第6章 インターネットに溶けるラジオ
小川 洋平
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Yohei OGAWA
中京大学現代社会学部現代社会学科 3年生(2011年度)
◆1.はじめに
まず結論を書いてしまうと、インターネットを利用してラジオが往年の勢いを取り戻すことは無いと思われる。イ ンターネットは既にラジオを一コンテンツとして飲み込んでしまった。ただ、転じて言えばインターネット上にラジ オがコンテンツとして生きる道はあるということである。以下にラジオが隆盛できない理由とインターネットに馴染 んだとされる事象を述べていく。
◆2.ラジオは再浮上できるか?
今、人々の趣味・価値観は細分化している、かつての国民的ブームや国民的アイドルというものは存在していない に等しい。特に若者の間でブームと言ってもそれは、人によっては辛うじて名前を知っている程度のものでしかない。
もちろん、それは魅力的なコンテンツが無くなったからではない。むしろ、魅力的なコンテンツが増えすぎて、個人 がその魅力的なコンテンツ全てを追いかけるには体も時間も足りないために、より自分の趣味にあったコンテンツを 選択して専門的に打ち込む必要性が出てくる。(無論、浅く広くコンテンツを楽しむ人もいることは否定できないが、
それにしたって世の中には楽しみが多すぎる。)究極的には個人の空間であるインターネットはそれを助長している。
その中で、ラジオが再ブームを巻き起こすのは難しいだろう。多種多様な価値観・趣味が存在し、専門にしている人 がいるということは、確実にある種のコンテンツには需要があるということだ。そのいった人たちを引き付けるには、
その種のコンテンツを題材にするだけではダメで、宣伝して見ようとする気にさせることが必要である。『わざわざ ラジオを聴く』それだけの事をさせるのも他の娯楽が転がっているインターネット上では大変なアピール力が必要な のである。そして、聴取者の減ったラジオにそこまでの力は無い。ただし、元々、ラジオが好きな人はインターネッ トラジオにも時間を使ってくれる潜在的な可能性はあるので、インターネットラジオがその魅力を示せるのならラジ オ好きにとってひょっとしたら本来のラジオ以上に魅力的なコンテンツとなるだろう。
◆3.ラジオは保守的なメディアか?
ラジオというメディアは少なくとも現在は主流のメディアではない。その地位は現在テレビ及び、急速に普及して きたインターネットに今はあるだろう。古いメディアは保守的かつ保守化していくと言われる。新聞は間違いなくそ うだし、テレビは黎明期に比べれば、規制も進み、過激な番組は少なくなっている。それとは逆にもっとも新しいメ ディアと言われるインターネットが革新的であり次々と新しい試みが成されているのは疑いない。
では、ラジオはどうか? ラジオはテレビよりもずっと古いメディアである。新聞よりは新しいが、現在の高齢者 以上の年代の人が幼いときから、ずっとずっと長くラジオは日本のメディアの主役だった。だが、前述したようにラ ジオは主流のメディアの座を既に失って久しい、そのために、ラジオは生き残りのために洗練・先鋭化され、よりニ ッチなニーズを開拓する必要に迫られた。そのために、ラジオは旧きメディアでありながら革新的な活動をしている
メディアとも言えるだろう。
その結果が、活動の場をインターネットに移しての、インターネットラジオである『radiko』やアニラジなのだろう。
厳密に言えば、サイマルラジオやアニラジなどは番組を電波で飛ばしているわけではなく、インターネット回線で提 供しているので、いわば、ラジオ風コンテンツではある。特に、通常のラジオと兼業しているわけでもなく、完全に インターネット上限定のものが多いアニラジなら尚更である。そのアニラジはラジオの弱みであって強みである映像 が見られないという欠点を長所として最大限に生かしている。(声優はキャラになりきれるし、言葉だけでシチュエ ーションも自由に設定できる。)ラジオという設定を上手く利用しているともいえる。また、それこそ音楽中心のコ ンテンツ構成でもラジオの名である、ラジオ=ミュージックのイメージはネット上でも通用するようだ。
また、ラジオは他のメディアに比べれば、ずっと低コストで運営できるメディアである。それは実際に電波を飛ば さずインターネット上でラジオ風のコンテンツを提供するだけなら尚更である、参入と運営のしやすさはよりラジオ がこれからも多種多様になっていくことを示す。もちろん、インターネット上の自己表現の方法はラジオ発信が一番 手軽というわけではない、文章表現の方がより手軽であるし、主流でもある。しかし、言葉で語る方が得意な人もい るし、ラジオという形態でこそ引き立ちうる表現もある、そういった中でラジオは音声メディアとしての魅力を遺憾 なく発揮できる道具でもある。
