ざるをえなかったタブーと抑圧をついに振り払って〈父〉を批判するのだが、しかし告発は贖罪とな らず、南部白人としての罪だけでなく故郷を批判した罪をも深める結果となる。
かくして実父を、父に追従した悪人としての自己をも秘かに語ることは、〈父〉の棄教、〈白人〉と しての自己放棄でもある。実父という悪の告発も「悪」にほかならないという二重拘束の苦悶に耐え ながら、〈父〉にも「父」にもなれなくなった自我の端緒にある深い傷口を開くとき、不可視化され た罪悪の日常性を照らす恐ろしさ、秘匿された罪過を隠微に語る苦しさがあふれでる。我々にそれら が重くたしかな手ごたえで感じられるとき、「あの夕陽」という〈告白〉を読むことは、語り手の測 りしれぬ苦衷に寄り添う営みになる。
リーラの葬儀に立ち会っている(ウィリアムソン 157, 164)。失踪の記憶と事実を語ろうとしない大 人たちの仕草から、人種間の親和という破戒のもたらす亀裂の深さ―祖父と octoroon の結ぼれが 家族の女性たちの心を深くえぐった傷―を少年は感知していたと推測できる。クエンティンと フォークナーとは底でつながり共振している11。
こうした父方と母方両方の黒人女性に対する白人男性の関係性が小説家フォークナーの想像力を刺 激し筆の運びに影を落としつづけたことはたしかであろうが、彼がいよいよ南部の歴史的問題である 黒白雑婚のテーマへと小説世界をひろげていくとき、つまり、「あの夕陽」を執筆・改稿していくと き、コンプソン氏の向こうにこのふたりの白人男性の面影を見ていたのではないだろうか。むろんナ ンシーの一件は 19 世紀末の出来事であって 19 世紀中葉ではない。だが、「一八六〇年のウィリアム [ 曾祖父 ] の庭の白黒混血 [mulatto] 一家は……特異な来歴をもっており、一八六五年に奴隷が解放さ れてもばらばらにならなかった。それどころか、それまでの主人に対して奴隷制の時代よりもさらに 親密さをましながら、存続した」伝記的事実(ウィリアムソン 39)、また、再建期後の 19 世紀末で あっても白人男性の黒人女性への性的接近が継続していた歴史的事実(McMillen 15-18)は閑却しえ ない。召使としての黒人女性と家長としての白人男性の夜の接点を描くということは、同時代的な問 題とシンクロナイズしながら、フォークナーがふたりの祖先の記憶の扉を開き南部の歴史的暗部へと 歩をすすめていくプロセスであったと推考してよいだろう。
南部史家 W. J. Cash によれば、1920 年代に登場した南部作家が故郷を描くとき、“the exasperated hate of a lover who cannot persuade the object of his affections to his desire” が表出し、詳しく分 析的になるとナルキッソスのように “might have suddenly begun to hate his image reflected in the pool” といった可能性を秘めていたという(377)。誉れある祖先の逸話を思いだす作者フォークナー は、祖先の暗がりから浮かび出る歴史的現在を生きる南部白人としての自画像に激しい嫌悪を抱くこ とになっただろう。しかし、それでも作者は南部の歴史的深部へと降りていき小説を書きつづけなけ ればならなかった。その意味でフォークナーにとって〈告白〉とは、愛憎の深化をともなう虚実皮膜 であり、自己処罰に裏打ちされた情念の発露でもあった。
結論
クエンティンの告白は、視界をさえぎる夾雑物をよりわけ、最奥に存する自己の根源を開く行為に ひとしい。黒人女性との親和的な状態に浴していた子ども時代に、より正確にいえば、無垢であるは ずの子どもがじつは小さな大人になりはじめていた過渡期に、鋭く侵入してきた〈白人〉の法という
〈黒人〉との紐帯の切断とその痛みを描くことである。語り手は、周囲の人々が見ようとしない始源 の光景を描出するリアリストでもあり、実在の表情をもつ黒人女性を前景化し、その肉声を聴くだけ でなく、内面の苦悩までをも浮かび上がらせる。
ただし、ある物語を語ることは、語り手の恣意的な欲望を反映している場合がある。ひとつの枠組 みに物語を落としこむことは、欠落や剰余をうみだす危険性を孕むからである。しかし、クエンティ
