本章の目的
合成開口レーダ(SAR)データのスペックルノイズの軽減と画像解像度の保持を両立させ るエッジ保存型ポラリメトリック SAR スペックルノイズフィルタの研究を目的とする。
本章の要旨
SAR データに特有のスペックルノイズを軽減するために,周辺のピクセルを用いた平均 化処理が欠かせない。先ずエッジの方向を検出し,エッジに沿ってピクセルを選ぶ平均化 処理はスペックルノイズを軽減し,かつエッジ及び地表フィックチャなど画像特性を 保持する。本章では JPL/AIRSAR ポラリメトリックデータを用いて,山岳地域と森林地 域の2つ実例を通して Lee 達が 1999 年に提唱したエッジ保存型 SAR スペックルノイズ フィルタ[11]の効果を検証し,森林分類に最適なウィンドウサイズを求める。
エッジに沿う非四方ウィンドウの 45 ピクセルを用いた平均化処理は,山岳の地表フ ィックチャ及びエッジ形状を保存した。25 ピクセルの 5×5 移動平均フィルタより優れ ていることを明らかにした。また,本対象地域の森林分類に最適なフィルタリングサ イズは 7×7 ウィンドウであることを示した。
Ⅲ-1 まえがき
PALSAR ポラリメトリックデータの空間分解能は凡そ 30m である。森林計測としてこ れ以上分解能を落すことは望ましくない。SAR 画像に特有なスペックルノイズを軽減 し,かつエッジ及び偏波特性など画像分解能を保持するノイズフィルタが必要となる。
スペックルノイズの軽減方法は周辺のピクセルを用いた平均化処理である。しかし,画 像のエッジなど地表フィックチャを壊さない平均化処理は難問である。一般的に広く利用 されている移動平均フィルタの欠点は,エッジが塗り潰される。また,ポラリメトリック SAR の各偏波(HH,HV 及び VV)データの振幅と位相が互いに正しい関係を保持する為に,
スペックルノイズの軽減は偏波チャンネル間の混線を起こさない特別な配慮が必要である。
スペックルノイズ現象は,散乱個体から発生する大量な反射波の干渉結果と考えられる。
さらにポラリメトリック SAR データに現れたスペックルノイズは HH,HV 及び VV 偏波反射 波の間の相互作用とも考えられる。従って,スペックルノイズは各偏波データの振幅と位 相の両方に存在する。
ポラリメトリック SAR データのスペックルノイズフィルタについて,幾つの研究が既に なされた(Novak & Burl, 1990[12], 1993[13]; Lee et al., 1991[14])。本章では,Lee らが提案したエッジ形状と偏波特性を保持し,さらに混線が避けられるスペックルノイズ フィルタの構成及び処理手順を詳細に分析し,森林地域及び山岳地域のポラリメトリック
図Ⅲ-1 JPL/AIRSAR カラー合成画像
(a) (Modified from Lee, 1999) (b) SAR データを用いてフィルタリングの効果を評価する。
本章に使用したデータは,PALSAR と類似仕様を有する 2000 年 10 月 2 日に取得された JPL/AIRSAR ポラリメトリックモードデータである。画像のカバーエリアは北海道苫小牧 北西に位置する樽前山とその周辺森林地域となる。使用データのスラント・レンジのピク セルサイズが 3.331m で,アジマス方向のピクセルサイズが 4.63m である。オリジナル画 像を図Ⅲ-1 に示す。
Ⅲ-2 Lee エッジ保存型 SAR スペックルフィルタ
Ⅲ-2-1 Lee フィルタの概要
(1)エッジの保存手法
エッジの形状を保存する為に,先ず全電力画像に移動ウィンドウを設けてエッジの方 向を検出し,エッジ方向と一致する非四方ウィンドウを選定する。全電力画像は各偏波 の振幅値の足し算であるから,単偏波画像よりスペックルノイズのレベルが低い。また,
それぞれの単偏波画像にしか現れない模様が,全電力画像では一括で表示される。
i)エッジ方向の検出
図Ⅲ-2 の(a)に示す 7 ピクセル×7 ラインのウィンドウ内に右側或いは下側へ2ピクセ ル毎で移動して,部分的に重なる9ピクセルの 3×3 サブウィンドウを選び出せる。9個 サブウィンドウの平均値をそれぞれ求め,最終的に 7×7 のウィンドウから図Ⅲ-2 の(b) に示す 3×3 の平均値行列 mijを作り出せる。この 3×3 行列と式Ⅲ-1 の4つの方向行列と それぞれ乗算し,絶対値が最大となった方向行列の方向はエッジの方向として抽出される。
