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第 6 章 :日本語とペルシア語の「身」を含んだ慣用句の対照

6.1.2 ペルシア語の場合

一方、日本語の「身」に対応するペルシア語の「身」が、ペルシア語では何を意味し ているかを『Farhang-e Moīn』『Loqat nāme-ye Dehxodā』『Farhang-e Fārsye Amīāne (ペル シア語俗語大辞典)』『Farhang-e Amīd』といったペルシア語辞典を参考にした上で、次 のようにまとめる。

ペルシア語の場合、人間の体を指す言葉には、「ﻥﺪﺑ/badan/身・体・肉体・身体」「ﻦﺗ/tan/

体・身体」「ﻢﺴﺟ/jesm/体・肉体」「ﻡﺍﺪﻧﺍ/andām/体」「ﻪﺜﺟ/jose/体・体格」「ﺮﮑﻴﭘ/peykar/体・肉

体」「ﺪﺒﻟﺎﮐ/kālbad/身体」「ﻪﻨﺗ/tane/体・身体」「ﺐﻟﺎﻗ/qāleb/肉体」という言葉が挙げられる。

しかし、それぞれが日本語の「身」とは大きく違い、身体的かつ肉体的な意味のみを表 し、抽象的な観点から捉えられないと思われる。実際に、ペルシア語では、「身」の肉 体的な側面と抽象的な側面が区別され、それぞれが独立的に名づけられている。そのた め、上述のペルシア語の言葉が日本語の「身」と完全に対応するとは言い難く、また慣 用句表現の中に現れることが非常に少なくなっている。しかし、ペルシア語においては、

「ﻥﺎﺟ/jān」という言葉があり、日本語の「身」の抽象的な側面とある程度対応している

と言える。次にそれぞれの基本的意味と派生的意味が辞書でどのように記述されている かを見てみょう。

【「

ﻥﺪﺑ/badan

」の基本義】

『Farhang-e Moīn』では、「ﻥﺪﺑ/badan/身・体・肉体・身体」とは「生きている人間や他

の生物の体。身体。体。肉体」と定義されている。この定義によれば、「ﻥﺪﺑ/badan/身・

体・肉体・身体」は頭から足までをまとめていう語である。それに対して、『Farhang-e

Dehxoda』では、「ﻥﺪﺑ/badan/身・体・肉体・身体」とは「頭以外の全身」とあり、「ﺮﺳ/sar/

頭」を「ﻥﺪﺑ/badan/身・体・肉体・身体」と区別としている。

【「

ﻥﺪﺑ/badan

」の派生義】

1.衣服の胴体を覆う部分。身丈。19F20 2.容器、機械やものの本体の部分。

「ﻭﺭﺩﻮﺧ ﻪﻧﺪﺑ/badan-e-ye xodro/車体」

「ﻊﻤﺷ ﻪﻧﺪﺑ/badan-e-ye šam‘/ろうそくの本体」

「ﺖﺧﺭﺩ ﻪﻧﺪﺑ/badan-e-ye deraxt/木の幹」

【「

ﻥﺎﺟ/jān

」の基本義】

1.身体がそれによって生きている力。

2.魂。霊魂。精神。

【「

ﻥﺎﺟ/jān

」の派生義】

1.我が身。自分自身。

.ﻦﮐ ﺹﻼﺧ ﺍﺭ ﺖﻧﺎﺟ،ﺮﻴﮕﺑ ﻕﻼﻁ ﺵﺯﺍ azaš talāq begīr,jān-at rā xalās kon.

彼と離婚して、身を解き放って!

20 これが古典ペルシア語で使用されていたが、現代ペルシア語では使われなくなり、その変わ

りに「ﻪﻨﺗ/tane/体・身体」が使用されている。例として、「ﻪﻨﺗ ﻢﻴﻧ ﺖﮐ/kote nīm tane/半身コート」

(『Farhang-e Fārsye Amīāne』:361)

2.体、身体

.ﺪﻧﺩﺮﮐ ﻦﻴﻟﺎﻣ ﻭ ﻦﻴﻧﻮﺧ ﺍﺭ ﺶﻧﺎﺟ ﻡﺎﻤﺗ ﺪﻨﺘﺧﺍﺪﻧﺍ ﺮﻴﺗ ﻭﺍ ﻑﺮﻁ ﻪﺑ ﻪﮐ ﺲﺑ bas ke be taraf-e ū tīr andāxtand tamām-e jān-aš rā xūnīn va mālīn kardand.

彼/彼女はあまりにも銃弾を浴びすぎたため、全身を血だらけにされていた。

(『Farhang-e Fārsye Amīāne』:361)

3.体格。体力。力

.ﺩﻭﺮﺑ ﻩﺍﺭ ﺖﺷﺍﺪﻧ ﻥﺎﺟ،ﺖﻠﮑﺳﺍ ﮏﻳ،ﺩﻮﺑ ﻥﻮﻏﺍﺩ ﻭ ﺏﺭﺩ ﯽﻠﻴﺧ xeylī darbo daqūn būd,yek eskelet,jān nadāšt rāh beravad.

