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会計上の取扱いを踏まえた無形資産の評価に係る 移転価格課税の

第1章 移転価格課税と無形資産評価

第4節 会計上の取扱いを踏まえた無形資産の評価に係る 移転価格課税の

無形資産の評価について、2000 年以降における国際会計基準や米国での会計 上の取扱いについてみてきたが、今後、これらの新たなる企業結合会計基準の 下で M&A を行う企業は、無形資産についてより広く厳格に識別を行い公正価格 により評価をして資産計上を行うわけであり、米国において年間数千件の M&A が行われていることに鑑みると、パーチェス法のみの簿価引継を禁じた会計基 準の下では無形資産の評価の実例は着実に件数を増やしていくものと思われ、

企業の無形資産評価の経験が一層積まれていくことは確実である。

一方、わが国では、現状では要件を満たすことで持分プーリング法の選択が 可能であり、取得無形資産を認識しないで簿価を引継ぐことができるものの、

国際財務報告基準とのコンバージェンスの取組みがハイペースで進められてい ることもあり、将来的には国際会計基準や米国での状況に修練していくのでは ないかと考える。

また、国際会計基準では、内部創出の無形資産についても開発段階の支出に ついては資産として計上することとされている。

このように、会計上の観点からは、国際的に無形資産について含みとしてで はなく、オンバランスとして資産計上する取扱いが進められ、企業結合を含む 取引により取得した無形資産については公正価格での評価による資産計上が基 準とされており、無形資産の評価についてはフレーム(大枠)としては望まし い方向に向かっているのではないかと考えるところである。

ただし、公正価格に基づき無形資産が評価できるかどうかについては、無形 資産の会計的見地からの評価方法であるコストアプローチ、マーケットアプロ

ーチ、インカムアプローチの 3 つの評価方法については、上記でみたとおり、

いずれも課税上の問題点が存在し、会計上は無形資産の原則的な評価方法と位 置づけられるインカムアプローチについても、課税上は企業の主観的判断や恣 意性を排除することは構造的に困難であり、移転価格税制の対象となる関連企 業間取引などにおいて課税上の問題が生じる可能性は十分にあり得るものと思 われる。

加えて、関連企業間での無形資産取引において、当該企業がインカムアプロ ーチで用いた予測利益や割引率について、それが主観的判断によるものであり 恣意性が存在することを課税当局が証明できるかどうかについては判断の難し いところであり、企業が低課税国の国外関連者(30)に過小評価と思われる価格で 無形資産を譲渡していた場合など、企業が譲渡時点ではそのような評価が正当 であると認識していたと主張したことを覆すだけの証拠を調査時点で把握し提 示することは至難の業ではないかと思われる。

このような国外関連者への無形資産の過小評価による譲渡事案の具体的事例 としては、1990 年代後半に米国の租税裁判所で争われた DHL 事案(31)があげられ る。DHL 事案では、DHL 社が香港子会社の DHLI 社へ「DHL」のトレード・マーク を譲渡した対価について、訴訟において DHL 社側の経済専門家はインカムアプ ローチを用いて約 5500 万ドルと評価したのに対し、IRS の 2 人の経済専門家は 各々インカムアプローチを用いて約 3 億ドルと評価を行っており、インカムア プローチを用いた経済専門家の意見でもこのように納税者側と課税当局で大き く主張が乖離することは十分にあり得るものと思われる。ちなみにこの判決で は、租税裁判所は「DHL」のトレード・マークの譲渡対価は、裁判所の「最良の 判断」に基づいて 1 億ドルと判示された。

したがって、企業は無形資産の識別やその評価について、国際的には企業結 合に係る会計基準の進展に伴いより広く厳格に処理を行っていく方向にあると 思われるが、無形資産の評価方法には構造的な問題があり、関連企業間におい

て企業が意図的に低課税国の国外関連者に過小評価で無形資産を譲渡するとい う移転価格課税における重大な問題が存在しており、課税当局としてはこれに ついて対処しなくてはならない。

こ れ に 対 し 、 諸 外 国 で は 1986 年 に 米 国 に お い て 「 所 得 相 応 性 基 準

(Commensurate With Income Standard)」の導入がなされている。この米国の 所得相応性基準に対して EU 諸国は反発してきたが、ビジネスリストラクチャリ ングを通じての所得の国外流出に業を煮やしたドイツは 2007 年に移転価格課 税の強化策の一環として所得相応性基準の導入に踏み切ったところである。

そこで次章以下において、米国における所得相応性基準及びドイツにおける 所得相応性基準の導入についてみてみることとしたい。