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孔子学院の魅力は、中国に関心をよ せ、熱心に中国語を学習する多くの人 たちに、最も効率のよい学習環境を作 り出し、より合理的な方法で、効果的 に中国と外国間の文化交流を展開する ことにある。

創立4年半を迎える桜美林大学孔子 学院は、学歴教育を特色とし、同時に 社会人向け公開講座の開設にも重きを おき、社会に役立つ中国語人材養成 に力を入れている。本コラムでは、孔 子学院ファミリーから3名の方々を紹介 する。特別課程2期生の有田実可さん、

高島学堂84歳の中国語愛好者、松本 孝太郎さん、株式会社山善勤務・中国 語ファンの山添正道さん。この3人が、

読者のみなさんに平凡だが感動的な 中国語学習体験を語る。

私の成長過程 

―中国語特別課程卒業生 有田実可さ んが語る中国語学習のコツ―

この満面の笑みを浮かべた、さわや かでかわいい女の子は、2年前に桜美 林大学孔子学院中国語特別課程で勉 強していた有田さん。現在、同済大学 国際文化交流学院の4年生である。柔 和なまなざしで自分の過去を話す有田 さんは、謙虚さの中に自信をのぞかせ た。

編集部(以下、編):高校卒業後、進 学先として桜美林大学孔子学院を選 んだのはなぜですか。

有田実可さん(以下、敬称略):私は 中国語好きで、それも特別、特別、

好きだったのです。入学前に孔子学 院中国語特別課程の模擬授業を受 け、李先生の直接法による授業が深 く印象に残りました。直接法の授業 は効率がよく、短時間で会話力を飛 躍的に伸ばすことができると感じま した。また、特別課程に入ったら、

夏休みに中国に留学に行けるだけで なく、1年後には同済大学に編入し、

編入後は孔子学院の奨学金を得て 中国で勉強することができるのです。

これは私にとって非常に魅力的でし た。それで、他の大学を受験せず、

全く迷うことなく孔子学院を選んだ のです。

編:HSK9級に合格したそうですね。

有 田:ええ。 今 年6月(入 学して3年 後)、私は8級と9級の両方に合格し ました。10月に10級を受ける予定で、

最終的には11級を取るのが目標で す。新HSKは比較的簡単で、すでに 6級に合格しました。

編:なにか特別な勉強方法というのが あるのですか。

有田:特別な方法はありません。私は メモ魔で、耳にした中国語をノート に記録するのが好きです。耳にした 言葉は常に実用的な生きた言葉だ からです。他の人が話した笑い話 やドラマの面白いセリフ、インター ネットの新語を書きとめます。常に ノートを持ち歩き、機会を見つけて 書き取った言葉を使うように努めま

同済大学校内、「海宝」(ハイパオ)と一緒に 孔子学院(中日文�������������总第�������� �010年9月 第���第��������

す。「使うための言葉」ですからね。

他に、大学の講読の授業で魯迅や 茅盾の原書を読んで、面白い表現に 出会うとノートに書き取り、使う機会 を探します。先生や友達の話し方の 特徴を観察するのも好きで、みんな の口癖をメモしたりもします。ハハ。

好きこそものの上手なれと言います が、私はいつも自分の興味がある語 彙から覚えていようにしています。そ うすると簡単に覚えることができる のです。

:最近中国語の新語がたくさんあり ますね。

有田:ええ。例えば、スターバックス やマクドナルドのような場所で、ドリ ンク1杯で何時間も居座る人のこと を“啃椅族”(椅子にかじりつく人々)

と言います。バイクに乗った人たち のことを“骑车一族”(バイク一族)、

歩いている人たちのことは“走路一族”

(徒歩一族)なんて呼びます。面白 いですよね。でも、インターネット で見かける“囧”という字、ばつの悪 いことを表すのですが、私の周りの 人でも知らない人がたくさんいます。

