第 4 章 近代化と大気汚染
4.1 近代化とともに変化を遂げる大気汚染
4.1.2 ロサンゼルス光化学スモッグ
(1)ロサンゼルス光化学スモッグの実態
一方、アメリカ、カリフォルニア州南部にあるロサンゼルスは、カリフォルニア海流の 影響により、一年を通して気候が温暖な土地である。気候的に恵まれてはいるが、光化学 スモッグが発生しやすい条件が揃っており、その1つは特殊な地形であり、もう1つは自 動車の氾濫であるとされている(川名2009:225)。
ロサンゼルスとその周辺地域は、西は太平洋に面し、東と北と南三方を山地に囲まれ、
盆地になっている。それゆえ、車の排出ガスによって汚染された大気は、山風に乗って海 に吹かれても、翌日には海風でまた街へ運び返され、山地に行く手を遮られてロサンゼル スの街に停滞することになる(川名2009:226)。
図4.4 アメリカの人口増加と自動車生産台数の変化(1930年から1980年)
資料:堀(1980:185)の表9、小野(1995:69)の表1およびU.S. Census Bureau
(2000)のデータに基づき筆者制作、U.S. Census Bureau HP
(https://www.census.gov/population/estimates/nation/popclockest.txt)
加えて、ロサンゼルスには 1990 年代まで、鉄道や地下鉄などの公共輸送機関がなく、
55 自動車が人々の生活上での必需品であった。図4.4は1930年から1980年にかけて、アメ リカの総人口と自動車生産台数の増加を示すものであるが、ここに示されるように、1930 年代から増加した人口に伴って、自動車の保有台数も急増している。1939年から1945年 にかけては第二次世界大戦のため、アメリカにおける自動車の生産は一時的に減少したが、
1945年から、生産が回復し自動車の生産台数も爆発的に増加した。
このように、ロサンゼルスにおいては、そもそも大気の循環が悪く、汚染物質が拡散し にくい地形であることに加えて、自動車台数が短期間に増加したことに伴い、大量の排気 ガスが生み出されており、大気はますます汚染されるようになった。
1943 頃から、ロサンゼルスでは、「白いスモッグ」の発生が報告されていた(日外アソ シエーツ編集部2007:13)。具体的には、人間の目を刺激し、咳が出て、目、鼻、喉、胸 部が痛むなどの人体への影響に加えて、農作物を枯死させるなどの被害報告が出されてい
る(大場1979:172;門脇1990:209)。しかしながら、この「白いスモッグ」が発生した
時点ではその原因が何であるかについては、全く不明であった。
この「白いスモッグ」を、イギリスで生じたロンドンスモッグと比較すると、いくつか の相違点が認められる。まず、ロンドンスモッグは、主に石炭燃料によって発生するもの であるが、ロサンゼルスでは、石炭はほとんど使用されていない。次に、ロンドンスモッ グは、石炭が暖房として盛んに燃やされる夜間に始まるが、ロサンゼルスで発生したスモ ッグは、昼間に発生する。さらに、被害報告によれば、ロサンゼルスでスモッグが発生す る際には、チカチカする眼の痛みを伴うが、ロンドンではこのような苦情はほとんどなか った(大場1979:173)。
このようなロサンゼルスで発生したスモッグの特徴と被害報告を踏まえた上で、1950年、
カリフォルニア工科大学名誉教授A・ハーゲンシュミット博士は、「ロサンゼルスのスモッ グは、光化学スモッグである」という仮説を立て、研究グループを設立、原因究明を開始 した。1952年に研究の結論が出され、このスモッグは光化学オキシダントを含んでおり、
これを吸入することにより、短期間で人間の身体に大きな被害を及ぼすということが実証 された。
(2)ロサンゼルス光化学スモッグへの対応策
ロサンゼルス光化学スモッグの対応策や規制は、カリフォルニア州と米国連邦政府とい う2つの管轄に分けて実施されている。ここでは、科学によって汚染源が究明された前後
56 に分けて、日本環境調査会(1972)により発表された『諸外国の公害対策の実態-1971-
72年度版』、大場(1979)の『環境問題と世界史』および川名(2009)の『世界の環境問 題-第5巻 米国』をもとに、ロサンゼルス光化学スモッグへの対応策や規制を整理する。
ロサンゼルス光化学スモッグの成因に関する研究結果が出される以前は、カリフォルニ ア州および米国連邦政府の両者がスモッグに対して実施した対応策は、有効なものではな かったと判明している。
カリフォルニア州では、1940 年代から相次いで寄せられた住民の苦情に対して、1947 年、ロサンゼルスを中心とする大気汚染防止地区(Air Pollution Control District:APCD)
