第 4 章 一般的包括否認規定( General anti-abuse rule 、以下 GAAR ) の検討
第1節 一般的包括否認規定(GAAR)の必要性
一般的包括否認規定(General anti-abuse rule 、以下GAAR)とは、法律で課税当局 に一定の取引(transaction,arrengement)についての税効果(tax benefit)を否定でき る権限を与える規定であり、一般否認規定とも包括的否認規定ともいわれている240。なお、
一般的包括否認規定(GAAR)に近い概念は、租税回避行為の否認規定として同族法人の 行為計算否認規定(法人税法132条)等いくつかに分類できる241。各国で採用されている 一般的包括否認規定(GAAR)は、同一の法体系や考え方ではなく、各国の事情に応じて 立法化されているようである。米国は、事業目的アプローチ(economic substance)を採 用しており、欧州諸国は法の濫用アプローチ(wholly artificial)を採用している242。
1. 現行法及び解釈による租税回避否認のデメリットの解消
(個別否認規定が持つデメリットの解消)
個別否認規定には、個別具体的に否認すべき行為を明示できる利点がある。しかしなが ら、個別否認規定のデメリットは、新たに行き過ぎた租税回避行為が開発されれば、後追 い的な事後的立法によって規制せざるを得ないことである。立法による規定は、当該規定
240 森信茂樹「フィナンシャル・レビュー」財務省財務総合政策研究所平成28年第1号(通巻126号 2016 年3月) 7頁参照。
241 矢内一好『一般否認規定と租税回避判例の各国比較』(財経詳報社 平成27年) 3頁参照 矢内教 は、GAARに近い概念として、否認規定を以下のように分類している。また制定法の他に、判例にお ける公理も分類に含めている。
*TAAR(Targeted Ani-avoidance Rules)
特定目的型租税回避否認規定であり、連結納税制度、組織再編税制、PE帰属所得に係る行為計算 否認がこの概念に含まれる。
*SAAR(Specific Anti-Tax avoidance Rule)
限定的租税回避否認規定であり、同族法人規定はこの概念に含まれる。
*GAAR=General anti-abuse rule
一般的包括否認規定。対象領域を設けない否認概念である。
242 森信茂樹 前掲注(239) 13頁参照。森信教授は、事業目的基準も濫用基準もどちらもおおきな違 いはないとしている。
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をさらに逃れるようにタックス・プランニングが開発され、また行き過ぎた租税回避行為 として課税上の弊害があると判断されれば、さらに規制が付加される。この様に法規制が 複雑化することは、申告納税制度を建前にする現行法においては、納税者保護の観点から は望ましくない。一般的包括否認規定(GAAR)の法制化は、規制の存在自体が強力な抑 止力となり、租税回避行為自体が減少し、その結果として法令の簡素化等が期待できる243。
(現行法の包括的否認規定がもつ不確定概念に対する対処)
現行法の包括的否認規定は、不確定概念が用いられることが必須である。不確定概念が、
租税法律主義に違反しないことは第1章において確認した。しかし、条文の文言上は、不 確定概念がどのような意味内容を有する概念であるかが依然として不明確である。例えば、
同族法人の行為計算否認規定(法人税法132条)における不当性の判断基準は、判例通説 では経済合理性基準が採用され、組織再編成税制に係る行為計算否認規定(同法 132条の 2)における不当性の判断基準は、最高裁判決で濫用基準が採用され、連結納税制度の行 為計算否認規定(同法132条の3)では、未だに裁判上の判断基準が存在していない。
法人税法 132 条は、「不当に」の判断基準は判例上では経済合理性基準であった。第 3 章の IBM 事件で検討したことであるが、通説の経済合理性基準の判断基準は、取引の異 常性・不自然性及び租税回避行為以外の事業目的の有無で判断していた。一審では、従来 の通りの判断基準であったが、控訴審では、取引の異常性・不自然性が判断基準に必要で あり、租税回避行為以外の事業目的の有無については、重要性が著しく低いことが判示さ れた。このことが、IBM事件に特有の判断であるのか、それとも今後発生する類似の事件 に対する判例としての基準になるのか曖昧である。
このような状況では納税者の予測可能性を十分に確保できない。そのため、一般的包括 否認規定(GAAR)を法制化する際に、英国が濫用について定義づけした様に、我が国に おいても租税回避行為について定義づけを行い、また「不当に減少」、「不相当な」等の不 確定概念についても判断基準が示されることが期待でき、納税者の保護に資すると考える。
(解釈による否認のデメリットの解消)
第1章で確認したことであるが、解釈による租税回避行為の否認の手段として、経済的
243 酒井貴子(岡村忠生編著) 前掲注(5) 租税回避行為と包括的租税回避否認規定―ニュージーラ ンド版GAAR― 246~247頁参照。