話す時には、インターネット上の言 葉かどうか区別し、また相手によっ ても使い分ける必要がありますね。

編:有田さんは文章を書くのが好きで

『文匯報』に文章が載ったそうです ね。

有田:そうです。今年の4月22日号の『文 匯報』第5版に、私のエッセーが掲 載されました。内容は、日本人の行 列好きについて。ラーメン1杯を食 べるためでも、日本人は長い列に並 びます。行列ができる店は人気が出 て、人気が出るともっと長い列がで きます。行列に並んで得たものは、

価値が高いと考えるからです。日本

人にとっては、時間と労力を使い並 んで待つこと自体が楽しみでもある のです。これは日本の文化と言える でしょう。

編:それでは、中国に留学して、中日 両国の学生たちの付き合い方でな にか文化的な違いはあると思います か。

有田:中国の学生は友達を作るのが上 手です。友達の友達は、みんな自分 の友達です。初対面でも前から知っ ていた友達のように、親切に手助け をしてくれます。日本人の付き合い 方は違います。日本人は一定の距離 を保ち、初対面ではすぐに打ち解け ず、時間をかけて仲良くなっていき ます。遠い異国に留学した私にとっ て、最初たくさんの人が積極的に助 けてくれたので、非常に幸運でした。

もちろん、私も自分の友人を積極的 に助けるだけでなく、友達の友達も 助けることを覚えました。「郷に入っ ては郷に従え」ですから。

編:今後の予定は?

有田:同済大学を卒業したら、大学院 を受験するつもりです。対外漢語を 専攻して、中国語国際教育の修士を 取りたいのです。中国語は私の人生 における最大の趣味、私の夢は将来 中国語の教師となり、中国語の推進 に少しでも役に立てればと思ってい ます。

いつの日か世界孔子学院大会におい て、中国語でスピーチをする

―高島学堂長、松本孝太郎さん人生に ついて語る

松本孝太郎さん、84歳、滋賀県高 島市内の小学校校長を40年勤めあげ、

退職後日中文化交流活動に力を尽くし ている。2007年から桜美林大学孔子

学院高島学堂長となり、積極的に中国 文化の推進活動に携わってきた。

 高島学堂は、桜美林大学創始者・

清水安三先生の出身地で、琵琶湖の 西畔に位置する高島市にあり、「近江 聖人」で知られる中江藤樹記念館館内 に設立された。高島学堂の場所の選 別と設立は、日中文化交流の歴史と深 いかかわりがある。中江藤樹先生は約 400年前中国儒学の著名な王陽明学派 を日本で広めた人物で、日本各地至る 所に後継者がいる。中国文化を熱愛し 藤樹先生を敬慕した清水安三先生は、

1921年北京に崇貞学園(今の北京陳経 綸中学)を設立。中国の女性地位の 改善に力を尽くし、日本に帰国後、桜 美林大学を創立した。ゆえに、高島学 堂は中国文化を日本に広め、日中文化 交流を強化することを目的としている。

編:松本先生は中国のことをよくご存 じだとお聞きしていますが、中国の どちらに行かれたことがありますか。

松 本 孝 太 郎 先 生(以下、 敬 称 略):

1986年退職後始めて中国浙江省・

余姚市に旅行しました。その時から、

15回中国を訪れています。首都の 北京、シルクロードで有名な西安、

敦煌とウルムチなどにも行きました。

中国古代の儒学へのあこがれと興味 から、孔子のふるさとである山東省 の曲阜にも2回行きました。訪れた 先々で、友好的でもてなし好きな中 国人の姿が印象に残っています。と くに新疆ウイグル自治区で見た赤く 燃える火焔山、ラクダに乗ってゆっ たりと砂漠を巡り、ウイグル族の農 民とブドウ棚の下で交流したことな ど、どれも忘れられない思い出です。

