• 検索結果がありません。

ソムの学校に通う意義

第 4 章 小規模民族学校による文化継承の役割

第 2 節 統廃合されなかった要因の分析

二. ソムの学校に通う意義

76

と若者は漢化の影響であまり民族語を話さなくなっているという。A ソムの近くは民族 学校がなく漢民族学校が多いため、それに影響されている可能性がある。民族意識が強い 人は民族学校が遠くても、子どもをその学校に行かせる人もいる。しかし、子どもを遠く の学校に行かせたくない場合は近くの漢民族学校を選んで、そこに子どもを通わせるこ ともある。近くに民族学校がないと、やむを得ない場合には漢民族学校を選択することが あり、それによって民族文化の継承ができなくなるのはいうまでもない。

(二) 寄宿する必要がない場合の家庭教育の充実

牧畜地域の牧民が自分の子どもに持っている希望などもよく理解できますよ。全て ではないが、自分自身で経験したことがあるからある程度理解できます。学校に通わ せるため牧民たちは自分の子どもを五、六歳から学校以外の寄宿できる家に住ませ て学校に通わせます。しかし親元を離れた幼い子どもが、心身ともに健康的に成長す るかどうかは誰も分かりません。寄宿先の人が下宿している子どもを自分の子ども みたいに愛して、世話をすることはできないと思いますよ。例えばちゃんと子どもの 面倒をみることができても、本当の父母みたいに指導ができるとは誰も保証できな いでしょう。家庭教育が欠落して、悪い道を選ぶ生徒も少なくない。これらを考慮し てもやっぱり牧畜地域に学校が必要です。(L校長の話)

L校長は、子どもが寄宿家に暮らしながら学校に通うことを心配している。L校長は、

子どもに対する愛は実の父母に替えられるものはないと考えている。なので、子どもが寄 宿生活をせず実家から通えば、子どもが父母からの愛情を受けることができ、日常生活の 中できちんとした家庭教育を受けることができる。従って、ソムには学校が必要であると いう。ソムに学校があれば、子どもは両親と一緒に住むことができ、日常生活の中で親か らのしつけを受け、家庭教育が深まっていくという。

幼い頃から学校を統合させて教育するのは、子どもの心身の健康に良くないです。

幼稚園のこどもは 4 歳、5 歳のときから親から離れたら、愛がなくなってしまいま す。幼い頃から、別の人の家で生活して、保護者が会いにいく時子どもは「道路があ まり良くないから、来なくてもいいですよ、お金を送ってくれればいいです」とい う。保護者も「お父さん、お母さんは今忙しいから、お金を送ってあげるよ」と言っ て子どものところに行かないです。彼らは学校が始まり、子どもを旗に行かせると、

子どもが嘘ついているかも物を盗んでいるかも分かりません。学期末になったら都 市から迎えに帰ります。(G校長の話)

G校長は子どもが都市の学校に行った後、親との接触が少なくなり、更に毎月の生活費 をもらう時の交際だけで、親子の愛情は徐々に距離を感じるようになっていると考えて いることがわかった。また、子どもたちは幼い頃から都市で成長しているため、故郷への 感情が薄くなっているという。親も家の生活で精一杯になっているので、子どもの成長に 目を配れなくなり、子どもの生活に必要なお金を送ってさえあげれば、任務を達成したと いう様になっている。学校統廃合後、親子の間はお金のやり取りが主な交際になってきた という。こういう状況のもとで、G校長は故郷が好きになるどころか、親もあまり好きで はなくなっていると学校統廃合を批判的に指摘している。

78

(三) 遊牧地域に適さない学校統廃合

学校統廃合について、Zソムの学校関係者と牧民は以下のように見ている。

なぜ他の学校と合併しなければならないのか、私も不思議に思っていました。ここ でこんなに良い条件の学校があるにも関わらず、なぜ他のところの寄宿学校に子ど もを行かせなければならなかったのか私もよく分からなかったです。あの時は本当 に泣いてしまいました。何でこんなにいい学校を棄てて行くのか。今考えてみれば、

国が統廃合政策を実施した目的は、学校を統合させることを通じて国の財政費用を 節約し、学校を統合すれば、児童生徒により良い教育を受けさせられるためだと思い ます。しかし、この政策が全ての地域に適しているわけではないと思います。(L校 長の話)

学校統廃合した当時、L 校長がなぜ学校を統合したのか分かっていなかったことから、

政府側から、当時学校の教師にも説明がなかったことが考えられる。L校長は、今になっ てこの学校統廃合政策の実施目的をわかってきたが、それでも学校統廃合は牧畜地域に は適していないという。

