2007年度の医療情報分野の実態調査に当たり、まず文献やインターネット等で医療情報分野を 取り巻く状況変化を把握し、また、2006年度のヒアリング調査結果も参考にしてヒアリング調査 を計画した。
1.1 医療分野の情報化の目的と情報化の歩み
(1)医療分野の情報化の目的と問題点
医療分野の情報化は、診療の質や安全性の向上、患者サービスの向上、医療機関の経営への貢 献(効率化・競争優位戦略の実現)を目的として進められている。
しかし、医療機関の情報化には下記のような問題点を抱えている。
● 多大な費用を伴う割には(病院では数億〜数十億)、直接的な収益増に結びつきにくい
● 院内には様々なベンダのIT機器があり、データ互換性に乏しく有機的な活用が難しい
● レセプトコンピュータ(診療報酬明細書作成用)のデータは請求側が電子媒体(MO等)を 審査側に郵送し、双方で紙にアウトプットして内容チェックをするという無駄がある。
(2)医療分野の情報化の歩み
日本の医療分野の情報化は、概ね次のような段階を経て進展してきた。
①個別部門での業務の省力化(1970年代〜医事会計システム、部門支援システム)
②部門間連携による効率化(1990年代〜オーダリングシステム)
③診療情報の院内共有化(2000年代〜電子カルテ)
④地域の診療情報の共有化による医療連携(電子カルテによる医療情報ネットワーク化)
また、今後は保健福祉情報も含めた個人の医療関連情報の共有化・活用へ向かおうとしている。
1.2 医療分野の情報化を取り巻く内外の環境の変化
医療分野の情報化を取り巻く環境が激変しており、内部環境の変化と外部環境の変化に分けて その状況を記載する。
(1)内部環境の変化
◆病院経営の悪化
内部環境の変化に関しては多くの医療機関で経営状況が悪化していることが挙げられる。主 な収入源である診療報酬がマイナス改定されたこともあり、病院の7割(内、自治体病院では 9割)が赤字経営となっているといわれている。業務を効率化し収支を管理、改善することが 医療機関の経営上の喫急の課題となっている。医療機関の業務や収支などの経営情報をリアル タイムに把握して、業務の効率化、診療科別・疾病別コスト管理、病床利用率、在庫管理など の情報から経営戦略の策定やマネジメントに役立つ統合的な経営支援システムが求められて いる。
◆安全性、医療の質、サービスの向上への要請
患者の満足度向上や新規患者の獲得につながる医療現場での安全性、医療の質、サービスの 向上を図る必要がある。
安全性については、医療事故防止の観点から異常値や過誤に対する警告機能、診療情報の閲 覧性向上や情報共有化による伝達ミスの防止などがIT化に期待されている。
医療の質の向上については医学根拠に基づく診療支援システム(EBM: Evidence-Based Medicine)により治療レベルの底上げなどが期待されている。
サービスの向上については患者への情報提供や待ち時間の短縮といったものがある。
◆地域医療連携への要請
医師や看護師の不足や偏在に伴い、地方などで医療機関の機能分化・再編成が進んでいる。
その対応策の一つである地域医療連携(中核病院、診療所間のシームレスな機能連携)には地 域の医療情報のネットワーク化(医療情報の共有化)が必要になる。また、画像診断や病理診 断などの高度な専門医不足から、僻地だけでなく都市部においてもITを活用した遠隔診断によ る支援が期待されている。
(2)外部環境の変化
外部環境の変化に関しては、高齢化などに伴う医療費の高騰などを背景とした国の医療政策の 改変やIT構造改革力を期待した情報化政策の策定がある。
◆「医療制度改革大綱」
政府・与党医療改革協議会が2005年12月に策定した「医療制度改革大綱」には、医療制度の 構造改革として下記の内容が謳われている。
● 安心・信頼の医療確保と予防の重視(地域医療連携体制の構築、生活習慣病の予防等)
● 医療費の適正化の総合的推進(レセプトのオンライン化とデータ分析含む)
● 超高齢化社会を展望した新たな医療保険体系の実現
