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シンガポール憲法の「硬性憲法」化

ドキュメント内 【論文の要約】 氏名: (ページ 79-92)

第5章 「政党国家」的条項の作用と議会制の安定化を期待する憲法体制 はじめに

第4部 PAP政権の確立・安定期における憲法体制 第6章 「近代立憲主義」的憲法典の成立とその展開

2 シンガポール憲法の「硬性憲法」化

(1)「1980 年リプリント憲法典」における「硬性憲法」化

シンガポール分離・独立後の憲法体制構想・整備過程は、政治権力の法的制限という立憲主義の視 点から見ると、その前提をなす政治権力確立の段階を経て、政治権力を制限する要素が漸次付加され ていくという傾向を示すことになる。すなわち、憲法改正手続の硬性化は、一党支配体制確立後にお けるPAP政権の安定化と表裏一体の関係にあり、シンガポールの成文憲法は、分離・独立以降、「1980 年リプリント憲法典」公布に至る15年の間に、「軟性憲法」から出発して、漸次「硬性憲法」的要素 が付加され、最終的には「硬性憲法」化するという変遷を辿った。

シンガポールにおける憲法改正手続の硬性化は、1965年の分離・独立後から1979年までは、例外 的に、1972 年の「憲法(改正)(シンガポール共和国の主権の保護)法」の成立によって部分的に....

実 現された。すなわち、シンガポール共和国の主権の保護に関する憲法第2B部を改正するための法案 は、国民投票において、国会選挙法に基づき登録された有権者の投票総数の3分の2以上の賛成がな いかぎり、国会は可決することができないこととされた(第2B章:52L条)。だが、原則的には、憲 法 90 条「この憲法の規定は、立法府の制定する国会制定法によって改正することができる」(「1966 年リプリント憲法典」90条)という「軟性憲法」的手続が適用されていたのである。

1979年の「憲法(改正)法」(Constitution (Amendment) Act 1979, Act 10 of 1979)は、憲法90 条を改正・「硬性憲法」化し、その内容を下記のように変更した(1979年5月4日成立)。

①「本条および8条(憲法第2B部〔シンガポール共和国の主権の保護〕の改正には、国民投票で 有権者総数の三分の二以上の賛成が必要とされる旨を定める規定:引用者注)に従い、この憲法の 規定は、立法府の制定する国会制定法によって改正することができる。」(憲法90条1項)

②「本条3項に定められた場合を除き、本憲法の規定の改正を求める法案は、第二読会および第三 読会において、国会の総議員の三分の二以上の賛成を得ないかぎり、国会は、これを可決すること ができない。」(同条2項)

③「39条1項(国会の議員数に関する規定―引用者注)で言及されている国会制定法の改正には、

- 80 - 本条2項の規定が適用されない。」(同条3項)

④「本条において、「改正」は、追加および廃止を含むものとする。」(同条4項)

以上の4つの規定は、「1980年リプリント憲法典」では、その5条1項~4項(①:5条1項、②:

同条2項、③:同条3項、④:同条4項)の規定となった。

以上のように、「1980年リプリント憲法典」(5条)は、シンガポール憲法を「硬性憲法」化したが、

その硬性の度合いは、きわめて強いとまではいえない。すなわち、「硬性憲法」について、改正主体 の視点から憲法の硬性度をその方式について分類すると、①議会で決定する方式、②特別の憲法会議 で決定する方式、③国民投票で決定する方式、④議会の決定と国民投票とを連結する方式に分けるこ とができる。「1980 年リプリント憲法典」5 条の定める憲法改正手続の硬性度は、①の方式が通常の 改正の場合に原則的に採用され、③の方式が特定の改正の場合に導入されるというものである。した がって、憲法改正の要件からすれば、シンガポール憲法の硬性の度合いは、④方式を採用する憲法と 比べて“より強い”とはいえないことになる。もっとも、改正の難易度の判定を憲法上の改正手続に だけ求めるのは問題であろう。

憲法改正の面において、政治社会の有機的な変化への適応の途を担保しているのは、成文憲法の定 める手続方式いかんではない。シンガポールの場合、その政治的事情、特に1980年12月23日総選挙 の結果PAPが国会の75議席を独占するという政治的事情が、憲法改正手続の硬性化にかかわらず、

改正をきわめて容易にしている点は明白である。

(2) 憲法 5 条(憲法改正手続規定)の変遷

当該憲法改正手続について定める5条は、シンガポール憲法上、その後、以下のような変遷を辿っ た。

① 5 条から 3 項を削除

憲法改正手続を定める規定(5 条)は、まず 1984 年の「シンガポール共和国憲法(改正)法」

(Constitution of the Republic of Singapore (Amendment) Act, Act 16 of 1984)によって修正さ れ、以下のようになった。

(ア)「本条および第8条に従い、この憲法の規定は、立法府の制定する国会制定法によって改正す ることができる。」(1項)

(イ)「本憲法の規定の改正を求める法案は、第二読会および第三読会において、国会の総議員の三 分の二以上の賛成を得ないかぎり、国会は、これを可決することができない。」(2項)

(ウ)「本条において、「改正」は、追加および廃止を含むものとする。」(3項)

