第 3 章 圧縮された近代化論
3.1 圧縮された近代論の提起
3.1.3 圧縮された近代
アジアの近代化研究の代表的存在である Chang は、1999 年に発表した ‘Compressed Modernity and its Discontents: South Korean Society in Transition’という論文の中で、
「圧縮された近代」という概念を初めて提唱している。この研究において、Chang は、
34 1961年の韓国の軍事政権成立から1997年の国際金融危機までの期間の急速な経済発展に より、韓国では、社会のあらゆる面での変化が加速しており、その変容のあり方を、「圧縮 された近代」として解釈している。加えて、1960年代以降の韓国の成長がはらんだ危険性 は、金融危機という経済だけではなく、社会生活、政治、文化などさまざまな分野に見出 すことができると、Changは主張している。
その後、2010年に発表された、‘The Second Modern Condition? Compressed Modernity as Internalized Reflexive Cosmopolitization’という論文において、Changは、圧縮され た近代を以下のように定義した。
「圧縮された近代とは、文明化の過程における1つの状況である。ここでは、経済的、
政治的、社会的および/または文化的な変動が、時間、空間双方に沿って著しく圧縮 された仕方で起こっており、相互にかけ離れた歴史的、社会的諸要素が動的に共存し ていることで、高度に複雑で流動的な社会システムの構築と再構築が起こっている6」
(Chang 2010:446)。
圧縮された近代は、時代を区分する概念ではなく、それぞれの時代において、実際に発 生する社会的な現象に着目した概念であり、ベックのコスモポリタン的構想(Beck 2011c)
に基づいている(Chang 2010:445)。つまり、近代において、それぞれの社会は孤立した 存在ではなく、相互に包摂的に共存し、相互に影響することを示唆しているのである。
さらに、リスク社会論の時代診断である、西洋における第一の近代から第二の近代への 連続的な近代化のプロセスとは異なり、圧縮された近代においては、第一の近代社会の諸 要素と第二の近代社会の諸要素が、同時に出現するという現象が捉えられる。
また、圧縮された近代化のプロセスには、本来の経済的、政治的、社会的および文化的 諸関係以外に、外来の諸要素を取り込む現象が普遍的に存在している。たとえば、東アジ アの諸地域は、急速な近代化に伴って、激しい社会変動を経験しており、こうした変化の 帰結として、西洋諸国の近代化の経験を超える、複雑な社会形態が形成され、またそれが、
6 ここは筆者の邦訳であり、原文は「Compressed modernity is a civilizational condition in which economic, political, social and/or cultural changes occur in an extremely condensed manner in respect to both time and space, and in which the dynamic coexistence of mutually disparate historical and social elements leads to the construction and reconstruction of a highly complex and fluid social system.」である。
35 多様なリスクをもはらむこととなる。
この圧縮された近代の概念を精密化するために、Chang(2010)は、時間・時代(Time/
Era)や空間・場所(Space/Place)、そして、濃縮・総括(Condensation/ Abridgement)
と圧縮・混雑(Compression/ Complication)という、圧縮される内容と圧縮のされ方の差 異を、5つに分類を示している(図3.1を参照)。
図3.1 圧縮された近代の分類図
出典:Chang(2010:447)のFigure1より
Changは、圧縮される内容を、時間的なもの([Ⅰ][Ⅱ])と空間的なもの([Ⅲ][Ⅳ])
とし、図3.1の横軸を2つに分けている。ここでの時間と空間とは、単なる物理的な意味 での定義ではない。時間的なものは、時点(point)、前後順位(sequence)、量的(amount)
という物理的な時間の意味を持つと同時に、時代(era)、紀元(epoch)、位相(phase)と いう歴史的な時間の意味をも含む。また、空間的なものも、位置(location)や面積(area)
という物理的な空間の意味に加えて、場所(place)、地域(region)という文化的な意味を 持つ(Chang 2010:446)。
そして、縦軸は、圧縮のされ方を、濃縮・省略([Ⅰ][Ⅱ])と圧縮・混雑([Ⅲ][Ⅳ])
という2つに区分している。濃縮・省略においては、1つの文明に属する諸要素が、並存、
省略、移動などの現象として現れる。一方、圧縮・混雑とは、文明を越える諸要素が、衝 突、混雑、変容などの現象を意味する。従って、横軸と縦軸の交差により、圧縮された近
36 代という概念を4つの象限に定めることができる。さらに、この4つの象限の間での相互 作用により生じる圧縮の現象は、象限[V]として規定される。
たとえば、18世紀以降の西欧の先進国においては、自国の産業化を進めるため、他国の 先進技術を輸入し、その生産力を高めるということが行われていた。このような現象は、
第一の近代という時間枠においてのヨーロッパ圏内ではありふれた現象ではあったが、一 種の圧縮の現象として捉えると考えられる(Chang 2010:448)。このような、1つの文明 の内部における圧縮の現象は、図1の[Ⅰ]と[Ⅱ]に当てはまると考えられる。
また、文明と文明との衝突により生じる圧縮の現象も存在する。たとえば、アフリカで は、植民時代に、伝統的な文明に、近代化という意識が強制的に導入されたため、アフリ カの社会には、伝統と近代との圧縮が、近代化のプロセスの中に常に残存している。この ような文明と文明の衝突により生じた、圧縮された近代の現象は、図 1 の[Ⅲ]と[Ⅳ]
に相当すると考えられる。さらに、近代化の追求とともに、この近代化過程の圧縮は、強 制的なものから自発的なものに転換している(Chang 2010:450)。