(彼/彼女は)とても具合が悪く、歩く気力がない骸骨のようだった。

(『Farhang-e Fārsye Amīāne』:361)

4.親愛な気持ちを表す。親愛な者。可愛い人

ﻥﺎﺟ ﯽﻠﻋ ؛ ﻥﺎﺟ ﻪﭽﺑ ؛ ﻥﺎﺟ ﺭﺩﺍﺮﺑ barādar jān, bače jān, alī jān

親愛な兄、親愛な子供、親愛なアリー

5.呼びかけに対しての愛情のこもった返事として

ﺎﺑﺎﺑ : ﻡﺩﺮﮐ ﺍﺪﺻ (ﺎﺑﺎﺑ ِﻥﺎﺟ ﺎﻳ ) ﻥﺎﺟ :ﺖﻔﮔ sedā kardam: bābā

goft: jān ( ya jan-e bābā) こう呼びかけた:お父さん!

こう言った:(はい)私の愛しい者!

(『Farhang-e Fārsye Amīāne』:361)

6.疑問符

人の声が聞こえづらい場合は疑問符として使われ、もう一度、言ったことを繰り返し てという意味を表すためにも用いられる。

.ﻡﺪﻴﻨﺸﻧ ﺖﺳﺭﺩ،ﺪﻴﻳﻮﮕﺑ ﺮﺗﺪﻨﻠﺑ ؟ﺪﻴﺘﻔﮔ ﯽﭼ ؟ﻥﺎﺟ jān?čī goftīd?bolandtar begūīd,dorost našnīdam.

何ですか?何と言いましたか?大きい声で言ってください。きちんと聞こえなかった。

(『Farhang-e Fārsye Amīāne』:361)

上述したことをまとめて見ると次のようになる。日本語の「身」が「全身」を指すに 対して、ペルシア語では、「ﻥﺪﺑ/badan/身・体・肉体・身体」は「ﺮﺳ/sar/頭」を含まない。

つまり、「頭」と「体」が区別されている。

そして、日本語の「身」とペルシア語では二つの語、つまり、「ﻥﺪﺑ/badan/身・体・肉 体・身体」と「ﻥﺎﺟ/jān/生命・命・魂」が対応する。

両言語では、機器や品物の本体部分と人間の体の類似さに注目され、「身」の形など から、メタファーによってそれに類似した「容器の本体」や「衣服の胴」への意味拡張 されている。また、「身」や「ﻥﺎﺟ/jān/生命・命・魂」から、メトニミーに基づいて「自 分」への意味拡張は共通している。しかし、日本語のメトニミーによる「身から地位・

身分・分際へ」「身から立場へ」「身から身持ちへ」「身から誠心へ」「身から身振りへ」

「身から金銭へ」「身から自称へ」「身から対称へ」のような意味拡張はペルシア語の

「ﻥﺎﺟ/jān/生命・命・魂」の表現では存在しなく、日本語特有の意味拡張であると言え る。

一方、ペルシア語では「ﻥﺪﺑ/badan/身・体・肉体・身体」の場合は、意味拡張はわずか で、基本義から「衣服の胴体を覆う部分」「身丈と容器、機械やものの本体の部分」の みに拡張する。「ﻥﺪﺑ/badan/身・体・肉体・身体」に比べて、「ﻥﺎﺟ/jān/生命・命・魂」の意 味拡張が多い。その中で「ﻥﺎﺟ/jān/生命・命・魂から体格、体力、力へ」「ﻥﺎﺟ/jān/生命・

命・魂から親愛な気持ち、親愛な者へ」「ﻥﺎﺟ/jān/生命・命・魂から愛情のこもった返事

へ」「ﻥﺎﺟ/jān/生命・命・魂から疑問符へ」の意味拡張がペルシア語特有であり、日本語

にの「身」の意味拡張では見当たらないことである。

6.2

「身」を含んだ慣用句の意味分析

本節では、まず、本稿で行った日本語における慣用句の分布調査のデータで使用され た日本語の「身」に関する慣用句を表5でまとめ、そして、様々な慣用句辞典や調査に 使用したデータの中から例文を提示し、その意味において、メタファーやメトニミーが どのように関わっているかを考察する。そして、その日本語の「身」に対応するペルシ ア語の慣用表現を、具体的な例文を提示しながら分析する。まず、調査したデータで使 用された日本語の「身」に関する表を見てみることにする。

<表6> 日本語慣用句の分布調査のデータにおける使用されていた「身」の慣用句21 身から~ 身が~ 身に~ 身の~ 身も~ 身を~

身 か ら 出 た 錆さび

身が入る❋

肩身が狭い

身に覚えが ない❋

身に沁みる

身に付く❋

身に付ける

❋ 身になる

身の置き所 がない

身 も 蓋 も な い

身を誤る❋

身を固める 身を切る 身 を 切 ら れ る

身を削る 身を沈める 身を捨てる 身を立てる 身を縮める 身を挺する 身を投ずる 身を投げる 身を引く❋

身を潜める 身を任せる 身 を 持 ち 崩 す

身を以て 身を焼く 身を寄せる