② 一部の憲法規定の改正を拒否する大統領権限について定める規定を追加

憲法改正手続を定める5条は、1991年の「シンガポール共和国憲法(改正)法」(Constitution of the Republic of Singapore (Amendment) Act, Act 5 of 1991)によって修正され、2項の後に2A項 として大統領の権限(自由裁量権)(後述)に関する次の規定が新たに追加された。すなわち、「大統 領が自由裁量で、議長への文書による指示をしない場合には、17条から22条、22A条から22O条ま で、35条、65条、66条、69条、70条、93A条、94条、95条、105条、107条、110条、110B条151 条、および第4部または第11部のすべての規定の改正を求める法案は、国会選挙法の下で登録された 選挙人による国民投票において総投票数の3分の2以上の賛成がなければ国会で可決されないものと する」と定める2A項である。

③ 大統領の改正拒否権限に関する 5 条 2A項を修正

憲法改正手続を定める5 条の2A項は、さらに、1996 年の「シンガポール共和国憲法(改正)法」

(Constitution of the Republic of Singapore (Amendment) Act, Act 41 of 1996)によって修正さ れ、「大統領が自由裁量で、議長への文書による指示をしない場合には、以下の諸規定の改正を求め る法案は、国会選挙法の下で登録された選挙人による国民投票において総投票数の3分の2以上の賛 成がなければ国会で可決されないものとする。(a)本条または5A条、(b)第4部のすべての規定、(c)

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第5部の第1章のすべての規定または93A条、(d)65条または66条、(e)大統領に自由裁量で行うこ とを委任する本憲法上のすべての規定。」という規定内容となった。

3 「1980 年リプリント憲法典」における「憲法の最高法規」規定の創設 (1) 憲法の最高法規性に関する規定

「1966 年リプリント憲法典」52 条は、憲法の最高法規性について、分離・独立前の「シンガポー ル州憲法」52 条の規定を継承して、「本憲法の発効後に立法府が定めた国会制定法で、本憲法に違反 するものがあれば、その違反の範囲内で無効とする」と規定した。

「1980年リプリント憲法典」は、当該規定をその4条の後段とし、新たに「本憲法は、シンガポー ル共和国の最高法規であり」とする規定が、その前段として法務長官によって「リプリント」された。

つまり、憲法の最高法規性を定める「1980年リプリント憲法典」の4条の前段(「本憲法は、シンガ ポール共和国の最高法規であり」)は、憲法を「リプリント」(整理統合)する権限を有する法務長官 によって創設..

され、憲法典に新たに挿入.....

されたものである。以下、この点について述べたい。

(2) 法務長官の憲法上の「リプリント」権限

前述の1979年の「憲法(改正)法」(1979年5月4日成立)は、憲法90条の定める憲法改正手続を 変更して、シンガポール憲法を「硬性憲法」化し、その一方で、憲法93条の定める「憲法の公認リプ リント」に関する規定(「大統領は、いつでも、政府印刷当局者に対して、当該時点において効力を有 しているすべての改正条項を含む本憲法の写しをプリントする権限を与えることができる。また、こ のようにしてプリントされたいずれの写しも、すべての用途のための真正の写しであるとみなされ る」)を変更して、以下のように規定した(「1980年リプリント憲法典」155条1項~5項)。

「155条1項 法務長官は、大統領の委任を受けて、1979年5月4日以降できるかぎり早い時期 に、マレーシア憲法規定のうちシンガポールに適用できるとされた規定と、随時改正されたシン ガポール憲法の規定を整理統合し、一つの合同文書とした形で、シンガポール憲法の整理統合版 リプリントを印刷・発行することができる。

2 項 それ以降も、大統領は随時、法務長官に委任して、その委任の時点で効力を有するすべて の改正規定を編入した最新のシンガポール共和国憲法のリプリント印刷・発効することができる。

3項 本条1項または2項により印刷・発行されたシンガポール共和国憲法のいずれのリプリン トも、当該リプリントに明記された日付から次のリプリントが発行されるまでの期間、有効なシ ンガポール共和国憲法の真正の本文とみなされ、いっさいの法廷審問に付されることはない。

4項 本条1項または2項に基づいてリプリントを準備し作成するに当たって、法務長官は、解 釈法38条により付与される権限に加えて、法律改訂法4条が法律改訂当事者に付与する権限を必 要な変更を加えた形で有するものとする。

5項 本条1項または2項に基づいてリプリントを準備し作成するに当たって、法務長官は、裁 量でもって次の権限を行使することとする。

(a) マレーシアからの分離・独立の結果必要となる修正を加えて、シンガポール憲法とマレー シア憲法の現行規定を合体させる。

(b) マレーシア憲法の中から不要または該当しない規定を除去して、シンガポール憲法とマレ ーシア憲法の章、条および諸規定を再配列する。

(c) 両国憲法に同一事項に関する規定がある場合には、整理統合版リプリント上、当該事項に 関するシンガポール憲法の規定を採用し、当該整理統合版リプリントから重複することになる マレーシア憲法規定を除く。

(d) 一般的に、本条が法務長官に付与する権限の行使により必要とされる、または、その結果 生ずるその他のすべての事項、または、シンガポール共和国憲法の整理統合版リプリントの完 成に必要なすべての事項を行う。」

当該憲法規定に基づき、法務長官は、大統領の委任を受けて、1980年3月31日、マレーシア憲法

ドキュメント内 【論文の要約】 氏名: (ページ 79-92)