第 4 章 漢語借用によるチャハル方言の動詞形成
4.1 言語接触及び動詞借用に関する先行研究
4.1.2 動詞の借用ストラテジーに関する先行研究
以 下 動 詞 の 借 用 方 法 、 即 ち 借 用 ス ト ラ テ ジ ー に つ い て 、Muysken(2000)と Wohlgemuth(2009)を紹介する。
4.1.2.1 Muyskenの借用動詞の適応ストラテジー
Muysken(2000:184‐220)は、バイリンガル会話における動詞借用の適応ストラテジー を次の二通りに定義、分類している。
1.挿入動詞(inserted verbs):挿入動詞は、受け入れ言語で実動詞(full verb)として
機能するが、時には形態的な改造を必要とする。
1) 原形動詞の借用:原形動詞(bare verb)は直接挿入され、借用語は改造する必要がな い。なお、これは受け入れる言語に動詞の屈折がない場合に起きる。
37 例:スラナン語6がオランダ語から動詞を借用する
Sranan< Dutch
Now kawana ben besta altijd.
now kawana PST exist always
‘Now, kawana has always existed.’ [Dutch]desta ‘exist’
2) 受け入れ言語の接辞をつけて語幹となる:これも直接挿入であるが、受け入れ言語の 接辞を付ける。例えば、動詞の屈折。
例:ケチュア語がスペイン語から動詞を借用する Quechua< Spanish
mayun maylli-yku-spa, warmanayan rayku taste-INT-SUB
‘not tasting it, because of its beloved’ [Spanish] maylli ‘taste’
3) 語幹の改造:屈折形などとして利用される前に接辞による語幹の改造(動詞化するな ど)が必要とされる。
例:ポルトガル語が英語から動詞を借用する Portuguese< English
boar-ar ‘board, live in a boarding house’
fris-ar ‘freeze’
2.借用複合動詞(bilingual compound verbs):‘bilingual complex verbs’とも呼ばれ る。これらの動詞は、受け入れ言語では実動詞(full verbs)として機能せず、受け入れ言 語の屈折動詞と結合する必要がある。
1) 動詞(verb)+結合する動詞(adjoined verb):これは借用動詞と結合する動詞(helping
verb)の連合体である。
6 スラナン語とは南アメリカ北東部のスリナム(Surinam)共和国で話されている英語をもとにしたクレ オール語;taki-takiとも言う。
38 例:ナバホ語が英語から動詞を借用する Navaho< English
Nancy bich’i’ show anileeh 3: to 2: make ‘Nancy shows me.’
2) 名詞化(nominalization):借用された語彙が名詞として扱われる。例えば、「do the x」
のような構文。
例:ギリシア語に英語の動詞が借用される Greek< English
O Petros kani retire. the Petros do retire
‘Petros is retiring.’
このようにMuyskenは動詞のストラテジーを【1.挿入動詞(inserted verbs)】と【2.
借用複合動詞(bilingual compound verbs)】の二つに分けたが、これとWohlgemuth(2009) との分け方との間に相違が生じる。Muyskenがいう【1.挿入動詞(inserted verbs)】で は、源泉言語の動詞が改造されないままで借用される形と源泉言語の動詞が接辞などでの 改造を経てから借用される形という二つの手法を一つのストラテジーとしてまとめた。し かし、以下示すようにWohlgemuthは源泉言語の動詞が改造されないままで借用されるこ とを【1.直接挿入(direct insertion)】と、そして、源泉言語の動詞を改造してから借用 することをもう一つの独立したストラテジー【2.間接挿入(indirect insertion)】として 立てた。
4.1.2.2 Wolhlgemuthの動詞の借用ストラテジーと統一階層
Wohlgemuth(2009)では、動詞の借用には主に四つのストラテジーがあると述べている
(pp.87-122)。
1.直接挿入(direct insertion):借用された語幹は形態的、統語的な改造がなく、借用す
る言語にもとからあったように使われる。その下位分類には、1)借用動詞への直接挿入;
2)通品詞的直接挿入が含まれる。
39 例:
German[deu]< English[eng]
Download-en Download-INF ‘to download’
< [eng] download
2.間接挿入(indirect insertion):借用語を屈折させるため、それを動詞化する要素 (verblizer)が用いられる。その下位分類として、1)動詞化のための接辞添加;2)使役化の ための接辞添加;3)個別の借用マーカーである添加接辞が含まれる。
例:
Pitijantjatjara[pjt]< English(Australia)[eng]
shower-kara-la shower-VBLZ-IMP ‘have a shower!’
< [eng] shower
3.軽動詞ストラテジー(light verb strategy):非屈折形の借用語が受け入れ言語の屈折
動詞と結びつき、複合述語になる。
例:
Turkish < English[eng]
park yap-mak park be-INF ‘to park’
< [eng] to park
4.パラダイム挿入(paradigm insertion):源泉言語動詞の屈折形態論がその動詞ととも に借りられ、受け入れ言語に新しい屈折パラダイムを加えることになる。
例:
Romani(Ajia varvara)[rmn]< Turkish[tur]
and o sxoljo ka siklos te okursun ta te jazarsun in ART school FUT learn.2 COMP read.2SG and COMP write.2SG
40
‘at school you will learn how to read and write’
‹[tur] okumak‘to read ’, yazmak‘to write’
この例文ではトルコ語の 2 人称単数のマーカー「-sun」が借用された二つの動詞
okumak と yazmak とともに現れると借用側のロマーニー語にトルコ語からの借用に対
応するマーカー「-os」が現れる。
Wohlgemuth(2009:285)はまた、この四つのストラテジーをそれらの適応性の高さに応 じて次のようにまとめている(loan verb integration hierarchy)。