私の虚弱予防(フレイル予防)研究について、まずは総論的な部分からお話ししていきます。
サルコペニアについて理解して頂くためです。
一般市民にとっても身近な指標として BMI(体重を身長で 2回割る)という指標があります。
これは内臓脂肪を中心とした肥満をベースとして個々の動脈硬化危険因子が積み重なるメタボリ ック症候群(以下、メタボ)に準じて、大きな体格の指標として位置付けられたものです。すな
わち、肥満は良くない、すなわち高BMIはまずいという位置づけで国民運動論に完全になったも のであります。よって、このBMIという指標は非常に重要なものなのですが、一方で、このBMI だけでは分からない世界があり、私はそれを「BMI paradox」と呼んでおります。どういうこと かと言うと、前述したように、BMIが高いのは良くないという常識がある訳ですが、それは中年 層(~60歳代くらいの高齢期まで)くらいを中心として構築された考え方です。当然エビデンス も豊富に存在します。しかし、高齢期になると死亡リスクの結果は逆転しており、むしろ(高BMI よりは)低BMIすなわち痩せている方の方が死亡リスクとしては危険が高くなります。つまり、
中年層では肥満な人ほど脳心血管イベントおよび死亡リスクが高くなるのですが、高齢者のデー タでは痩せている方が死亡リスクが高く、逆に小太りはリスクになりにくいというデータになっ ているのです。(下左図)
私の臨床経験上でも、痩せすぎているおじいちゃん、おばあちゃんの方が、血管が硬いです。
血管が硬ければ血圧変動が大きくなり、必然的に脳血管障害が増えてくるというイメージがあり ます。これが、BMI paradoxです。
それを裏付けるのが、右のグラフです。心血管病での死亡と全死亡に関するメタボの有無と死 亡の相関を世代別で見たものです。中年層では心血管病でも全死亡でも、メタボの方で死亡リス クが大きい。ところが60歳以上の集団になると、メタボと非メタボの差がなくなってくるという 結果が示されています。ただ、このデータはもう少しデリケートに解釈する必要があるかもしれ ませんが、とはいえ、中年層で見られるメタボと非メタボの大きな差は、高齢者になると徐々に その差がなくなっていくことは間違いないです。
《サルコペニア》というのは造語で、診断基準としては「低筋肉量(特に四肢)」「低筋力」「低 身体能力」の3つの視点で決めていくことがヨーロッパのグループ(EWGSOP)から出てきてい ます。
加齢変化により筋力や活力が衰えると、日本で は「虚弱」という感じ2文字が使われます。しか し、虚弱という言葉は非常にネガティブな印象な ので、もっとポジティブなイメージの言葉がない かと探しておりました、われわれ日本老年医学会 では昨年 2014 年にこの虚弱という言葉を英単語
Frailtyから引用し『フレイル』と命名し、幅広く
国民の方々に知ってもらおうと声明を出しました。「フレイルとはどこからどこまでを言うのです か」という質問をよく受けますが、医学的な視点でのポイントと、国民運動論として予防してい こうという時のポイントは、実はあえてずらしています。すなわち、医学的に厳格な視点でみれ ば、要介護でかなりの低ADL状態であってもフレイルであることは間違いありません。しかし、
この度の国民への幅広い啓発を視野に入れ、重い要介護状態の一歩手前までとし、ご本人の頑張 り次第で様々な機能が回復し得る可能性を秘めている状態であると位置づけております。それに より、少しでも多くの方が前向きに受け止め、日々の努力を惜しまず継続して頂けるようになれ ばと願っております。
筋力は努力をしている人であっても 60 代くらいから着実に数%ずつは減っていくことが学術 論文として報告されております。特に事故などで 2週間寝たきりの生活を過ごすと、7 年分の筋 力を一度に失ってしまうと言われております。かなり積極的なリハビリをやっても、復活までは 寝たきりの期間の最低でも3倍かかるというのが医学界でよく言われている話です。
また、前述のBMI paradoxに関連して、もう一つの例をご説明します。図の左右ともに同年代 高齢者の下肢(大腿部と下腿部)を CT スキャンで撮像してみた画像をお示しします。健診など で「BMIが22kg/m2であり、ちょうど良い状態ですね」と言われている、いわゆる中肉中背の高 齢者に対して、CTスキャンでは図右の症例のよ
うに、筋肉が非常に萎縮気味で縮まってしまっ ている方が中にはおられます。一方で、「BMI 26 kg/m2で肥満傾向ですね」と言われている高齢 者の中には図左のように筋肉がしっかりと維持 されております。すなわち、特にフレイル~サ ルコペニアに関しては、BMIだけでは分わから ない、いわゆるBMIだけでの評価の限界が存在 し、体組成をしっかりとみなければ分からない 現実を物語っております。
さらに、もう一方で、「サルコペニア肥満(Sarcopenic obesity)」というものもあります。見た 目は肥満傾向であり、同時にサルコペニアのパタンを示している状態です。一般的にBMIが上昇 する毎に骨格筋量も上昇する傾向はあるのですが、いわゆる役立たずの筋肉を持っているのがこ のサルコペニア肥満となります。
それから被災地での災害医療にたずさわった体験から、過去20年間の大災害のレビューをして いて引っかかったことがあります。新潟県中越地震(2004年10月)のときの記録に「急性期の 避難生活の中で、元々歩行障害のない高齢者のうち3割に歩行困難が出現し、そのうちの4割が 6 カ月後でも回復せず」という記録が残っております。これは何を意味しているのでしょうか?
お分かりのように、これは廃用性の筋萎縮を暗示しており、結果的にはサルコペニアが進んでし まったことを示唆しております。
サルコペニアでは、Frailty cycleといってフレ イルの悪循環が起こります。ちょっと筋肉の衰え が進んでくると、買い物に出るのも億劫になり(活 動性低下)、お腹も減らなくなり、食事のバランス も偏ってくる…というように負のスパイラルに陥 ってしまいます。また、サルコペニアは要介護の 入り口と言われますが、口腔機能低下や基礎代謝 低下、転倒骨折、そして外出頻度の減少が基本的 には認知機能の低下につながり、最終的には要介
護状態へとつながっていきます。いろいろな場面でサルコペニアは一番最初(初期)の障壁にな ってくるのです。
転びやすくなった、外出が少なくなった、美味しいものが噛み切れなくなった、活動的でなく なったといった、「生活には困っていないけれども、言われてみれば衰えだよね」ということに対 して、市民一人一人が自分事として気づいてフレイル予防や介護予防に前向きに取り組んでいっ て欲しいと思います。
そこで我々が考えたのが、高齢者の『食力(し ょくりき)』です。食べる力は、「口腔・嚥下機能」、
そして「多病(基礎疾患)・多剤併用」、「栄養(食 のバランス)」、「身体(サルコペニア)」、それから
「社会性、心理、認知、経済(貧困)」など、多岐 にわたる因子が大きく影響します。逆に、これら 数多くの要素で下支えされています。
筋肉の役目は運動だけではありません。血糖管 理もしていますし、免疫力も司っております。糖
尿病患者さんにおける血糖管理にも、やはり筋肉の役目が必要です。筋肉を作るのは、食べるこ とから始まります。また、老人ホームや病院
の患者さんたちにとっても、楽しみの第一位 は「食べること」、すなわち原点なのです。
それを踏まえて、フレイル予防の市民目線の 身近で簡単な指標を作れないかと考えてい ます。そのために我々は柏市で大規模調査を 行いました。