図Ⅲ-2 7×7 のウィンドーウからの 3×3 平均値行列の作成(a)とエッジ方向の検出(b)
(式Ⅲ-1)
1 0 1 0 1 1 1 1 1 1 1 0
1 0 1 1 0 1 0 0 0 1 0 1
1 0 1 1 1 0 1 1 1 0 1 1
− − −
⎡ ⎤ ⎡ ⎤ ⎡ ⎤ ⎡ ⎤
⎢− ⎥ ⎢− ⎥ ⎢ ⎥ ⎢− ⎥
⎢ ⎥ ⎢ ⎥ ⎢ ⎥ ⎢ ⎥
⎢− ⎥ ⎢− − ⎥ ⎢− − − ⎥ ⎢ ⎥
⎣ ⎦ ⎣ ⎦ ⎣ ⎦ ⎣ ⎦
ii) エッジ方向と平行する非四方形フィルタウィンドーの選択
図Ⅲ-2(b)の 3×3 平均行列においてエッジと直交する方向では,m(1,3)と m(3,1)で示 すようにエッジの両側に2つエレメント値 m13と m31がある。エッジが通過する m(2,2)の エレメント値 m22がどちらに近いことによって,四方形のウィンドーから三角形或いは長 方形のサブウィンドウが選択される。一例として,図Ⅲ-2(b)に示すエッジ方向は NW~SE 方向である。m22が m31に近い場合は,図Ⅲ-3 の 4 番目に示す SW ウィンドウが選ばれる。
この三角形ウィンドウは 7×7 ウィンドウの南西部に位置し,28 エレメント(塗潰した部 分)を有する。この 28 のピクセル値をフィルタ処理に用いる。
図Ⅲ-3 8 つ非四方形フィルタウィンドウ(塗潰したピクセルをフィルタ処理に用いる)
(2)局所統計フィルタの定義
乗算ノイズモデル に基づいて,線形の最小 2 乗法フィルタが以下のように設計 される。
(式Ⅲ-2) ここでは, がフィルタ済のピクセル値であり, がピクセルの局所平均値である。
がセロから1までのウエイト係数で,式Ⅲ-3 で算出される。
; (式Ⅲ-3) 式Ⅲ-3 の は一様な物性エリアにおけるスペックルノイズ見積値である。var()は局 所ウィンドウにおける分散を示す。ここでのyが前節で選択された非四方形ウィンドウ の中のピクセル値に当たる。また,偏波間の混線を避ける為に全電力画像を用いて を求 める。
(3)共分散行列による偏波特性の保存
送受信アンテナが同一場所に置かれるポラリメトリック SAR に対して,偏波校正済のデ ータなら SHV=SVHが成り立つ。以下の複素数ベクトルを定義することができる。
(式Ⅲ-4) ここでの“T”はベクトルの転置を示す。この複素数ベクトルを用いた共分散行列が次
(Modified from Lee, 1999)
y x v= ⋅
ˆ ( )
x= +y b y y−
σ
vb var( )
var( ) b x
= y
var( )
22 2var( )
(1 )
v v
y y
x σ
σ
= −
+
xˆ
y
b[ HH 2 HV VV]T
k= S S S
のように構成される。
(式Ⅲ-5)
ここでの“*”は複素数の共役転置を示す。式Ⅲ-5 の共分散行列はエルミート行列とな る。その対角線上にある各偏波強度値に対して乗算ノイズモデルが適用できる(Lee, 1987)。しかし,偏波間の位相成分を含む非対角線エレメントは,乗算及び加算ノイズモ デルのどちらにも適用することができない。
偏波間の正し関係を保つ為に共分散行列方式のデータを用いる。式Ⅲ-2 と式Ⅲ-3 に従 って,移動ウィンドーの中央におけるピクセルの共分散行列に対してフィルタ処理を実施 する。式Ⅲ-2 を共分散行列の式に直すと,式Ⅲ-6 となる。
(式Ⅲ-6) ここでの は,選択された非四方形ウィンドーの中のピクセルから算出された局所平均 共分散行列である。
Ⅲ-2-2 フィルタ処理の手順
(1)スペックルノイズレベルの推定
図Ⅲ-1 において,lake_1とlake_2 と名づけた湖水面が一様的な性質を持つエリアだと 考えられる。これらのエリアではノイズが受信信号から独立で無相関と仮定する。ピンク 色枠の lake_1 エリアはファー・レンジに位置し,ファー・レンジデータのノイズレベル の推定に用いる。赤色枠の lake_2 エリアはニア・レンジに位置し,ニア・レンジデータ のノイズレベルの推定に用いる。
(式Ⅲ-7) ここで, は一様的なエリアの標準偏差であり, はエリア平均である。
lake_1 エリアでは, 大きさ 66×66 のウィンドウを用いて 75 箇所の模様なし湖水面の 局所平均及び局所共分散を算出した。その結果は図Ⅲ-4 に示し,同じニア・レンジにあ る紫色枠の森林地域データのノイズレベル として用いる。L バンドの全電力データの は 0.5113 となり,この値は HH,HV 及び VV 偏波データの 値より小さい(図Ⅲ-4 参 照)。