M 副校長は「学校統廃合が失敗した後、現在ソムにまた学校を建てています。」とい う。M 副校長の話のように、学校を一度廃校したにも関わらず再建していることから、

牧畜地域には学校統廃合政策が合わず、この政策が失敗したことを意味しているといえ る。学校を再建しているということは、やはり近くに学校が必要だということだろう。

学校統廃合は牧畜地域にはあわないですよ。私たちの牧畜地域は、学校があるハイ ラルとエウェンキ旗からかなり距離があります。でも学校統廃合を農業地域でやっ たら適するかもしれないです。あそこは人が密集して住んでいるから、学校にも行き やすいと思います。(F牧民の話)

F牧民は、学校統廃合政策は人が密集している場所にはあうかもしれないが、牧畜地域 のように人が分散して暮らしているところには合わないという。Zソム以外、ソムの近く は民族学校がないので、もしA学校がなくなったら、牧民の子どもはZソムから遠く離 れている旗や市の民族学校にいくしかない。そのため、学校統廃合が牧畜地域には適さな いという。

ここは牧畜地域であり、私たちは分散して生活しています。私たちの牧畜地域は 冬になったら、雪ばかり降って、道路が雪に覆われ、子どもの通学が困難になりま す。統合は農村地域には合うが、牧畜地域には合わないです。学校統廃合を全国の 範囲で行いましたが、内モンゴルでは良くなったところはあまりないです。(G 校 長の話)

G校長によると、牧畜地域では牧民が分散して生活しており、季節の変化に伴い、子 どもの通学が困難になるという。例えば、雪が降ったら交通が不便になる。

(四) 民族文化授業の設置

学校の民族特色がある授業をM副校長は以下のように話している。

私たちの学校は2010年からモンゴル将棋の授業を開催しています。モンゴル将棋 を学校課程に導入して、今は一年生と二年生に民族特色のあるゲームを遊ばせると 同時に、その将棋に刻んであるモンゴル族の人物及び牧畜生活にある五家畜を学ば せています。

モンゴル将棋は以前の学校のカリキュラムにはなかった。民族教育が重視されるに伴 い、民族地域に民族の特色がある授業を学校課程として導入することができるようにな った後、地域の学校の状況によって、バトキンやモンゴル将棋などの民族特色がある授業 が導入された。そして、A学校は2010年からモンゴル将棋を学校課程の一つとして教え ているという。モンゴル将棋の授業はすべてのクラスに設けられているのではなく、主に 一年生と二年生に向けての授業だという。M 副校長はモンゴル将棋の授業を通じて、牧 民の日常生活の中の五家畜の名前を覚えさせ、遊びの中で、民族の文化を身につけていく という。こういう授業を導入することを通じて、学校教育の中で民族文化の継承が実現さ れている。モンゴル将棋は、牧民の生活によく触れる五家畜と深い関係があり、更に駒に 描かれている人物や動物の名称はモンゴル族の歴史で使われる言葉が多く、子どもの民 族歴史についての興味を育成する手助けをしていると考えられる。

モンゴル将棋の将棋盤はチェスと似ている。交互に配列された六十四個の小格子から なり、マスの色は黒と白に分けられる。盤は板や布、紙に描かれることが多い。モンゴル 将棋から民族特色をうかがうことができる。草原の牧民の生活を十分に体現している。例 えば、強者を英雄にして、「諾顔」をモンゴルの王様や牧人が馬に乗る姿に刻む。「哈騰」

は虎やライオンなどの獰猛な動物を使う。「杭蓋」は車である。運送用の絞首車や単独の 馬が引く有人用の棚車に彫刻する。「特麼」はラクダのイメージで、凶暴な雄ラクダもい る。「馬」は走る馬、歩く馬と母子馬などがある。そして八個の「厚烏」という駒がある。

モンゴル将棋の多くは草原牧民が自分で彫刻して作っている。駒の材質は木である。杏木 や白檀などの木材を使っている。駒の形は生き生きしていて、表情はそれぞれ違っている

3。モンゴル民族の民間職人の豊かな想像力と優れた彫刻の技術を反映している。

このような民族の文化を含むモンゴル将棋を学校で教えられるようになったのは、一 つの民族文化を学校で継承することが実現できるようになったということが出来る。

2015年に、中央政府は「教育の質を高めることを重点として、民族地区の中小学校理 科教育の質向上計画を実施し、教育課程と教育改革を深め、国家課程を揃え、民族特色の ある地方課程と学校課程を開設する。」4と打ち出した。この政策が出された後、近年中 央政府は民族団結というスローガンを提唱している。その影響を受け民族学校は民族団 結のため、回廊で56民族の風俗習慣を紹介し、バトキン、四胡、モンゴル将棋などを学 校課程に組み入れている5。しかし、それが本当の民族文化を発展させるためか、それと も国家統合、国家安全のため設けているのかは深く考えさせられるものである。

関連したドキュメント