第 2 章 問題提起及び本論文の立場
2.3. データ
2.3.2. インターネット上のクチコミデータ
インターネット上のクチコミサイトから2回に分けてクチコミデータを収集した。
1回目は、2009 年2 月から2010 年11 月にかけて、インターネット上の旅行に関す
るクチコミサイト「じゃらんnet」内の「クチコミ・売れ筋ランキング」
(http://www.jalan.net/jalan/doc/ranking/index.html )に投稿されている文章から、「見られ る」や「見れる」などが用いられた用例を採集した。(以下、このデータを「データA」 とよぶ。)これらのサイトは、旅行者が旅行した後、旅行中宿泊したホテルに対して自 分の体験談を投稿する参加型のウェブサイトである。
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2回目は2つの異なるタイプのサイトから収集したものである。1つは、2014年4月 26日から29日までの間に、飲食に関するクチコミサイト「食べログ」内の「東京ラン
キング」(http://tabelog.com/tokyo/)に投稿されている文章から収集した。内容はほとん
ど飲食店の利用者の体験談である。もう1つは、2014年4月29日から6月3日までの 間に「楽天」サイトの「みんなのレビュー」(http://review.rakuten.co.jp/)に投稿されて いる文章から用例を収集した。内容は、商品を購入した後その商品を使用した人の体験 談である。((以下、2回目収集したデータを「データB」とよぶ。)
これらのクチコミデータを研究資料として選んだメリットとしては、主に、以下の点 が挙げられる。
ⅰ)クチコミサイトの投稿は「書き言葉」であるものの、話し言葉の表現に近く、実例 が収集しやすい。
ⅱ)世代と性別という言語外の要素も考察できる。感想を寄せている人の年齢が世代単 位で表示されている。自己申告であるこの年齢表示について、どこまで信頼性があ るかは定かではないが、クチコミの内容を読者が参考にすること、またホテル側ま たは飲食店や販売店などが今後足りない点を改善し、更なるサービスを提供するた めの指標となりうることを考えても、実年齢とまったく異なる年齢を記入する可能 性は低いのではないかと思われる。さらに、表示されている投稿者の年齢は具体的 な1 歳刻みの年齢でなく、20 代、30 代というように世代だけなので、個人情報と して提示することにさほど抵抗を覚えさせることはなく、実際通りに書く人が多い のではないかと思われる。
ⅲ)投稿内容は、データAは主にホテルでどのようなサービスが提供されていたのか、
それに満足したかどうか、といった感想を記したもので、<読み手>としては主に ホテル側またはこれからホテルを使用したいと思う個人を想定している。なお、投 稿者へのホテル側の返事も書かれているが、調査目的に合わないため、研究対象と しなかった。データBのうち、「食べログ」のサイトは、飲食店でどのようなサー ビス(或は料理)が提供されていたのか、それに満足したかどうか、といった感想 を記したもので、<読み手>としては主に飲食店側及びホテルに関する情報を知り たい個人を想定している。また、「楽天」サイトの投稿は、投稿者がどのような商品 を提供されたのか、それに満足したかどうか、といった感想を書いたもので、<読 み手>としては商品を売る販売店側或は個人を想定している。このようにデータA とデータBはいずれも書き手・読み手の関係や場面が明確かつ統一された資料だと 言える。
ⅳ)クチコミデータの書き手の多くは、意図した行為が実現したか実現しなかったかに ついて述べている。例えば、自分が食べたいと思っていた食べ物が食べられたかど うか、自分がほしいものを買った後、実際に使ってみてどうだったかなどについて の記述が多い。ということは、意図成就や可能/不可能をめぐる用例が多いというこ
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とであり、つまり、ラ抜き形とラレル形の使用傾向の差に可能と意図成就の意味の 違いが関わっているかどうか、評価的表現との共起関係の有無が関わっているかど うか、という本研究の目的に合った実例が収集しやすいのである。
ⅴ)なお、今回複数のジャンルについて調査を実施した。そのため、資料の内容の偏り を避けることができ、クチコミという研究資料に対する調査結果の有効性を担保す ることができるのではないかと思われる。
なお、デメリットとして、主に以下の点が挙げられる。
ⅰ)出現している動詞が限られていて、多くの動詞についての調査ができない。パイロ ット調査で、「見る」「寝る」「起きる」「食べる」「出る」「来る」「降りる」の7 つ の動詞以外、ほかの動詞がほとんど使われていないことが判明したので、研究対象 として、この7つの動詞に絞った。
ⅱ)クチコミサイトは膨大な量のデータが不断に更新されている。一方、そこで用いら れている動詞のラ抜き形を検索するためには、ラ抜き形の存在が想定される動詞一 つ一つをキーにして検索するしかない。従って限られた時間ですべての動詞を調査 するのは物理的に不可能である。従って、全量調査はできない。
ⅲ)ⅱ)のことに目をつぶるとしても、話題が特定のテーマに限定されているため、使 用されている動詞が偏っている。
データAとデータBはインターネット上のクチコミサイトに書かれた内容であると いう点で同じであるが、投稿内容のジャンルが違う。本論文では、ジャンルの違うクチ コミサイトから用例を収集・分析することによって、ジャンルの違いによってラレル形 とラ抜き形の使用傾向の差をめぐる傾向が違うかどうかを明らかにしたい。
