ここでは, 「わいわい数学」の授業実践において,どのような学習活 動が実際におこなわれていたのかを明らかにする。本研究ではコミュニ
ケーション学習を組み入れた授業のための環境を議論しているので,通 常の授業ではコミュニケーションがうまくできていない生徒に十分注意 を払う必要がある。しかし,そのような生徒は多くの場合,少数派に属 することになり,統計的手法では,該当する生徒をとらえることが難し い。そこで,個々の生徒について,事例研究的に分析をすすめることに
する。
ここでの分析は,生徒にとってのコミュニケーション学習の効果と解 決を要する点を明らかにするためにおこなう。しかし,本研究で実施し た「わいわい数学」の授業は,全く新しいタイプの授業であるため,検 証すべき効果や問題点を仮説として設定するだけの十分な資料をあらか じめ入手することができていない。何を変数とするべきかが明確にはな らないのである。そのため,発見的手法を用いる必要がある。そこで,
分析の方法としては,基本的にはグラウンデッド・セオリー(grounded theory)の手法を用いることにする。すなわち,観察とインタビューを 中心としたデ・一・・iタに基づいて,個々の事例を比較しながら,効果と問題 点を産出させる。
まず,抽出生徒を決定する。次に,抽出生徒の中から数名を選出し,
予備的な分析をおこなう。これは,抽出生徒の分析から浮かび上がる項 目を大まかにとらえ,効果と問題点を明らかにするための視点を得るこ とを目的とする。続いて,残りの抽出生徒の分析を進め,既に分析した ものと比較する。このとき,同時に,新たな視点や下位項目,およびそ
100
れらの特性の浮上に注意を払う必要がある。このうち,下位項目とその 特性をもとにして, 「わいわい数学」の効果と問題点を整理する。
このようにして明らかになった効果と問題点は,データに根ざしたも のであることから,本実践及び分析から得られる最大限のものである。
B.Glaser&A. Strauss(1967)は,グラウンデッド・セオリーによる理 論産出がおわりのないプロセスであるとし,産出された理論を公表する
ことは,領域密着型理論からフォーマル理論へと理論を発展させる一つ の区切に過ぎないということを述べている。すなわち,この分析から明 らかにならない事柄は,現時点では予想として述べることはできても,
確実なものではない。そのような事柄については,別の事例との更なる 比較が必要であり,本研究では扱うことはできない。
第1節抽出生徒一コミュニケーションの苦手な生徒の選出一
通常の授業でコミュニケーションに参加することが困難な生徒を図4.
1に示す手順で抽出した。まず,実際の数学科の教科担任に,通常の授 業に携わる中で,コミュニケーションできない,あるいはコミュニケー ションが困難な生徒を具体的にあげるよう要請する。同時に,コミュニ ケーションに参加することが困難な生徒の一般的特性について考察し,
「成績下位の生徒」と「学級内で孤立している生徒」をあげる。次に,
具体的にあがってきた生徒を一般的特性に照らcL,抽出生徒としての候 補を整理する。さらに,それをもう一度概観し,適切に抽出されている ことを確認する。その際,教科担任に加えて,他の教師の意見も参考に する。これによって,コミュニケーションに参加することが困難な生徒
として妥当な生徒を絞り込む。その結果として,21名の抽出生徒を設 定する。内訳は,成績下位の生徒(以降「下位生徒」と記す)7名,学 級内で孤立している生徒(以降「孤立生徒」と記す)4名,成績下位で 101
ありしかも学級内で孤立している生徒(以降「下位であり孤立している 生徒」と記す)10名となる。予備的分析では,この中から2名ずつを 選出し,大まかな傾向をつかむことにする。
コミュニケーションが困難な 生徒の具体的な洗い出し (教科担任教師)
コミュニケーションが困難な 要因の理論的考察
(研究者)
図4.1 抽出生徒の選出過程
しかし,抽出生徒が選定されたあとで,その中に数学の学習に対して 拒否的な態度を示すもの(以降「拒否的生徒」と記す)がいることが見
出され,せっかくのコミュニケーション学習が破壊されるおそれもある ことが時前の段階で心配される。結局,抽出生徒は図4.2に示す6つ の種類に分類できるものとなる。
図4.2 抽出生徒の分類
内訳は,下位生徒5名,下位で拒否的な生徒2名,孤立生徒3名,孤 立しており拒否的な生徒1名,下位であり孤立している生徒6名,下位 で孤立しており拒否的な生徒4名となる。予備的分析のために選出した 102
生徒には,拒否的な生徒は含まれていない。下位でもなく孤立もしてい ない拒否的生徒はコミュニケーションに参加することができるものと考 えられるため,分析からは除外する。
第2節 予備的分析
この予備的分析では,下位生徒,孤立生徒および下位であり孤立して いる生徒それぞれ2名に焦点を当て,それぞれの特徴的な学習活動につ いて分析を進める中で,暫定的な分析の視点を明らかにする。
予備的分析は,次の手順で進める。まず,コンピュータのアクセスに 関するnグ・データと観察データに基づき,その時間の生徒の個人的学 習活動の様子を明らかにする。そして,生徒の個人的学習活動と,アト リエ,意見の流れを時系列一覧表に整理する。時系列一覧表は,基本的 に,右から,分(経過時間), (提出された)意見, (書き込まれた)
アトリエ,抽出生徒の様子の順に並べる。次に,時系列一覧表を見て,
その時間の生徒の様子を文章化する。さらに,その生徒の行為の意味づ けをするために,その生徒に関するインフォーマルなインタビュー・デ ータと突き合わせる。観察やインタビューから得られたその生徒にとっ ての効果や問題点を分類し,新たな分類項目が必要であれば,それを付 け加える。6人の生徒それぞれについて浮かび上がってきた分類項目を 整理し,さらに大きな分類項目にまとめる。こうして得られた,より大