が設定された(大場 1979:173)。APCDの創設をきっかけとして、集中的な対応が始ま った。その第1のターゲットとしては、当時すでによく知られていたロンドンスモッグの 原因である、石炭燃料により排出された有害物質の発生源に目が向けられ、工場や焼却炉 などに対しての徹底した排出規制が実施された。第2に、APCDには石油精製工場が規制 対象として組み入れられたが、大場(1979:173)によれば、これによって、大気汚染は 確かに多少改善されたものの、光化学スモッグは依然として発生したとされている。
時期を同じくして、米国連邦政府の対策として、1950年に米大統領命令による全米大気 汚染技術会議が開かれ、1955年に「大気汚染法」が、1963年には「大気清浄法」が制定 された(大場1979:171)。しかし、1950 年代から1960年代初頭にかけて、アメリカ全 域で実施された大気汚染の規制や対応政策は、主にロンドンスモッグのような石炭燃焼を 原因とする大気汚染に焦点を当てて考案されており、ロサンゼルス光化学スモッグという 新たな汚染問題に対して、確実な効果は得られなかった。
1950 年代の光化学スモッグの原因究明をきっかけとして、カリフォルニア州と米国連 邦政府は、汚染の元凶である、自動車の排出ガスにメスを入れる規制を開始した。カリフ ォルニア州では、1953年、排出ガス削減装置の開発に着手した。1959年、最初の自動車 排気ガスに関わる規制基準が施行され、1960年、カリフォルニア州議会は「自動車汚染規 制法」を制定して、自動車の排出ガス規制に取り組んだ。1965年、「大気浄化法」が規定 され、それをきっかけに、1966年から排出ガス削減措置を新車に取り入れることが義務付 けられた。さらに、1967年、「大気の質法」が制定されたことに従って、1970年には、カ リフォルニア州に適応される環境基準が設定された。1971年には、中古車についても、排 出ガス削減措置の設置が義務付けられた。1980年代に入ると、自動車保有台数の更なる増 加に対し、「カリフォルニア大気浄化法」が制定されて、より厳しい規制が始まった。
57 このように、科学研究により、車の排出ガスと大気汚染の因果関係が明確化された後、
一連の緊急対応や規制措置は、漸く効果を上げ始めた。特に「カリフォルニア大気浄化法」
が実施されてからは、オゾン、窒素酸化物、一酸化炭素、粒子状物質といった4つの大気 汚染物質は、大幅に減少しており、この改善の効果は 2000 年代に入ってからも続いてい ると考えられる(川名2009:232)。
汚染の原因が明確になった後、アメリカ政府は、自動車排出ガスに含まれる汚染物質に ついての規制の実施を開始した。1965年、先の「大気清浄法」が改訂され、米国連邦政府 による自動車排出ガス規制が始まり、1967年には、全米の自動車全てが同規制の対象とさ れた。1970 年には、この規制を強化するため、「1970 年大気清浄法改正法案(マスキー 法)」が制定された。しかし、この法案は自動車業界の強い反対を受け、実施延長を繰り返 した後、1974年、ついに廃止に追い込まれた。1971年、アメリカ環境保護庁は、自動車 排出ガスの中に含まれている硫黄酸化物、二酸化窒素、一酸化炭素、浮遊粉塵、光化学オ キシダントについての統一的な環境基準(NAAQS 1971)12を公開した。これをきっかけ として、アメリカでは、大気汚染問題が極めて重大な社会問題として扱われるようになり、
PM10やPM2.5などの大気中に浮遊する粒子状の汚染物質に関わる研究も開始された。
1989年、アメリカとカナダの首脳会談が行われ、国境を越えた大気汚染に対する防止対 策に関しての合意を達成した。以後、アメリカでは、大気汚染を徹底的に管理する試みが 開始された。1990年、「改正大気清浄法案」が作成され、翌年、車の排出ガスに関する規 制が、ようやくアメリカ全域で実施されることになった。また、1990年代になると、ハイ ブリッド車13に関連する技術開発が進み、販売も促進された。さらに、電気自動車、メタノ ール車などのクリーン自動車を、技術開発により商品化する目標が掲げられた。このよう に、汚染源としての自動車排出ガスをアメリカ全域で規制することは容易な道ではなかっ たが、米国連邦政府が実施した規制や対応策により、光化学スモッグがアメリカ全域で発 生する可能性は、抑えられたと考えられる。
以下の表4.5は、本項で検討したロサンゼルス光化学スモッグおよびアメリカ政府の大 気汚染への取り込みをまとめたものである。
12 NAAQS は、National Ambient Air Quality Standardsの略称であり、1971は、この環境 基準が公布された年を意味する。それと同様に、以下においては、1997年に修正された National Ambient Air Quality Standardsを、NAAQS 1997と略称する。
13 内燃機関と電動機を併用するハイブリッドエンジンを用いる自動車を意味する。