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だが悪を行っていた者には、同様の悪の報いがある。また屈辱に覆われ、

クルアーン第10章ユーヌス章 第1節~27節

27. だが悪を行っていた者には、同様の悪の報いがある。また屈辱に覆われ、

アッラー(の怒り)から彼らを守るものはないであろう。その顔は丁度夜の暗 闇に覆われたようである。これらは火獄の住人である。永遠にその中に住むで あろう。

要点:アッラーの公正な裁き 解説:

 前節では、現世の儚さを明らかにしたが、ここでは来世における楽園の住人 と地獄の住人について解説している。

 アッラーは人々に現世の儚さを説いた後に、信仰と善行へ導き、天国へと誘っ ている。天国を平安の館と表現している。そこは害悪も心配事もない平安な場 所である。

 アッラーが平安の家へ誘うことと信仰を持つように命じていることはすべて の人々に対して行っていることである。その中でも、アッラーの意にかなった 者は天国へと真っ直ぐに向かっている道へ導かれる。正しい道とはイスラーム の道であり、それはイスラームの教義、人格、法規を含むものである。天国へ

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の導きとはアッラーの意志にかなった者だけに与えられる導きである。

 導きには二通りがある。一つは道を示す導きである。それは全ての人々に示 されることである。それは信仰とイスラームへの誘いである。二つ目は天国へ と成功する導きである。それはアッラーの意志にかなった者だけであり、真っ 直ぐな道へ進む導きである。

 イスラームへの誘いは人々のためである。人々が信仰を持ち、善行をするな らば、彼らは天国へと導かれる。そこでは、追加の報奨さえある。それは高 貴なアッラーの御顔を拝することである。これは、アブーバクル・アッスィッ ディーク、フザイファ、アブームーサー・アルアシュアリー、イバーダ・イブ ン・アッサーミトなどの教友たちの見解である。スハイブの伝える伝承による と、アッラーの御使いは言われた、「楽園の民が楽園に入ると至高なるアッラー は仰せられる、『おまえたちに何か欲しいものがあれば、われは追加を与えよ う』。すると彼らは、『あなたはわれらの顔を白くし給うたではありませんか。

われらを楽園に入れ給うたではありませんか。われらを獄火から救いだされた ではありませんか。』と言う。すると彼は覆いを除き給うが、彼らにとって彼 らの主を眺めることほど好ましいものは何も与えられなかったのである」。そ れから彼はこの節『善行をした者には(天国へ入るという)素晴しい報奨があ り、また追加もある』を詠まれた。」

 第二の説は、アリー・イブン・アビーターリブ(第四代カリフ)のもので、彼は「追 加とは、一つの真珠からなる部屋で、そこには四つの扉がある」と言っている。

 第三の説によれば、『素晴しい報奨』とは善の一つで、『追加』とは善の 10 倍から 700 倍のことである。イブン・アッバース(教友)によれば、「われら の手には追加がある」(50 章 35 節)について、「彼は彼らの行いに報い給う」

と言っている。アルハサン(教友の追随者 728 年没)は「善の追加とは、その 10 倍から 700 倍のことである」と言っている。

 天国の住人の特徴がここで語られている。「彼らの顔には、暗さや屈辱の影 もないであろう。」他の節には、「アッラーは、その日の災厄から彼らを守り、

素晴らしい喜びを与えられる」(76 章 11 節)。彼らの顔には輝きがあり、心に

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は喜びが満ち溢れている。

 一方、地獄の住人の特徴は「その顔は丁度夜の暗闇に覆われたようである。」

とある。他の節にも、「だが、(ある者たちの)顔は、その日埃にまみれ、漆黒 が顔を覆う。これらの者こそ、不信心な者、放蕩者である」(80 章 40 ~ 42 節)

 地獄の住人に対する懲罰について、「だが悪を行っていた者には、同様の悪 の報いがある。」と説明している。善行に対してはその追加が示されているが、

悪行に対しては、それと同等の懲罰だけである。善行に対する追加はアッラー の恩恵と寛大さであるが、悪行に対する報いはそれと同じだけとするのであり、

それはアッラーの公正さゆえである。

  まとめ:

1. この諸節は天国への道は信仰と善行によることを示している。

2. アッラーはアッラーに従うことを命じている。それによって天国へと誘っ ている。

3. 天国へ全ての人間を誘うが、天国への導きを与えられる者はアッラーの意 にかなった者である。

4. 真っ直ぐな道とはそれはイスラームであり、クルアーンである。

5. 現世で善行を積んだ者は天国が与えられ、さらに追加が与えられる。

6. アッラーを信じない者たち、アッラーの恩恵を否定する者たちには、その 所業と同等の懲罰が来世にて与えられる。

7. スンナ派の人々はこの節によって、アッラーの御顔を拝することが許され ていると解釈している。「その日、ある者たちの顔は輝き、彼らの主を仰 ぎ見る」(75 章 22、23 節)

資料文献:ワハバ・アッズハイリー著

     「アル=タフスィール・アル=ムニール」2003 年

和  訳:日亜対訳注解「聖クルアーン」日本ムスリム協会、平成 16 年 3 月