ンの描くナンシー像は開かれたままである。別言すれば、どんなにクエンティンが黒人女性を把捉し ようと努めても、その理解を揺るがすナンシーの奇妙な振舞いが残響する。クエンティンは不可解な 所作を不可解なままに呈示し、個人的な理解と認識を開示したのである。架橋しえない溝を熟思しつ つ、父への随順、すなわち、黒人の切り捨てが自己の白人性の発露であったこと、また、その過去が たえまなく自分をさいなみつづけてきたこと、そこに父の罪が伏在し自らも二重の意味で罪びとであ りつづけてきた事実をあらわしたのである。
とはいえ、息子は実父を悪人として断罪しえない。15 年前、いや、語りの現在にあっても、黒人 女性の搾取が継続し、少なからぬ南部白人男性が同等の悪事に関与してきたからである。クエンティ ンの眼は、社会の基底に存立する黙契を悪の根源として鋭く見透し、それだけに、黒人女性を棄て 去ったという自らの過去を正当化できず、父と同じくその文化を生きてきた薄暗い事実を直視するこ とになる。
『響きと怒り』において 19 歳で自裁したはずのクエンティンが「あの夕陽」の語り手であるのは、
なぜか。この謎は解けないままである。可能性としては、先述した祖母の死をはじめとする 9 歳の出 来事に特別な意味を見出す作者フォークナーに 24 歳のとき訪れた自覚を叙したということであろう か。あるいは、人間の認識はたえず修正と更新をくり返すものである以上、死者という語り手を設定 することで、過去をめぐるひとつの決定的な認識を顕示する意図があったのだろうか。すでに終わっ た人生のなかで現在を見つめ過去を追想するとき、現在もまた過ぎ去った風景であるかのように映し だされ、そうしてはじめて揺らぐことのない過去の記憶を語ることができたのであろうか。語り手を 死者とする効果は、その語り手にとって変容していく未来はなく現在と過去が不動の意味を帯びる点 にあるのかもしれない。しかし、時とともに変化していく世界の哀しさをクエンティンほど哀しんだ 人物はまたといない。だとすれば、忘れえぬ記憶を忘れぬうちに刻印しようとしたのか。死者を招来 させるほどの過去の重力と磁場を照らそうとしたのだろうか。じじつ、死者でなければ語りがたい家 族の――自己の――内実が語られている。
フォークナーは「あの夕陽」執筆後、『八月の光』、『アブサロム、アブサロム!』、『行け、モーセ』
といった長篇小説を書き上げていく。そのとき告発の罪と故郷の罪という二重の憂悶にさいなまれた と考えられる。しかしそれは、南部作家としての宿命的恭順であり、歴史と自己の「告発」という自 らが定めた道筋でもあったはずである。なぜなら「あの夕陽」を書くことで、フォークナーは自己の 初源に〈黒人〉という存在を探りあてたからである。『響きと怒り』でクエンティンは北部から帰郷 の途上、一家に仕える黒人ロスカスとディルシーたちのことを心から懐かしむ自己の心性を自覚する が、「あの夕陽」はいわば、そうした郷愁の奥に胚胎する〈黒人〉と自己との内的連関、文化的罪悪 を露出した小説である。その告白とは、黒人女性の孤独を凝視し、自らの文化的孤独を引き受ける営 みでもあった。そうしてフォークナーは、存在の根源から〈黒人〉と〈白人〉をめぐる歴史的問題へ と出立する道途を必然としたのである。
「あの夕陽」という告白小説は、黒人女性と旧家の残照の向こうに、祖先の罪業と自身の負い目を めぐる印画――悩ましき《近代》の薄明――を映しだす。作者フォークナーはクエンティンの自殺の
前途を歴史的な文脈へと開いたのであり、その暗がりに自ら身をさしだしたのである。
註
1 死者としてのクエンティンの語りについては、Matthews(“Narrative” 71)と Ryan(83-84)を参照。
2 Polk はコンプソン氏がナンシーと不貞を働き、ナンシーの行動が白人への復讐劇である可能性を示唆する
(239)。Nakano はクエンティンの問いのなかには、ほかならぬ実父がナンシーを妊娠させたのではないか、
コンプソン氏がジーザス殺しに関与していたのではないか、さらには、コンプソン家の末息子ベンジーがナ ンシーと実父の子でさえあるのではないかという疑いが含まれていると論じている(66-69)。
3 Matthews は著書( )において「黄昏のプランテーション南部」というテーマを論じるにあたり