豊かな自然の中でゆったりと自由に 暮らす生活を羨ましく思いました。

孔院故事

編:松本先生は長い間ずっと中国語を 勉強されていて、中国語と深い縁が ありますね。そこまで中国語を一生 懸命勉強するモチベーションはなん ですか。

松本:私が中国語を勉強するように なったのは、偶然でもあり、縁でも あります。時には神様の思し召しと 感じることもあります。初めて中国 の余姚に行ったことが、その後の私 の生活と中国語に大きく影響してい ます。余姚に向かう列車の中で、あ る三人家族のファミリーと親しくな り、その後20年来の深い友情を築き ました。中国語の手紙でやりとりを するのに、まず日本語で書いてから、

誰かに中国語に訳してもらわなけれ ばならず、不便を感じて中国語を学 ぶ決心をしました。私が住んでいる ところは当時中国語の学校がなく、

まずはラジオ講座と中日辞典で独学 を始めました。不思議なのは、私が 杭州に行くたびに、ホテルでそのファ ミリーの羅さんと偶然出会うのです。

たぶん、この心ある人たちが私のこ

とを気にしていてくれるからだと思っ ています。また、私のような普通の 日本人とこの中国のファミリーの友 情を神様も関心をもって見守ってく れているのかもしれないと思う時も あります。この長い友情が、中国語 を勉強する励みとなりました。今は、

簡単な中国語の手紙は書けるように なりましたが、まだ中国語で交流が できるところまでは達していません。

 私が中国語学習を続けている理由は 他にもあります。2年前、私は北京 の陳経綸中学校を訪れました。この 学校は戦後閉校された時期もありま したが、1945年女子四中として再開。

その後徐々に現在の北京市模範的重 点学校へと発展してきました。この 学校は90年近い日中の歩みの証しで もあります。とくに日中戦争後、中 国政府と中国の国民は日本に対して 戦争賠償を放棄しました。この国の 風格、この民族の勇敢な精神が私に 中国をもっと理解したいと強く思わ せました。このような中国と中国人 に対する思いから、中国語を一生懸 命勉強しようと誓ったのです。

 年齢を重ねるごとに記憶力 が衰えてきますが、健康なうち は頑張って中国語を勉強するつ もりです。3年前桜美林大学孔 子学院によって開講された高島 学堂の中国語講座は、中国語 を勉強したくても学ぶ場所がな かった人たちを救ってくれまし た。高島学堂が開校されて3年、

私もここで3年中国語を勉強し、

3年学堂長を務めました。高島 学堂の受講生は中高年がメイン で、多くは中国を理解したい人 や中国と様々な交流を望む社会 人。高島市に中国人が増えるに つれ、中国を知り、理解するた め中国語がますます重視される

ようになりました。これからも、高 島学堂では中国文化推進に引き続き 力を入れて行くつもりです。

編:最近行ったイベントはなにかあり ますか。

松本:私が中国で感じたような体験―

―中国の驚くべき発展と変化をその 目で確かめ、整ったインフラ、恵ま れた生活と経済、向上しつつある国 民のモラル、偏見なしに友好的に日 本人に接する態度(南京でも同じで した)――をもっと多くの日本人に 体験してほしいと、2009年に19人で 構成された高島訪中団を率いて北京 に行き、中国の変化を体験してきま した。帰国後、参加者たちは中国に 対して新しい認識が芽生え、私と同 じような考えをもち始めました。日 本は中国を理解するだけではなく、

客観的な歴史認識をもって中国を認 識し、真に中国を理解する必要があ ります。そのために中国語は不可欠 なのです。

編:今後どのような予定がありますか。

松本:実用的で、面白い中国語を勉強 したいと思っています。私の夢は、

今年の12月に北京で行われる孔子 学院会において、中国語でスピーチ をすることです。実現できれば、きっ と私の人生の中で、もっとも爽快な よい思い出になると思います。来年 は、万里の長城で中国の歌を歌うた め、高島市の微笑合唱団のメンバー 20人を連れて北京に行く予定。また、

来年の桜美林学園創立90周年の式 典でも、微笑合唱団は中国人の留学 生と一緒に『北国の春』を歌いたい と思っています。

2008年12月北京陳経綸中学にて

孔子学院(中日文�������������总第�������� �010年9月 第���第��������

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