そこで,対面同期環境における議論支援のために,参加者が協調して内容に関する共同 記録作成を行うモデルを提案する.
6.3.1 従来の記録作成手法の問題点
グループでのコミュニケーション環境を構築するにあたり,議論の記録を作成するとい う行為に着目する.会議で話し合われている内容を文字で記録に書き落とすことによって 情報が吟味され,内容の理解や参加者の意識共有,活動に関する発想に役立てることがで きる.議論の記録を作成する場合,大きく分けて以下の二つの方針で作成することが考え られる.
• 再現型
速記的に発話の内容を忠実に文字化し,状況を再現する方針で取る.どのような話 しの流れで結論に至ったか,会議の様子を把握することができる.しかし,記録と して膨大になり整理されていないため,読解に手間を要する.
• 要約型
議事録のように会議での決定事項,大まかな議論の流れや論点のみを簡潔に記すも のである.決定事項が簡潔にわかり,参照が容易である.だが,却下された意見や インフォーマルコミュニケーション,関連付帯事項が記録から抜け落ちる可能性が ある.
また,記録を作成する目的とその使い方は,会議中と会議終了後で異なる.
• 会議中に参照する場合
参加者の内容の理解と,議論の場の活性化をはかる.現在議論している事項につい て,意思疎通に関する齟齬がないか確認する.
• 会議終了後に参照する場合
議論の概要を振り返るために参照し,議論の内容を踏まえて活動を展開するために 必要である.
記録の作成は,データの編集や共有,検索や再利用等の点で利便性が高い反面,記録作 成者は発話に絶えず注意する必要があるために負荷が高い.記録者は会議の間議事録を作 成するのに専念せざるを得ないため,議論への積極的参加は困難である.
図 6.1: プロジェクタを用いた記録作成
また,記録者の能力や知識によっては,必要な情報の欠落が起きる可能性がある.これ は,議論がしばしば過去の会議や関連する知識などの理解を前提としたものとなり,記録 の内容が記録者の経験,知識,共有しているべき情報に左右されるからである.同様の 理由により,記録の作成を専門とする外部の者を置くのは,特に細かいインフォーマルな ディスカッションの場合現実的ではない.
担当者が会議中にどのような記録を作成しているかは見えず,後から回覧する際に初め て内容が明らかになる.会議中に参照するためには,ホワイトボードを用いて別途記録を 作成するというのが一般的だが,記録担当者のコンピュータの画面をプロジェクタで投影 することによって,その場で作成した記録を見ることもできる.この場合,記録に対する 訂正や補足を口頭で行うことによって,より精度の高い記録を作成することができるが,
記録の整理をするために話をさえぎる必要がある.また,それにより議論の流れが分断さ れてしまう,会議の時間が長くなる等の問題が生ずる.プロジェクタを用いた場合の記録 作成の例を図6.1に示す.
6.3.2 協同記録作成モデルに基づいた議論
本章で提案するモデルに基づいた会議の流れを示す.本モデルではまず,議論の参加者 は各自が用いているコンピュータを持ち寄り,ネットワークに接続し,互いに通信できる 状態にあることを前提とする.その上で,すべての参加者でひとつの文書ファイルを参照 し,同時に編集して会議の記録を作成する.ユーザは手元のコンピュータから専用の記録 作成エディタを用いて,編集を行う.
議論の内容について,話者とは別の参加者が内容をまとめた記録を作成する.話者な
図 6.2: 協同記録作成に基づいた議論
らびに他の参加者は,現在の議論または終わった議論に関して,記録に対して資料へのポ インタなどの補足や,発言と異なる点があれば訂正を行う.今後の議題について先に整理 を行うことも可能である.話者が交代した際は記録者についても交代し,会議を進めて いく.この時,例えばいくつかの候補となる項目を挙げ一つの事項を選択する等の場面で は,ホワイトボードを用いる場面のように項目と相違点などを書き出す.決定後に,議論 の細かい経緯などの不要な項目を削除し,決定事項のみを記録に残す.文書の編集履歴に ついては後ほど参照できるため,議論の経緯で削除された項目についても参照することが できる.文書はテキストの形式をとり,特定の議事録様式に沿うものではないため自由に 編集することができる.
このようにして一つの記録文書を使いながら会議を進めていき,参加者は議論が終了し た時点での議事録と各ユーザの編集行動に関するデータを持ち帰る.後ほど議事録を読み 返したり,記録の編集履歴を参照して議論の推移を振り返ることが可能である.
協同記録作成のモデルを図6.2に示す.
6.3.3 協同記録作成の重要性
従来の記録作成手法では議論への参加支援は不十分であり,「同時に記録を書くこと」が 重要であると考えた.
各参加者が手元から記録をリアルタイムに閲覧したり,補足情報を追記したりできる環 境を用意し,協同で一つの記録を作成する.これにより,記録作成の負荷を分散し,常に 役割が動的に変化するディスカッションにおいて[45]参加機会を均等にすることができる.
また,議論の内容を整理して示すことによって,内容が十分理解できていない参加者が
現在の議論の状況を理解したり,不明な点の補足情報を得たりすることが可能となる.加 えて,議論の内容を記録として文章化する段階で記録作成者の理解が正しいかどうかが示 されるため,理解の程度や誤りの有無について周囲の参加者が把握でき,記録作成者が間 違って理解していた場合は,必要に応じて訂正したり改めて検討しなおしたりすることが できる.これにより,記録の作成者を支援することができる.
記録作成による参加方式により,話されている内容に対する理解度に偏りが生じにくく なるだけではなく,各参加者が議論に参加する敷居を下げることができる.また,集団の 構造的に下位の立場にある参加者が,記録の作成を通じて上位の立場にある人たちの議論 に自分の理解の範囲で参加できたりと,各参加者の役割を固定するのではなく,動的かつ 柔軟に役割を交代できることによって参加の機会を広げることができると考える.
この場合の記録は話者の発言を阻害せず[38],その場の議論に即時的に活用され,議論 を補助する二次的なメディアとしての役割を果たすことができる.