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イスラームの食規定に関する学派間の相違

イスラームの食規定に関する学派間の相違

森   伸 生

はじめに

 イスラームでは「あなた方のためにすべての物を創られた」(2 章 29 節)と クルアーンに示されているように、人々に大地ですべて益あるモノを手にする ことが許されているとしている。しかし、その中で、「人々よ、地上にあるも ののなかで清良(タイイブ)で合法な(ハラール)ものを食べよ」(2 章 168 節)、

「また一切の清良な(タイイブ)ものをハラールとなし、汚悪なものをハラー ム(禁忌)とする」(2 章 157 節)と人々にハラールでタイイブなものを食せ よと命じている。この「タイイブ」というのは、日本語では「良い」という意 味であるが、その中には、「清潔・清浄・健康的・環境保全の上で良きこと」と、

全てのことに「良い」という意味が含まれている。そこで、「清良」の訳語を あてた。ハラールとは本来、タイイブでもあることが必要なのである。

 イスラーム信徒 ( ムスリム ) は、シャリーアに適った暮らしをすることで、

現世で成功を収め、さらに来世でアッラーから多大な報償が得られると信じて いる。従って、自らが日々、口にする食べ物が「ハラール」であるかというこ とは、ムスリムにとっては単なる「食の安全」ということだけでなく、アッラー への信仰を日常の生活で体現するために大変重要なことである。

 ハラールな食糧となる植物と動物について、イスラームにおける基本的な理 解は次のようになる。食糧となる植物は不浄物、身体に害となる物(害物)、

酩酊物を除いた、すべてのものがハラールである。クルアーンに「汚悪なもの をハラームとする」(2 章 157 節)とあるように、不浄物または不浄物と混ざっ たものは食されない。例えば、酢や溶けたバターや油など清浄なものが不浄な ものと混ざったならば、それはハラームとなる。ハディースにも預言者の言葉 として「ネズミが油の中に落ちて死んだならば、その油が固まっていたならば、

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ネズミとその周りの油を捨てて、残りを食べなさい。それは液体であったなら ば、それを流してしまいなさい。」とある。酩酊物に関しては、クルアーンの 一節「忌み嫌われる悪魔の業である。これを避けなさい。」(5 章 90 節)による。

当然、害物もそれを食することは許されない。例えば、毒などである。「あな たがた自身を殺し(たりして害し)てはならない。」(4 章 29 節)、「自分の手 で自らを破滅に陥れてはならない。」(2 章 195 節)とあるように、自らを破滅 するものを食することは許されない。

 動物については、陸棲動物と水棲動物がいるが、水棲動物はクルアーンの一 節「海で漁撈し、また獲物を食べることは、あなたがたにも旅人にも許されて いる。」(5 章 96 節)とハディース「海は清浄である。その水は死肉を浄化す るものである」によって、すべてハラールとされている。一部に法学派の見解 の相違がある。陸棲動物について、禁じられているものは「あなたがたに禁じ られたものは、死肉、(流れる)血、豚肉、アッラー以外の名を唱え(殺され)

たもの、絞め殺されたもの、打ち殺されたもの、墜死したもの、角で突き殺さ れたもの、野獣が食い残したもの、(ただしこの種のものでも)あなたがたが その止めを刺したものは別である。」(5 章 3 節)に記してあるとおりである。

つまり、死肉とは自然死、病死、事故死した動物の肉、シャリーアに即して屠 畜されなかった動物肉も含む。流れる血とは動物から流れる血で、屠畜後に体 内に残った血ではない。豚肉は不浄なものとされており、豚の体内から抽出し た物、脂肪や皮や毛などすべてを含む。アッラー以外の名を唱え(殺された)

ものとは、シャリーアに即して屠畜の際に「ビスミッラー〈アッラーの名によっ て〉」と唱えて屠畜されたものだけがその食を許されるのである。また、ハディー スに「アッラーの使徒は牙を有する猛獣を食べることを禁じた」とあるところ から、食糧となる家畜は草食動物の牛、馬、羊、山羊などである。

 このように食規定について基本的な理解があるが、諸学派間において、動物、

不浄物、酩酊物質などについて見解が異なっている。

イスラームの食規定に関する学派間の相違

Ⅰ 動物に関する見解の相違 1 海での死がいの規定

(1)第一見解:多少の例外を除いて、すべての海の死がいは許容される。こ れは学者大多数の見解である。その根拠は以下の通りである。

 1)クルアーン「海で漁撈し、また獲物を食べることは、あなたがたにも旅 人にも許されている。」(5 章 96 節)

 2)ジャービルの伝えるハディース:「アッラーのみ使いはアブー・ウバイ ダをリーダーとして、クライシュのキャラバンを待ち伏せるため、われ われを派遣された。・・〈彼らは派遣先で、海に打ち上げられた鯨を食べ た。〉・・・われわれがマディーナに帰った時、アッラーのみ使いの所に 行ってそのことをお話しした。するとみ使いは『それはアッラーがあな た方のために運んで下さった食糧である。今その肉を少しでも持ってい るか、あったらわれわれに食べさせよ』と申された。そこでわれわれは その一部をアッラーのみ使いに差し上げた。」