「医療制度改革大綱」を受けて、「高齢者の医療確保に関する法律」が改正され、下記の制度 が2008年4月から施行される。
● 特定健診・特定保健指導の義務化(40歳〜74歳の人に対する内蔵脂肪型肥満の早期発見と 保健指導の医療保険者への義務化)
● 後期高齢者医療制度(75歳以上の後期高齢者に対する財源負担に関する制度)
また、上記「医療制度改革大綱」を受けて、その後に策定された国のIT施策にはITを使った 医療分野の課題解決策が盛り込まれている。
(1)「IT新改革戦略」
2006 年 1 月に策定された「IT新改革戦略」(内閣官房、IT化を推進するための目標と方策の5ヵ
年計画)では医療分野のIT化が最重要課題の一つとして位置づけられている。また、その中でIT による医療の構造改革の実現に向けて以下の5つの方策を挙げている。
● レセプトの完全オンライン化による事務経費の削減と予防医療への活用
● 個人が生涯を通じて健康情報を活用できる基盤作り
● 医療における効果的なコミュニケーションの実現(遠隔医療サービス、地デジ放送の活用)
● 医療情報化インフラの整備(医療機関CIO等の人材育成、セキュリティ基盤整備を含む)
● 情報化推進体制の整備と情報化新グランドデザインの策定
(2)「医療・健康・介護・福祉分野の情報化新グランドデザイン」
医療、健康等における統合的なIT化を重点的に推進するため、「医療・健康・介護・福祉分野の 情報化新グランドデザイン」(厚生労働省、2007年3月)が策定された。その中で概ね今後の5 ヵ年アクションプランとして下記の7つの課題が提示されている。
①医療機関の情報連携のための標準化
②個人情報の安全な取り扱いについての取組み
③より高次な医療情報活用に向けた取組み
④健診結果等の収集、活用方策等についての取組み
⑤レセプトデータの収集・活用方策等についての取組み
⑥データ分析のための用語体系の開発
⑦障害福祉サービスに係る事業者の請求事務の効率化
なお、保健・医療に関する個人情報は、最もセンシティブな情報として考えられているので一 般の個人情報に比べて一層取り扱いに注意しなければならない。プライバシーとセキュリティに 関して2つのガイドラインが厚生労働省から出されている。
「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」(2004年12月)
「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン(第2版)」(2006年3月)
出典:「医療・健康・介護・福祉分野の情報化新グランドデザイン」(厚生労働省、2007年3月)
(3)「IT新改革戦略政策パッケージ」
内閣府IT戦略本部が「IT新改革戦略政策パッケージ」を2007年4月に策定した。「健全で安 心できる社会の実現」のための医療・健康に関する将来に向けた政策パッケージとして、「国民の 健康情報を大切に活用する情報基盤の実現」及び「国民視点の社会保障サービスの実現に向けて の電子私書箱(仮称)の創設」がある。
● 国民の健康情報を大切に活用する情報基盤の実現
健康情報の電子的活用により下記の要素の提供が可能となり医療の質の向上が期待される。
そのための国民健康情報基盤を2011年当初までに構築する。
①個人の健康情報を自らが管理し医師等に提示することによる病歴・体質に応じた医療の提供
②異なる医療機関間においても患者の健康情報が分断されない継続性のある医療の提供
③疾病情報や臨床データの分析による根拠に基づいた医療の提供
● 国民視点の社会保障サービスの実現に向けての「電子私書箱(仮称)」の創設
社会保障に関する国民個々の情報は、医療機関や保険者等、機関毎に個別管理されており、本 人が自由にアクセスし、活用できる状態にない。そこで、これらの情報を国民が自らのものと
して簡単に収集管理可能な仕組み「電子私書箱(仮称)(電子情報アカウント)」を検討し、2010 年頃にサービスを開始することを想定している。
「電子私書箱(仮称)」構想
出典:「IT新改革戦略政策パッケージ」(内閣府IT戦略本部、2007年4月)