ラ抜き形の使用は個人のコミュニティまたは地域によって多少差があると指摘され ているが、本論文の各章では、具体的な場面で使用されている用例を考察することに重 点を置き、自分の気持ち(意図したことが実現できた、あるいは意図したことが実現で きなかったなど)を表現するときに、ラレル形とラ抜き形とどちらが用いられやすいの かを考察するため、「地域」(出身地)の項目は考慮しないことにした。ただし、明らか に方言が使用された用例は除外した。
2.3.2.1. 調査対象
理想的には、すべての一段動詞及びカ変動詞「来る」の可能表現としてのラレル形(例 えば「見られる」「来られる」など)、及びラ抜き形(例えば、「見れる」「来れる」など)
を研究の対象とすべきであるが、パイロット調査では、先行研究においてラ抜き形が多 く使用される15とされている「見る」「寝る」「起きる」「食べる」「出る」「来る」「降り る」の7 つの動詞が用例の9割以上を占め、それ以外の動詞がほとんど現れていない。
15 渡辺(1969)、岡崎(1980)、中田(1982)、田中(1983)、中本(1985)、山本(1985)、 加藤(1988)、井上(1998)。
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上記の7つの動詞以外の動詞について調査しようとすると、出現が想定される動詞を1 つ1つキーとして検索しなければならないことになるが、それは物理的に不可能である
(2.3.1節でデメリットの1つとして述べた)。
本論文では動詞の語彙的種類にはクチコミデータを用いて注目しないこともあり、調 査対象を「見る」「寝る」「起きる」「食べる」「出る」「来る」「降りる」の7つの動詞に 限定した。
2.3.2.2. 検索方法
「来る」「見る」「寝る」「出る」「食べる」「起きる」「降(下)りる」を対象に、
以下のように正規表現を用いて、サイト内で書かれているクチコミの文章全体を対象に 検索を行った。
来る [来られ][こられ][来れ][これ]
見る [見(観・診・看)られ] [みられ][見(観・診・看)れ][みれ]
寝る [寝られ][ねられ][寝れ][ねれ]
出る [出られ] [でられ][出れ][でれ]
食べる [食べられ][たべられ][食べれ][たべれ]
起きる [起きられ][おきられ][起きれ][おきれ]
降りる [降(下)りられ][おりられ][降(下)りれ][おりれ]
そのうえで、投稿者のメッセージ一人分あたり一例ずつ用例を採用した。結果として、
データA(571例)、データB(4576例)を得た。従って、用例数と投稿者の人数は一致 する。また1つの(1 人の)メッセージのなかに複数の可能形があるとき、最初に出た 可能形を採用した。
2.3.2.3. 分析方法及び分析項目
2.2節で示した「①言語外的要因」に挙げている各項目については、データAとデー タBには話者の年齢と性別しか書き込まれていないので、「①-1年齢」と「①-2 性別」
について考察することにした。また、「①-3 場面・聞き手との関係」については、両 データのそれぞれの調査では収集した用例がほとんど丁寧体であるため、「文末が普通 体か丁寧体か」に関する考察も割愛した。従って、データAとデータBでは「場面・
聞き手との対人関係」については考慮しないことにした。また、「② 動詞の種類」に挙 げている項目の中で、「②-1 動詞の語尾を除いた語幹音節数はいくつか」と「②-3 複 合動詞、補助動詞のラ抜き形が使用されているか否か」は、調査対象となる動詞が7つ に限られているため、割愛した。「③肯定形か、否定形か」と「④主節か、従属節か」
なお、「⑤可能の意味(可能か、意図成就か)」、「⑥構文中の位置(文のどこにあるのか)」、
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「⑦評価的表現と共起するか否か」は3種類のデータのいずれも考察する共通項目であ る。
以下に、データAとデータBで考察する分析項目を挙げる。
① 言語外的要因
①-1 話者の年齢
①-2 話者の性別
② 動詞の種類
②-2 元になる動詞は上一段動詞か、下一段動詞か、カ変動詞か
③ 肯定形か、否定形か
④ 主節か、従属節か
⑤ 可能の意味(可能か、意図成就か)
⑥ 構文中の位置(文のどこにあるのか)
⑥-a文中の場合 a 1 連体修飾用法の場合(「連体用法」) ・ノが下接する場合(「ノ」)
・ノ以外の名詞等が修飾を受ける場合(「名詞後続用法」) a 2 連体修飾用法以外の従属節述語の場合(「連用用法」)
中止形の場合(「中止」)/テ形の場合(「テ」)/助詞ガ下 接の場合(「ガ」)/助詞カ下接の場合(「カ」)/助詞ケド
(ケレド)下接の場合(「ケド(ケレド)」)/助詞シ下接 の場合(「シ」)/助詞バ下接の場合(「バ」)/助詞ホド下 接の場合(「ホド」)/助詞タリ下接の場合(「タリ」)/助 詞グライ下接の場合(「グライ」)/……等
⑥-b 文末の場合 b1 下接形式がない場合(「下接形式なし」)
b2 下接形式が有る場合16
終助詞ヨ下接の場合(「ヨ」)/終助詞ネ下接の場合(「ネ」)
/モノダ下接の場合(「モノダ」)/ノダ下接の場合(「ノ ダ」)/ワケダ下接の場合(「ワケダ」)……など
⑦評価的表現と共起するか否か
次に分析の具体例を示す。①を除き、②-2、③、④、⑤、⑥、⑦の各項目に関する分 析結果を例(40)~(44)のそれぞれの下に示す。
(40)安いので購入しましたが、やはり脂っこすぎて食べられませんでした 味付けは良いと 思います。(女性30代)
16 ナイ・タ下接の場合を除く。