 3)アブーフライラの伝えるハディース:「海は清浄である。その水は死肉 を浄化するものである。」

 4)アブーバクルの言葉:「海で死んだ生き物はすべてアッラーがあなた方 のために屠したのである。」

(2)第二見解:魚の死がいのみが許容される。これはハナフィー学派、シャー フィイー学派の一部の見解である。その根拠は以下の通りである。

 1)クルアーン「かれがあなたがたに、(食べることを)禁じられるものは、

死肉、血、豚肉、およびアッラー以外(の名)で供えられたものである。」(2 章 173 節)の全般的な規定の中から、預言者は魚だけを例外としたので ある。ハディース「私たちのために二つの死肉を合法とした。それは鯨 とバッタである。」とあるように、魚以外に禁止の原則が残っているゆ えに、あえて鯨をここに示したのである。

 2)クルアーン「一切の良いものをハラールとなし、汚れたものをハラーム とする」(7章 157 節)。魚以外の動物の死がいは汚れたものであるゆえ

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に、禁じられたのである。

(3)第二見解に対する反論

 1)クルアーンの 2 章 173 節は全体的な規定であることに異議はなく、それ に付け加えて、多くの特別な規定ができている。クルアーンの 5 章 96 節の根拠もそのようにして、特別な根拠となり、それは魚に限定してい ないと理解される。アッラーの恩恵は海の中にあるものを利用すること であり、害するモノでない限り、海にある生き物すべてを食糧とするこ とができる。

 2)魚以外の死がいを汚れているとするがそれには根拠がない。

以上のことから、大多数の学者の見解がその根拠の強さによって好まし いとみられる。

2 浮いている魚の規定

 水の中で自然に死んで浮いている魚について学者たちの見解が違っている。

(1)第一見解:浮いている魚はハラールである。これは大多数の学者たちの 見解である。その根拠は先の海での死がいを食することを許容する見解の根拠 と同じであり、それに次の見解を追加している。

 1)アブーバクルの言葉:「浮いた魚は食べたい者には合法である。」

 2)サハーバの伝承:「アブー・アイユーブは仲間と一緒に船に乗り、水に 浮いている魚を見つけた。彼らは彼に尋ねた。彼は、それは良いもので 変化ないかと言った。彼らはそうですと言った。彼はならば、それを食 べよ、私の分を残しておいてくれといった。彼は断食中であった。」

 3)イブン・クダーマの見解:「なぜなら、それ(魚)は陸で死んでも、許 容される。また海で死んだ時も、許容される。バッタと同じである。」

(2)第二見解:浮いている魚は忌避される。それはハナフィー学派の見解で ある。彼らの根拠は以下の通りである。

 1)クルアーンの一節(2 章 173 節)で死肉が禁じられており、浮いている 魚は死がい(死肉)の範疇に入る。

イスラームの食規定に関する学派間の相違

 2)ジャービルの伝えるハディース:「預言者は言った。海で潮が引き、残っ たものを食べよ。海で死んで浮いたものは食べるな。」は浮いた魚の禁 止を示している。

(3)第二見解に対する反論

 1)クルアーンの 2 章 173 節は全体的な規定であり、それに対して、特例と して 5 章 96 節がある。

 2)上述のジャービルの伝えるハディース「浮いたものは食べるな」につい て、アン=ナワウィー(1277 年没)は次のように伝えている。「それは ハディースの権威者たちによって弱いハディースとみなされている。そ れを根拠とすることは許されない。」

 結果として、大多数の学者の見解が支持されている。しかし、魚の色や臭い が変化したならば、それは避けることが望まれる。それは害となることがある からである。

3 牙を有する猛獣の規定

(1)第一見解:牙を有する猛獣を食することは禁じられる(ハラーム)。法学 者全体の見解である。その根拠は次の通りである。

 1)アブーサアラバ・アルハシャニーの伝えるハディース:「アッラーの使 徒は牙を有する猛獣を食べることを禁じた」

 2)アブーフライラの伝えるハディース:「預言者は言った。牙を有する猛 獣はすべて、それを食べることはハラームである。」

(2)第二見解:牙を有する猛獣を食することは忌避される(マクルーフ)。マー リク学派の見解である。その根拠は以下の通りである。

 1)クルアーン「言ってやるがいい。わたしに啓示されたものには、食べ度 いのに食べることを禁じられたものはない。只死肉、流れ出る血、豚肉――そ れは不浄である――と アッラー以外の名が唱えられたものは除かれる。だが 止むを得ず、また違犯の意思なく法を越えないものは、本当にあなたの主は、

寛容にして慈悲深くあられ る。」(6 章 145 節)