ただでさえ、インターネットは自由の空間である、それに個人運営が加わるとなればもはや何でもアリである。お そらくラジオ風のコンテンツだけなら探しきれないほどに存在し、多種多様なニーズに答えている。もちろん、これ を持って、インターネットにおけるラジオの隆盛という訳ではない、インターネット上のコンテンツならそれこそ星 のように存在し、もともとインターネットはその時流行流行の物はあったとしてもそれが全体に飛び火して盛り上が るケースはまず無いからだ。それこそ、サイト内だけのブームはいくらでもある。そのような細分化されているのが ネットであるからだ、だが、ラジオ風コンテンツがインターネットに受け入れられたコンテンツであることは否定し ようが無い、インターネットラジオが消えないのは、インターネットラジオは一過性ブームなどではないことの証明 でもある。
ただ、比較的簡単に個人で製作されるということはチェックが無いということでもある。早い話が二人が趣味につ いて喋っているだけのものであっても、ネット上でラジオとされることもある。多くのものがあるということは玉石 混合ということでもある、面白ければ問題ないという考え方もあるし、多種多様な価値観があるだろうが全体の質と 言う点では統制されたメディアの方が言うまでも無く上となる。
もちろん、旧来からの電波のラジオは、音楽・トークを主流とした番組も存在する、これらも常に一定の需要があ るからこそ、生き残ってきたのである。だが、主流を外れたことで特に若い人になるほど、ラジオをあまり聴いたこ との無い人も多い。だからこそ、若年層には新しいメディアとしてラジオをアピールして伝える必要があるのではな いだろうか。ラジオは多種多様な需要にこたえられるメディアである、全体的に多趣味傾向にある若者を取り込めな いはずはないのである。将来テレビは衰退するとも言われている、テレビはテレビであるが故の皆で見るという習慣 のアドバンテージから、家族という存在がなくならない限り、おそらく主流を離れるほど廃れるとは思わない。だが、
◆4.ラジオ形式の特徴
ラジオはインターネットラジオという形態を持って、インターネット上にも展開している。そのために、既に技術 的には通信電波を使って発信しているわけではないので、ラジオとは言いがたい、ただし、既に前項でも触れたとお り、ラジオ形式というものは既にインターネット上で広く使われており、電波を使っていないからラジオではないの ではないかといった類の無粋な、あるいは純粋な質問はまずでない。それは介するもの(メディア)が電波であって も、インターネット回線であっても、聴き手にとっては結果であるラジオ番組に違いはないからだろう、媒介するも のの違いはどちらかと言えば作り手にとっての問題であり、コンテンツの内容自体は本質的に変わりないためである。
それでもなお、両者のコンテンツの中でラジオとインターネットラジオの違いを挙げるとすれば、最も大きな違い は時間である。これは聞き手がいつ聞くかの違いでもあり、どれだけ長いコンテンツを作っても良いかの両方の意味 での違いである。
通常のラジオはリアルタイムの時間で行うため、挨拶やひょっとしたら時事的なニュースを流すこともあるかも知 れない。そして、前後の番組との時間配分も考慮してコンテンツが組まれている。そのため、よほど、掘り下げたい 話題であっても多く時間を取ることは難しいし、番組が延長されることも少ない。しかし、インターネットラジオだ とコンテンツを小分けにして配分することも可能なので、極端に長い番組や極端に短い番組も作られる、また、人気 があるからということでコンテンツの延長がその場で決定されるといったこともある。(それも演出かもしれない が)また、アニラジだと、その番組自体が一種のコマーシャルのため CM が入らないことがある。こういった傾向は個 人発信であったり、ラジオを主にしていないものであるほど、その傾向はより強くなる。そういったある種時間的自 由、タイムスケジュールから開放されたコンテンツであり、また聴く側も、同じ番組であっても聴きたいものを選別 できるため、好きなものを好きなだけ発信できる自由、好きなものを好きなだけ聴ける自由こそが、インターネット ラジオ特有の特徴と言っていいかも知れない。そして、その自由はインターネットを余暇として使用する人の需要に マッチしている。
◆5.インターネットラジオの多様性とは
良く言えば多様性があり、悪く言えば雑多だとされるのがインターネットラジオ、特に主要なコンテンツであるア ニラジの特徴である。
アニラジは個人でやっているものではなく、少なくともスポンサーが存在し、核となるテーマがある。その核とな るテーマは文字通りアニメであったり、人気声優であったり、あるいはゲームであったり、その複合であったりする。
(特にゲームがアニメ化し、人気声優が演じるパターンなど。)珍しいケースでは企業そのものがテーマであったり もする。それは、そのテーマが好きな人、そのマニアックな趣味を更に満たすために使われているとも言える。勿論、
そのマニアックなテーマを企業がスポンサーとなり、行っているからには営利が絡んでいるのではあるが、少なくと も需要があり、利益が見込めると思っているから行われるのであり、後々の商品展開が見込めるものがテーマになっ ているとも言える。