・留意点
・作業中での関わり
・妄りに幼児の工作を 攻撃しない
・大まかな製法の説明の後 直に工作に取りかからせ
る
・監視、訂正、指示の徹底 ト
・指導の取り扱い 監視は工作の進行状況 に応じた指導を行うた めの状況把握とする 訂正は幼児の製作物の 欠点を指摘するのでは なく、奨励する視点に 立つこととする 指示は必要の時期に達
して初めて行う
「(一)模範に因る製作」では保育者が提示し、作らせようとする工作物が幼児の製作 能力を顧みず、作品の出来具合や保育者の一挙一動を模倣することに終始する保育活動は、
子ども本来の活動ではないとの反省に立った。そして、その指導法として考えられたのが この「半自由製作3の指導法である。この幽幽法では当然、模倣的製作に終始するのでは なく、必要な注意や条件提示の他は保育者の干渉は最低限に押さえ、子どもの自作独行を 重視する保育法となる。この立場に立って保育の展開を見る時、その視点は子どもの進行 を見定め、必要な時以外の指示はなるべく控えることを明確に要求するのである。つまり 必要最小限の訂正は行うが、活動する申で製作される工作物は幼児の工作であり、教師の 工作ではないとの立場からの指導を厳守するものである。
「(三)全然自由なる自己工作iの場合
和田が提唱した磁戯的手工指導法」の中で、この駒己工作」を理想の指導法として
いる。
・誘導
・何を作るかは幼児 の自由に一任する
/一イ鞠
。作業の進行
・僅少なる指導又は 全然指導なき自己 活動での製作活動
・指導の取り扱い
e評緬は幼児の製作意 欲や製作態度、工夫 した点に向け製作物
に対して奨励はしな
い
この指導法を支える視座は、一元的な活動や作晶の出来上がり具合に視線を向けること を第一義にするのではなく、各子どもの発達や能力差を考慮して、自由に製作活動を行わ せることに主体が置かれる。この指導法は和溝の理想とするところであり、和田が主張す る墜戯的手工法は教授課程にあらず」に添った形で、保育が構想され、作業の進行も保 育者の介入を必要最低限にし、子ども主体で行われるところに価値を求めている。
「吾人は興味を以て基礎として居る遊戯的活動をば徒に勤労化して基礎なく興味なき努 力の偶像たらしむることは寧ろ極めて有害なことであると思ふのである。何となれば欺く の如き不自然なる勢労の結果は決して興昧と努力とを結合せる自発的勤勉と云ふものを養 成する必然の順序と見ることは出来ない」55>という活動観、そして喉育者は専ら適当な 配合に於て諸種の材料を給与することに腐心して妄りに干渉してはならぬ。何となれば此 時が真に自由なる遊戯、熱心なる作業、神聖なる自発活動の実現である」56)とするところ に価値を置く視点は、和田独自の視点であり、過去にみられなかった視点であるといえる。
以上のような和田の具体的提言の根底には、保育改良の企てと共に保育者の力量を向上 させようとする稲田の意図を伺うことができる。
和潤の「遊戯的手工」における指導は以上のような三形態とするが、その動機付けにお いては、あくまでも題材を提示するのではなく「幼者をして長者の工作を観察せしめ其製 作者を給与して存分に鑑賞せしめて以て間接に工作の興味を培養し簡易なる製作的手続を 無意識的に知らしむるは策の得たるものなりとす」57)というように、作りたくなる環境を 設定することに主眼がおかれ、幼児の自発的な動機付けを前提として構成されたのである。
(3)和田実の提唱下における幼稚園の実践
この項で資料として取り扱う記事は「婦人と子ども」誌に連載された「幼稚園に於ける
幼児保育の実際」(第9巻第5号)、拗稚園に於ける幼児保育の実際」(第9巻第6号)、y幼 稚園に於ける幼児保育の実際(承前)」(第9巻第8号)と題する現場からの実践報告であ る。投稿者は喋女史」となっており、氏名は不明である。また、ここに報告された実践 が行われた園名も「某幼稚園」とされており、不感であるが、しかし、その報告書の中に
「附添を離さしむる様仕向けたり」58)と記されていたり、「手技の配当は保育要項により」
59)凾ニ記されていることから、附属幼稚園の事例報告であると推測できる。和田はこの時 期、附属幼稚園職員として、園に深く関与する立場にいた。
①某幼稚園における手技項Rとカリキュラム
この「幼稚園に於ける幼兜保育の実際」の冒頭において「是は某幼稚園に於ける最少幼 児一組を担任せる某銑が一年問の受持幼児の保育状態を概括して記述したるものにて実際 家の参考ともならんかと薙に掲載することsせり」60>と付記されていることから、当時の 保育界の状況を語る実践報告であるといえる。
