第3章 保育者へのインタビュー調査
第4節 保育者の考えに関する日中比較
日本のように箸で食事する中国には,幼児たちが幼稚園で給食中に箸を使う機会はない。
中国の幼児の箸使いの状況を明らかにするため,筆者は2010年3月,中国における幼稚園 の保育者を対象としてインタビュー調査を行った。また,日本と中国の保育者の考えを比 較して,幼稚園における箸使いについて物的環境(幼稚園の環境設定)と人的環境(保育 者の考え)の違いを考察する。
第1項 研究の方法
対 象:S幼稚園3歳児の担任保育者と4歳児の担任保育者1人ずつ,Y幼稚園5歳児の 担任保育者1名,計3名。
時期:2010年3,月17日(水),2010年3月31日(水)
方 法:筆者は3名の保育者を対象として,個別にインタビューを行う。帰宅後,記録 した内容を整理して,分析データとする。
内 容:7つ項目からなって,以下の通りである。
問L幼稚園では,幼児たちはどんな食器で食べますか?箸を使いますか?箸で食べる割 合はどのぐらいですか?
問2.箸を使わない理由は何でしょうか?
問3.他の幼稚園でも同様にスプーンなのですか?何か理由がありますか。
問4.知っている限りでいいですが,中国では箸使いは何歳頃から,また家庭だけで学ぶ のでしょうか?
問5.保育者として,子どもの食事のしつけについて何を注意すべきだと思いますか?
問6.スプーン(或いは箸)が使えない子どもがいれば,教師としてどうずればいいと思 いますか。
問7.小学校では何を使って食べるのでしょうか?もし箸を使ったら,どこで,どのよう におぼえるのでしょうか?
第2項 結果
1,幼稚園における箸使いについて
【保育者D】:幼稚園でよく使っているのはスプーンである。麺類を食べる時,箸を使う。
しかし,5歳児だけが使う。
【保育者E】:幼稚園でよく使っているのはスプーンとフォークである。果物を食べたらフ t一クで,麺類を食べたら箸を使う。4歳児の第二学期から子どもは箸を使い始める。5歳 児はただ麺類を食べる時に箸が使える。そして,一ヶ月間約1回しか使わない。
【保育者F】:箸を使わない。
2,箸を使わない理由について
【保育者D】:子どもにスプーンを使用させると,保育者にとって片付けること,管理する ことが便利からである。そして,子どもにとって習熟しやすく,早く簡単に食べることが できる。また,配膳する食べ物によって,相応な食器を使うからである。
【保育者E】:幼稚園でご飯を食べると,食器などが幼稚園に配置されるので,各幼稚園の 配置によって使っている。二歳から箸を使うというような規定はない。子どもが昼ご飯を 食べる時間は30分ぐらいだけである。
【保育者F】:箸を使ったら,危険性がある。幼稚園には数人の子どもたちが一つのテーブ ルでご飯を食べる。もし,子どもたちがふざけると,箸は安全ではないものになる。子ど
もの手の筋肉がまだそんなに発達しない。まだよく箸を使えない。
3,他の幼稚園の箸使いの状況について
【保育者D】:8〜9割の幼稚園はこのような状況である。今の親たちは幼児の食事をあまり 重視しない。学問を重視して,技能を軽視していることが現状である。子どもに対する教 育は重点を知識に置くので,子どもの生活能力が相応に発達していない。
【保育者E】:大体同じ状況と原因である。
【保育者F】:同じである。幼児の食事の便宜を図るためにスプーンを使ったほうが便利で ある。それに,幼児の手がまだ活発でないので,箸を使う能力をまだ持ってない。
4,中国で箸使いの開始について
【保育者D】:2歳或いは2歳6ヶ月頃から箸を使い始める。主に家庭で教えられる。
【保育者E】:2歳,3歳頃,家庭で学ぶ。
【保育者F】:3歳頃,家庭で学ぶ。
5,幼児の食事のしつけについて
【保育者D】:細かく噛み砕くこと。ご飯とおかずを組み合わせて同時に食べること。子ど もを急き立てて早く食べさせることができない。食べる時,話しをすることを許可するが,
食べ物がのどにひっかかる恐れがある。先生が食事が遅い子どもを補助する。食べ終わっ た後,自分でお皿などを片付けて,ティシューペーパーなどで口をきれいにする(5歳児)。
自分でご飯を取ること(3歳児から始まる)。
【保育者E】:ご飯をこぼさないこと。残さないこと。ご飯とおかずを組み合わせて同時に 食べる。ふさけないこと。ご飯がのどにひっかからないようにすること。スプーンの持ち
方(3歳児)。
【保育者F】:ご飯をこぼさないで,食べた後うがいをする。できるだけ静かにご飯を食べ る。スプーンの持ち方や,一つの手でお皿をつかみ,もう一つの手でスプ・一一一一ンを持つこと など(3歳或いは3歳未満の幼児)。食べ終わった後,ティシューペーパーで口をきれいに
して,自分でお皿などを片付けること。
6,幼稚園ではスプーン,箸の使い方の教示について
