第7章 グループ代表選挙区制の成立とその展開 はじめに
3 グループ代表選挙区制の拡張と憲法論上の問題
グループ代表選挙区制の場合、グループ代表選挙区被選挙人団体(グループないし政党)の多種族 主義的構成という要素が重要とされてきた。つまり、立候補グループは、その中にマイノリティ候補 者を1名以上含むという条件を満たさなければならないからである。このことによって、国会の議員 構成における多種族主義は担保されることになった。しかしながら、マイノリティ議員の国会におけ る一定数議席確保という憲法上の要請は、1991年・1996年におけるグループ代表選挙区制拡張によっ て弱められることになる。つまり、4人選出グループ代表選挙区、5人選出グループ代表選挙区、さら には6人選出グループ代表選挙区への選出人数(議席数)の拡張を伴っているグループ代表選挙区選 出議員総数の増加は、必ずしもマイノリティ議員の増加を伴うものではなかった。むしろグループ代
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表選挙区選出議員総数の増加に伴い、マイノリティ議員の数は相対的に減少する可能性が生じた。そ の場合、マイノリティ議員の増加を保障する法令は存在しない。国会におけるマイノリティ議員のグ ループ代表選挙区選出議員総数の増加に伴う一定数議席確保が法的には担保されていなかった。憲法 上、グループ代表選挙区選出議員総数の増加を認める規定改正は行われたが、グループ代表選挙区制 拡張自体....
を正当化し推進する根拠規定はなかった。実際、グループ代表選挙区制の拡張は、非憲法的 理由(たとえば、タウンカウンシル(town councils) ― 1988 年にHDB住宅団地の維持管理等を目 的として設置された住民の自治組織 ― を促進する一助)に基づいて行われている。
こうしてグループ代表選挙区制の拡張には、グループ代表選挙区制における多種族主義的要素から 多数代表的要素への重点移動が見て取れる。とすれば、憲法152条の趣旨(種族的・宗教的マイノリ ティの利益への配慮およびマレー人の利益保護)を尊重し、その要請に応えるべく憲法39A条の定め るグループ代表選挙区制の実態は、グループ代表選挙区制におけるマイノリティ・マレー人への配慮 を欠くものとなり、憲法39A条の定めるグループ代表選挙区制の正当性が問われることになる。
(1) 2011 年総選挙と「Aljunied グループ代表選挙区」における野党の勝利
2011年総選挙の選挙区確定には、そのような問題解決に向けた配慮が窺える。すなわち、2011年2 月24日、「国会議員選挙(グループ代表選挙区の指定)命令」が公布されたが、それによれば、2006 年総選挙では指定されなかった4人選出グループ代表選挙区が2区指定され、6人選出グループ代表 選挙区の指定が3区減らされた。特に注意すべき変更は、グループ代表選挙区選出議員総数には変更 は加えられないままグループ代表選挙区を1区増やしてその総数を15区としたことである。その内訳 は、4人選出グループ代表選挙区を2区、5人選出グループ代表選挙区を11区、6人選出グループ代 表選挙区を2区とするものであった。つまり、グループ代表選挙区総数の増加、6人選出グループ代 表選挙区数の減少、4 人選出グループ代表選挙区数の増加といった方向でのグループ代表選挙区設定 がなされたが、その意味は、候補者グループ内でのマイノリティ候補者の相対的減少防止策という点 にあった。一方、小選挙区選出議員総数については、選挙区確定委員会は、選出議員総数を3人増や して12人(選挙区を3区増やして12区)とし、それに伴う国会議員選出総数を3人増やして87人と
した(【表2】参照)。この小選挙区数の増加については、「1人1票」の原則の視点が加味されたもの
といえなくはない。
2011 年 5 月 7 日、総選挙が行われ,総選挙の結果、グループ代表選挙区では、野党の労働者党
(Worker’Party、WP)が、グループ代表選挙区制導入後初めて「Aljunied グループ代表選挙区」
(5人選出区)において、5議席を獲得した(【表3】参照)。一方、PAPは、国会の87議席のうち 81議席を獲得したが、グループ代表選挙区で初めて1区を失い、無投票で獲得した1区 ― リー・ク アンユー(元首相)の「Tan jong Pagar グループ代表選挙区」(5人選出区)― を含む14区70議席 を獲得した。小選挙区では、PAPが11議席、野党の労働者党(WP)が1議席を獲得した。 2011 年総選挙におけるグループ代表選挙区および小選挙区数の設定においては、多種族主義に消極的な趨 勢に歯止めをかけるべく設定がなされている。そこには、グループ代表選挙区制における多数代表制 的要素への重点移動を抑止することによって、マイノリティ(エスニック・マイノリティ)の意思反 映を担保すべく議席確保の憲法的要請に応えるという意味を見出すことができる。
この総選挙について、朝日新聞社「asahi.com」は、次のように報じている。
「7日投票のシンガポール総選挙は、即日開票の結果、8日未明までに、1965年の建国以来、長期政 権を維持してきたリー・シェンロン首相(59)の率いる与党・人民行動党(PAP)が定数87議席の うち81議席を獲得し、政権継続を決めた。しかし、野党側も建国以来最多となる6議席を獲得。ジョ ージ・ヨー外相(56)と、リム・フィーファ首相府相(52)の現職閣僚2人が議席を失う異例の展開 となった。ヨー外相は辞任する見通し。