lake_1 エリアと同じように, 大きさ 60×60 のウィンドーを用いて lake_2 エリアから 15 箇所の模様なし湖水面の局所平均及び局所共分散を算出した。その結果は図Ⅲ-4 に示 し,同じファー・レンジにある水色枠の山岳地域データのノイズレベル として利用す る。
ˆ ( )
C C b C C= + − C
var( )
v
y σ = y
var( )y y
σv
σv
σv σv
* * *
* * * *
* * *
2
2 2 2
2
HH HH HH HV HH VV
T
HV HH HV HV HV VV
VV HH VV HV VV VV
S S S S S S
C kk S S S S S S
S S S S S S
⎡ ⎤
⎢ ⎥
= = ⎢ ⎥
⎢ ⎥
⎢ ⎥
⎣ ⎦
図Ⅲ-4 Lake_1 エリアにおける JPL/AIRSAR L バンドデータのスペックルノイズの特性
表Ⅲ-1 Lake_1 及び Lake_2 エリアにおけるスペックルノイズレベルの推定
SigmaV Lake_1 areas (near range) Lake_2 area (far range)
AIRSAR HH HV VV Total Power HH HV VV Total Power
C-band 0.5179 0.4830 0.5263 0.4335 0.4839 0.4792 0.5109 0.3234 L-band 0.5608 0.6265 0.5636 0.5294 0.5701 0.5886 0.5981 0.5113
b
lake_1 及び lake_2 エリアのノイズレベル の推定結果は表Ⅲ-1 にまとめた。表Ⅲ-1 から,C バンドのノイズレベル が L バンドより低い。同じバンドで全電力データの が各単偏波データ(HH,HV,VV)より低い。各偏波の特性を保つ為に全電力データから求 めた はフィルタ処理に用いる。
もし模様なしの一様的に分布しているエリアが画像上に存在しなければ,0.5 と言う理 論値が実データから推定される の換りに利用することが考えられる(Lee, 1986)[15]。
(2)局所移動ウィンドウサイズの選定
7 ライン×7 ピクセルウィンドウの設定と類似し,5×5 ウィンドウ及び 9×9 ウィンド ウのフィルタが同じルールで構成される。5×5 ウィンドウのフィルタ構成が図Ⅲ-5 の (a)に示した。先ず,左上から 3 ライン×3 ピクセルのサブウィンドウを選んで 9 ピクセ ルの平均値を算出する。次にこの 3×3 サブウィンドウが右へ 1 ピクセルを移動して次の 平均値を算出する。水平移動と同じように 3×3 サブウィンドウが上から下へ 1 ピクセル 毎に移動して,それぞれの 3 ライン×3 ピクセルの平均値を算出する。最終的に9つ 3×3 サブウィンドウから 9 個の平均値が算出され,3×3 の平均値行列が作成される。この 3×3 平均値行列がエッジ方向の検出に利用され,図Ⅲ-2 に示す 7×7 ウィンドウと同じ ように非四方形のフィルタウィンドウを決める。5×5 ウィンドウにおける非四方形のフ ィルタサイズは 15 ピクセルとなる。
9×9 ウィンドウのフィルタ構成が図Ⅲ-5 の(b)に示した。左上から 3 ライン×3 ピクセ ルのサブウィンドウを選んで,右及び下へ 3 ピクセル毎に移動して 3×3 の平均値行列を 作成する。9×9 ウィンドウにおける非四方形のフィルタサイズは 45 ピクセルとなる。
図Ⅲ-5 5×5 ウィンドウ(a)及び 9×9 ウィンドウ(b)における 3×3 平均値行列の作成
(3)共分散行列データのフィルタリング
式Ⅲ-3 と式Ⅲ-6 に基づいて,共分散行列の各エレメントに対して同じ非四方形ウィン ドウを適用し,同じウエイト をかけて処理する。スペックルノイズフィルタを評価す る為に2箇所の JPL/AIRSAR ポラリメトリック画像をフィルタ処理した。図Ⅲ-6 の(a)が 北海道樽前山周辺におけるサイズ 700 ライン×700 ピクセルの元画像(B:G:R = C バンド全 電力:L バンド全電力:L バンド HH 偏波)を示す。エッジの保存効果を検証する為に,比較
a. 5×5 window
b. 9×9 window
b σv
σv
σv
σv
σv