きな分類項目を効果と問題点を分析する際の視点として位置づける。す なわち,この予備的分析は,本研究における事例研究的アプローチで得 ることができるものを明確にするための分析ということができる。さら に,それぞれの項目や下位項目に関する個々の生徒の特性は,第3節で の検討の対象に加える。
観察データとインタビュー・データを同時に用いるこの方法は,
103
:Fielding&Fielding(1986, p.47)によれば,参与観察と民族誌学的インタビ ューのコンビネーションという方法論的相互関係で,最もよくある形式とい
える。インタビュV一一一一・データの妥当性は,内的妥当性が評価されることと,
別のソースで正しさが確認できることの2つによって管理できる(Fielding
&:Fielding 1986, p.51)。本研究の場合,観察データやログ・データとつき あわすことによって内的妥当性と正しさの両方が確認できるので,インタビ ュー・データの妥当性の問題は解決できる。また,インタビュー・データの 信頼性はすなわちインフォーマントの信頼性の問題である。:Fielding&
Fielding(1986, pp.51−52)はReuss−Ianniのインフォーマントの4つの分類
(恒常的に信頼できる/一般的に信頼できる/信頼性が確認できない/信頼 できない)を紹介し, 「一般的に信頼できる」インフォーマントからのデー タであれば用いることができるとする。本研究の場合,インフォーマントが 実際に授業を受けた生徒であること,インタビュアーとインフォーマントの 関係が親密であること,インフォーマントに少なくとも「わいわい数学」の 授業について信頼できないことを示す行為がなかったことから,抽出生徒は
「一般的に信頼できる」ものといえる。よって,インタビュー・デV一一・一斗の信 頼性の問題も解決できる。
1 下位生徒
(1):事例1(SL1)
下位生徒SL1は次の課題に取り組んだ。
課題15
rV−2十V−3−VM s J といえるのでしょうか。
絶対にないのでしょうか。
は間違いだと学習しました。なぜこれは間違いだ
「〉「a+Jb=」(a+b)」 となるような場合は
SL1の活動の中でも,第2時の後半は特徴的である。表4.1はその様子を 示した時系列一覧表である。
104
表4.1 下位生徒SL1の様子
分 意見 アトリエ SL2の活動
第2時(5/8)
26 (70)[みんなへH思うんだけど」電卓でやっても、き 意見提出し,次の つと答えは、でんやろなあ・・・… (SL1) 意見を作る
27 (71)[66へ1[そうしましょう]うそ1よかったね
(CSL11) 意見提出し,次の
(72)[68へ][思うんだけど]うそやん、まじけ… 意見を作る
けどすぎさんはおすすめやでえ。(CSL12)
(73)[66へ][おこたえします]しらんっス。(SL1)
28 (74)[みんなへHおしえて】あのう。なんかさあおな かへったんやけど。。。。 みんなはどうおも
う?(CSL13)
29 (75)[74へ][同じです]給食まで後30分・・… 意見提出し,次の
SL1 意見を作る
31 (77)[54へ][おしえて1だから教科書のどこにあるん かおしえてよう(CSL11)
(78)【みんなへH思うんだけど】たこやきたべてえ 一。(CSL12)
33 (79)[54へ][おしえて]どこどこどこどこどこどこ にあるんた、ようううう(CSL11)
(80)[77へ][思うんだけど]のんこ、きょうかしょ 意見提出し,次の
みたらいけんよ。(CSL12) 意見を作る
(81)[みんなへ】[おこたえします]≠2+ノー3ってい
うのは、これ以上まとめきれない・… ってい うのは、どう?・… ダメ?(SL1)
40 τ∫∫∫∫ 「アトリエ」に書
τ4一∫ノー・つ き込む
42 ○つ(ンつ○つ0つOO 「アトリエ」に書
。つ。。。。ττ き込むが,すぐに
4『4一∫∫∫ 全部を消す τ∫τ∫∫ 次の意見を作る 43 (83)[みんなへ][思うんだけど]∫2+4−3=でき
んってぜったい(CSL11) 意見提出し,次の
(84)【78へ][思うんだけど]うちは、お好み焼きがよ 意見を作る いです。(SL1)
(85)[79へ][思うんだけど]教科書、144べ一じ あたりはどうや、のんこ… (CSL12)
44 (86)[84へ][思うんだけど]おこのみやきも. Aええ
ね、うん。(CSLI2) 意見提出し,次の
(87)[みんなへ1[思うんだけど]うだあああああああ 意見を作る ああああああああああああああ、わかんないいい
し、 し、 し、 し、 し、 し、 し、 し、 し、 し、 し、 ! ! ! ! ! ! ! ! ! !
(SL1)
(88)[85へ][思うんだけど]ぜんぜんちゃうやん★
☆§@*&#%£¢(CSL11)
46 (89)[87へ】[思うんだけど1かわめ、あれてんねえ 意見提出し,すぐ
一。(CSL12) に次の意見を作ろ
(90)[みんなへH思うんだけど】はし巻き食べたいい うとするがそれを
し、 し、 し、 し、 し、 し、 し、 し、 し、 し、 し、 し、 し、 し、 やめ, 「私のノー
い! ! ! ! ! ! ! !! ! ! !!! ! 1! ! ! ! ト」に何か書こう
(SL1) とし始める
48 (91)[87へ][まとめです]たぶん答えはく不可能〉で 「私のノート」に
しょう(CSL11) 「∫2+、r3は、こ
(92)[88へ][思うんだけど]いや、144にはあいつ れ以上まとめきれ
がおったから。。。。(CSL12) ません。」と書き,
「アトリエ」を見
105 る