第 4 章 漢語借用によるチャハル方言の動詞形成
4.5 まとめ
73 よって借用される傾向があると推測する。
このような現象が起こるのは、話者が賓動構造の漢語、即ち「動作・行為+動作対象」
構造の漢語における動詞と名詞の品詞的特徴に敏感であるからではないかと考える。その ため、このような二音節語を借用する際、【漢語+接尾辞】ストラテジーを用いる場合は「動 作・行為」を表す動詞と「動作対象」である名詞の位置を入れ換え、動詞に動詞の接尾辞 をつける。そして、【漢語+xii‐】ストラテジーを用いる場合は二音節語を名詞として見 なしていると推測する。
しかし、上述した使い方には制限があり、すべての動賓構造を持つ二音節語が述語と賓 語の位置を入れ換え、【漢語+接尾辞】ストラテジーで借用できると限らない。その条件は、
述語である動詞も、賓語である名詞も、単独でチャハル方言で借用されていることである。
巻末表21に示した動賓構造の漢語は“dǎ dī 打的”、“huàn dǎng 换挡”を除けば、ほか はこのような形で借用することができない。例えば、“bào dào 报到”「到着を届ける」に 関して、動詞“bào 报”「届ける」はチャハル方言で借用されることはあるが、名詞の“dào 到”「到着すること」は借用されることがない。また、“shī liàn 失恋”「失恋する」に関し ては、動詞の“shī 失”も名詞の“liàn 恋”もチャハル方言で単独で借用されることがな い。そのため、これらの動詞は述語と賓語の位置を入れ換えて借用することができず、名 詞として扱われ、【漢語+xii‐】ストラテジーによって借用されている。加えて、巻末表 21からも漢語の動賓構造を持つ二音節漢語に xii‐をつける確率が高いことが分かったた め、チャハル方言に借用される動賓構造の二音節漢語は【漢語+xii‐】ストラテジーによ って借用される傾向があると考えられる。
74 うに扱う。
しかし、モンゴル語はゼロ接辞の形で、語幹はそのまま命令形になるため、借用される 漢語も接尾辞などを付けずにゼロ接辞の形で命令を表すことができる(例093)。そのため、
この場合に借用される漢語は一見モンゴル語の接尾辞を後続させていないように見えるが、
それはモンゴル語の文法に従いゼロ接辞の形になっており、Muysken が言う【1. 挿入動 詞】の【1) 原形動詞の借用】とは異なる。従って、ゼロ接辞の形で借用される命令を表す 漢語の借用ストラテジーも【漢語+接尾辞】である。
091 xәn‐әn ordɑɑr sɔt‐bәl xәn‐әn za‐n ɡәnәә.(06B0046) 誰‐3人称所属 先 酔う‐副動 誰‐3人称所属 壊す‐現在 伝言
先に酔ったほうが先に(家の中を)壊す。 “zá 砸”
092 shai‐ɡd‐səŋ biʃ.(06S0310)
日に当てる‐受動‐形動 否定
日に焼けたのではない。 “shài 晒”
093 xian cai lao, xian cai lao.(11B0111)
漬物 すくう 漬物 すくう
漬物を出して(壺の中から)。 “lāo 捞”
次に、チャハル方言における借用ストラテジー【漢語+出名動詞接尾辞】について考察 を行ったが、このストラテジーはMuysken(2000)がいう【1. 挿入動詞】の【3) 語幹の改
造】とWohlgemuth(2009)がいう【2. 間接挿入】に当てはまると考える。チャハル方言で
は、借用漢語に接尾辞を付ける際、上述したように、漢語に直接モンゴル語の接尾辞を後 続させる形もあるが、漢語が出名動詞接尾辞による再動詞化を経て動詞接尾辞をつける形 もある(例094, 095)。そのストラテジー【漢語+出名動詞接尾辞】に現れる接辞‐dと‐l はモンゴル語の出動動詞接尾辞にも存在するが、それらの機能は漢語に後続する‐dと‐l の機能と異なることを4.2ですでに検証した。借用漢語に後続する出名動詞接尾辞は漢語 動詞の後にしか現れず、同じ意味を表すモンゴル語の語幹と接尾辞の間には現れないので ある。即ち、‘zhao‐l‐ool’「取らせる」、‘chu‐d‐uul’「鋤起こさせる」は成立するが、