「あの夕陽」の分析を『響きと怒り』論の前座に置き、この短篇を「逃避」の文学として捉えているように 感 じ ら れ る。“White people prefer not to take black suffering seriously in this 1920s Mississippi town, because to do so would be to acknowledge the wrongfulness of past behavior toward them, and to accept the emergence of a new order” ( 80)という観点は、この短篇小説におけるコンプソン氏の態度をあ らわしているのであって、その態度を批判的に捉えかえしているクエンティンの視角ではない。フォーク ナーはインタヴューでナンシーのことを “this Negro woman who had given devotion to the white family knew that when the crisis of her need came, the white family wouldnʼt be there” ( 21)と述べている。
4 Polk はナンシーとジーザスの関係性の「強度」と「複雑さ」を焦点化し、ふたりのあいだの深い愛情の存 在を認めながら、彼女の不可解な行動(たとえばストーヴァル氏に銀行の前で金を要求し殴り倒される)
は、「罪責」や「自己非難」や「絶望」の混合から希求した自己処罰である可能性を示唆する(238)。ナン シーを犠牲者としてみるのではなく、主体性をもちラストに向かって新たな生のヴィジョンを獲得したとす る見解(Ryan 111-20)がある。本稿はナンシーの白人の思考的枠組みを揺るがす主体的な意志に光を投じ るが、『アブサロム、アブサロム!』での「告発」へと向かう語り手としてのクエンティン像を想定するた め、少なくとも彼の心象においては、人種差別体制の犠牲者としての黒人像がナンシーに付与されていると いう立場をとることになる。
5 さらなる問題は、このナンシーの「殺す」対象を口にするのをさえぎるのが、コンプソン氏である点であ る。なぜナンシーにいわせないのか。それは子どもたちのまえで性的な話や殺害の話をさせないためなのだ ろうか。そこにはもっと深刻な問題が隠されてはいないだろうか。そしてこの場面を思い起こして語るクエ ンティンの苦衷がもれ聞こえてはこないだろうか。
6 ジーザスがナンシーのお腹の子の父親を殺害する意志をここで示していると Ryan(106)は読む。この発 言をコンプソン氏が間接的に聞いたとすれば、ジーザスに対する脅威は個人的に増した可能性がある。
7 Skei はこの場面に言及して “Perhaps fifteen years later he relives the whole situation by narrating this story and trying to adopt the childʼs perspective simply in order to understand the profound and ugly implications of his own question” (190)といい、この洗濯をめぐる問いが “seems to indicate that he now knows what kind of experience he partook of and how utterly helpless and useless they all were in relation to Nancyʼs plight, regardless of whether her fear was based in reality or just something she imagined” (192)と書く。本稿は、その具体的な「意味」を自覚と追従として考察する。Ferguson は、ク エンティンの最後の洗濯をめぐる問いかけをジーザスによるナンシー殺しをクエンティンが想定している証 左として論じている(57)。田村は「二人のクエンティンは、ナンシーを見殺しにしようとする父を批判し、
父に再考を求めようと二重唱する。一人は南部白人男性主義的な社会に生きる子どもの声を代表して。もう 一人は、変えることのできない自分の未来を変えようとして。……クエンティンは九歳の目を通してあのと きを再体験し、現在への転換点を探り当ててしまった」(152)と書く。