PAP得票率は建国以来最低の60.1%にとどまる一方で、野党・労働者党(WP)は46.6%。事実 上の一党支配に対する批判や、変化を求める声が若者や中間層を中心に高まっていることをうかがわ せた。
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総選挙は定数1の小選挙区と、政党別に得票を争い、1位の党が選挙区内の全議席を得る集団選挙 区(4~6人区)で争われた。無投票当選の5議席を除く82議席をめぐり、野党側が建国以来最多の 候補を擁立し、与野党激戦の選挙となった。
アルジュニード集団選挙区(5 人区)では、多様な声を国会に反映することを訴えるWPのラウ・
ティアキアン書記長(54)率いる野党チームが、ヨー外相率いる与党チームに競り勝ち、PAPが集 団選挙区で初めて敗れた。ホウガン小選挙区でも、WP候補がPAP候補を下し、野党勢力は解散前 の2議席から6議席となった。(シンガポール=塚本和人、朝日新聞社、2011年5月8日20時24分)」
(下線は引用者。)
【表3】 [2011年総選挙におけるグループ代表選挙区選挙の結果]
2種のグループ代表選挙区 グループ代表選挙区 名
選出議員数 (議席数)
選挙人数 (人)
全議席獲得 政党名
得票率 (%) マレー人マイノリティ候補を必ず
1人以上含むグループ代表選挙区 (9区)
Aljunied 5 137,604 WP 54.72
Bishan-Toa Payoh 5 116,276 PAP 56.93
Chua Chu Kang 5 153,707 PAP 61.20
East Coast 5 115,802 PAP 54.83
Marine Parade 5 146,913 PAP 56.64
Moulmein-Kallang 4 84,190 PAP 58.55
Pasir Ris-Punggol 6 167,065 PAP 64.79
Sembawang 5 138,280 PAP 63.90
Tampines 5 133,458 PAP 57.22
インド人・その他のマイノリティ 候補を必ず1人以上含むグループ 代表選挙区(6区)
Ang Mo Kio 6 173,410 PAP 69.33
Holland-Bukit Timah 4 87,066 PAP 60.08
Jurong 5 120,735 PAP 66.96
Nee Soon 5 144,027 PAP 58.40
Tanjong Pagar 5 140,048 PAP 無投票
West Coast 5 116,455 PAP 66.57
Source: Singapore Government, Singapore Elections Department, Types of Electoral Divisions、2011 PARLIAMENTARY GENERAL ELECTION RESULTS. 〈 http://www.elections.gov.sg/elections_type_electoral.html, http://www.elections.
gov.sg/elections_results2011.html〉を参照して筆者が作成。
上記の下線部の「政党別に得票を争い、1位の党が選挙区内の全議席を得る集団選挙区(4~6人区)」
制が、「グループ代表選挙区」制であり、野党が初めて議席を得た選挙区でもある。
(2) 2015 年総選挙とグループ代表選挙区選挙の結果
2015年9月11日、シンガポールで総選挙(一院制、国会議員定数89)が実施された。
当該総選挙は、16のグループ代表選挙区(合計76議員を選出)と13の小選挙区(13議員を選出)か ら、合計89名の国会議員を選出するものであった。選挙の結果、与党PAPは89議席中、83議席を 獲得した。その内訳は、グループ代表選挙区では、15選挙区で合計71議席、小選挙区では12議席と いうものであった。これに対して、野党WPは、合計6議席を獲得した。その内訳は、小選挙区では、
1議席を減らして計1議席を獲得、グループ代表選挙区では、2011年総選挙と同様、アルジュニード グループ代表選挙区(5人区)で5議席を獲得した(表4参照)。
この総選挙について、報道機関は、「与党圧勝」という見出しの下で、「PAPの得票率は69・86%
で、過去最低だった前回選の60・14%から大幅に上昇した。建国の父、リー・クアンユー氏の死後初 めての選挙で、建国50年の祝賀ムードも重なり、国の発展を主導したPAPへの支持が広がったとみ られる」と報じた。
本総選挙の結果について、PAPの議席獲得数は前回2011年総選挙とそれほど変わらないが、大き な変化はPAPの得票率が10%引き上げられ、69.9%になったことである。「PAPの惨敗」と評さ れている2011年の総選挙では、得票率は「史上最低」の60.1%であった。
本総選挙の結果については、「故リー・クアンユー氏の弔い合戦」と「シンガポール建国50周年」
という2つの要素が、PAPにとって「追い風」になったとする見方もある。だが、PAPの「ほぼ 完勝」という結果については、「シンガポール国民の現実的な判断の結果」とする見方が妥当である。
すなわち、岩崎育夫(拓殖大学国際学部)教授によれば、「国民の現実的な判断」とは、「もうリー・
クアンユー時代は終わり、これからは政府と国民がきちんと相対しながら、今後の国づくりをどうす