同じ意味で語幹をモンゴル語に変える場合の‘dɑt‐l‐ool’(‘dɑt’「撮る」)、‘mɑlt‐l
‐ool’(‘mɑlt’「鋤起こす」)は成立せず、正しくは‘dɑt‐ool’「取らせる」、‘mɑlt‐ool’
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「鋤起こさせる」になる。従って、漢語に後続する出名動詞接尾辞は漢語動詞にモンゴル 語の接尾辞を後続させるための語幹を改造するものであり、借用漢語を動詞化する役割を 果たしていると考える。
094 nəɡəmsxəŋ zhao pian er‐iiɡ‐n zhao‐l‐ool‐ʧəx‐ən bɑdɑɑ.(08G0222)
いっそう 写真‐対格‐3人称所属 撮る‐l‐使役‐完了‐未来 確認
一層写真をも撮らせておいたら。 “zhào 照”
095 mɑnoos‐ɑɑr tɛrɑɑ chu‐d‐uul‐ən.(21C0501) 1PL‐具格 畑 鋤起こす‐d‐使役‐現在
私たちに畑の除草をさせる。 “chú 锄”
その次に、チャハル方言における借用ストラテジー【漢語+xii‐】は Muysken(2000) がいう【2. 借用複合動詞】の【2) 名詞化】とWohlgemuth(2009)がいう【3. 軽動詞スト ラテジー】に当てはまると考える。4.3ではxii‐に前置する動詞のほとんどが二音節であ り、中に名詞と動詞の性質を同時に兼ね備えるものと動詞だけの性質を持つものがそれぞ れ存在することを指摘した。また、モンゴル語の中で動詞xii‐は名詞のみを前置させるこ とも述べた。そのため、xii‐に前置する二音節漢語はモンゴル語の文法規則に従って名詞 として借用されたと考えられる。
096 juu cai fang xii‐x ɡə‐ʤii‐x jiŋ.(25Su0535)
疑問代名詞 インタビューする する‐形動 予定‐進行体‐形動 疑問
なんのインタビューですか。 “cǎi fǎng 采访”
097 tər xədəŋ uxsəŋ xœn‐iiɡ chu li xii‐ʧəx ɡənəə.(23M0582) 指示代名詞 幾つか 死んだ 羊‐対格 処分 する‐完了 伝言
あそこの死んだ羊を処分しておいてって。 “chǔ lǐ 处理”
そして、Muysken(2000)の【1.挿入動詞】の【1) 原形動詞の借用】は受け入れ言語の 動詞が屈折変化を持たないことが条件であるため、モンゴル語の動詞における漢語動詞の 借用にこの類の借用が存在しないのは明らかである。もう一つ、先行研究に言及されたが、
モンゴル語の漢語動詞借用に見られない借用ストラテジーはWohlgemuth(2009)の【4. パ
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ラダイム挿入】である。この形の借用の特徴は借用される言語の屈折形態論が動詞ととも に受け入れ言語に借りられる、また受け入れ言語に新たな屈折パラダイムを加えることで あるため、孤立語である漢語からの借用がモンゴル語に新たな屈折パラダイムを加えるこ とができないことは明らかである。
さらに、借用ストラテジー【漢語+接尾辞】の考察から、借用漢語動詞はモンゴル語の 屈折接尾辞などを直接後続させることができ、モンゴル語の動詞語幹と同様な扱いをされ ることが分かった。即ち、モンゴル語チャハル方言では漢語動詞を動詞として借用できる ことが明らかになったのである。従って、Moravcsickなどが提唱する「動詞は動詞として 借用されない」という論点を否定するもう一つの裏付けになったのではないかと考える。
最後に、チャハル方言に借用される二音節漢語の特徴であるが、まず、【漢語+接尾辞】
【漢語+出名動詞接尾辞】ストラテジーでは漢語の単音節語も二音節語も借用することが できるが、【漢語+xii‐】ストラテジーではほとんど二音節語しか借用しない。また、二 音節語に関して、【漢語+xii‐】ストラテジーで借用される傾向が強く、中に動賓構造を 持つ漢語はこの手法を好む傾向があると思われる。
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