないといえる。
(その結果、当該ディスカウントは資産の測定値(または、別個に認識すべき場合におい ては、繰延収益として負債の測定値)に反映されることになる。)
このように、ディスカウントが生じる場合には、プレミアムが生じる場合とは異なり、
資産負債観を採るか収益費用観を採るか、すなわち、適正な貸借対照表表示を重視するか