また、その保育内容から、品物を取り扱った形での保育の形態をみることも可能であり、
東が試みた恩物を解体した保育、そして、和田が提唱した教材改良の具体的形が記述され ている点で、和田の提唱する「遊蜘を核とした保育活動を示す資料とすることができよ
う。
また、「本編完結の上は順次二の組一の組等年長者の保育状態をも続載する予定なり」6圭)
とされているが、最年少幼児一の組(3歳児)の事例が第9巻第5号に掲載され、続いて、
第9巻添6号にこの組(4歳児)、第9巻第8号に三の組(5歳児)の:事例が掲載されて
いる。
この項では、連載された一の組、二の組、三の組の報告から、各組の保育実態を明らか にし、粕田の編集下における当時の造形の形を後付けることにする。
(ア〉保育事項の時間配当
「幼稚園に於ける幼児保育の実際」62)は一の組三歳箆の保育時間配当表を中心に報告さ れており、その内容は「一 幼児」「二 保育事項の時間配当」「三 各保育項目の題目及 び順序」「四 各課目申保育に用いたる事項の題目及順序」「五 保育の方法及成績の大要」
で構成されている。
この拗稚園に於ける幼児保育の実際」に記載された一の組(三歳児)の入園当初、一
学期、二学期、三学期の時間配当表をみてみよう。
〈明治41年4月13日より〉
この時間配当は4 月13臼からのもので あると記載されてい るように分刻みで課 目が編成されてい る。この分断みで保 育が行われる理由と して「兎に角幼稚園 に馴れしめんことを つとめたり」を最優
先事項としていることにより、f六球、積木を貸し絵を見せて遊ばしめまた、子供の知れ る唱歌を唱はしめなどして」と、目先を変えて、幼児を園に馴らすことを目的とする編成 となっている。
月 火 水 木 金 土 9時より 会集参観 同 同 同 同 同 9時10分前り 内遊 同 同 同 岡 岡 9時20分より 外遊 同 同 同 同 同 10時より 積木 談話 画方 積木 六球 摺紙 10時15分より 外遊 同 同 同 同 同 11時前り 食事 同 同 同 同 帰仕度 零時30分より 帰仕度 同 岡 同 同
〈明治41年4月27Mより〉
月
火 水 木 金 土
9時より10時 会集 会集 同 同 同 同 20分まで 内遊 外遊 内遊 外遊 内遊 外遊
外遊i 唱歌 外遊 唱歌 外遊 唱歌
自10時2◎分
鞄ィ時35分
積木 画方 談話 積木 画方 摺紙
自10時45分 梶I1時
外遊 同 同 同 岡 同
自!1時 食事 同 岡 同 同
帰仕度 自零時30分 帰仕度 同 同 同 同
先ず、時間配当をみ ると各項霞の活動時間 が、入園当初に比べ、
長時間に設定されてい る。そして、同じ設定 時閥であっても、その 活動内容を変化させて おり、子どもの園生活 の充実を考慮した配当
となっている。特に六 球が除外され、積木が 増えている。
〈明治41年5月16田より〉
月 火 水 木 金 土 凝集 同 同 同 同 同 8時3◎分より
X時40分迄 内遊 唱歌 内遊 唱歌 内遊 唱歌 外遊 同 同 同 同 同 自9時婆0分
鰍P0時
積木 画方 談話 積木 画方 摺紙
自10時 梶I0時40分
外遊 同 岡 岡 同 岡
10時4◎分より 食事 同 同 同 同 帰仕度 12時より 帰仕度 同 同 同 同
この5月16欝より始業i時 間が30分轟くなっている。
従って登園時の遊びの時間 が多くなっている。また、
季節を意識してか、外遊び の時間が多く設定されてい
る。
〈明治41年9月21日より同10月24露〉
月 火 水 木 金 土 自8時30分
鰍X時40分
会集 隅 同 岡 同 面 燉V 唱歌 内意 唱歌 内意 唱歌 O遊 同 同 岡 岡 同 自9時40分
鰍P0時
積木 画方 談話 積木 南方 三冠
自10時 鰍P◎時30分
外遊 同 同 同 同 同
額1G時半 食:事 同 岡 同 同 帰仕度 自零時30分 帰仕度 同 岡 同 同
この保育配当 表は前表とほぼ 同様であり変化 はみられないが、
降園誌面が30分 繰り下がってい る。そして、表 には掲載されて いないが10月26
$から12月24ヨ の間の金曜爲の画 才は板排べと隔週交互に配当すると記されている。
〈明治42年11月11日から3月30目〉
月 火 水 木 金 土 会集 同 同 同 同 岡 自9時
鰍P0時半 内遊 唱歌 内遊 唱歌 内遊 談話
この時間配当表で は積木の時間が減と なり、代わりに「板