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実質課税の原則及び取引当事者の真の意図を読み取る私法上の法律構成による否認は、私 法上有効な法律関係から乖離して、課税庁側が想定した新たな法律構成に対して適用する 解釈論であり、課税庁による恣意性が介入する恐れがある。そのため、租税法律主義の観 点から批判が強く、裁判上においても支持されていない。解釈論に限界がある場合は、一 般否認規定の対象とせざるを得ないとし、立法論として、一般否認規定の導入を検討する 意味があるとの見解も指摘されている244。そのため、一般的包括否認規定(GAAR)の法 制化の際に、後に検討する課税庁から独立した GAAR委員会等の設置によって客観性が確 保され、解釈論に対する批判を解消できることが期待できる。
2. 昭和 36年税制調査会答申当時と現代の租税回避行為の相違
第 1章において検討したことであるが、一般的包括否認規定(GAAR)の必要性を検討 するにあたり重要なことであるため、要約してここで述べる。昭和 20 年中頃は、専ら租 税回避行為の観点からの個人企業の法人成りが数多く見られた245。法人成りが行われた理 由は、個人企業と法人では、適用される税制が異なることを利用して税負担を減少させる ためである。この様な法人成りの防止を目的として昭和 28 年に「実質課税の原則」の標 題で、各条項が制定された(旧所得税 3条の 2、旧法人税法 7条の 3)。その後の昭和 36 年税制調査会においては、実質課税の原則の一環として租税回避行為の否認規定を国税通 則法に一般規定として制定が検討された。しかしながら、課税庁の権限強大化が懸念され、
また実質課税の原則そのものが判然としないなどと批判が強く、法制化に至ることはなか った。
現代の法人は、経営活動が国内のみならず海外に進出している。取引形態は非常に複雑 となり、租税回避行為も外国法人を絡めた段階的取引を仕組んだものとなっている。第 3 章で検討したIBM事件は、そのような租税回避行為であった。
(IBM事件)
第 3 章で検討した IBM 事件は、段階的な複数取引による損失の作出行為であった。事 件に外国法人が絡むことによって取引の複雑化が増し、国内法のみで対処することが困難
244 今村隆 前掲注(51) 7頁参照。今村教授は、包括否認という用語ではなく、一般否認規定という 用語を使用して説明されている。
245 北野弘久(黒川功補訂) 前掲注(4) 95頁一部引用参照。
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な事件であった。具体的には、当初は米国IBMと日本IBMとの間で、配当や自己株式取 得行為を行っていた。そこに、みなし配当(法人税法 24 条)の改正がなされたことを原 因として、米国WT社は、日本に中間純粋持株会社AP社を設立した。それによって、AP 社と日本 IBM との日本 IBM株式に関する自己株式取得行為の際に、AP 社側においてみ なし配当金額が計上されると同時に反射的に計算上の譲渡損失が作出された。その譲渡損 失は、完全親子関係にある自己株式の取得行為による譲渡損失の計上である。当該譲渡損 失が計上されるためには、日本 IBM 株式の帳簿価額が時価までかさ上げされる必要があ った。そして、帳簿価額がかさ上げされるためには、米国IBMと日本IBMとの間に中間 的な法人を介在させる必要があった。これらの条件が整うことによって、実質的な経済的 損失を伴わずに、単なる計算上の譲渡損失が計上できる。
さらに、米国 WT社とAP社との株式譲渡には、米国WT社がチェックザボックス制度 を選択したため、米国 WT 社が計上した株式譲渡益に対して非課税となる。この事態は、
BEPS が勧告するD/NI形式のハイブリットミスマッチが生じており246、みなし配当の改 正の効果(二重課税排除の効果)を完全に打消すものであり、みなし配当の改正の意味を 失わせるものとなっている。IBM事件に当てはめると、米国WT社が計上した株式譲渡益 はチェックザボックス制度の選択により非課税となっているため、連結納税制度に持ち込 んだ譲渡損失は、BEPSの観点からすると、繰越控除すべきでないこととなる。
以上のように、IBM事件に関する個々の取引行為に違法性が確認できないため、裁判に おいては否認することができなかった。第3章では、組織再編成税制で採用された濫用基 準を連結納税制度に当てはめて否認の可否を検討したが、連結納税制度の趣旨を判断する ための具体的判断基準について、「実質的に一つの課税単位」として予測をたてて判断する ことはできるが、組織再編税制にみられる様な基準が明確になっていないため、連結納税 制度での否認も困難と結論づけた。
しかし、完全親子関係にある法人間での自己株式の取得行為であるため、権利関係に何 ら変化が生じていないこと、さらにBEPSが勧告するハイブリットミスマッチに該当する ことなどを考慮し、一連の取引行為を総合的な観点からみると、濫用的租税回避行為と判 断できる。よって、一般的包括否認規定(GAAR)を法制化することで、このような段階 的仕組取引を否認の対象となり得ると考える。
246 岡村忠生稿「BEPSと行為計算否認(1)」ZEIKEN‐2015.3(NO.180) 70~75頁参照。既に第3章 において説明している。