【保育者D】:姿勢が正しくないと先生が正しい姿勢に直す。
【保育者E】:もし,3歳未満の子どもなら,教師がご飯を食べさせる。他の子どもを模倣 させる。練習したら2ヶ,月,3ヶ月の問に,身に付けることができる。しかし,保護者は 箸の使い方に充分に重視しない。
【保育者F】:スプーンの使い方を教える。そして,親に注意を与えて,子どもに家庭でス プーンの使い方を練習させる。
7,中国の小学校の箸使いについて
【保育者D】:学校で食べる場合,子どもが自分で箸やスプーンなどを持ってくる。箸を使 うと危険性があるため,先生がスプ・一一・ンで食べることを強調するそうである。だから,
やっぱりスプーンを使う場合が多い。
【保育者E】:自宅に帰って食べる子どももいるし,お弁当を買って学校で食べる子どもい る。具代的な状況はよくわからない。
【保育者F】:小学生は自分の家に帰ってご飯を食べるので,よくわからない。
第3項 結果に関する日中比較
日本で調査を行った幼稚園は,お弁当日の形式を通して食育を行っているが,中国の幼 稚園は給食制度であるため異なる点が多い。そこで,インタビュー項目の設定も異なって いる。ここで共通する4つの問題(問1,問4,問5,問6)の答えを基にして比較したい。
結果は表3一 1のようである。
表3−1保育者の考えについての日中比較
日本 中国
形式 毎週2回,3回ぐらい,自分でお 毎週5日間,幼稚園で朝ごはんと 弁当を準備する。 昼ごはんを食べる。
箸の配置 自分で準備する。箸,スプーン, 幼稚園に配置される。基本はスプ フォークや練習箸などを使う。 一ンで,めん類を食べる際は箸を
準備する。
物
箸使いの割 年齢が上がるに従って,ほとんど 毎日のメニューによって使い分け
的
合 の幼児は箸を使っている。 ているが,箸使いの機会はほとん 環
どない。
境
習得年齢 2歳3歳頃,幼稚園に入るまでに。 2歳3歳ぐらいから。
習得場所 家で。 家で。
幼稚園で習
得する機会 ある。 ない。
の有無
箸使いをし 2人の保育者は箸使いについて述 箸を使わないので,箸を言ったこ っけとして べた。 とがない。スプーンの持ち方につ 配慮するこ
ニ
いて2人の保育者が述べた。
保育者の教 個別に声をかける,保育者の丁丁 個別にスプーンの持ち方を直して 人
え方 いなどを幼児に見せる等。 教える,保護者に注意を与え,家
的
で練習させる等。
環
幼児に箸を すべての保育者は必要があると述 危険性があることと,箸よりもス 境
使わせる必 べた。 プーンの方が便利なので,幼稚園
要性 で箸使いを主張しない。
文化として
とらえるの あり。1人の保育者に認められる。 ない。
意識の有無
第4項 考察
中国と日本は,共に「箸文化圏」に属しており,それぞれが独特な箸文化を持っている と考えられる。西欧諸国が使っているフォークとナイフと比べて中国と日本の箸文化は,
「和」という精神を表わしており,東アジアの文明を象徴している。また,「箸文化圏」に いる私たちにとって箸でご飯を食べることは,私たちの誇りだと考えられている。従って,
中国人としても,日本人としても正しい箸使いを身につけて,自国の箸文化を次の世代に 伝えることは私たちの責任であると考えられる。特に,箸を習得し始めて,箸使いに強い 興味を持っている幼児には必ず伝えなければならない。
しかし,実際の保育の現場に行ってみると,日本でも中国でも幼稚園で箸使いの習得に ついて不足の点が多いと考えられる。まず,日本の側から考察する。
インタビューの結果を見ると,日本の幼稚園には幼児たちが食べる際に箸使いを習得す る機会がある。また,保育者は幼児と一緒に食べて,幼児の箸使いに対しても積極的に配 慮している。しかし,不足の点について幼稚園でみんなと一緒に食べる回数が少なく,箸 使いを文化ではなく,生活の道具として幼児に教えている。その結果,幼児たちは正しく 箸を使えるようになるが,箸文化の精神と美しさを体験することができなくなると考えら
れる。
日本と比べると,中国の幼稚園ではご飯を食べる際に箸を使う機会がほとんどない。幼 稚園が箸を提供せず,幼児たちは毎日スプーンで食べている。また,保育者たちは,箸使 いを文化として捉えて幼児に伝える意識を持ってない。食事の時間を短くして,便宜を図 るためという理由で,箸使いを主張する保育者は1人置いない。中国の幼児たちは,毎週 10回程度幼稚園でご飯を食べるため,最後までスプーンで食べていくのはよいことだろう か。中国で発明された箸と箸の文化は,きちんと中国の次世代に伝えられない恐れがある。
同時に,今を生きている私たちにとって,関心を持って解決すべき重大な課題だと考えら
れる。
引用文献
1) 一色八郎 『箸の文化史 世界の箸・日本の箸』 御茶の水書房 1998,212頁